魔女と聖杯と用心棒

-第二章- 『女魔術師、拾ったサムライの師匠になる』

 昼過ぎに宿場町を出発したウチらは、その日の夕方には交易都市【モールモーラ】に到着した。ここは、いくつもの街道が収束しとる開けた場所で、すぐ近くには大きな湖もある。この湖からのびた河を2日ほど下ると、海岸線に到着するんや。これほどの好条件がそろってんねやから、ココが交易都市として栄えるんも自明の理っちゅうやっちゃな。
 そんでもって、ここには、このあたりでも有数の図書館がある。ウチはそこで、【聖盃探し】についての調べモンをするつもりやったんや。
「あんまりキョロキョロしなや。田舎もんや思われるで」
 町並みが珍しいんか、さっきから、しきりにキョロキョロしとる三郎太の脇をヒジでこづいて言う。
「ええか、サブロータ。ここは交易で成り立っとる都市やから、商売人もひとクセもふたクセもあるやつらばっかりなんや。そんなトコで、真っ先にカモにされるんが、田舎もんなんやで」
 あちこちの露店からは、物売りの活気ある売り口上がとぎれることなく聞こえとる。
「威勢のええ物売りの口上は、ほとんど呪文みたいなモンなんや。それ相応の覚悟をして聞いとかんと、あっさりひっかけられてまうからな。商人なんて、言い換えたらドロボウとおんなじなんやから」
 ウチの言葉に、三郎太は真剣な顔でうなずいた。野菜や果物を扱っとる露店が並ぶ通りを抜けたところで、三郎太がぼそりと言う。
「食料は買わないのか?」
 ウチは人差し指をピンと立てた。
「旅での荷物は、かさばらんようにするのが基本。それと、ナマもんは極力避けた方がええ。だいいち、野菜や果物なんか買うてどないすんねん。いま時の陽気やったら、1日で腐ってまうやんか。そんなコトも知らんやなんて、ジブンほんまに遠い国から旅して来たんか?」
「そのつもりだが――」
 三郎太は申し訳なさそうに言うた。
「それでは、ここには何をしに?」
「めんどクサいやっちゃなあ。モールモーラには、どデカい図書館があるんや。そこで、ちょっとした調べモンをすんねん」
 ウチは先を急ぎながら言う。そん時や、路地の奥から、ボロ着た娘がとびだして来た。娘はウチに肩をぶつけてヨロめき、あやういトコロで三郎太にしがみついて、転ばずにすんだ。荒い息でウチを見、ついで三郎太を見る。ぽかんとした顔の三郎太に見下ろされて、娘はへなへなと膝をついた。
 ――何モンやねん、この娘?
「お願いです! どうか助けて下さい!!」
 瞳を涙でいっぱいにして、娘が叫びよる。ちょうどその時、やたらガラの悪そうな男が路地裏から駆け出してきよった。その姿を見て、娘は、ぱぱっと三郎太の背中に隠れる。服とは対象的にキレイな髪が、ふわりと舞って、娘のあとに続いた。
 ――ははん。そういうコトかいな。
「そこのお前! その娘を渡してもらおう!!」
 ガラ悪い男が、ドスの効いた声で言う。どこにでもおるんやね、こういう【絵に描いたようなチンピラ】って。三郎太が何にも言わんもんで、男はウチにホコ先を向けてきた。フトコロからナイフを取り出すと、切先をウチに向けてクルクルと回す。
「あんたたちには関係ないことだろ? 怪我するだけ、損ってもんだぜ」
 こんなチンピラ、ウチの魔法でイチコロやけど、三郎太の実力を見せてもらうんにはちょうどええ。
「サブロータ。まかしたで」
 ウチは三郎太に向かって、笑顔で言うた。一瞬「は?」っちゅう顔になったものの、ウチの意図を理解したんやろう。三郎太はウチの前に歩み出ると、 腰のサムライ・サーベルに手をやった。
「ちょい待ちや。街ん中で流血ザタもないやろ。素手で倒したり」
 ウチが背後から鞘の尻をくいっと持ち上げると、三郎太はぎょっとしたような顔で振り返った。ウチと、持ち上げられた鞘の尻を交互に見てから微笑むと、次の瞬間にはキリッとした戦士の顔になる。
「――心得た」
 ウチの言葉に、三郎太は素直に従うた。手を柄から離すと、ごく自然体に立つ。ウチは邪魔にならんように数歩下がって距離を置く。三郎太の立ち姿は、それは見事なもんやった。シロウト目には無防備に見えるけど、ほんの少し体重を前にかけて、足の指でしっかり体を支えてとる。これならいつでも前方に素早くダッシュできる。構えず、固まらず、力の抜けた全身の筋肉は、振り出す前のムチみたいや。ちゃっかりと正中線を保って立っとるあたりからしても、かなり体術に心得があるみたいやった。
「この野郎!」
 チンピラが叫んで、突進してくる。勝負は一瞬で決まった。突き出したナイフをひょいと横にかわした三郎太は、目にもとまらん速さで体を返すと、チンピラの手首を取る。それと同時に膝を落とし、自らが沈み込みながら、掴んだチンピラの手首をひねった。チンピラの体はきれ~な弧を描いて半回転し、その背中を地面に叩き付けられる。それこそ、まるで魔法のようや。
「うげっ!!」
 男は、自分の突進力と体重とを合わせた衝撃を無防備な背中に受けて、呼吸困難になってもうた。傷みと苦しさから、激しくムセかえって転がりまわる。そんな無様な姿を見おろしながら、三郎太は得意満面で手をパンパンと払う。ほぉ、これが【ブシドー】の体術にある【ジュージュツ】っちゅうやつやな。初めて見たワ。
「ごほっ――ち、ちくしょうめ! 憶えてやがれ!!」
 月並な捨てゼリフを残して、チンピラは逃げていった。何や、イッパツで終いかいな。
 そんな様子を無言で見とった娘が「ありがとうございました」と、深々と頭を下げてから立ち去ろうとする。
「ちょっと待ったり!!」
 ウチが人差し指をクルリと回すと、娘のフトコロから財布がどさっと落ちた。それは、見まごうことなき、ウチの財布や。こんに時の為に、ウチの財布には目に見えへん魔法の糸がくくりつけてあるんや。
「そんなセッコい芝居にひっかかるウチとちゃうで」
 娘は舌打ちすると、ウチのことを口汚く罵りながら、走り去っていった。その後ろ姿を、三郎太が呆然と見送る。
「こうゆう人のぎょうさん集まる場所では、相手の見た目に騙されんコト。人が増えれば、悪いヤツも増える。だいいち、追われとるモンが善人やとは限らんやろ? どっちかっちゅうと、悪いヤツほど追われるモンや」
 言いながら、ウチは財布を拾う。三郎太は不思議そうにウチを見た。
「気付かへんかったんかいな? あの娘、髪が綺麗やったやろ? 服はボロボロやったのに、変やんか。それにな、あんだけ息まいとったチンピラが、たった1回すっ転ばされたくらいで逃げるっちゅうのも変な話やろ? さっさと撤退するってのは、目的を達したんで長居は無用と考えたからや」
「――連中はグルだったと言う事か? あんな可憐な娘が――」
 ウチは、ちっちっちと指を振る。
「見てくれだけやのうて、相手の本質を見抜くようにせんとあかん。よう言うやろ? 【綺麗な花にはトゲがある】ってな」
 言うて、ウチがふところから取り出したんは、チンピラからかすめ取った金袋や。
「さしずめ、ウチなんかトゲだらけや」
 にかっと笑うウチを、三郎太は、尊敬したような、呆れかえったような顔で見た。

 チンピラの件以来、三郎太はウチの一言一句をさらに真剣に聞くようになった。ウチを師匠として尊敬し始めた証拠や。その反面、何でもかんでもウチに質問するようになったのが困りモンやった。通りを進む時でも、図書館が見えた時も、図書館正門をくぐる時も、三郎太は次々とウチに質問の雨を降らせた。ウチはそれらの質問に対して、ややウンザリぎみにひとつひとつ答えを与えてやった。そのたびに、三郎太は驚きと感嘆のため息をもらした。そして、図書館に入った時、三郎太の驚きは頂点に達したようやった。
「信じられん――」
 三郎太はそう言って、しばし呆然と立ちつくした。最初、ウチは何をそんなに驚いとったんか解らんかったけど、どうやら蔵書の多さにド肝を抜かれたらしい。三郎太の産まれた国では、文字の読み書きができるモンは、ホンのひと握りしかおらんらしく、当然書物といったもんもそんなにあらへんらしい。広大な敷地に所狭しと詰め込まれた書物の数は、三郎太の持つ世界観を根底から覆すものやったんやね。そんで、書物を執筆するモンと、それを必要とするモンの多さを知り、故郷との文化レベルの違いの理由を理解したんや。
「この図書館には、過去900年の知識が、80万冊の書物として蓄積されとるんや。武器振り回すだけの戦士にはあんまり用のないモンかもしれんけど、ウチら知的な魔術師にとっては最高の宝物やな」
 ウチはポケットからメモを取り出すと、その内容を確認してから、古めかしい木造の階段を登っていった。3階まで登って、両開きのブ厚く重たい扉を開く。古い書物独特のカビ臭さが充満する図書館の中で、あきらかに違和感のある芳香が漂ってきた。
 ――なんやろ、この香り?
 ウチは、ふんふんと鼻をならす。ヒソップやろうか? その他にも、いくつかの薬草を調合して焚いたような香りが、室内にかすかに残っとった。まあ、深く気にしとってもしゃあないし、ウチはずかずかと室内に踏み入った。もう一度メモを確認してから、西日のさしこむ窓の脇の棚へと向かう。窓から入る風が、半開きのカーテンをぱたぱたと揺らした。ウチは、屋根まで届く本棚を見上げてから、三郎太を手招きした。
「何か?」
 ウチは首を巡らして脚立を探すと、それを指差して三郎太に取ってくるよう指示する。三郎太が脚立を取りに行っている間に、ウチは目的の書物を探した。『聖女アリティア』に関する文献――あった。多分、あれがそうや。ええタイミングで三郎太が脚立を運んできたんで、ウチはそれを使って本棚から目的の本を何冊か引き抜いた。それは、ちょっとした戦士の盾ぐらいはあるデカさのブ厚い本で、手にした数のワリには予想外の重さやった。その重さにヨロけながら、ウチは備え付けの机に向かう。肩越しにチラっと振り返ると、三郎太は好奇心旺盛な顔で、ウチの後からのそのそとついてきよる。
 机にドサリと本をおろし、少しガタのきとる椅子の背もたれを手で引く。よっこらと腰掛けようとするウチを制して、三郎太が懐から布キレを取り出した。
「――?」
 いぶかしくウチが見とると、三郎太は取り出した布キレ(【手拭い】ちゅうらしい)を椅子の上にふわりとかぶせた。ガサツそうなローニンにしては、気の効いた紳士みたいなことするやんか。三郎太は【してやったり】ってな顔して、にかっと笑うた。
「――ほい。おおきに」
 そっけなく言うて座ったウチは、早速本のページをめくる。420年前、貧しい農村に産まれたひとりのムスメが、天災や戦乱から人々を救った、壮大なサーガがリズムのええ詩でつづられとる。ウチはその本を閉じ、次のやつに手をのばす。わきへのけた本を手にした三郎太が、興味深そうにページをめくり始めた。――ジブン、字ぃ読めんのかいな?
 どんぐらい時間がたったんかな? 全部で7冊の本をせっせっと調べた結果、何も得られへんかったウチは、腕組みして天井を見上げとった。
 ――妙や。絶対おかしい。ウチは、前もってしっかりと調べとったんや。今回の【聖盃探し】に必要な資料が、このモールモーラの図書館にあるっちゅうのは、確かな情報やった。このウチが直々に調べたこっちゃから、間違いあらへん。せやのに、なんでや? なんで、それらしい記述が見当らんのや?
 横では、本を枕にした三郎太が、すやすやと寝息をたてとる。外はもう暗くなりはじめとった。ウチは立ち上がると、窓を閉め、カーテンを引く。かなわんなぁ――こんな所でモタモタしとる訳にはいかんのや。
 手がホコリまみれになっとったんで、ウチはムッとしてズボンにこすりつける。窓枠に長年つもりつもったホコリに、ウチの手形がくっきりと残っとった。
 ――ははん。そういうコトかいな。
 ウチはピンときた。そもそも、最初っからこの図書館、特にこの部屋は何かおかしかったんや。普通図書館では、本がイタむと困るから部屋には陽の光が入らんようにしとる。つまり、窓は開けてもカーテンは絶対にしめたまんまのハズや。それに、最初にこの部屋に入った時のあのにおい――そうや。そうやんか。あれって、【お探し香】の香りやんか。何モンかが、この部屋で【お探し香】を使うたんや。その匂いを消すために、窓とカーテンを開けた。
 ウチは机にとびつくと、三郎太が枕にしとる本をまとめて引きぬいた。ゴンと頭を打った三郎太が、眠そうな眼をしばたたかせる。
「――何事だ?」
 半分寝ボケとる三郎太はほっといて、ウチは再度本を調べなおした。ページをめくり続けること数十分。ウチはついに目的のものを発見した。
「サブロータ、見てみ」
 謎が解けたウチは、有頂点になって三郎太に言う。三郎太は、ウチが指で示した部分をじい~っと見た。
「ホレ、このページや。786の次が――な、791ページになっとるやろ? 誰かが【紙隠し】の魔法をかけとるんや」
 三郎太は、何やらさっぱりっちゅう顔をしとる。ウチとしても、三郎太が理解できへんことは予想しとったから、別に気をおとすこともあらへん。ウチは数字の【3】が刻印された呪文書を引っ張り出すと、そいつで本を軽くなでる。こいつは【魔法消し】の呪文書や。初級程度の魔法やったらテーブルの汚れをふき取る感覚でキレイに消し飛ばしてくれるスグレものや。上手く使えば、飛んでくる魔法から身をまもるバリアにかてなるんやで。
 ――とか何とか説明しとるウチに呪文書の刻印が【2】に代わり、魔法で隠されとったページが姿を現わした。それは、アリティアが神巫時代に【癒しの神】から授けられた神聖なる【盃】の記述と、彼女の遺体が安置された神殿についての記述。
 つまりこういうこっちゃ。図書館は一見普通の建物やけど、ここから貴重な本を持ち出すのは無理や。万全の盗難対策がされとるからな。かとゆうて、短絡にページを破り捨てようモンなら、間違いなくとっ捕まって縛りクビやろう。何せ貴重な書物ばっかりやからな。せやから、読まれたない部分に【紙隠し】の呪文をかけたんや。
 そんなセコイことするやつなんて、あいつぐらいしかおれへん。せや、あの憎たらしいエセ魔術師、ダバラ・デューンしか、な。
 くそガキがぁ――いつの間に先を越されたんや。こんなこっちゃったら、もっと強烈な一撃をブチ込んだったらよかった。とにかく、そうと解ったら、こんな所でノンビリしとられん。すぐにでも出発して、連中に追い付かんとな。ウチは荷物の中から【写し紙】をひっぱり出すと、必要な情報部分に張り付けてその内容を写し取る。ひっぺがした【写し紙】いそいそと丸めながら、ウチらは図書館を後にした。
メッセージを送る!