#05_2 ショウ・タイム!
色々問題が多かったと関係者が口を揃える、元新入部員1年A組古橋芽衣が部活を辞めて1ヶ月ほどの時間が経過した、9月下旬の土曜日。
M高女子ダンス部の面々は『全国チアダンスコンクール』予選に参加するため、東京都内某所にある体育館までやって来ていた。
他の競技ではあまり見ないパターンかもしれないが、この『全国チアダンスコンクール』の参加対象は高校生だけではない。未就学児から大学生まで。もっと言えば多岐にわたる年齢の混合メンバーで構成されるチームでも参加可能という、なかなかファジーというか、大らかな大会である。
ゆえにこの大きな体育館ですら参加者だけのエリアは確保できないらしく、参加メンバーはギリギリまで振り分けられた客席で、自分たちの出番を待つ。年齢の若い方からの発表になるため、『高校生部門』で参加するM高女子ダンス部の出番は最後の方。しかし、そんなに長い間、冷房の効いた客席で座りっぱなしになっていては身体が冷え、かたくなってしまう。M高女子ダンス部は開会式の後は体育館の外に出て、軽いアップや最終調整をすることが慣例になっていた。
M高女子ダンス部では伝統的に、この大会の終了を以て3年生が引退となる。今まで頑張ってきた自分たちのためにも、そして次世代を繋ぐ下級生たちのためにも、ここでふがいない結果に終わるわけにはいかない。気合いは充分だ。
*
時間調整がてらのアップも終了。タイミングを見計らい、大会に出場するメンバーと応援にやってきた下級生メンバーの全員が、荷物をまとめて体育館の中に移動する。予定通りスケジュールは進行しているようで、足止めされることなく、M高女子ダンス部の面々は舞台裏の、出演が近いチーム用の控えスペースに通された。
「これが最後の大会。今年は新入生があまり続かなかったり、野球部が予選敗退したり、うまく行かなかったこともたくさんあったけど、次世代に良い形でバトンを渡すべく、力の限りを尽くしましょう!」
円陣を組んで、この大会で引退となる3年生の部長が声をかける。既に泣きそうになっているメンバーの姿もある。今回のパフォーマンスに参加しない1年生部員も、円陣の外周で目を潤ませている。——出番は、次の次。『高校生部門』の1番手。
舞台では、『高校生部門』の前プログラムに当たる、『ショウ・タイム』と呼ばれる、ダンスの部門をはっきりと規定しない、『楽しいダンス』を発表する部門の披露が行われていた。
プログラムによると、『ショウ・タイム』出演規定は『3人以上のメンバーで、形にとらわれず、楽しんで発表したい! 新しいジャンルに挑戦したい! というチーム』。この一つ前のチームも今踊っているチームも少人数で、ダンスを始めてからあまり時間が経っていないメンバーという感じがする。つまり、『鳥人間コンテスト』で言うところのパフォーマンス賞狙い? ……とにかく初心者でも参加したいダンサーのための区分けなのだろう。
短いプログラムが終わり、4人のダンサーたちが拍手に送られ、M高女子ダンス部の面々がいる方向と反対側に捌けていった。ほぼ同時に、次のチームのメンバーが、彼女たちの死角から横をすり抜け、舞台へと上がっていく。
次チームのメンバーは3人。ぴったりした黒色のボトムに、M高女子ダンス部メンバーには非常に馴染みのある色合いの、水色のTシャツという衣装。ポンは持っていない。すれ違った肩の高さもほとんどM高メンバーと変わらないので、年齢的にもほぼ同世代だろうか。
「あのTシャツって……ウチの練習着?」
一番はじめに口を開いたのは、ジャージの下に同じ色のTシャツを着ていた1年生だった。高校生になってからダンスを始めた初級者で、ウワサでは「ガチ恋相手の野球部の1年生を応援したい」というのが、ダンスを始めた理由らしい。
彼女がジャージの前を開き、引っ張り出して示したTシャツと、今舞台に上がっていった3人組のそれは、確かに同じ色で、同じ素材に見えた。『M高女子ダンス部』と書かれている部分に、同じように白色で印刷が入っているが、『ダンス』以外の文字は記号のようなものに変更されている。結論として「酷似しているが、異なるもの」。しかしおそらく彼らは、このM高女子ダンス部の練習着を模倣している。そのレベルの主張はあった。
彼らの登場に合わせて鳴っていた拍手が止む。演技スタート。
Tシャツに気を取られていて気づかなかったが、3人は黒いキャップを目深にかぶっていた。跳んだりはねたりする、ステージチアダンスの衣装としては珍しい。案の定、初めのストップポーズから動きに入る直前、3人共がかぶっていた帽子を脱ぎ捨てる。音楽スタート。
舞台の3人は、全員がキャップの下に更に、仮面舞踏会のようなアイマスクを着けていた。
審査員席から見て左右の二人が女性で、中央は男性だろうということが、身長と体型からわかるが、情報はそれだけ。音楽に合わせて3人は緩やかにクラップでリズムを取りながら広がっていく。
全員が、今まで踊っていた『ショウ・タイム』の出演者より明らかに上手い。長く踊り続けている人独特の、美しい所作だった。が、訓練されたチアダンスチームと、少しテンポというか動きが異なっている。
彼らが本格的なダンスに入ってすぐ、その違和感の正体は判明した。少しずつ動きをずらして3人は輪唱のようにフロントキック、ダブルターン、ジャンプと動いていくが、左右の女性の動きがチアダンス特有の、ぴしりと定規で引いたような美しい手足でのポーズを追求するのと対照的に、中央の男性はフリーズ直前まで緩く柔らかい動きでダンスを進める。全員の熟練度が高いので、左右がチアダンス由来、そして中央がヒップホップダンス由来の動きだということがよくわかる、独特のステージだった。
3人の動きはゆっくりと同調していき、同じテンポ、同じステップで揃えられていく。立ち位置が入れ替わり、髪が短く背の低い方の女性が中央でY字開脚。男性ダンサーが左から右へ彼女を超えるような高さのハンドスプリングを決め、それと入れ違いに、右から左に長髪を後ろで束ねた女性ダンサーが側宙で舞台を横切る。わあっ、と、大きな歓声。
「あれって、古橋サン?」
舞台袖に当たる舞台斜め後方から演技を見ていたM高女子ダンス部の中の、出演者用衣装を着けたメンバーの一人が、驚きを隠しきれない表情のまま囁く。その言葉は単なる呟きではなかったようで、彼女の視線は同時に、先ほどTシャツのことを指摘した1年生に向けられた。質問、というよりは詰問という感じの言葉と視線の鋭さに、視線と言葉を向けられた1年は、隣に寄り添う親友と思しき1年生としっかり手を握り合ったまま、信じられないという表情のまま凍り付く。
「あれ、古橋サンよね? あなたが『サボりがひどくてフリも満足に覚えていないくせに、野球部応援中に嫌がらせをしてきた』って言ってた、あの、古橋サン」
「それは……」
「あの……すみません。彼女かは、ちょっとわかんないんです。アイマスクもしてるし」
「は? 何言ってるの? 一緒に練習してたでしょ? 私たちにわかるのに、同学年のあなたたちにわからないわけがない!」
親友の代わりに先輩の矢面に立った背の高い方の1年生は、前に出たことで余計な先輩の怒りを買ったらしい。しがみついてくる元標的の親友から視線を外し、先輩が改めて新たなスケープゴートの方にぐいと詰め寄ってくる。
「あなたには学年リーダーとして、フォーメーション組む前に、全員の力量を確認してって頼んだよね? 自分が彼女のこと、何て言ったか覚えてる? 『経験者の割には体幹が弱くて使えない』? 体幹が弱い人はアクロバットなんて跳べないよ? 今の側宙見たよね?」
「はい……でも、前は確かに……」
「できないアクロバットはできるようになっても、一朝一夕で体幹は鍛えられないんですけど? あなたの目は節穴!?」
1年生の仲良し二人組が絞られている間にも舞台の上では大歓声の中演技が進み、3人の演者は一番初めに投げ捨てたキャップを拾って、再度目深にかぶった。ポーズ。
割れんばかりの拍手喝采の中、3人は客席に手を振りながら、審査員側から見て左手の方に捌けてくる。M高女子ダンス部が揉めている側の舞台裏だ。
この後は部門が変わるため、数分の空き時間がプログラムされていた。普通なら、出演者同士は登場・退場の際すれ違うくらいの接触時間しかないところなのに、お互いが立ち止まってお互いを確認できる時間が、幸か不幸か、今はある。
M高女子ダンス部の面々のうち、固まって震える1年生二人以外の全員が、舞台から戻ってきた髪が長い方の女性ダンサーを見ていた。その女性ダンサーの瞳が向けられたのは、1年生を詰問していた、出演者衣装を着た上級生だ。
ダンサーの足が、彼女の前で止まる。
「素晴らしい演技でした。お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
声をかけられ、素直に礼で答えた女性ダンサーの声はそこにいる全員に聞き覚えのあるものだったけれど、ここでそれについて言及しようとする者は誰一人いない。
続いて舞台から降りてきた、背が低く髪の短いもう一人の女性ダンサーが立ち止まった仲間の腕に手をかけ、「行こ」と促したのを柔らかくとどめ、側宙を決めた方の女性ダンサーは声をかけてきた出演直前のM高ダンサーに向かって、ニコッと微笑んだ。
遠くからでもわかりやすい、口角をきゅっと上げた、記号にすら見える満面の笑顔。——アイマスクを着けていてもわかる、『チアリーダーの笑顔』。
「これから出演ですね。頑張ってください。応援しています!」
「ありがとうございます。力の限り、頑張ります」
声をかけられたM高のダンサーも、同じ『チアリーダーの笑顔』をつくり、答える。
「『高校生部門』あと5分で開始でーす! ……M高ダンス部さん、スタンバイお願いします!」
折良く声をかけてきた進行の合図で、そこにいた全員が再度動き出した。
出番を終えた『ショウ・タイム』ラスト出演の演者は控えスペースから退出し、『高校生部門』1番手のM高女子ダンス部出演者は舞台袖に歩み寄る。
M高女子ダンス部の慣例的にはここで最後の円陣が組まれるところだが、時間がないのか慣例を破りたかったのか、リーダーが小さく「行くよ!」と声を出し、笑顔を作って舞台へと駆け出していく。他メンバーも彼女に続き、笑顔で光の方へと向かう。
一度行き会った2組は、再度、別々の方向へ向かって進み始めた。
片方は『高校生の部』予選の舞台へ。そしてもう片方は、まだ明るい外の世界へ。
*
その後、芽衣と彩花、そしてダンは『全国チアダンスコンクール』予選の結果を待たず、会場の体育館を後にし、駅へと向かっていた。
「ねえねえ、本当に、結果確認しないで良かったの? 多分ウチら、『ショウ・タイム』優勝じゃん? 全国大会に行けちゃうよ?」
帰りの電車の中、彩花が芽衣とダンに水を向けるが、二人は興味なさそうに視線を背けるだけだ。
「んなこと言ったって、アヤカ、この大会出てるの親バレしたらヤバいんじゃね?」
「うんまあ、ダンスやめたことになってるし、練習とかで塾サボったのバレるしね。だから二人が戻っても、私は一人で先帰るけど」
後ろ髪引かれている様子なのにあくまでも傍観者を貫こうとする彩花を見て、ダンがため息をつく。
「『ショウ・タイム』出演チームは規定で3人以上いなくちゃならねーんだよ。二人で大丈夫なら、一番初めからアンタのことは誘ってないし」
「あそっか。でもまあ、人数あわせでも楽しかったデス。ありがとね、メイちゃん」
「こっちこそだよ。ありがとね、アヤカ」
中学3年生でサナ先生のチームを抜けた彩花にとって、今回は久しぶりのチアダンスだったはずだ。元々踊るのが好きだと言っても、ここまで仕上げるのは大変だっただろう。経験者だからこそ、その辺の事情は芽衣にも痛いほど理解できた。
「どっちにしろ、大会のオフィシャルが動画出す前に同じ構成の動画を『ふぉーぱーそん』で撮って出しておきたいから、急いで帰らないとなんないし。アンタ、今日はさすがに、塾サボれないんだろ? 早くしないと」
口では冷たいことを言っていても、ダンも別に、彩花を排除する気はないらしい。無表情のまま一緒に来る前提で自分に声をかけてくる田町蓮似のイケメンに、素っ気ないのはむしろ彩花の方だ。
「えっ、私も動画撮影付き合う必要あるんすか? 私のパートは、クマでも置いといてくださいよー。止め絵でいいから」
「そうもいかねーだろ」
「そうだよー。アヤカいないとタイミング取りづらいよ。ほうじ茶ラテご馳走するから、一緒に踊ってよー!」
「えー、報酬出るならその辺、『ふぉーぱーそん』の経費でしょ、むしろ。……社長にメッセで請求するし!」
そのまま急いで帰って『中野ダンススクール』のスタジオを借りて撮影して、何とか『全国チアダンスコンクール』予選オフィシャルより先に『ふぉーぱーそん』で公開した動画は、予想通り『ふぉーぱーそん』ファンの中で大きな話題となり、ひっそりとネットニュースに取り上げられたりもした。
一応念のため、曲も同じリズムの違うものに変更し、衣装も水色のTシャツは止めて各々適当なものを着ることにしたので、M高女子ダンス部も『全国チアダンスコンクール』大会主催者側も大々的に文句は言えなかったらしく、その後大きな問題は起こらなかったようだ。さらに言えば、彩花がニャムを拝み倒した結果、アップされた動画の彩花の立ち位置には、以前彼女の顔を隠すのに使ったクマ(の全身像)が飛び跳ねたり、Y字バランスを取ったりしている止め絵に差し替えられていたので、彩花の親バレも防げたと思う。
そんな『ふぉーぱーそん』側の迅速な対応にも少し驚かされたが、それより芽衣がびっくりしたのが、『ふぉーぱーそん』のファンである視聴者が、思った以上にすんなりと、芽衣ことスマイルの加入を受け入れたらしいことだった。
「ダンのソロダンスも良かったけど、もう一人くらいいると見栄えするよね」
「顔がスマイルマークなのでギリ許す」
「スマイルは、ちょっとダンとテイスト違わない? 新境地?」
「スマちゃんは女子だよね。初の女子加入だー」
「てか、あのクマも新加入? あいつ中の人存在するの?」
コメントのほとんどがダン(とそのパフォーマンス)を褒めちぎるものではあったものの、その中にちらほら挟まれた、一緒に踊るスマイル(とクマ)に関するコメントの中に、排除を求めたりする、敵意に満ちたものは一切ない。
*
「つまりね、コレは大成功ってことだね。……てことでスマイルちゃん、そしてブレインちゃん。『ふぉーぱーそん』にようこそ!」
『ファンのコメントに敵意に満ちたものはない』とはいえ、現状『ファンは、別に諸手を挙げて大歓迎! ……という雰囲気ではない』と芽衣は認識していたが、見識者に言わせるとそういうわけでもないらしい。
歓迎会という名目で集められた席で社長は本当に満足そうにそう言って、芽衣と彩花にジュースとお菓子を勧めてきた。
「大成功なんですか? あんまりそんな風に見えないんですけど」
「なーに言ってんの〜。コレはかなり、上々ってカンジだよ〜。匿名掲示板の方でも、今のトコ、ひどい悪口は出てないしさ〜」
いぶかしそうな彩花の言葉を、横にいたニャムがいつもの調子で否定する。皆がソフトドリンクを手にしている中、彼だけが『人間をダメにする』というウワサの高アルコールチューハイ缶を飲んでいたが、その口調もテンポも顔色も、以前会った素面の時とほぼ全く変わっていない。
「まあ、まだ殆ど悪口言うネタも出てないしな。ここで悪口言うのは、自分の性格悪いって自己紹介になるから控えるだろ」
本日初めて顔を合わせたソースケこと五十嵐凛が、ボソボソと口の中でコメントを添えてくる。ニャムに言わせるとソースケは「動画だと物静かなゲーマーだけど、実際はこんな感じででっかい陰キャ」。ダンやニャムとはまた違う意味で、『実は嫌われているのかもしれない』とこちらを心配させるタイプだ。少なくとも現状では、まだかなり距離を置かれている感じ。
「メイちゃんに関しては、ダンがちゃ〜んとフォローするんだよね〜? いやぁ、セーシュンだねぇ〜」
「え? メイちゃんとダンって、既にそういう関係なの? ゴメン、知らなくて邪魔してたかも……」
逆にぐいぐい距離を詰めてからかってくるニャムとその軽口を真に受ける彩花に、こちらも真に受けたのか、ムッとした表情を作ってダンがニャムを睨む。
「そういうんじゃない。ただ俺は、彼女のダンスを評価してるだけで」
「うんうん。そういうきっかけがさあ、セーシュンのはじまりなんだよね〜」
ニャムの言葉にますます不機嫌になっていくように見えるダン。——このまま放置するのはマズイのではないだろうか。
何とかしなければ……の一心で、芽衣は、完全に黙り込むダンの方を見てから視線を彩花に、ニャムに、そしてソースケ、社長と順繰りに移動させた。『チアダンサーの笑顔』も忘れず顔に貼り付けて。
「大丈夫! 私は今、ダンスが評価されてるだけって、ちゃーんとわかってます! 誤解してませんから。ね?」
「お、おう……」
芽衣の渾身のフォローを受けダンが口ごもり、同時に一瞬場がシンと静まった……のは、笑顔の圧と声が大きすぎたからだろうか。
「お前さん、ダンのファンじゃないの? それで『ふぉーぱーそん』に潜り込んだんだと思ってたけど、今の話だと、逆にダンのライバルみたいなキャラって認識でおけ?」
「うーん。ファンっていうか……ダンに道を示してもらって、ようやく目の前が開けた感じで。ファンかライバルの二択なら、じゃあ、ライバルで行きますよ。とりま目標は打倒ダンで!」
ソースケに聞かれて答えた芽衣の言葉を聞き、再度場が静まる。全員が何となく視線を彷徨わせているその最中、一人だけ場の空気に飲まれず飄々としていたニャムが、新しい缶チューハイに手を伸ばした。プルトップを開けるプシュリという音が部屋に響く。
「まあ、何がどう、誤解なのかはわかんないけどさ〜」
皆が見守る前で美味しそうに缶チューハイをごくごくと飲んだ後、いつもの妙にのんびりとしたテンポで、ニャムがゆったりと口を開いた。
「いっつも不機嫌なダンと、あえて空気を読まないカンジの笑顔のスマイルちゃんは、良いコンビになると思うなぁ〜」
「そうそう。その噛み合わない謎の掛け合いでファンのみんなを楽しませて、がっぽり投げ銭稼いでくれよ」
ニャムの言葉を含みのある笑顔で受けて、社長も意味深に口を挟んでくる。
「何が言いたいんだよ、兄貴も」
「何って、今言ったとおりだよ。娯楽を提供して、投げ銭稼げ。……以上!」
「えっと……私、なんかまずかった?」
一転して言い合いになるダンと社長を見て急に不安になり、芽衣も彩花に視線を向けるが、間髪入れずすいと視線を逸らされて。
「いや、いーんじゃない? メイちゃんっぽいよ。鈍感力最強ってカンジで」
「ちょま、アヤカ! ここでいきなり手を離さないでー!」
「大丈夫大丈夫。スマイルちゃんはそのままのキャラで。設定的に面白いし」
憮然として押し黙る弟は放っておくことに決めたらしく、社長が芽衣と彩花の間に割り込んでくる。こちらはソフトドリンク片手ながらもいつも以上にニコニコしていたが、それが機嫌の良い証拠なのか、ニコニコしていた方が無難だと思っているのか、はたまた単に面白がっているだけなのかはわからない。
「このくらいの温度感が、端から見てる分には一番面白くて、視聴率稼げるしね。その調子で頑張ってみんなをヤキモキさせて、投げ銭稼いでね」
「ちょ、社長も! 何を頑張るって話ですか!? 私的に『ふぉーぱーそん』は部活代わりなんですけど……」
「『部活代わり』ってお前さん、おニャン子クラブのオーディション志望動機か」
「あーあ〜。メイちゃんが面白いこと言うから、陰キャのリンちゃんまで浮かれて出てきちゃったよ〜。……ホラホラ、ショーワのおじいちゃんは黙ってて〜」
「誰が昭和だ、この宇宙人!」
何とか場を収めようとあがいても、いつもの『ふぉーぱーそん』の雑談動画のように、話は勝手に予期せぬ方向へ転がって行ってしまう。とっくの昔に傍観者を決め込み、隅っこで静かにお菓子を食べている彩花の近くに芽衣も逃げ込み、彩花が食べていたスナック菓子を横からつまんだ。お互い目が合う。
「まあ、私は、メイちゃんがいいならいいんだけどさ」
奥歯にものが詰まったような、いつもの彩花の言い方。
「……とりあえず、このむちゃくちゃな人たち相手に頑張ってよ。応援はするから」
「うわ、めっちゃヒトゴト。アヤカも一緒に参入するって話じゃないの?」
「他人事だもん。私はクマの中の人だし。止め絵の」
言いたくてたまらないであろう呑み込んだ文言を上手に隠して、彩花はもう一つ、スナック菓子を口に放り込んだ。
「大丈夫。私はメイちゃんの味方だし、そう簡単にいなくならないから。だからさ、今は、クマじゃなくて打倒相手と話でもしてきたら?」
彩花の視線を追って振り向くと、ダンが芽衣の斜め後ろあたりに、所在なげに立っている。残りのメンバーと交流するのは諦めたらしい。女子二人の視線を受けて、彼がこちらを見返す。
「あの」
「加入できて良かったな」
芽衣とダンが口を開いたタイミングは同時だった。
一瞬互いに黙って見合った後、ダンが言葉を続ける。
「兄貴はアンタが来ることでファンに拒否反応が出るなら新メンバーにはできないって言ってた。だからまだ、『ふぉーぱーそん』がらみで踊るのは未定って、あのときは言ったんだ」
「そっか」
あのとき——ダンに「女子ダンス部を辞めろ」と言われたとき、そういえばそんなことを言われた気もする。でも芽衣にとっては、それは些末な方の話だった。どちらかといえばその直前に言われた方が、重要で、心に残っている言葉。
踊り続けて欲しい。ずっと、見ていたいんだ。アンタを。
あのときダンは、確かにそう芽衣に言った。それで、芽衣は決意したのだ。M高女子ダンス部を辞めることを。1ヶ月血の滲むような練習をして、『全国チアダンスコンクール』にエントリーすることを。そしてそのプログラムで、M高女子ダンス部の面々を圧倒することで、自分自身に区切りを付けることを。
ダンの言葉がきっかけで、駒を進めることができた。結果も上々だった。ダンには感謝しかない。
——でも本当に……それは感謝だけ?
そこまで心の中で考えて、芽衣は自分の頬が勝手に熱くなるのを感じる。
それだけでも本当にありがたいのに、ダンはその上、同じダンス動画を『ふぉーぱーそん』で公開するよう進言もしてくれた。結果、芽衣(と彩花)は『ふぉーぱーそん』の新メンバーとして受け入れられることになったのだ。
でも——何でダンは、芽衣にそこまでしてくれるのだろう?
「いやぁ、セーシュンだねぇ〜」
ニャムのからかうような声と、社長の、何かを含んだニヤニヤ笑いが不意に思い起こされる。二人にはダンのこの一連の行動が、『セーシュン』という隠語で表される、わかりやすい感情が引き起こしたものだと信じて疑っていない。多分、彩花も同じ考えだ。つまり……現状、気づいていないのは芽衣本人だけ。という事態だったりする?
「あの……それは、わかった。それで」
ダンのダンスは素晴らしい。尊敬に値する。親切だし、顔もイケメン。でも恋愛対象としてどうなのかなんて、今まで考えたこともない。
気持ちの整理がそんなに瞬時につくわけもなく、芽衣はしどろもどろになって口ごもった。思わずうつむいた頭の上を、いつも通り静かな調子の声が、掠めて過ぎる。
「それで、アンタはどうやって俺を打倒するつもりなんだ? 悪いけど、以前のダンス対決、俺は別に負けたとは思ってないし。同じように対決動画撮るなら、今度はもっと万全の準備するし。首洗って待ってろ。まだまだ、アンタにはぜってー負けねえから」
耳を疑った。同時に今度は怒りで、カッと頭に血が上るのを感じる。
「……ハァ!? 私だって、こっから技磨いて成長するから! そもそもダン、負けてゴメンナサイ動画アップしたじゃん! デジタルタトゥーって知らないの? 負けは負けだよ! 残念でしたっ!!」
別の理由で頭に血が溜まっていたせいか、怒りが沸騰するのも早かった。思わず言い返した芽衣を見て、ダンの方も無表情を通り越し、あからさまにムッとしている。
「ちょっとメイちゃん! 何でいきなりバトってんの!?」
「はいはい、そこ。ケンカしないよ。みんな仲良くねー」
異変に気づいた彩花と社長に割って入られ、芽衣とダンは引き剥がされた。様子を見守っていたソースケがぼそりとつぶやく。
「全然動かなかった挙げ句、ちょっと近寄っただけでいきなり威嚇って、お前らはハシビロコウの見合いか」
「いきなり令和のネタぶっこんできたな〜。あんまメジャーじゃないあたりが、リンちゃんクオリティってカンジだけどさ〜」
……この状態でダンに、「もしかして私に恋愛感情あったりするの?」なんて確かめられるほど、芽衣は厚顔ではない。そもそもこの状況を目の当たりにした結果、ニャムの言う『セーシュン』は該当しないと考えるのが普通だろう。
ホッとしたような、ちょっとガッカリしたような気持ちでこの問題を頭の片隅に片付けた芽衣の耳に、不思議とよく通る社長の声が届く。
「本人たちも一触即発でやる気満々だし、じゃあ早速、ダンとスマイルちゃんの対決企画やろっか。一人10本ずつ考えて、企画書持ってきて。締め切りは3日後で」
「え〜。オレ、パス〜。企画考えるの、めんどいし〜」
「文句言うな。やれ」
「え、それって私もですか!? 企画書ってどう書くの?」
社長の鶴の一声に、残りのメンバーも騒然となる。
そんな光景を見て思わず吹き出してから、芽衣は自分が笑っていることに気づき、不思議な気持ちになった。——こんな風に、心の底から笑えたのって、いつぶりのことだろう?
小学生時代から培ってきた、芽衣自身をも守ってくれる『チアリーダーの笑顔』。そんな仮面のような表情でない顔で笑える場所に、芽衣は親友の彩花と共に招かれたのだ。肩の力を抜くことができて、信じられる親友もいる。歓迎してくれる仲間も。そしてどうやら、大好きなダンスもここで踊り続けることができるらしい。学校の課外活動とは違い、仕事という面もある活動だ。将来の夢につながる可能性だって、大いにある!
落ち着いて考えたら、願ったり叶ったりって、まさにこういうことなのかもしれない。……となると、遊び半分でなくて、もうちょっと真面目にやらなきゃダメなのかも。学内でも厳しいと評判だった女子ダンス部の基礎連と同レベルの自主練をきっちり続けたり、再生数を上げるための企画書とやらを3日後までに10本書いて持ってきたり?
想像するだけでメチャクチャ大変だという気もするけれど、それがこの場所を得るための対価だとしたら、やるしかない……のかな。——今まで頭を悩ませることなど一切なかった種類の心配事に少々途方に暮れながらも、今のところ芽衣の頭の中には、それを遥かに上回る量の楽しいイメージだけがどんどん生まれ続けていた。
とりあえず、ニャムの言うところの『セーシュン』は、今はあと回し。今なら何時間でも踊れそうなくらい気力も体力も充分だし、どんなに難しい技でも決められる気がする。たくさんパワーをもらって色々なことにチャレンジしたいし、持っている全部の力を使ってみんなを応援したい!
表情筋が慣れ親しんだ形を取っていたけれど、今はもう、それは仮面ではなかった。芽衣はいま、心の底から『チアダンサーの笑顔』で笑っている。
——こんな雑然とした、そしていつでも何となく賑やかな場所が、芽衣がダンスで手に入れた、新しい居場所だ。
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