-第七章- 『女魔術師、弟子の死に落胆する――』
アリティアの聖なる骸が安置されとる部屋。そこには、間違いなく聖盃も保存されとるはずやった。それは、祭壇に掲げられとるのかもしれんし、アリティアの骸が抱きかかえとるのかもしれん。せやけど、どんなカタチであれ、絶対にこの部屋にあるハズなんや。 ウチと三郎太は息せき切って、最深部とおぼしき部屋に跳び込んだ。
その部屋にはもちろん先客がおった。そいつは、祭壇の奥にうやうやしく祀られた棺に手をかけたまま、驚きの表情でこちらを振り返る。ローブのいたる所に飾りつけられたアミュレットやマジック・ジュエルが、ちゃらちゃらと音をたてた。
「ダバラ! 仲間をオトリにするなんて、感心せえへんな!!」
ダバラは棺から手を離すと、ゆっくりとした動作で向き直った。その立ち姿はごく自然なもんで、まったくの無防備やった。
「連中に勝ち目がないことは解っていたけど、まさかこうも早く追い付いてくるとは。僕の見込み違いだったようだ」
そこで、おなじみの「ふっ」笑い。この期に及んでのその余裕ある態度に、ウチは妙な胸騒ぎを覚えた。
「それで、どうします? 一戦やらかしますか? この僕と?」
ウチは、はっと気付いて三郎太を見た。油汗でびっしょりになった三郎太の姿がそこにはあった。息使いも荒く、足元もおぼついとらん。まさか、これほどのダメージやったとは――察してしかるべきやったんや! あれだけ強力な雷撃をモロに受けたんや、平気なハズないやんか!!
ウチは、余裕の表情のダバラを睨みつける。ダバラは笑ったままで、口を開こうとせえへん。ウチはチラと三郎太を見てから、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「――やっぱり、クランの村から逃げ出した魔術師っちゅうんは、あんたやったんやな」
ダバラの口許が、ニヤリと歪む。ウチもまた、負けじと余裕の笑みを浮かべながら、言葉を続けた。
「あんたにしてみたら、戦士の呪いなんかどうでもよかったんや。聖盃さえ手に入ったら、それ持ってドロンするつもりやったんやろう」
「想像にお任せするよ」
言うて、「ふっ」と笑う。ウチは心中滾る怒りを抑えるのに必死やった。
「モールモーラの図書館で【紙隠し】の魔法を使うたんも、あんたやな。すでに調べたことがあったんやろう、アリティア伝説に関する文献がドコにあるかは、あんたにも解っとったハズや。せやけど、仲間連中にはそのコトを隠さんならん。そこで、さも探すようなフリして【お探し香】を焚いた。けど、ウチがすぐに追いついて来ることは解っとったし、【お探し香】の強烈な匂いが消えるまでには時間がかかる。そこであんたは、ワザと解るように【証拠隠滅】の工作をしたんや」
ダバラは相変らずのにやにや顔やったが、その眉がピクリと動いたんを、ウチは見逃さへんかった。ウチはもう一度三郎太に目をやった。荒い息は相変らずやったけど、油汗はナンボか引いたようやった。ウチが貸したった【治癒のリング】の魔力が効いてんねやろうけど――。
まだや、もうちょっと時間を稼がんと――。
「とっさの思いつきやったんやろね。けど、効果はあったワ。ウチも最初、すっかりダマされたもんな。せやから、クランの村長の話を聞いた時も、逃げた魔術師があんたやとは思わへんかった。そして、まんまとウチをひっかけたあんたらは、先にこの神殿までたどりついた。おそらく、金にいとめつけんと、移動系の呪文をバンバン使うたに違いない。一度は訪れた場所やからな、呪文1発で飛んでくることかて、できたハズや。せやけど、あんたにも誤算がひとつあった」
ウチはタバラを油断なく見つめた。タバラは「ふっ」と笑うと、床に唾を吐く。
「まったくだ! あの役立たずの盗賊め!! 口ばかり達者で、その実、罠ひとつ解除できやしない! 確かに【壁登り(クライムウォール)】や【背後攻撃(バックスタブ)】は得意かもしれんが、あれじゃあ戦闘以外には役に立ちはしない!!」
「せやから言うたやん。宝箱のひとつも満足に開けられん奴やてな。前アンタと組んどった盗賊は、さぞやええウデやったんやろね」
「ああそうさ。少しおっちょこちょいなトコロはあったが、僕の知り得る限り最高の盗賊だった。まさか、あんな罠で死ぬなんて、おっちょこちょいが災いしたんだろうな」
ウチは、さっきの落とし穴で見つけた死体のことを思い出した。ピンときて、ウチは苦笑いする。
そうか! そういうコトやったんか!!
「そこであんたは計画を変更した。ウチらに先に進ませて、その後をついて行くことにしたんや」
「ご明答」
ダバラはパチパチと手を叩いた。ムッとするのを堪えながら、ウチはダバラに聞いた。
「せやけど、ひとつ解らんことがある。ガーディアン・エッグに【強化】の呪文をかけたんはあんたやろ? おかげで、ウチらもあやうくやられる所やった。けど、なんでや? ウチらに先に進んで欲しいくせに、なんでそんなコトしたんや?」
「簡単なことさ。君たちが聖盃を手に入れた後、それを奪い取らなくてはならないじゃないか。あの連中の力では、君を倒せないことぐらい解っていたしね」
――なるほど。
ウチは唇を噛んだ。ダバラの目的は、ウチにひとつでも多く呪文を使わせることやったんや。おかげさんで、ウチは仕入れてきた魔法のほとんどを使うてしもうた。もちろん、まだまだ使える呪文は残っとるけど、強力すぎてとてもこんな場所では使えんようなヤツばっかりや。犬猿の仲やゆうても、ダバラとは古いつきあいやし、こいつの力はよう解っとる。今、この場でこいつを相手にするには、呪文が不足しすぎとった。
「理解したようだね。君たちに勝ち目はないよ。こっちには、ここで使っても支障のない強力な攻撃呪文がいくつも残っているんだからね」
ダバラが勝ち誇った笑いをあげる。それは、いつものクールな仮面を脱ぎ捨てた、卑しく低俗な憎たらしい笑いやった。ウチの絶望を察して緊張の糸が切れたんやろうか? 突然、三郎太が、がっくりと膝をついた。
「サブロータ!?」
ウチは慌てて三郎太に駆け寄る。三郎太はウチに心配かけまいと、無理して笑顔をつくる。それがかえって、ウチの心配をあおっとることにも気付かんと――。
「まあ、今回は僕の勝ちということさ。安心したまえ、手に入れた聖盃は、有効に活用させてもらうよ。君は、そこの浪人の傷の面倒でも診てやるんだな」
再度、カンに触る笑い声をあげてから、ダバラは聖蓋を押し開いた。美しい彫刻に飾られた大理石の蓋がゴトンと床に落ちる。期待と歓喜に歪んだダバラの顔が、驚愕の色に染まった。
「――聖盃が無い! 馬鹿な! そんなハズは!!」
ウチはその一瞬を逃がさへんかった。三郎太のフトコロにずぼっと手をつっこむと、そこにあった小さな包みを引っぱり出す。渾身の力で包みをダバラに投げつけたウチは、素速く呪文を唱え始めた。
「――っ!!」
ウチの動作に気付いたダバラが身構える。ウチの投げた包みを見、呪文を唱えるウチに視線を向ける。ウチの唱える呪文が何か悟ったダバラは、嘲笑を浮かべて言うた。
「【魔法消去】の呪文だと? その呪文ひとつで、僕の攻撃呪文を全て封じ込める事ができるとでも思っているのか!?」
そして、自らもまた呪文の咏唱に入る。何も急ぐ必要はあらへん。レジストパワーは詠唱には時間がかかるし唱えとる時はスキだらけなんや。そのスキを少しでも誤魔化すために、陽動で包みを投げた——と考えたんやろ?と考えたんやろ? そうと解れば落ち着いて、スキだらけのウチに自慢の攻撃魔法をブチ込めばダバラの勝ちや。
けどな、ウチは天才美人魔術師と呼ばれたガルフネット様やで!
「そこんトコ見くびったんがオノレの敗因や!!」
ウチが放り投げた包みから1枚の呪文書がはがれ落ちる。その呪文書に浮き出していた【2】の文字が【0】に変わった。
ダバラはウチが【魔法消去】の呪文を唱えようとしたと思うたんやろうけど、そもそも魔法消去は僧侶呪文や。ついきっきオノレの仲間が唱えてくれたから、ちょっとした真似事を見せたっただけのハナシや。
「なにっ!?」
ダバラは驚いて上を見た。ウチが投げた包みがはじけ、中から本来の大きさに戻った斬馬刀が飛び出した。ダバラが自身の失敗に気付いた時には、もう手後れや!! ウチの体重よりも重い斬馬刀の下敷になって、ダバラは「グエッ!」とガマガエルみたいな悲鳴をあげた。
「僕をどうするつもりだ!!」
ウチらは、神殿の通路を出口に向かって進んどった。タバラは不安にかられつつも、必死で強がっとる。ウチは、にや~っと笑うて言うた。
「さぁて、どないしようかなぁ~。一息にいてこますんもええけど、じわじわとなぶりモンにするんもええなぁ」
うぞぞぞぞ~っと縮みあがるダバラ。ダバラからぶん取った【治癒のリング】のおかげでいくぶん体調の回復した三郎太が、苦笑いを浮かべとった。
「なぁ、ガルフ。これまでの事は水に流して、僕と一緒に聖盃の行方を追おうじゃないか。なあに、僕と君が組めば、すぐに見つかるさ。モチロン、報酬は君が全部決めてかまわない。僕の取り分が無くても、それはそれで我慢するからさ。な、な?」
「あかん。ウチの心はもう決まってんねや。クランの村に呪いを持ち込んだ罪と、ウチに喧嘩売った罪。このふたつを償わせるためにも、あんたには、30年ほどガマガエルになって暮らしてもらお思てんねん」
そらもぉ、さっきの悲鳴にピッタリな姿にしてやろうっちゅうハナシや。
「ぼ、僕に【畜生道】の呪いをかけるつもりなのかい!?」
ダバラが泣きそうな声をあげた。ウチはけらけら笑いながら、深々と頷く。
「もし運があったら、30年後に再会しようやないか」
「後悔するぞ! ガルフネット!! 僕が手伝えば、神殿から持ち出された聖盃も、簡単にみつかるんだ!!」
「心配御無用。ウチには、聖盃がどこにあるか、とっくに解っとるんやからね」
「な、何だって!?」
ダバラがぎょっとする。三郎太もまた、驚いてウチを見た。
「ウチが、何でアンタが棺を開けた時のスキをあそこまで的確に突けた思うてんねん。ウチには、聖盃が棺ン中に無いことが解ってたからやねんで」
「まさかキサマがすでに聖盃を手に入れていたとでも言うのか!?」
ダバラの短絡な発想には、ほとほと呆れはてるワ。ウチは、ため息をついてから言葉を続けた。
「アホ言わんといて。聖盃は神殿から持ち出されてへんで。今でも、この神殿の中にあるんや」
「バカな! なら、なぜクランの村への恩恵がとぎれたんだ?」
ダバラが吐き捨てる。ウチのハッタリやと思うたからやろう。ウチは指をピンと立てると、ニッコリ笑って言うたった。
「聖盃は本来の位置から動かされてしもたんで、その効力が大きく低下しただけなんや。クランの村を守護しとった力は、おそらく祭壇で増幅されたもんやったんやろう。で、肝心の聖盃やけど、今ドコにあるかっちゅうと――」
ウチはピタと立ち止まる。そこは、盗賊の死体があった落とし穴の前やった。ウチは、立てた指をすっと下ろすと、その落とし穴を示した。
「ここや」
ダバラは大笑いした。そんなもんは無視して、ウチは指をくるりと回す。盗賊の死体がもぞもぞと動いて、その下から出てきたのは、まぎれもなく【アリティアの聖盃】やった。
「そ――そんな!?」
愕然とするダバラの顔は、それこそ見モノやった。ふわふわと宙を移動した聖盃が、ウチの手にぽすんと乗る。なおも呆然とするダバラに、ウチは親切心から解説してやった。
「あんたが言うたやんか。かつて仲間やった盗賊は、腕はピカ一やったけど、おっちょこちょいやったてな。それ聞いた時にピンときたんや。何で、村への恩恵が切れたんか。何で、持ち出されたはずの聖盃の噂が聞かれへんのか。今、聖盃がどこにあるんか、がな。あんたの言うた通りやったんや。盗賊の腕は最高やった。せやからこそ、見事目的の聖盃を手に入れたんや。けど、ソン時の喜びで、弱点のおっちょこちょいな所が出てしもうたんや。うかれ気分で帰る途中、可愛そうなコトに、落とし穴に落ちて二度と帰らん人になってしもうたっちゅうワケやな」
ダバラが、がっくりとうなだれる。プライドのカタマリみたいなダバラにとっては、この事実はむちゃくちゃショックやったやろう。せやけど、こいつらのせいで半年の間苦しみ続けた村人のコト考えると、まだまだ許したるワケにはいかへん。ウチはダバラの肩をポンと叩いた。
「これで思い残すこともないやろ? ガマガエルの人生を満喫してや」
ウチの勝利はゆるぎないモンやった。そのハズやった。せやけど、ウチはひとつヘマやらかしてしもうた。追い詰められた人間の、感情の爆発を甘う見すぎとったんや! まさか、あのダバラがそんなコトを考えるやなんて、ウチは思いもせんかった。
「――おのれっ! こうなったら、貴様ら全員道連れだ!! 僕と一緒に、神殿のガレキに埋もれてもらうぞ!!」
「何やて!?」
ウチが気付いた時には、もう遅かった。ダバラがウチに激しく体当りし、ウチは聖盃を取り落とす。落ちた聖盃は、再び落とし穴の中へと消えた。
「全てのものよ滅びるがいい!! 【大地よ砕けろ!!】」
「アホなっ!!」
正気かいな!!
ウチは絶叫した。こんな所でそんな呪文使うたら、神殿が崩れて全員生き埋めになってまうやんか!! ウチは聖盃の消えた落とし穴を覗き込んだ。すでに周囲は激しく揺れ始め、屋根や壁に亀裂が走る。一刻も早う逃げんと、ウチもみんなもオダブツや!
クソッタレが! ここまできて!!
ウチは断腸の思いで唇を噛んだ。ひたすら高笑いをあげつづけるダバラは無視して、三郎太に叫ぶ。
「サブロータ! はよ逃げるんや!!」
「しかし、聖盃は!?」
さっき、穴の中の聖杯を呼び寄せるために【こっちにおいで】の呪文は使うてしもてたから、また聖杯を手にするには落とし穴の中に飛び込んで探すしかない。そして、今、そんな時間が無いのは誰の目にも明白や。
「諦めるしかないやんか! 穴ン中の聖盃を探しとるヒマなんかあらへんで!!」
「――くっ!!」
ウチは一気に駆け出した。そして、イヤな予感がして振り返る。落とし穴の縁で立ったままの三郎太が、ウチに優しく微笑みかけとった。
「師匠――色々とありがとう。もし、拙者が逃げ遅れたら、その時は村を頼む――」
「あかん! サブロータッ!!」
ウチが止めるヒマもなく、身をひるがえした三郎太は、落とし穴に跳び込んでもうた。次の瞬間、崩れた天井が落とし穴に振りそそぎ、ダバラの高笑いとウチの絶叫は豪音に呑まれる。
アホが! まんまとウチの嘘にダマされよってからに!! 別に聖盃やのうても、村の呪いは解けたんや!! 高位な僧侶が時間かけて祈れば、それで呪いは解けたんや!! ウチは最初から、そのつもりやったんやで!!
ウチは通路を走った。出口に向かって。ダバラの呪文によって通路は激しく揺れ、どんどん崩れていく。このままやと、ウチもオシマイや。ウチはイチかバチか、最後に残った【爆熱】の呪文を唱えると、背後に向かって放つ。通路内で弾けた呪文は、膨大な熱エネルギーとなって膨れ上がった。その熱で激しく膨張した空気は、いわゆる【エントツ現象】となって、ウチの体を押し出した。
「ぶにゃっ!!」
出口から吐き出されるようにして跳び出したウチのすぐ後ろで、豪音とともに神殿は完全に埋もれてしもうた。
三郎太のアホたれが――ウチは言うたやんか。【自己犠牲が美徳】やなんて信じとるヤツらはアホやて。そんなん、献身するモンの自己満足やて。
――アホが――アホたれが――。
その部屋にはもちろん先客がおった。そいつは、祭壇の奥にうやうやしく祀られた棺に手をかけたまま、驚きの表情でこちらを振り返る。ローブのいたる所に飾りつけられたアミュレットやマジック・ジュエルが、ちゃらちゃらと音をたてた。
「ダバラ! 仲間をオトリにするなんて、感心せえへんな!!」
ダバラは棺から手を離すと、ゆっくりとした動作で向き直った。その立ち姿はごく自然なもんで、まったくの無防備やった。
「連中に勝ち目がないことは解っていたけど、まさかこうも早く追い付いてくるとは。僕の見込み違いだったようだ」
そこで、おなじみの「ふっ」笑い。この期に及んでのその余裕ある態度に、ウチは妙な胸騒ぎを覚えた。
「それで、どうします? 一戦やらかしますか? この僕と?」
ウチは、はっと気付いて三郎太を見た。油汗でびっしょりになった三郎太の姿がそこにはあった。息使いも荒く、足元もおぼついとらん。まさか、これほどのダメージやったとは――察してしかるべきやったんや! あれだけ強力な雷撃をモロに受けたんや、平気なハズないやんか!!
ウチは、余裕の表情のダバラを睨みつける。ダバラは笑ったままで、口を開こうとせえへん。ウチはチラと三郎太を見てから、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「――やっぱり、クランの村から逃げ出した魔術師っちゅうんは、あんたやったんやな」
ダバラの口許が、ニヤリと歪む。ウチもまた、負けじと余裕の笑みを浮かべながら、言葉を続けた。
「あんたにしてみたら、戦士の呪いなんかどうでもよかったんや。聖盃さえ手に入ったら、それ持ってドロンするつもりやったんやろう」
「想像にお任せするよ」
言うて、「ふっ」と笑う。ウチは心中滾る怒りを抑えるのに必死やった。
「モールモーラの図書館で【紙隠し】の魔法を使うたんも、あんたやな。すでに調べたことがあったんやろう、アリティア伝説に関する文献がドコにあるかは、あんたにも解っとったハズや。せやけど、仲間連中にはそのコトを隠さんならん。そこで、さも探すようなフリして【お探し香】を焚いた。けど、ウチがすぐに追いついて来ることは解っとったし、【お探し香】の強烈な匂いが消えるまでには時間がかかる。そこであんたは、ワザと解るように【証拠隠滅】の工作をしたんや」
ダバラは相変らずのにやにや顔やったが、その眉がピクリと動いたんを、ウチは見逃さへんかった。ウチはもう一度三郎太に目をやった。荒い息は相変らずやったけど、油汗はナンボか引いたようやった。ウチが貸したった【治癒のリング】の魔力が効いてんねやろうけど――。
まだや、もうちょっと時間を稼がんと――。
「とっさの思いつきやったんやろね。けど、効果はあったワ。ウチも最初、すっかりダマされたもんな。せやから、クランの村長の話を聞いた時も、逃げた魔術師があんたやとは思わへんかった。そして、まんまとウチをひっかけたあんたらは、先にこの神殿までたどりついた。おそらく、金にいとめつけんと、移動系の呪文をバンバン使うたに違いない。一度は訪れた場所やからな、呪文1発で飛んでくることかて、できたハズや。せやけど、あんたにも誤算がひとつあった」
ウチはタバラを油断なく見つめた。タバラは「ふっ」と笑うと、床に唾を吐く。
「まったくだ! あの役立たずの盗賊め!! 口ばかり達者で、その実、罠ひとつ解除できやしない! 確かに【壁登り(クライムウォール)】や【背後攻撃(バックスタブ)】は得意かもしれんが、あれじゃあ戦闘以外には役に立ちはしない!!」
「せやから言うたやん。宝箱のひとつも満足に開けられん奴やてな。前アンタと組んどった盗賊は、さぞやええウデやったんやろね」
「ああそうさ。少しおっちょこちょいなトコロはあったが、僕の知り得る限り最高の盗賊だった。まさか、あんな罠で死ぬなんて、おっちょこちょいが災いしたんだろうな」
ウチは、さっきの落とし穴で見つけた死体のことを思い出した。ピンときて、ウチは苦笑いする。
そうか! そういうコトやったんか!!
「そこであんたは計画を変更した。ウチらに先に進ませて、その後をついて行くことにしたんや」
「ご明答」
ダバラはパチパチと手を叩いた。ムッとするのを堪えながら、ウチはダバラに聞いた。
「せやけど、ひとつ解らんことがある。ガーディアン・エッグに【強化】の呪文をかけたんはあんたやろ? おかげで、ウチらもあやうくやられる所やった。けど、なんでや? ウチらに先に進んで欲しいくせに、なんでそんなコトしたんや?」
「簡単なことさ。君たちが聖盃を手に入れた後、それを奪い取らなくてはならないじゃないか。あの連中の力では、君を倒せないことぐらい解っていたしね」
――なるほど。
ウチは唇を噛んだ。ダバラの目的は、ウチにひとつでも多く呪文を使わせることやったんや。おかげさんで、ウチは仕入れてきた魔法のほとんどを使うてしもうた。もちろん、まだまだ使える呪文は残っとるけど、強力すぎてとてもこんな場所では使えんようなヤツばっかりや。犬猿の仲やゆうても、ダバラとは古いつきあいやし、こいつの力はよう解っとる。今、この場でこいつを相手にするには、呪文が不足しすぎとった。
「理解したようだね。君たちに勝ち目はないよ。こっちには、ここで使っても支障のない強力な攻撃呪文がいくつも残っているんだからね」
ダバラが勝ち誇った笑いをあげる。それは、いつものクールな仮面を脱ぎ捨てた、卑しく低俗な憎たらしい笑いやった。ウチの絶望を察して緊張の糸が切れたんやろうか? 突然、三郎太が、がっくりと膝をついた。
「サブロータ!?」
ウチは慌てて三郎太に駆け寄る。三郎太はウチに心配かけまいと、無理して笑顔をつくる。それがかえって、ウチの心配をあおっとることにも気付かんと――。
「まあ、今回は僕の勝ちということさ。安心したまえ、手に入れた聖盃は、有効に活用させてもらうよ。君は、そこの浪人の傷の面倒でも診てやるんだな」
再度、カンに触る笑い声をあげてから、ダバラは聖蓋を押し開いた。美しい彫刻に飾られた大理石の蓋がゴトンと床に落ちる。期待と歓喜に歪んだダバラの顔が、驚愕の色に染まった。
「――聖盃が無い! 馬鹿な! そんなハズは!!」
ウチはその一瞬を逃がさへんかった。三郎太のフトコロにずぼっと手をつっこむと、そこにあった小さな包みを引っぱり出す。渾身の力で包みをダバラに投げつけたウチは、素速く呪文を唱え始めた。
「――っ!!」
ウチの動作に気付いたダバラが身構える。ウチの投げた包みを見、呪文を唱えるウチに視線を向ける。ウチの唱える呪文が何か悟ったダバラは、嘲笑を浮かべて言うた。
「【魔法消去】の呪文だと? その呪文ひとつで、僕の攻撃呪文を全て封じ込める事ができるとでも思っているのか!?」
そして、自らもまた呪文の咏唱に入る。何も急ぐ必要はあらへん。レジストパワーは詠唱には時間がかかるし唱えとる時はスキだらけなんや。そのスキを少しでも誤魔化すために、陽動で包みを投げた——と考えたんやろ?と考えたんやろ? そうと解れば落ち着いて、スキだらけのウチに自慢の攻撃魔法をブチ込めばダバラの勝ちや。
けどな、ウチは天才美人魔術師と呼ばれたガルフネット様やで!
「そこんトコ見くびったんがオノレの敗因や!!」
ウチが放り投げた包みから1枚の呪文書がはがれ落ちる。その呪文書に浮き出していた【2】の文字が【0】に変わった。
ダバラはウチが【魔法消去】の呪文を唱えようとしたと思うたんやろうけど、そもそも魔法消去は僧侶呪文や。ついきっきオノレの仲間が唱えてくれたから、ちょっとした真似事を見せたっただけのハナシや。
「なにっ!?」
ダバラは驚いて上を見た。ウチが投げた包みがはじけ、中から本来の大きさに戻った斬馬刀が飛び出した。ダバラが自身の失敗に気付いた時には、もう手後れや!! ウチの体重よりも重い斬馬刀の下敷になって、ダバラは「グエッ!」とガマガエルみたいな悲鳴をあげた。
「僕をどうするつもりだ!!」
ウチらは、神殿の通路を出口に向かって進んどった。タバラは不安にかられつつも、必死で強がっとる。ウチは、にや~っと笑うて言うた。
「さぁて、どないしようかなぁ~。一息にいてこますんもええけど、じわじわとなぶりモンにするんもええなぁ」
うぞぞぞぞ~っと縮みあがるダバラ。ダバラからぶん取った【治癒のリング】のおかげでいくぶん体調の回復した三郎太が、苦笑いを浮かべとった。
「なぁ、ガルフ。これまでの事は水に流して、僕と一緒に聖盃の行方を追おうじゃないか。なあに、僕と君が組めば、すぐに見つかるさ。モチロン、報酬は君が全部決めてかまわない。僕の取り分が無くても、それはそれで我慢するからさ。な、な?」
「あかん。ウチの心はもう決まってんねや。クランの村に呪いを持ち込んだ罪と、ウチに喧嘩売った罪。このふたつを償わせるためにも、あんたには、30年ほどガマガエルになって暮らしてもらお思てんねん」
そらもぉ、さっきの悲鳴にピッタリな姿にしてやろうっちゅうハナシや。
「ぼ、僕に【畜生道】の呪いをかけるつもりなのかい!?」
ダバラが泣きそうな声をあげた。ウチはけらけら笑いながら、深々と頷く。
「もし運があったら、30年後に再会しようやないか」
「後悔するぞ! ガルフネット!! 僕が手伝えば、神殿から持ち出された聖盃も、簡単にみつかるんだ!!」
「心配御無用。ウチには、聖盃がどこにあるか、とっくに解っとるんやからね」
「な、何だって!?」
ダバラがぎょっとする。三郎太もまた、驚いてウチを見た。
「ウチが、何でアンタが棺を開けた時のスキをあそこまで的確に突けた思うてんねん。ウチには、聖盃が棺ン中に無いことが解ってたからやねんで」
「まさかキサマがすでに聖盃を手に入れていたとでも言うのか!?」
ダバラの短絡な発想には、ほとほと呆れはてるワ。ウチは、ため息をついてから言葉を続けた。
「アホ言わんといて。聖盃は神殿から持ち出されてへんで。今でも、この神殿の中にあるんや」
「バカな! なら、なぜクランの村への恩恵がとぎれたんだ?」
ダバラが吐き捨てる。ウチのハッタリやと思うたからやろう。ウチは指をピンと立てると、ニッコリ笑って言うたった。
「聖盃は本来の位置から動かされてしもたんで、その効力が大きく低下しただけなんや。クランの村を守護しとった力は、おそらく祭壇で増幅されたもんやったんやろう。で、肝心の聖盃やけど、今ドコにあるかっちゅうと――」
ウチはピタと立ち止まる。そこは、盗賊の死体があった落とし穴の前やった。ウチは、立てた指をすっと下ろすと、その落とし穴を示した。
「ここや」
ダバラは大笑いした。そんなもんは無視して、ウチは指をくるりと回す。盗賊の死体がもぞもぞと動いて、その下から出てきたのは、まぎれもなく【アリティアの聖盃】やった。
「そ――そんな!?」
愕然とするダバラの顔は、それこそ見モノやった。ふわふわと宙を移動した聖盃が、ウチの手にぽすんと乗る。なおも呆然とするダバラに、ウチは親切心から解説してやった。
「あんたが言うたやんか。かつて仲間やった盗賊は、腕はピカ一やったけど、おっちょこちょいやったてな。それ聞いた時にピンときたんや。何で、村への恩恵が切れたんか。何で、持ち出されたはずの聖盃の噂が聞かれへんのか。今、聖盃がどこにあるんか、がな。あんたの言うた通りやったんや。盗賊の腕は最高やった。せやからこそ、見事目的の聖盃を手に入れたんや。けど、ソン時の喜びで、弱点のおっちょこちょいな所が出てしもうたんや。うかれ気分で帰る途中、可愛そうなコトに、落とし穴に落ちて二度と帰らん人になってしもうたっちゅうワケやな」
ダバラが、がっくりとうなだれる。プライドのカタマリみたいなダバラにとっては、この事実はむちゃくちゃショックやったやろう。せやけど、こいつらのせいで半年の間苦しみ続けた村人のコト考えると、まだまだ許したるワケにはいかへん。ウチはダバラの肩をポンと叩いた。
「これで思い残すこともないやろ? ガマガエルの人生を満喫してや」
ウチの勝利はゆるぎないモンやった。そのハズやった。せやけど、ウチはひとつヘマやらかしてしもうた。追い詰められた人間の、感情の爆発を甘う見すぎとったんや! まさか、あのダバラがそんなコトを考えるやなんて、ウチは思いもせんかった。
「――おのれっ! こうなったら、貴様ら全員道連れだ!! 僕と一緒に、神殿のガレキに埋もれてもらうぞ!!」
「何やて!?」
ウチが気付いた時には、もう遅かった。ダバラがウチに激しく体当りし、ウチは聖盃を取り落とす。落ちた聖盃は、再び落とし穴の中へと消えた。
「全てのものよ滅びるがいい!! 【大地よ砕けろ!!】」
「アホなっ!!」
正気かいな!!
ウチは絶叫した。こんな所でそんな呪文使うたら、神殿が崩れて全員生き埋めになってまうやんか!! ウチは聖盃の消えた落とし穴を覗き込んだ。すでに周囲は激しく揺れ始め、屋根や壁に亀裂が走る。一刻も早う逃げんと、ウチもみんなもオダブツや!
クソッタレが! ここまできて!!
ウチは断腸の思いで唇を噛んだ。ひたすら高笑いをあげつづけるダバラは無視して、三郎太に叫ぶ。
「サブロータ! はよ逃げるんや!!」
「しかし、聖盃は!?」
さっき、穴の中の聖杯を呼び寄せるために【こっちにおいで】の呪文は使うてしもてたから、また聖杯を手にするには落とし穴の中に飛び込んで探すしかない。そして、今、そんな時間が無いのは誰の目にも明白や。
「諦めるしかないやんか! 穴ン中の聖盃を探しとるヒマなんかあらへんで!!」
「――くっ!!」
ウチは一気に駆け出した。そして、イヤな予感がして振り返る。落とし穴の縁で立ったままの三郎太が、ウチに優しく微笑みかけとった。
「師匠――色々とありがとう。もし、拙者が逃げ遅れたら、その時は村を頼む――」
「あかん! サブロータッ!!」
ウチが止めるヒマもなく、身をひるがえした三郎太は、落とし穴に跳び込んでもうた。次の瞬間、崩れた天井が落とし穴に振りそそぎ、ダバラの高笑いとウチの絶叫は豪音に呑まれる。
アホが! まんまとウチの嘘にダマされよってからに!! 別に聖盃やのうても、村の呪いは解けたんや!! 高位な僧侶が時間かけて祈れば、それで呪いは解けたんや!! ウチは最初から、そのつもりやったんやで!!
ウチは通路を走った。出口に向かって。ダバラの呪文によって通路は激しく揺れ、どんどん崩れていく。このままやと、ウチもオシマイや。ウチはイチかバチか、最後に残った【爆熱】の呪文を唱えると、背後に向かって放つ。通路内で弾けた呪文は、膨大な熱エネルギーとなって膨れ上がった。その熱で激しく膨張した空気は、いわゆる【エントツ現象】となって、ウチの体を押し出した。
「ぶにゃっ!!」
出口から吐き出されるようにして跳び出したウチのすぐ後ろで、豪音とともに神殿は完全に埋もれてしもうた。
三郎太のアホたれが――ウチは言うたやんか。【自己犠牲が美徳】やなんて信じとるヤツらはアホやて。そんなん、献身するモンの自己満足やて。
――アホが――アホたれが――。
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