魔女と聖杯と用心棒

-序章- 『女魔術師、遥か天空より降臨する』

 ぶっちゃけ、ペチカ山脈から飛翔の呪文いっぱつで跳んでくるんは、さすがの天才美人魔術師のウチでもムチャやったと思う。まさか、最後の最後で大ボケかましてまうやなんて、まさに一生の不覚っちゅうやっちゃ。
 取り急ぎ、まとわりついた土埃をぱんぱんと払い落としてから、少しズレてしもうた頭のバンダナを絞めなおす。髪の中まで潜り込んだ小石に気付いて、ひょいとつまみ出した。すっ、と息を吸い込んでから、背筋をしゃんと伸ばす。姿勢はそのまま、ゆっくり息を吐き出し、気持ちを落ち着けてから眼前の建物を見上げた。

 あ、そや。自己紹介がまだやったな。
 ウチの名前はガルフネット。魔術師ギルドに所属する、容姿端麗眉目秀麗空前絶後絶対無敵の天才美人女流魔術師や。そんなウチが泡食ってすっ飛んで来たんにはそれ相応の訳があるんやけど、まぁ今は急いでるんで割愛や。

 久しぶりに訪れるその酒場は、いつもとおんなじ姿でウチの帰りを迎えてくれとる。せやけど、こんなに焦る気持ちでドアをくぐるんは初めてや。ウチは、なるだけ元気にスウィングドアをハネ開けた。
「マリア! マリアはおるか!?」
 さすがに唐突やったかな? 店内の客どもが、一斉にこっちに注目しよる。
「おう! ガルフネット様のお帰りかい?」
「何かすっげぇ音がしたけど、アンタの仕業か?」
 酔っぱらいどもが、口々に、好き勝手なことをまくしたてよる。

 ここは【五竜亭】。ジェダから徒歩で四日、マーカスの森を抜けた先にある旅籠屋で、決して地図に記される事は無いが、冒険者であれば必ず辿り着ける。建物自体は正五角形の二階建て。二階が泊まり部屋になっとって、一階は飲み屋。夜昼お構いなしに、品の無い酔っぱらいどもがヨタ話を語り合う、騒々しい場所や。
「景気づけにまた【ボンボエリカ虫】の話を聞かせてくれよ!」
 そこで、店内からどっと笑いがわき起こる。今日も今日とて、酒ビン片手に、脳ミソ天気な連中ばっかりで繁盛しとるようや。幸せそうに酔っぱろうて、鼻の頭なんぞを赤くしとる。
 そんなヤツらはとりあえず無視して、ウチは店内をずかずかと進んでいった。そんでもって、ミョ~に真新しいカウンターまでたどりつく。おかみの姿が見えへんので、しゃあなく呼び鈴を叩いた。
「なんだ、ガルフネットか?」
 奥からいそいそと出てきたのは、左目に眼帯をしたいかつい顔のオッサンや。そらもぉ、飲み屋で接客してエエタイプとは一番かけ離れた、武骨で不愛想なヤツや。
「――って、なんでやねん!」
 あかん、つい反射的にツッコんでしもうたわ。
「なんだそのカッコ? ずいぶんズタボロじゃねぇか?」
 オッサンは、ウチのツッコミなんぞどこ吹く風で、おちょくり顔でニヤニヤ笑いを浮かべよる。

 コイツはカールス・グスタフ。その見た目通りの――ちゅうか、今の見た目はアレやけど――かつては傭兵もやってたっちゅう歴戦の冒険者や。
「ウチに言わせたら、ジブンのカッコの方がツッコミどころ満載やわ」
「ああ、これか?」
 カウンターに腕をついてよっかかったカールスは、ちょっとバツが悪そうに頭をかいた。そらそうやろ、普段は武骨な歴戦の冒険者様が、首から膝まであるロングなエプロン姿で接客しとるんや。しかもそのエプロンっちゅうのが、シミひとつないまっ白なやつで、縁取りにはうっすらピンク色した可愛~いヒラヒラがついとる奴や。
 本人も、そのカッコが似合うてへんことは自覚しとるらしい。ウチは苦笑いで軽くリアクションしてから、デカい図体でもじもじするオッサンの返答を待つ。
「まぁ、何だ――ちょっとしたスジから【魔剣】を手に入れてな。そいつをおひろめしようとしたら、魔力が暴走してカウンターを吹っ飛ばしちまった。で、そのバツとして、店番をさせられてるってわけさ」
 つまり、フッ飛ばされたおかみの医療費と店の修理費のぶんだけ働かされとるっちゅうワケやな。まったく、ドンくさいハナシや。だいたい、カールスみたいな脳筋戦士が魔法の品を制御しようっちゅうのんが、土台無理な話やっちゅーこっちゃ。
「――悪かったな」
 カールスが。ムッとした顔でつぶやく。あれ? 何でウチの考えることが解ったんや?
「おまえの表情を見りゃあ、何考えてんのかぐらいピンとくる。それより、何か急ぎの用があるみたいだっが、いい儲け話でもあったのか?」
 はっ!? そうや!! ウチには、こんなありがちな導入シーンをノンビリ披露しとるヒマなんかなかったんや!
「カールス! マリアおるか!!」
「マリアなら、二階でケドと何か話し――」
「おおきにっ!!」
 カールスの話も最後まで聞かず、ウチは二階へ駆け上がった。おそらく、カールスにはウチの声にドップラー効果がかかって聞こえとることやろう。途中、慌てるあまり階段を踏み外し、豪快に転がり落ちてもうたけど、すぐに復活して再び駆け上がる。店の客どもは、そんなウチを拍手喝采(と、爆笑の嵐)で讃えてくれた。
 がちゃっ!
「マリア! ウチと一緒に、クランの村まで来てんかっ!!」
「――誰だ、あんた?」
 そこには、みた事もないおっさんの戦士が居った。
 ばんっ!
 チッ。この部屋とちゃうんかいな。そういやあ、どの部屋か聞くん忘れたワ。
 ――ま、ええか。たかだか数部屋。総アタリでチェックすれば、じき見つかるわい。

 ウチは気を取り直して、さらに別の扉を開く。室内では真面目で大人しそうなシスターと、小賢しそうな魔法学院生の小僧っ子が椅子に座ったまま、びっくりした顔でこっちを見とった。
 よっしゃ! ようやくアタリを引いたで!!
 ウチは、コホンと呟払いひとつ。
「マリア! ウチと一緒に、クランの村まで来てんかっ!!」
「――はい?」

 ぽかんとした顔で聞き返してきたのは、シスターのマリア・シルバームーン。とある神さんを信仰する敬虔なる聖職者で、その神聖力は折り紙付きや。まぁちぃとばかり、おのれの信仰する神さんに妄信的なとこがあって、一歩間違うと狂信者――っとと、こんな事考えてんのがバレたら、ウチの目論見がパァになってまうな。
 ウチはむんずとマリアの腕を掴むと、そのまま廊下に引っ張り出す。とりあえず、マリアが五竜亭におってくれて、助かったわ。後は、大急ぎでクランの村に向かうだけや。ウチは意気揚々と廊下を進み――
「ちょっ――と、待って下さぁい!!」
 ぶんっ! っと、風切り音が耳に響いた途端、ウチ視界がぐるっと回転し、まずは廊下の天井が、次いで床板が見える。状況を理解するヒマも無く、床板がウチの顔面にブチ当たった。
「はうっ!!」
 そこでようやく理解した。マリアに腕を振り払われた勢いで、ウチは投げ飛ばされて廊下に叩き付けられたんや。それを見て、ずばっと椅子から立ち上がった小僧っ子が「一本」と赤い旗を上げよる。どっから出したねんその旗!?

 この小僧っ子はケドや。五竜亭の近所にある魔法学院の学院生で、まだ若いが優秀な魔法使いっちゅう触れ込みや。まぁ、超絶天才美人魔術師のウチに比べたらゼンゼンひよっ子なんやけど、何かっちゅうウチにカラんでくるわ、ウンチクかますわで面倒くさいやっちゃ。ウチに言わせたら、まだまだ場数が足りん。もう2~30年も経験詰んだら、もちっとマシな魔法使いになれるんちゃうやろか?
「ガルフネットさん。そんなに急がれて、いったいどうなさったのです?」
 とまぁ、この二人の説明をしとるウチを見おろしながら、マリアが言う。たった今、豪快にウチをブン投げた割には、何事も無かったかのようなひょうひょうとした口調や。いやホンマ、ウチやなかったら顔面強打で廊下は鼻血の海やで?
「随分と迂闊じゃないですか?」
「――あたたたた」
痛む腰をさすりながら立ち上がるウチに向かって、ケドがつぶやく。せやな、ホンマにウカツやったわ。で、このニコニコ微笑む天使みたいなシスターは、こう見えて凄まじいパワーの持ち主で、おそらく徒手空拳では五竜亭でも最強と謳われとる。そんなバケモノを力ずくで連行しようやなんて、我ながら自殺行為やったわ。
「――ど、ど~もこ~もあらへん! 人助けや! マリアの大好物、人助けやで!!」
「――はあ? 人助け、ですか?」
 さすがに状況が飲み込めん、って顔しとるけど、こういう場合はとにかく勢いや! 結論から入って、有無を言わせずこっちのペースに巻き込む。特に、マリアみたいなぽーっとしとるタイプの奴には、効果絶大なんや。
「そうや、人助けや! クランの村に、呪いに苦しめられとるヒトが、ぎょうさんおるねん! そいつらを、助けたってほしいんや!!」
 ウチは一気にまくしたてた。ここまで言えば、聖職者たるマリアの瞳に、使命の輝きが宿るはず――。
「――変ですねぇ」
 ぎくっ!
 イキナリ横槍を入れてきたんは、ケドや。このガキ、やたら頭の切れるヤツやから、ウチがナンぞたくらんどるんとちゃうか疑うとるんやろう。案の定、ケドはウチのことをジト眼で見ながら口を開いた。
「強欲の権化みたいなガルフネットさんが、人助けなん――」
「邪魔すんな」
 ごきゃっ!!
 ウチは、とっさにケドをダマらせた。小僧っ子の脳天はウチの胸あたりの高さやったから、軽くジャンプしてからの打ち下ろしの右や。その一撃で、ケドがあっさり豪沈する。ちょっとばかし手荒い方法やったけど、こういう頭脳先行型の人間をダマらすには、コレが一番なんや。
「ちょっ! ガ、ガルフネットさん!?」
 よっしゃ! ここで一気にキメるでっ!!
「マリア!」
 びっとマリアを指さして、なんぞ言いたさそうな出鼻にかぶせると、ウチは念を押すように繰り返す。
「ええか? クランの村には、困っとるヒトがぎょうさんおる。呪いを解くために、高位聖職者の力が必要なんや」
 人を疑うことを知らんマリアのことや、こう言うたら、間違いのうウチと来てくれる。ウチの目論見通り、マリアは「は――はい」と頷きよった。
 ――ニヤリ。
「善は急げや。ほな、ウチと一緒に来てんか」
 とりあえず、マリアの背中をポンと押して、先に進ませる。マリアはケドの事が気がかりそうな様子やったけど、ウチが軽ーくウインクして見せると、しぶしぶ廊下を歩いていく。その背中を見届けてから、ウチは廊下に転がっとるケドを部屋ん中に押し込んで扉を閉めた。
 ウチは、マリアに急いで支度をさせると、その手を引っ張るようにして五竜亭を出た。五竜亭の前にある巨大なクレーターを横によけ、せかせかと先を急ぐ。ちなみに、予想どおりマリアがクレーターのコトを聞いてきたけど、まさかウチが着陸に失敗してできた穴とも言えへんし、適当に笑うて誤魔化した。そんなウチに、マリアがぼそりと言う。
「――ところで、ガルフネットさん。何をたくらんでらっしゃるんですの?」
 ぎっくうぅん!!
 マリアめ、あなどれんやっちゃ。勢いにまかせてマリアを引っ張り出し、うやむやのウチに手助けさせようっちゅうウチのカンペキな計画を、こうも簡単に打ち破るとは――。とにかく、この場はうまいコト言いくるめんならん。
 え~っと、え~っと――。
「今、適当に作り話を考えているでしょう?」
「そそそ、そんなコトあらへんって」
 慌てるウチに、マリアがクギを刺す。
「それらしい作り話で言いくるめようとしても、ダメですからね」
「ななな、何やねん? 聖職者のクセに、人助けするんがイヤなんか?」
 おおっ! 我ながらナイスなフォロー!!
「もちろん、困っている人をお救いするのが聖職者の務めですが――ガルフネットさん、声にビブラートがかかってますわよ」
 ちちぃ。心の動揺が、ホンの少うし出てしもうたか。なかなか、するどい娘やな。
「まあいいですわ。クランの村までの道中、事情を聞く時間はいくらでもありますから。嘘偽りのないお話を、納得いくまでじっくりと聞かせていただきますわ」
 先を進むマリアが、ゆ~っくりと振り返った。ウチは思わず生ツバを呑む。
「一緒に行くからには、事情を知る権利がありますものね」
 ――あかん、この娘をダマそうとした、ウチが甘かったんや――。
 マリアの優しい笑顔が、そンときのウチには何よりも恐ろしゅう見えた。