魔女と聖杯と用心棒

-最終章- 『女魔術師、まんまと一杯食わされる』

「それから――どんくらいやったかな? まぁけっこうな時間やったとは思うけど、ウチはそこで待ったんや。誰も出てこうへんて解ってたけど、とりあえずウチが気ぃの済むまで待ったった」
 その時の事を思い出し、ウチはしゅんと鼻をすすった。【待つ】という時間があれほど長く、あれほど寂しゅう感じたんは、生涯初めてやったと思う。
「そうですか――そんな事があったんですか」
 黙って話を聞いとったマリアがしんみりとした声で言うた。
「ああ。せやから、ウチはケジメだけは付けんといかんのや。死んだサブロータのためにも、クランの村の呪いだけは、解いたらんといかん」
「それならそうと、正直に言って下されば、喜んでお手伝いしましたのに」
 マリアが、ウチを慰めるように優しく微笑んだ。さすがのウチも、こん時ばかりは聖職者の心遣いを有難う感じた。
「あら?」
 いきなり、マリアが短く声をあげた。ウチの顔をしげしげと見つめてから、何や含みのあるにやにや笑いを浮かべる。
「なんや? ウチの顔に、何かついとるか?」
「――そのバンダナ――」
 ぎくっ!!
「今の話にあった【手拭い】ですか?」
 ぎくぎくぎくっ!!
 ウチは、マリアの鋭いツッコミに、必死に動揺を隠した。マリアはさらににこにこしながらウチの前に進み出ると、腰の後ろで手を組んだままくるりと一回転しよった。なんやウキウキしとるようなその仕草に、ウチは言いようのない不安を感じる。
「――ひょっとして、ガルフネットさん、その人のことを好きだったんじゃないですか?」
「そ――」
 ウチは思わず口ごもる。顔がかああっと熱くなって、急にはコトバが出てこうへんかった。
「そんなんとちゃうわい!」
「そうですか~?」
 マリアがジト眼でウチを見る。それは、明らかに状況を楽しんどる眼やった。
 ちっ。こんなふうに言われるんがイヤやったから、事情を話しとうなかったんや――。
「ウチはなぁ、サブロータがどうしてもほっとけへんかったんや。ああゆう馬鹿正直で、純粋なヤツは今の世の中じゃあ長生きできへん。善人はみんな早死にして、悪どい奴がのさばる世の中なんや。――せやからこそ、ウチはサブロータみたいなヤツには長生きしてほしかったんや」
 そうや。そういうコトやったんや。ウチが、三郎太に対して【先生】じみたことしようなんて気になったんは、そうゆう理由からやったんや。【きまぐれ】でもない、【教え癖】でもない、ウチが自分の心のスミに追いやってしもうた【純粋な心】。どんなに裏切られても、そんな心を持ち続ける三郎太を、守ってやりたかったからなんや。その事に、今になって気付くやなんて――。
 そんなウチの心中を察したんやろうか? マリアはそれ以上何にも言わへんかった。そして、途中、バカ高い【飛翔の呪文】を仕入れてから、そいつを使うてウチとマリアはクランの村に到着した。別に徒歩か馬で行ってもよかってんけど、まぁ大サービスや。少しでも早う、遺言を叶えたろうやないか。なぁ、三郎太――。
「な――?」
 それは、信じられへん光景やった。村の路上にはいくつもの人影が見られ、活気すら感じられる。人々の顔には希望と笑顔が戻り、村に残された【呪い】は、その影すら見られへんかった。
「どないなってんねん――?」
 呆然とするウチ。
「とにかく、村長の御宅を訪ねてみません?」
 マリアの提案に頷いたウチは、さっそく村長の家へと向かう。途中、ウチは無意識のうちに早足になっとる事に気付いた。ウチらが到着すると同時に、村長が陽気な顔で出迎えた。――ウチは何やらイヤ~な予感がした。
「ああ、よくいらして下さいました。どうぞ、ごゆっくりして行って下さい」
 村長の、ウチらに対する歓迎ぶりはナミやなかった。しかも、応接室に通されたウチらを見に、村人が集まって来るしまつや。
「ガルフネットさん! あれ!!」
 マリアに言われて眼を向ける。そこには急ごしらえの祭壇があって、そこにちょこんと祭られとるもんは、ウチに見覚えのあるもんやった。
「いやあ、あなた方には村を救っていただいて、何とお礼を言ったらよいものかどうか」
 もはや、そんな村長の言葉はウチの耳には届いてへんかった。祭壇に祭られた【アリティアの聖盃】が、全てを物語っとった。
「お連れの方が村にやってまいりまして、あのように聖盃を置いていってくれました。おかげさまで【呪い】も解け、今では皆が元気を取り戻しています。あ、そうそう。お連れの方から、あなた様は後から来るはずなので、これを渡すように頼まれています」
 村長は、ウチに1通の手紙を差し出した。ウチは無言でそれを受け取ると、封を開ける。
「――――――――」
 ウチは終始無言でその手紙を呼んだ。それは、三郎太からウチに宛てて書かれた物やった。あのガキ、字ぃ書けたんかい!?
「――ガルフネットさん?」
 マリアが、おずおずと声をかける。察するに、ウチはよっぽど険しい顔をしとったんやろう。
「――――ぷっ」
 ウチは思わず吹き出した。
「あははははははははははっ!!」
 読み終えた手紙を握りしめて、ウチは大声で笑うた。三郎太の手紙は、ウチに対する詫び状やった。聖盃を手に入れるために、ウチを騙して申し訳ない。ウチがずっと待っとったのに、こっそり先に村に戻って申し訳ない。要約すると、そういう内容やった。
 やられたワ!
 ウチは、三郎太にまんまと一杯くわされたっちゅう訳や。三郎太は、ウチに教わったことを、ウチに対して実践しよったんや!
 これが笑わずにおれるかいな!!
「あの――どうなさったんですの?」
 マリアが心配そうに、ウチの顔を覗き込む。
 ウチは頭に巻いた手拭いをむしり取ると、くしゃくしゃに握り潰しながら、ひたすら笑うた。
三郎太め! やってくれるやんけ!!
――不思議と、悔しゅうはなかった。
 それどころか、妙な満足感と、ふつふつと湧きあがる闘志を感じた。
「今度会うた時は、このカリ利子つけて返すから、覚悟しときや! サブロータッ!!」
 その夜、ウチとマリアはクランの村総出での、盛大な歓待を受けた。

『魔女と聖杯と用心棒・完』

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