チカラノカギリ

#02_2 ダンスタイケツ

 その後、一応念のため……と母親にさりげなく聞いてみたところ、やはり芽衣の母がインスタのアカウントを消したのは、芽衣のM高合格と進学が決まり、中学校卒業を控えた3月上旬のことらしい。
「サナ先生に、小学生のお手本として見せたいからって言われて、動画を送ったことはあるかな? でも、ダンススクールのホームページには載せてないはずだよ。チームのユニフォーム着てないし」
 サナ先生に練習動画を渡したことはある? という質問に対する答えがコレ。
 ……つまり、サナ先生は芽衣の母親からデータを譲り受けてはいるらしい。彼女は、芽衣母のインスタの存在も知っていたし、それが「全世界へ公開」していることも知っていた。ホームページに載せていないとはいえ、どこかから『ふぉーぱーそん』の関係者まで流れ着く可能性はゼロではないという感じだ。
「そろそろ始まるよ」
 対応に頭を抱えているところに、彩花からリマインドとリンクが送られてくる。
 リンクをタップしてページを開いてみると、まだ配信はスタートしていないようで『しばらくお待ちください』というウエイティングの画面が表示された。「緊急告知」というキャッチを見たのだろう。いつもより早い時間なのに、いつもと同じような人数の視聴者が待機している状態だということが、スマホ画面の『視聴数』から確認できる。
 ほどなくして、ウエイティング画面が突然、バーチャルスタジオのものに切り替わった。生配信が始まるようだ。
 画面には前回見た3人に加え、既に見慣れた銀髪イケメンアバターが追加されていた。——あの、いけ好かないダンサーのダンだ。表情が硬いのは、本人の仏頂面を正確に表現しているからなのか、それとも単にアバターのデフォルトがそうなのか。よくわからない。よくわからないけれど、何となく全体的に、いつもと様子が違う。
 いつもと様子が違う……とは言っても、芽衣がこのチャンネルの動画を見るのは前回の分に続いて2本目なのではっきりとわかるわけではないのだが、少なくとも前回の動画と今回の配信は明らかに雰囲気が違うように見えた。
「はーい、皆さんどうもこんばんはー。愛の重さは金の重さ。今日もじゃんじゃん投げ銭よろしく! ……ってことで、緊急告知でーす」
 開口一番、他キャラの発言を待たずいきなり本題に切り込んできた着流しの『社長』に、画面に表示されていた学生風と猫のアバターが、慌てて二人同時に口を開く。
「オイ待て社長。俺まだ突っ込んでないんですけど!」
「様式美が守られてないよ〜。イレギュラーすぎてソースケもあわててるんだけど大丈夫? ……あ、みんなこんばんは〜」
 どうやら猫の言うとおり『様式美が守られてない』のはかなりイレギュラーなことらしく、生配信を待っていたファンたちのコメントが「そうだそうだ!」「様式美ダイジ」「ソースケ話入れずカワイソス」……と、昨日よりもハイスピードで流れ始めた。並列して、いつもより少し高額な300円程度の投げ銭と共に「それで緊急告知って何?」「投げ銭したから社長早くしゃべって」「気になる! 早く早く!」と社長の発言を促すコメント。
「はい、ささぽんさん、由美さん、サマーフラワーさん投げ銭ありがとう! 愛してるよ! いつもより金額の大きな投げ銭と愛に応えて、早速発表しまーす」
 社長の言葉に応えるように、4人のアバターの後ろに設置されたモニタが拡大され、「ダンvsスマイルちゃん/謝罪を賭けて真剣ダンス対決開催決定!!」という文字が映し出された。
「……って、いつの間に対決決定? 聞いてないんですけど!!」
 スマホのこちら側で思わず叫んだ芽衣に答えるようなタイミングで、「はい、拍手〜」と着流しアバターの社長が煽る。その社長に被せるように、銀髪アバターのダンが「何だよそれ!?」と、ちょっと怒ったような語調で一言。猫アバターのニャムは大きな猫の手を拍手の形に動かし、学生風アバターのソースケは完全に呆気にとられている様子だ。もちろん、それを見ているファンたちが黙っているはずもない。「88888888」「ダンの企画なんだから、ダンにくらい話してやれよ社長」「ニャムの手でっかくて可愛い」「何? スマイルちゃん出てきたの?」「ぱちぱち〜」「スマイルちゃんって誰?」「ソースケ、しっかりおし〜」と好き勝手に各々が入れたコメントが結果的に大きな波となってコメント欄を襲い、目で追えない早さの濁流となって去って行く。——まさに、カオスだった。
 目で追えない早さのコメントは完全無視して、社長が口を開く。
「ウン。聞いてないと思う。オレ、ダンに話してないし。てか、残りの二人にも言ってないもん。だから、みんな初耳だと思うけど、実はソッコーで、スマイルちゃんが見つかりましたー! パチパチパチパチ!」
「パチパチ〜じゃねーよ! オトナならホウレンソウ守れ!」
 会ったこともない(多分)ソースケという学生風アバターに、芽衣も完全同意だった。社長以外の3人だけでない。芽衣ですら、その詳細は聞かされていないのだ。もしかしたら彩花は聞いているのかもしれないけれど、今のところ彼女から新規のメッセージは来ていない。つまり——首謀者の頭の中以外に、現在その詳細は一切開示されていないということ。芽衣も、そしてダンも、好き勝手なテキストを打ち込んできているファンたちと同じように、社長からの発表を座して待たなければならないということに他ならない。
「オレ、ほうれん草キライ。苦くないアレ?」
「そういうボケいいから、こうなったら早く本題入れ」
 突っ込み役(多分)のソースケに促され、社長が「ハイハイ」と面倒くさそうに再度口を開く。
「じゃあさくっと概要だけ話するけど、スマイルちゃんは、ダンに動画を使われたことをものすごく怒って、ココに乗り込んできたんだよね。で、話聞いたらダンも悪いところありそうだし、ここはヒトツ、ダンに頭を下げさせようってことで」
「じゃあ、トラディッショナルに切腹させればいーじゃん? そんくらいデータ作れるよ〜? それとも、銀髪丸坊主にして土下座とか〜? それも面白そうだな〜」
 緩いテンポでものすごいことを言い出す猫のニャムの発言に、少し落ち着き始めたコメント欄がまた加速し始めたが、社長は完全にそれを無視して、視線をカメラの方に戻した。
「そういうのは、才能あるファンの絵師さんに任せて。……で、ダンの謝罪なんだけど、ゴメンナサイだけじゃつまんないかな〜と、オレは考えたわけ」
 一旦言葉を切り、社長のアバターがダンを振り向く。再度、カメラのある正面を見据える。
「で、ダンに、その動画で取り上げたダンスを踊ってもらうのはどうかなーと思ってるんだ。2本の動画をアップして、イイネが多い方が勝ちっていう対決。ダンが勝ったら謝罪はナシ。スマイルちゃんが勝ったら、ダンは男らしくゴメンナサイするってことで」
 対決の詳細は、ざっくりと彩花から聞かされていた内容通りに聞こえた。かろうじて芽衣と彩花にはDMで知らされていたが、社長は他のメンバーには一切その内容を話していなかったようだ。動画に出演している社長以外の3人は、初めて聞かされた内容を吟味しているのか、まだ黙ったままでいる。
「ま、いつものダンス回と同じだよ。でもチアダンスだから、その点、ちょっとダンには不利かもねー。キュート系だしねぇ。……ま、ダンス動画は例によって顔だけアバターなんで、内容はともかく、衣装に関しては後日、才能あるファンの絵師さんにお任せするってことで」
「てか、ちょい待ち! 何で俺が、そんなことやる必要あるんだよ!? 意味ねーだろ」
 ここに来てようやくダン本人が異議を唱えたが、既に流れは社長の掌の中だ。
「何でって、面白いからに決まってるじゃん。ダンには少しだけ、練習の時間をください。同時に、スマイルちゃんのお手本動画の方も手配しますんで。……って感じで、スマイルちゃんのブレインのJK、よろしくねー! 連絡待ってるよ!」
 営業用スマイルでそれだけ言い切り、社長は視聴者の方に笑顔のまま手を振る。
 今ここで、ブレインのJK——つまり彩花(多分)に「連絡待ってる」と言い出すと言うことは、つまり、彩花にもこの件は一切相談していなかったということ?
 芽衣だけでなく、関係者や視聴者のほぼ全員が混乱している中、振っている手を動かしたまま、社長は笑顔の出力を上げた。
「はーい、じゃあ今晩は短いんだけど、こんな感じで終了でーす! ご視聴ありがとうございました。また次回も投げ銭スタンバイして見てねー! バイバーイ!」

 画面が「ご視聴ありがとうございました」という文字に切り替わる。配信終了。

*

 いろいろ説明が欲しかったが、前回のように素早い彩花からの連絡はなかった。もしかしたら彩花のスマホは、そろそろペアコンことペアレンタルコントロールの制限時間に差し掛かっているのかもしれない。
 とりあえず明日、起きたら彩花にメッセージ入れて聞いてみるか……と諦めかけたその時、手の中のスマホがメッセージを受けて震える。発信者のアイコンは彩花のものではない。見覚えのあるような気もするのだが誰だろう……と考えつつメッセージ画面を開くと、そこには何となく黒っぽい、フォントだけでびっしり固められた文章が表示されていた。その画面を見て、ようやく差出人に思い当たる。サナ先生だ。
「めいちゃんお元気ですか? 高校生活楽しんでいますか?」というような定型の挨拶から始まるテキストには、彩花から動画データのことを聞かれたということと、知り合いのダンス関係者に頼まれ、それをコピーして渡した事実があることが書かれていた。思った通り「めいちゃんママがネットで公開していた動画なので問題ないと思って。ゴメンネ☆」という、あまり反省しているようには見えない感じの謝罪つきだ。
 何と返信して良いのかわからず、芽衣はそのままスマホを充電器に置く。——現在、あまりにも彩花の予想通りの展開。であれば、解決策まで彼女自身が考えているという予感があった。きっと、寝て起きる頃までには、彩花から何らかの解決へ向けたヒントが提示されることだろう。
 そして無論、その予感は裏切られず、朝起きてすぐのタイミングで彩花からの着信がやってくる。
「昨日ごめんね。ちょっとバタバタしてるうちに、ペアコンの時間になっちゃって。……で、やっぱり犯人は、サナ先生っぽいよ」
「それは、昨日サナ先生本人からてへぺろ的な謝罪来たから知ってる。それより、ダンス対決開催決定って何? アヤカがOK出したの?」
「ああ、アレね。……うん。作戦の一環だから、私がOKしたんだ。ごめんねー」
 サナ先生の『ゴメンネ☆』より更に反省の色が感じられない謝罪。呆れた芽衣が言葉を失っているその隙に、電話の向こうの彩花は言葉を続けた。
「でも大丈夫。別に、新しく踊って撮影しろとかそういう話じゃないから。……ほら、前にお祭りのステージで、あの問題になったダンス踊ったじゃん? あの映像を、社長には渡すつもり」
「私やアヤカが中学生の時踊ったヤツ?」
「そそ。……あれなら踊ってる日時もはっきりするし、上手くいけばBGMも入ってるから、メイちゃんがはっちゃけて貴校のダンスをアップしたわけじゃないって証明になるかなと思ってさ」
 さすがに、社長から『ブレインJK』と呼ばれるだけのことはある。彩花が「勝負の行方はともかく」と言っていたのはこういうことだったのか……。
 先ほどとは別の理由で言葉を失う芽衣に、さすがに心配になったのか「おーい、メイちゃーん! 聞いてるー?」と彩花が文字通り呼びかけてきた。
「ゴメン。聞いてるよ。さすが彩花。作戦バッチリじゃん」
「ありがと。たださ、私がその動画持ってるわけじゃないんで、サナ先生にもらわないとならないんだけどね。それは大丈夫だと思う」
 サナ先生は、踊っている本人でない人間にダンス動画を渡した実績がある。本人からの「踊っている動画が欲しい」という要請を断るとは思えない。確かに、大丈夫だろう。
「そうだね。サナ先生がくれなかったら、ママにも聞いてみるよ」
「うん。その時はよろしく。……ま、そんなワケなんで、多分あと少しで部活にも戻れると思うからさ。頑張って」
「うぃっす」
 朝の忙しい時間だったため、話はこれで終了。
 その後、彩花から「サナ先生に動画もらった。同じ動画を、顔はモザイク入れるから、チアダンス教室のホームページに貼っていいか聞かれてるんだけど、どうする?」とメッセージが来たので、「いいんじゃない?」と返信する。——同じものが、閲覧数数十倍はあると思われるVチューバーの動画で公開されるのだ。その他に数十回閲覧回数が増えたところで、大きな変化などないだろう。

 それから2週間ほどは特に大きな事件もなく、芽衣は粛々と高校に通い、日々を過ごした。
 部活に行っていないことは早々に母親にばれたが「ちょっと膝が痛くて休んでる」と誤魔化す。さすがに、高校選びの最大の理由だった女子ダンス部をクビになった……と、まだ告白する勇気はなかった。彩花の方も自身の生活が忙しいらしく、連絡はない。

 そんな風に平穏な日々を過ごし、「あの事件は、もしかして夢だったのかも……」とさえ芽衣が思い始めた6月下旬——しかし、事態は再度動き始める。
 『ふぉーぱーそん』社長は、『スマイルちゃん』とそれに伴う小さな騒動のことを忘れていなかった。……あるいは、このまま放置する気はさらさらなかったようだ。

*

「社長からDMきた。今夜、ダンのダンス画像アップするって」

 久々に送られてきた彩花からのメッセージは、挨拶なしの用件と、続けて送付されたサイトのURLだった。
 小学校卒業以来学校が離れ、中学校卒業のタイミングで週1で顔を合わせていたダンススクールも卒業して以来、彼女とのやりとりはまず「元気?」とか「久しぶり」とか、そういう挨拶から始まっていたはずなのに、いきなりの本題。そもそも今、『久々に』と反射的に考えたけれど、最近は、今までとは比べものにならないレベルで頻繁にやりとりしている。彩花が「久しぶり」と言ってこないのも当然だろう。
 変な感慨にふけりながら、芽衣は送られてきたサイトにアクセスした。例の『ふぉーぱーそん』動画チャンネルのトップページだ。
 今まで『ふぉーぱーそん』の動画は、彩花がペアコンの制限に阻まれ、ネットを見られなくなった辺りの時間に始まっていた気がする。しかし今日は、リストの一番上にある動画の表示が『配信予告』でなく『配信中』となっていた。今回ばかりは社長が、夜遅くはネットが使えない彩花や芽衣に配慮してくれたのかもしれない。
 早速、現在配信中の動画にアクセスしてみると、猫のニャムが「みんなこんばんは〜」と挨拶をしているところだった。始まったばかりのようで、コメントの方も「こんばんはー」「今日早い」「こんばんは」「間に合った! ギリだ」と緩やかな流れだ。
 画面には社長、ソースケ、ニャム、そしてダンの、合計4人のアバターが並んでいる。
「はい、じゃあ今日は、この前予告したダンス回ってことで。ルールはみんなわかってるよな? 好きな画像の方に『イイネ』を押す感じで」
 今日の進行は学生風アバターのソースケらしい。渡されたカンペを読む形で、動画は粛々と進行していく。ようにも見えたのだが……。
「ええと……双方の投票用動画に関してはあとで別々にアップするけど、その前にここで、両方通しで流します。……ってことでいいんだよな、社長?」
「もちろんいいよ。ってか、両方見ないと公平に判断できないと思うんで、みんな、ちゃんと見てね。……どうしよう? まずはスマイルちゃんの方からいこうか」
 確認を取る形でバトンを渡された社長が、待ってましたとばかりにソースケと立ち位置を交換した。4人の背後にあったモニタがいつものように拡大され、黒一色だった画面に映像が映る。
 それは彩花が言っていた通り、今年の3月上旬に開催された、地域のお祭りの記録だった。
 今回の動画は、だいぶ絞られてはいるものの、音声もそのまま入っている。雑踏の中のような観客の話し声の向こうから「つぎは中学生の、シニアチームによるダンスです」というアナウンスが遠く聞こえてきた。
 客席の右端の方、やや遠目からのアングルなので、舞台の上部に掲げられた『第12回 春日スマイルまつり』という大きな看板全体が映像に入っている。——今のこの時代であれば、このお祭りがいつ開催されたものなのかは数秒で特定できるだろう。彩花の思惑通り、これがきっかけとなり、芽衣の受けている誤解が解けると良いのだが。
 舞台には芽衣と彩花、それに芽衣たちと同時期にスクールを卒業した比奈子の3人が上がってきたところだった(カメラ位置が遠い上に全員が約束通り顔をスタンプで隠されているので、知らない人にはどれが誰か特定はできないと思う)。全員が、中学生のユニフォームであるヘソ出しの赤プラス金色のトップスと黒いロングパンツという格好に金色のポンポン。二人より頭ひとつ背の高い比奈子がウサギスタンプでセンター。向かって右がスマイルスタンプの芽衣で、左がクマスタンプの彩花だ。
 BGM(もちろん、これはM高のダンスで使っているものとは明らかに異なる)が鳴り、全員がアピールから自然に立ち位置をセット。曲に合わせて大きくクラップからフロントキック。ダブルターン。ステップで移動しながら立ち位置を広めに取り直した後、まずは芽衣がジュッテで左へ。比奈子が中央でY字開脚。最後に彩花がステップで右へ移動。Cジャンプ。
 当時のシニアクラスの中学3年生の3人は全員、サナ先生のチアダンススクールに幼稚園児から通っていた、それなりに経験値も高く上手なメンバーだ。長く一緒にやっているので息も合っている。ひいき目もあるけれど、芽衣自身から見ても映像はなかなかのできばえに見えた。
 『ふぉーぱーそん』ファンの視聴者たちにもそれは感じられたようで、「カッコいいね!」「スマイルちゃん一人の練習動画よりこっちの方が良き」「うまいじゃーん」「ダンとコラボ見たいかも」……と、思った以上に好意的なコメントが飛び交う。
 お祭りの観客席から撮影している映像だったからか、中盤の、ラインダンスに差し掛かった次の瞬間、「やっぱりな。動画より本物の方が段違いにイイ」という声と共に右から誰かの頭部の影が画面の半分くらいまで差し込まれ、唐突に動画は終了した。
「……ん?」
 思わず、首をかしげる。サナ先生の声ではないその声に、聞き覚えがあるような気がしたのだ。それもつい最近聞いたような、若い男性の声。
「はい、以上がスマイルちゃんの動画でした。ダンの添削では一人で踊っていたけど、実際はチームダンスだったんだね」
「他の二人も、なかなかカッコイイ感じだね〜。ユニフォームもパンツスタイルだし。チアダンスって、もっとオンナノコオンナノコしてるイメージだったけど、ちょっと考え変わったかもなあ〜」
 芽衣が首をかしげているうちにスマホの画面はモニタを背景にしたスタジオの画像に戻り、ソースケとニャムが芽衣たちのダンスに対してコメントを入れていた。
「動画じゃダメだ。コイツの良さは、画像じゃ伝わらない」
「……えっ? ダン、それってどういう意味?」
 独り言のようなダンのコメントをすかさずソースケが拾うが、ダンはそれに答えず黙ったまま。小さく咳払いをしてから、諦めたのか、ソースケは次の進行へと移るため目線を下に向ける。
「じゃあ続けて、ダンの方の映像を流します」
 再度、アバターの背後にあったモニタが拡大される。
 ぱっと映し出されたのは、先ほどの唐突に終わった動画と同じカメラアングルの画像だ。舞台に対し、客席の右端の方、やや遠目からのアングル。舞台の上部に掲げられた『第12回 春日スマイルまつり』という大きな看板。先ほどと唯一違うのは……。
 「何でダンが?」「ちょま、じゃあさっきの頭はリアルダン?」「何で?」「コレ何? 続き?」「やばいさっきの動画復習しなきゃ」「ダンいたってこと?」——わかりやすい間違い探しよろしく画面に差し込まれたダンの銀髪イケメンアバターに、ほんの少し前まで緩やかなスピードで芽衣たちのダンスを褒めていたコメント欄が突如騒然となる。この状況……かろうじて拾い読みできたコメントのおっしゃるとおり、差し込まれたアバターの顔の場所や大きさから、1本目の最後に画面に映り込んだのはダン本人だ、と、動画を編集した人間が声高に主張しているようにしか見えない。
「ちょ、何だよコレ!? 止めろよ!」
 生放送中のスタジオの方も、同じように騒然としていた。怒鳴っているダンの声の向こうで、同じ声が「やっぱりな。動画より本物の方が段違いにイイ」と低くつぶやいているのが聞こえる。
「あーゴメン。間違えた。こっちのファイルだったわ」
 笑いを含んだ社長の声が聞こえて、同時にモニタの映像が停止、サイズが縮小されスタジオの画像に戻ったことでスタジオ自体の騒ぎは収まったが(もしかしたら一時的にマイクを切っただけかもしれない)、コメントの流れは加速の一途のままだ。
 「声もダン」「本人?」「私もそこいたかも!」「今年の春日スマイルまつり張り込む!」「えっ会場何県?」「海外だけど行く価値ある?」「マジ行く」「リアルダン遭遇したい!」——ファンたちはもしかしたら、既に動画が止められて数分経過していることに気づいていないのかも知れない……と疑いたくなるくらいの熱量のまま。そんな騒ぎは無視して、再々度拡大されたモニタにごく最近(多分1、2日前)のダンが、芽衣パートのダンスをトレースしている動画が2分ほど映し出され、粛々と『対決』は終了した。
「はいっ、以上になりまーす。……でね、今ちょっと思い直したんだけど、判定の基準をさ、イイネとプラス、再生回数にしようと思いまーす。やっぱり再生回数は、関心の表れだと思うし。……ってこれは、このチャンネルでも言ってるから、みんな知ってて賛同してくれるよねー?」
 ダンのダンス動画(こちらもかなりダンスの精度は高かった)終了後、突然投げ銭ナシで愛想良く話し出した社長がさらりとまとめ、芽衣や視聴者たち、そしてもしかしたら他の出演者もが状況を完全に把握する前に、画面が『ご視聴ありがとうございました』という表示に切り替わる。——文句を言われる前にさっさと撤退する、詐欺師のような鮮やかな幕引き。
 ……とはいえ、配信が終了し『ご視聴ありがとうございました』という画面になっても、視聴者たちの興奮は収まらない。配信中と同じくらいのスピードで増え続けるコメント数が、その衝撃の大きさを物語っていた。状況を考察する間もなく、彩花から着信が来る。
「見てた?」
 彩花の声も、珍しくうわずっていた。ペアコンの時間を気にしてではなく、もしかしたら興奮でうまく文章が打てなくなっていた結果の音声通話なのかもしれない。
「うん、見てた。……ってか、あれって本当にダン?」
「わからん。でも多分ホンモノでしょ。あの画像、こっちから出したヤツじゃないし」
「マ?」
「マ」
 彩花の話によると渡した画像は、舞台中央くらいの位置にあった関係者エリアからサナ先生の旦那さんが三脚を使って望遠で撮ったもので、観客の映り込みなどはなかったという。カメラ位置から考えると撮影したのは観客の誰かだろうが、出演者の家族は全員もっと前の方で見ているパターンが大多数なので、あの位置からの映像は希。そもそもこのタイミングであの動画が『ふぉーぱーそん』に持ち込まれるなんて、ご都合主義のドラマ並にタイミングが良すぎて嘘くさい。
 結果——あの映像は、『ふぉーぱーそん』の関係者が撮っていたものということ?
「まあ、送った動画が差し替えられてても、約束通り顔は隠してあるしムネとかヘソとかに変なズームもされていないし、こっちとしては問題ないんだけどねー」
 彩花の頭の中にも正解はまだない様子で、何となく歯切れが悪い感じではあったが、それでも現状、クレームを入れる気はないということだった。
「メイちゃんの方も、これであのダンスが入学前でかつ貴校のヤツと違うってわかったし、部活戻れる可能性高いんじゃない?」
「そうだねー。そうなると良いけどね」
 彩花の言うとおり、『部活に戻る』目的のために、今日の……というか、サナ先生の記録は有用なものとなると思う。
「てか、もうそれで良いのか。ありがとうアヤカ。今度何かおごるよ」
「その言葉、しかと聞いたぞ。忘れんなよ!」
 ——とりあえずは、できることは全てやった。あとは結果を待つのみ。
 目前のトラブルに対しようやく対応終了して、芽衣と彩花は「おつかれー」「おやすみー」と軽やかに通話を終了させた。芽衣もそうだし、おそらくは彩花も今夜は久しぶりにぐっすりと寝ることができるだろう。めでたしめでたし。

 その後、『ふぉーぱーそん』の動画にリンクを貼られたサナ先生のチアダンス教室ホームページに前代未聞のアクセス数があったり、ダンの映り込み疑惑のおかげで『勝負のスマイルちゃん側動画』がややバズり程度の再生回数プラス想定を大きく超えたイイネ獲得となったり、結果、不承不承「サーセンっした」とダンが頭を下げた短い動画が1日限定で『ふぉーぱーそん』公式動画サイトにアップされたりした(もちろんこの動画は短さが災いし保存&拡散されまくって、現在でも普通に検索から見ることができる)のだが、少なくとも芽衣にはあまり興味がなかったので、その全てが彼女の知らない間に知らないところで盛り上がり、そして終了していた。

 芽衣にとっての『次の事件』は、その2週間ほど後に発生する……。
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