魔女と聖杯と用心棒

-第四章- 『女魔術師、呪われた村に到着する』

 空がまだうっすらとしか明るうなってへんうちに、ウチらは野営地を出発した。ハッキリ言うてウチはまだ不機嫌やったけど、三郎太の方はゆうたらノンキなもんや。ウチにさんざんドツかれた頭をさすりながら、眠たそうに大口を開けとる。
 足元はとっくに【道】なんて呼べるシロモンやのうなって、辺りはうっそうとした森ン中や。落ち葉がつもった地面はガサガサと歩きにくいし、進路をさえぎる小枝が時々ぴしゃりと顔に当たって神経にさわる。せやけど、この森を越えんことには、目的の場所につけへんのやから、辛抱して進むしかないわな。
「それで、師匠。これから何処へ?」
 夕べのことでウチがムクレとるんは、三郎太にもよう解っとるんやろう。ハレ物に触るような感じで、おずおず聞いてきよる。怒りの演出効果まで計算に入れて、わざとゆっくり振り返ったウチは、かるく舌打ちしてから奥歯をかみ合わせたままもごもご話す。いわゆり【お怒りモード】をイメージして演出しとるカンジや。
「――その前に、もっぺん聞いとくで? ジブンの役目は何や?」
「無論、師匠を守る事だ」
「せや。ジブンの役目は、その身を盾にしてでもウチを守る事や! この言葉、しっかりアタマに叩きこんどくんやで?」
「心得た」
 どこまで心得てるんかはよう分らんけど、これでまぁクスリにはなったやろ。ウチの気分も少しは晴れたんで、とりあえず視線はキッツイ状態を維持したままで、いつもの口調に戻して三郎太の質問に答えたる。
「何所へ行くか――やったな。昨日も言うたけど、ペチカ山脈や。今でこそ、道は険しゅうてバケモンぞろぞろのごっつ危ない場所やけど、その先には390年前にアリティアの遺体が埋葬された神殿がある」
「と、いうことは、その何とかって女性は、30年そこそこしか生きてなかったのか?」
 ウチに睨みつけられてバツが悪そうな三郎太が、ひぃふぅみぃと指折りしてから言う。
 細かい所に気がまわるやっちゃな。ウチはちょっとばかし意外に思う。図書館での手拭いの件といい、おおざっぱに見えて、その実マメなヤツなんかもしれんな。
「伝説によると、正確には29歳でくたばったっちゅう話や。何でも【決裂の神】がひきおこした天変地異を鎮めるために、その身を生贄に捧げたらしい。天変地異は鎮まり、代償としてアリティアは【決裂の神】の61番目の妻となった。それすなわち、現世との決別を意味することや。残された彼女の【聖なる骸】は、【聖盃】とともに埋葬され、誰の目にも触れることなく、390年間【アリティアの神殿】の中で眠り続けたワケやね」
 ウチは歴史の教師にでもなったような気持ちで、三郎太に説明する。よっと荷物を担ぎなおした三郎太が、ぼそりとこぼした。
「わずか29年間の、献身のみに捧げた人生、か――」
 三郎太は本心から気の毒そうに、ぶっとい眉を寄せる。ウチにはそんな三郎太の気持ちは、理解できても賛同はできひん。何でわざわざ400年近くも昔に死んでしもうたモンなんかに同情しようなんて気がおきるんやろう? 大きな背中を丸めてしゅんとする三郎太は、まるで身内の悲劇を聞かされたような顔をしとる。
「それでも満足やったやろ。そういうヤツやったからこそ聖女て呼ばれるようになったんやと思うしな」
「では師匠は、そのような高貴な人物の墓を荒らすおつもりなのか?」
「荒らすやなんて、人聞きの悪い」
 ウチは、ピンと立てた指をくるくる回しながら続ける。
「390年の間、無駄に眠っとった高貴なる聖盃を、今この時代に甦らせたるんや。聖盃かて、神殿ン中にたいそうに保管されとるよりも、世のため人のために役立つ方が嬉しいに決まっとる。ウチは、そのための手助けをしてやろう、ゆうてんのや。文句言われるスジあいはあらへん」
「――確かに、そう言われれば聞こえは良いが――ものは言いようだな。その見返りは、莫大なものなのではないか? それは、見返り目的で墓を荒す事と何が違うのだろう?」
 三郎太はどうにも合点がいってへんようやった。ウチに対して、批難がましい視線を向ける。
「そのためにカネもかかっとるし、色々と危ないメぇにも会うとんのや。それ相応の代償を求めて何が悪いねん。ウチは、都合のええ時だけ【倫理】やの【道徳】やのを持ち出すヤツらは好かん。そんなもん、所詮は偽善者やんけ」
「では師匠は、誰かに奉仕しようとか、大切な人のために命を賭けようとか――そう思ったことはないのか?」
「奉仕――やて?」
 ウチは鼻で笑う。
「そんなもんあるかいな。タダで魔法使うんもキライやけど、ヒト様のために命かけるんなんぞアホらしいわ。どうせなら、もっとええ方法考えてガッポリお礼をもらう方がゼンゼンええやんけ」
「もし、命を賭けざるを得なかったら?」
 おおっ? やけに食い下がって来るやんけ? なんや、ひょっとしてこーいう系のハナシはコイツにとっては地雷やったんか? けどまぁ、ウチにかて信念はある。トーゼン、譲れんラインもある。それだけは、ハッキリさせとかんならん。
「そんなんウチの知ったこっちゃないわ。ウチ自身に災厄がふりかからん限りは、命かけるなんて死んでもお断りやね」
 三郎太は、かなり納得がいってへんようやった。しゃあないなぁ――ウチは言葉を続ける。なるべく、三郎太が納得するような、もっともらしい口実をつけて。
「ジブンがどない思うてんのかは知らんけど、少なくともウチは【自己犠牲が美徳】やなんて信じとるヤツらは、アホや思う。そんなん、献身するモンの自己満足や。残されたモンは確かに感謝するやろうけど、それ以上に、ナンか苦い思いするんとちゃうか?」
 ――話し続けるうちに、ウチはなんや気が重うなってきた。ま、大きな声では言えへんけど、ウチかて260年も生きてきたんや。そら、色々な事があったわいな。
 ――って、あかんあかん。何でこんな暗い話になってもたんや? ウチは2~3回顔をぷるぷる振ってから、意識して明るい声で言うた。
「ま、ウチはウチ。ジブンはジブンっちゅうことで、ええんとちゃう? それに、大事なんは、400年も前の事とちごて、今、これからのコトや。ペチカ山脈まではまだまだ遠いし、道中寄らんならん所もあるしな」
「ふむ――」
 三郎太が鼻を鳴らす。
「寄る場所――というと?」
「アリティアが救った人々の子孫が、ひっそりと暮らしとる村があるらしい。そこで神殿についての情報を集めるんや。ま、ジブンもアリティア伝説について興味あるみたいやし、その村で色々ハナシ聞いたらとええんとちゃう?」
 この話をしたんは失敗やったかなぁ。ウチは考えた。どうも三郎太は、聖盃探しには気が乗らんようやった。とりあえず、まだ何か言いたさそうな顔の三郎太やったけど、ウチはそこで話を切り上げる。
 これ以上話しても、おそらくは平行線のままやろう。お互いの倫理観が違うんや。それは各々が正しいと信じてる事なワケや。それを説得や議論で変えようなんてのは無理やと思うし、無駄な労力でしかない。サムライは【義】によって動くて聞いたことがあるけど、三郎太もやっぱ【義理人情】に囚われるタイプなんやな。そんなモンにこだわったかて、何の得にもならへんのにな。

 それからの2日間。ウチらはひたすら森の中を進んでいった。グレイスの森は、ウチが思うてたよりもずっと深うて、モンスターがウヨウヨしとる場所やった。それこそ、2~3時間おきには、狼だの熊だの、大蛇だの猪だのが襲いかかってくるシマツや。モンスターが多いとは聞いたけど、正直これ程やとは思わんかった。なんぼなんでも、この数は異常や。
 とりあえず、モンスター退治は三郎太ひとりでカタがつくみたいなんで、全部任してウチは見物さしてもろとった。まあ、出てくるモンスターは、ロープレで言うたらスタートの街周辺に出てくるような低いレベルのもんやから、三郎太にしてみれば進路上のクモの巣を払う程度のモンやったと思う。
 せやけど、この頻度でやらされたら気も滅入って来るやろ。それに、ウチくらいの高レベル冒険者にしてみたら、こんなザコモン倒しても得られる経験値なんて無いんと同じやし、ロープレみたいにゼニやアイテムがドロップするワケでもない。ぶっちゃけ、戦うだけソンなエンカウントや。
 戦闘にこそ参加はしとらんかったけど、【あの夜】以来、三郎太の見張りは信用ならん。当然、ウチはほとんど寝る間もなく夜を過ごすハメになってしもて、これがかなりキツかった。それに加えてナンギやったんは、モンスターに襲われるたんびに「こうまでして聖盃がほしいのか?」と、三郎太に批難されることやった。
 ――たく、細かいコトをいつまでもぶちぶちと――。
 クランの村に到着するまでに17回、数にして、ざっと70匹はモンスターを倒したやろう。木々の切れ間から村が見えた時は、思わず跳び上がってまうぐらい嬉しかったもんな。よっしゃ、これで今夜は安心して眠れるやん、て考えたら、何や涙まで出て来たわ。

 ――しかし。しかしや。かなわんコトに、そこまで苦労したっちゅうのに、クランの村はウチらを快く迎えてはくれへんかった。と、いうか、ウチらを歓迎するどころやなかったっちゅうた方が正しいな。とにかく、そらぁヒドい有様やったんや。
 まず、五体満足なヤツを探すのが大変なぐらい、どいつもこいつもヨロヨロの状態やった。最初、村があんまりひっそりしとるもんやから、今はもう無人なんかと思てしもたほどや。せやな、それこそゴーストタウンみたいな有様やったんや。ウチは、涸れた井戸の横で呆然と空を見上げる爺ちゃんを見つけて近づいた。爺ちゃん最初、ウチらのことに気づいてへんみたいやった。手が届くくらいの距離になって、ようやく、ゆ~っくりとこっちに顔を向けよる。まるで、ガイコツみたいな顔やった。
「じーちゃん、一体どないしてん? この村の有様は?」
 老人はしばらく無言でウチを見る。乾いてヒビ割れた唇が、ぞっとするぐらい痛々しかった。
「御老体。よかったらこれを」
 三郎太が、水筒を差し出す。老人は泣きそうな顔で笑うと、ゆっくりと首を振った。
「なあ、じーちゃん。ウチら、ちょっと聞きたいことがあって、この村まで来てん。村長とか長老とか、とにかくこの村一番の物知りン家を教えてくれへんか?」
 老人は答えへんかった。ウチはにっこり笑うてから、一言付け加える。
「ウチやったら、きっと村にために力になれる思うんやけど?」

 老人が案内してくれたんは、村長の家やった。他の家々と比べると、造りこそは大きめで立派やったけど、中に入ればやっぱり荒れ果てたもんやった。老人の話やと、9つある部屋のうちの3つを、療養所として代用しとるらしい。さらにひとつには、急こしらえの祭壇が備えられとるっちゅうことや。
「村がこんな有様になってから、もう半年になります」
 けだるそうに椅子に身ぃあずけた村長が、力ない言葉で切り出した。村長の脇に控えとるんは、彼の息子やろうか? 元気そうに振舞ってはおるけど、体調が悪そうなんは誰の目にも明らかやった。
 ウチには村の様子なんて興味なかったけど、通過儀礼みたいなもんやと割り切って聞く。対して三郎太は、真剣な面持ちで村長の話に耳を傾けとった。
「ここまでいらしたからには、あなたがたも御存知なのでしょう。クランの村は今から390年前に、聖女アリティアの命と引換えに救われた者たちの末裔が、密やかに生活を営む場所です。貧しくはありましたが、決して不幸せな日々ではありませんでした――」
 そこでいったん言葉を切った村長が、ウチのことをチラリと見た。それは、相手に気どられんよう意識したモンやなく、何かの了解を得ようとするような視線やった。その意図をとっさに理解することはできひんかったけど、続きを聞きたいウチは軽く頷いたった。村長が心中でムネなでおろしたんが、ウチには解った。ほっとひと息ついてから、話を続ける。
「もちろん、密やかに、と言ったのには、それなりの事情があります。知っての通り、聖女アリティアの眠る神殿には、今なお【聖盃】が安置されております。今では、それを守護する我々ですら近付くことはままなりませんが――お宝と称して狙う者たちが、幾度となくペチカ山脈を訪れました。中には、村を襲った者もいたのです」
 ふん。そうゆ~コトかいな。つまり、ウチらに対する皮肉や、と勘違いされたぁなかったんやな。ウチは不安げな顔しとる村長に笑顔で答えると、手をぱたぱたと振って先を促した。
「もちろん、神殿を守らなければいけない戒律などはありません。我々は、それぞれが自主的に神殿を祭り守ってきたのです。決して奢ることなく、あくまでも質素に、そして人目につかぬように。そうすることで、掠奪者から村を守ってきたのです」
 その言葉に、脇の息子は少なからず動揺したようやった。父は、【神殿】ではなく【クランの村】を守っとるんやと、断言したんや。そらぁびっくりするやろな。せやけど、村を守るために、村そのものを外界から断ち切るっちゅうことは、当然神殿を守ることにつながっとるんや。今、父親から聞かされんでも、いずれは自分自身で気付き、本質を理解しすることになるやろう。
「もちろん、我々は感謝の気持ちを失ってはおりません。しかし、神殿の存在が村を脅かしていることに関していくらかの恨み事を口にしたとしても、誰がそれを責められましょう? 事実、我々はこうして【苦しめられて】いるのです」
「【呪い】やね?」
 ウチは核心をついた。驚いた村長が、はっと息を呑むんが判った。
「それも、けっこう強烈なやっちゃ。村に着いた時は疫病かなんかやと思たんやけど、この家に慌てて祭壇こしらえたて聞いて、ピンときたんや」
 村長が、そして三郎太が、ウチの推察力に感心の息をもらした。ふん、どんなもんや。
「せやけど、その【呪い】は誰にかけられたんや? まさか、文句言われたアリティア自身やなんてアホな事は言わへんやろな?」
「めっそうもない!」
 村長は叫んで、両手を前に突き出す。激しく咳込んでから、口許を拭いつつ言うた。
「この呪いを村にもたらしたのは、流れ者たちでした。確か戦士がひとりに、魔術師と、あとは盗賊だったでしょうか――」
 典型的なパーティ編成やね。僧侶がおらんのがちょっと気になるけど、魔術師が有能やったか、高価なアイテムを持ち歩いとったかのどっちかやろう。アイテムの質があがるにつれて、真っ先に職がなくなったんが、回復系の僧侶たちやからな。
「半年ほど前の話です。戦士はかなり大柄な人物でしたが、ひどく衰弱しておりました。何でも、ここに来る以前の冒険で死霊君主【リッチーロード】と戦い、倒したものの【呪い】をぶつけられたのだそうです。その呪いは、日々確実に戦士の体を蝕んでいて、それを解くために【アリティアの聖盃】を求めてきたのだということでした。しかし、村に着いて間もなく、魔術師と盗賊が神殿に向かっている間に戦士は死にました。独りで戻った魔術師は戦士の死を知って逃げ出し、盗賊は神殿に向かったまま二度と戻っては来ませんでした。そして、恐ろしいことに、村には戦士たちにかけられた【呪い】が残されたのです」
「なんやねんそれ。とんだとばっちりやん」
 ウチは呆れてしもうた。
「せやけど、変やんか。なんぼなんでも、この村は聖盃の守護を受けとるはずやで。それが、なんでここまで【呪い】に痛めつけられんならんねん」
 村長が、がっくりと肩を落とす。
「それは我々にもわかりません。ひょっとすると、神殿にはもう【聖盃】は存在しないかもしれません。すでに、何者かが持ち出してしまっているため、村への守護の力が失われたのではないかと――」
「――んなアホな! せやったら、ウチらが苦労してここまで来たんは、全くのムダ足っちゅうことになるやんか!!」
「いえ、それはあくまで、私の考えですから。実際、神殿から聖盃が持ち出されたと言う話は聞かれておりません。もしも誰かが聖盃を手に入れたのだとしたら、それ相応の噂は聞くことができましょう」
「そ――それはそうやけどな」
 なんやろな、この気に食わん感じ。ウチはフンッと鼻を鳴らしながら腕を組む。
「それで、神殿っちゅうのはココから近いんか?」
「は、はい。それはもう――」
 村長は何や言いにくそうな様子や。
「ただ、その、道中に難関がありまして」
「――難関?」
 超絶いや~な予感――
「はい。まずはじめに、無数のアンデッドが徘徊する【試練の洞窟】。次に、人を惑わす妖精が潜むという【聖霊の泉】。さらに、巨大な赤龍が隠れ住んでいる【赤龍の砂丘】。そして最後に、暗黒世界の魔物に支配された【次元の荒野】を抜けていかなければ、神殿にはたどりつけないのです――」
「あ゛――」
 ――ドコが近いんじゃ。コラ――。
 とまどっていたワリにはやたらと弁舌な村長の言葉に、ウチのアゴは床まで落ちた。
 ――誰やねん、このシナリオ作ったんは? 後で絶対どついたる!!

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