魔女と聖杯と用心棒

-第三章- 『女魔術師、サムライを棒でどつき倒す』

 本来なら、夜間に外をウロウロするなんてことは絶対せえへんねんけど、競走相手がウチらより先に進んどるんやったら話は別や。【導きの灯】の呪文書で呼び出した光の球の檸檬色の輝きを松明がわりに、ウチらは旅路を急ぐ。ふと思いついて、肩越しに後ろを振り返ったウチは、後から荷物を抱えてついてくる三郎太に言うた。
「ええか、サブロータ。これから先は、いよいよジブンの力が必要になるで。これからウチらが向かうんは、ペチカ山脈っちゅう所なんや。そこまでの道中には、やたらとワンダリングモンスターが出る【グレイスの森】がある。ジブンには、そいつら相手に闘うてもらわんならんのやからな」
「わんだりんぐもんすたぁ? ――何だ、それは?」
「ランダムエンカウントするモンスターのことやがな。ほどほどのヤツらやったら、経験値稼ぎにはちょうどええんやけどな」
「――経験値?」
「レベルアップするために貯めんならんモンのことやがな! ナンギなやっちゃなぁ。そんなコトも知らんのかいな?」
「面目ない」
 ――ま、ええがな。そんなモン知らんかて、冒険はできる。ザコばっかり倒してセコセコレベルアップしとる奴らよりは、よっぽどマシやしな。
「とにかく、や。ジブンの役目は、身を盾にしてでもウチを守るコトや。そこんとこ、よー覚えとってや」
「心得た」
 三郎太の即答に満足し、ウチらは夜道をペチカ山脈に向けて進んだ。無意識のうちに速足になっとることに気付いて、ウチは軽く深呼吸する。こんな時、焦ったかて何にも得せえへんのや。そんなコトぐらい、とっくに解っとるつもりやったのにな。そんでもって、モールモーラの宿場街を後にして3時間ほど後、路幅もだいぶ狭くなってきて、周囲にも木々がまばらに見え始めた【グレイスの森】の入口付近までたどりつく。そこで野営することにしたウチらは、早々と最初のエンカウントを迎えることになったんや。
 言うてみたら、エンカウントエリアに入って1歩目に、モンスターと遭遇したようなもんやな。ツイてへんワ。
「なんやねん。キャンプしてセーブする前に、いきなり遭遇かいな。ゲームマスターもイケズしてくれるもんやな」
 ぶーたれるウチをよそに、樹の陰からわらわらと出てきたモンスターたちは、全部で8体。2体1組になってウチらにじりじりと近付いてくる。くるりと指を回して【導きの灯】をさしむけると、モンスターがまぶしそうに手をかざした。
「なんや【トロール】かいな」
 ウチは、ぼやいた。トロールっちゅうんは人間型のモンスターや。ガキんちょ程度の知能しか持っとらんから、打撃系の武器ぐらいなら使えるけど、防具なんかを使うことはまずあらへん。一応は、常人の2倍から3倍の図体と、岩をも砕く剛腕が取柄の怪物や。緑色の皮膚は引き締まって固く、武器で攻撃してもすぐに再生するっちゅう難物で、唯一の弱点は【炎】や。カールスやフンバルトみたいな典型的な【チカラ馬鹿】にとっては厄介な相手やろうけど、ま、天才美人魔術師ガルフネット様にとっては、まったくのザコモンスターやね。
「ったく。面倒なこっちゃで――」
 ウチは素速く呪文書を取り出すと、【炎の柱】の呪文を唱え――。
「うっひょお!!」
 ぶおんと風を押しのけて迫ってくる棍棒をウチはすんでのところでかわす。
 せや、もうひとつ解説し忘れとったけど、トロールはデカい図体に似合わず、けっこう素速いモンスターなんや。かなわんなぁ――。
「何すんねん! 危ないやんか!!」
 ウチが天才魔術師やと察したんやろね、トロールどもはウチに呪文を唱えるヒマを与えんために、必死で棍棒を振り回す。
 ホンマ、天才っちゅうのは、余計に警戒されて損やわ。
「お゛~~~っ!!」
 さらに振り下ろされた棍棒が、ウチをかすめて地面にどこ~んと穴を掘る。こんなモンまともに喰ろうた日にゃあ、か弱いウチなんかぺったんこや。馬車に轢かれたヒキガエルの姿を想像して、ウチの背中に悪寒が走る。こら余裕ブッこいとる場合とちゃうで。ウチは、荷物担いだまんまトロールをしげしげと眺める三郎太に向かって叫んだ。
「サブロータ!! ぼ~っと見とらんと、何とかせんかい!!」
「心得た」
 短く答えた三郎太は荷物を下ろすと、肩に担いだ例の【エモノ】をずらりと抜く。三郎太の話やと、それは斬馬刀っちゅう特大サイズの剛剣で、何でも、騎馬兵を馬ごとたたっ斬るための武器なんやそうや。木々の間からのぞく月光を反射するその剣は、妖しくも美しかった。
「ぬおおおおっ!」
 三郎太が力強い気合いとともに、そいつを豪快にブン回した。眼にもとまらん速さで振られた刃は空気を裂き、強烈な【刀気】となって1体のトロールを真っぷたつにしよる。トロールの体液が、横なりに派手にブチ撒かれた。
 いやマジか!? こいつ、刀気飛ばせるほどの使い手やったんか!!
「――――!!」
 怒ったトロールが1体、仲間の死体を踏み越えて三郎太に襲いかかる。そのスキにモンスターから距離を取ったウチは、再度呪文を唱えようとし――眼前に繰り広げられる三郎太の壮絶な闘いぶりに、あっけに取られてしもうた。
 そらぁ、ごっついモンやったでぇ。なんつっても、それまではタダのぼ~っとした、むっさいアンちゃんやったワケやろ? それが、急にいっぱしの戦士になるんやもんな。普段、アホばっかり言うとるカールスかて、イザって時は眼光鋭い傭兵に豹変するやんか。まさに、ああゆうイメージや。
 三郎太は、ついさっきまで、重たそうに持っとった斬馬刀をまるで小枝みたいに軽々と振り回しよる。そらもう、さすがのウチも感心する馬鹿力や。そのたんびに、トロールの緑色の体が易々とブった斬られるんやから、なんぼ力自慢のトロールやゆうたかてビビルがな。それこそ、ものの数十秒もたたんうちに、トロール8体ぶんのパーツが地面にバラまかれてしもうた。
 ――強い。はっきり言うて、めちゃめちゃ強いやんか。モールモーラで見せた体術なんて、こいつの戦闘力の片鱗にすぎんかったんや。正直、これほどやとは思うてへんかったワ。
「――ほぇ~」
 三郎太のあまりの強さに、さすがのウチも魔法使うンも忘れて見とれてしもた。そんなウチに向かって、三郎太はこう言いよった。
「少しは役に立っただろ? 師匠」
「せ――せやな」
 さすがに、この功績を認めんワケにはいかんわな。ウチは、しぶしぶやけど、首をタテに振った。それから、足元でぴくぴく動いとるトロールの部品をブーツの先でつっつきながら言う。
「せやけど、こいつらの再生力は尋常やないんや、このままほっといたら、なんぼバラバラにしても、いずれは復活するで。今のうちに、火ィで燃やすか、とっとと逃げた方がよさそうやな」
「――そうなのか?」
 三郎太がきょとんとした顔で言う。
 ――このマヌケなテンポがなぁ――どうもウチの肌にはなじまんのや。
 とりあえずウチらは、その場を早々に去ることにした。別に【火炎魔法】で焼きつくしてもよかってんけど、戦闘能力ののうなった相手に魔法使うだけ損やし、これから先、なるだけ呪文は残しとった方がええ。そういうワケで、ウチらはそそくさと移動して、新たに野営地になりそうな所を探すことにした。
 それっぽい場所を探してうろうろする間、ウチは、荷物を担いで先を歩く男を改めてよく観察した。何やようわからんデザインの渋染めの服は擦れて所々生地が薄くなっとるし、あっちこっちの縫い目もほつれとる粗末なモンや。ついさっきトロールをバラバラにした斬馬刀は、今は三郎太の肩の上で、荷物をぶら下げるただの棒と化しとる。どっから出したんか、口にくわえた細い木の枝を、ぴんこぴんこと上下に揺らしながら歩いとる。速水三郎太ハヤミサブロータか。ホンマ、変わった男やが、相棒に選んだんは大正解やった。せやな――聖杯探しが終わったら、とびっきりの服を買たるさかい、楽しみにしときぃ。

「このへんでいいのではないか?」
 ンなこと考えとると、突然三郎太がこっちを見て言うた。い――いきなり振り返るんやない! びっくりするやんか!!
 思わずうろたえるウチに向かって、三郎太は「――拙者の顔に、何かついているか?」ときょとんと問い掛ける。
「な、なんもついてへんて。――それより――せ、せやな、ここらへんでええやろ。火ぃおこして、それからひと休みや。まずウチが休むさかい、ジブンは火の番と見張りをするんやで」
 そこまで言うてから、いったん言葉を切り、こっちを見とる三郎太に、ぴっと指つきつけ――
「一応、断っとくけど、寝とるウチちょっかい出して来たら消し炭にするで?」
 と、釘をさす。
 男っちゅうもんは、いつ何時【狼】にならんとも限らん。ましてや、ウチみたいな絶世の美女相手やったらなおさらのこっちゃからな。ま、そん時はそん時で、ウチの魔法で昇天さしたるだけやけどね。
「心得た」
 短く答えた三郎太は、肩をすぼめて苦笑いしてから、どさっと荷物をおろした。
 アッサリやなぁ――こんな美人に手ェ出さへんとは、何て失礼なやっちゃ――。

「――ん」
 どのぐらいたったんかな? 肌寒さにもぞもぞと起きだしたウチは、消えかけた焚き火に慌てて小枝をくべた。夜空を見上げて星の動きを確認してみて、だいたい4時間ほど寝とったんやとアタリをつける。それにしても三郎太め、焚き火の番すら満足にできんのかいな――。
「サブロータ! 焚き火が消えそうやったやんか!! こまめに木をくべんと――」
 そこでウチは言葉を切る。思わず、あんぐりと口を開けて、呆然となってしもうた。
 ――ね――寝とる。
 仰向けに横になり、頭の後ろで腕を組んだ三郎太は、のんきにグースカいびきをかいとった。このアホは、モンスターの出る森で見張りも無しに寝るコトが、どんだけ危険か解っとんのかいな!! ウチは怒りに震える右手を上げて――いや、待てよ。
 そや、確かカールスに聞いたことがある。優れた傭兵は、感覚を研ぎ澄ましたまんま眠ることができるんやそうや。つまり、どんなにぐっすり寝とるように見えても、常に周囲の様子をうかがっとるんやと――。やっぱ、三郎太もそうなんやろか? ナンボ世間知らずやゆうても、あんなに強いんやモン、もちろんそうなんやろな。
 ――試してみよか。
 ウチは気配を察知されんよう立ち上がると、そばに転がっとった棒っきれを手に、そ~っと三郎太に近付いた。相変らず幸せそうにいびきをかいとるものの、そこはかとなく闘気を感じるんは、ウチの気のせいやろか?
 ウチはゆっくりと棒を振り上げ――
 ぼごっ!!
 振下ろした棒は、何の抵抗もなく三郎太の額を直撃する。一瞬とはいえ、コイツに期待したウチがアホやった。
「――な、何事だ?」
 額に手をあてながら、むくりと起き上がる三郎太。
「アホかいっ!!」
 すぱか~ん!!
 その後頭部に、ウチはもう一撃喰らわしたった。眼に涙をためた三郎太が、頭をさすりながらこっちに向き直る。
「し――師匠? 何をそんなに怒っているんだ?」
「怒らいでかっ! 幸せそうに寝よってからに! 見張りはどないしてん!!」
 申し訳なさそうに苦笑いした三郎太は、後頭部のタンコブをさすりさすり、ぺこりと頭を下げた。
「申し訳ない。ついウトウトしてしまった」
「ウトウトで済むかっ! 爆眠しとったやんけ!!」
 すぱこ~ん!!
 と、さらに一発。
「~~~~~~~っ!!」
 三郎太は声にならん声を上げ、頭を抱えて丸くなった。
「こんな所で無防備に寝ることが、どんだけヤバイか解っとんのか!! 無事やったからよかったもんの、もしさっきみたいにトロールでも出てきたら、どないするつもりやってん!?」
「それならば安心してくれ。危険が迫れば、それがしの眼はちゃんと覚める」
 瞳をうるませながらも、三郎太が得意げな顔で言う。
 ぱきゃこ~ん!!
 間髪入れずに、ウチは4発目の天誅を叩き込んだ。
「どあほっ!! ウチの【どつき棒】をマトモに喰ろうとって、何ほざいてんねん!」
 ウチは、ポッキリ折れた棒を片手に、無様にノビた三郎太を見下ろした。
 ――こんなんに命を預けたんかと思うと、ウチは自己嫌悪で頭痛を感じる思いやった。ここまで評価が急転上下するヤツも珍しいと思うわ、ホンマ。
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