-第五章- 『女魔術師、自らの悪意と対決する』
その夜は、クランの村にやっかいになることになった。驚いたことに、村人は出来得る限りの便宜をウチらに尽くしてくれた。もちろん、大半が呪いで衰弱しきった連中ばっかりやったから、そんなに大層なモンやなかったけど、見ず知らずの冒険者に対する接待としては異例なモンやった。
「ふい~っ」
少し熱めのお湯に肩まで浸かったウチは、ようやく一息つけてゴキゲンやった。ココは間違いなく挿し絵が入るやろから、ウチの美貌をぜひ堪能したってほしい。ここまでウチの大した活躍もなかったコトやし、ファンに対する特別大サービスや。
「――師匠」
大奮発して【読者サービス】しとるウチに、外で釜に薪くべとる三郎太が声かけてきた。そんぐらい村のモンがやる言うたんやけど、三郎太が自分がやるて言い出したんや。三郎太なりに、この村に気を使うた結果なんやろう。まさか、ウチのビューテホーな裸体を覗こうっちゅう魂胆なハズは無いやろし、別に断る理由もなかったんで、三郎太に釜焚きをやらせたることにした。それで三郎太が満足なんやったら、何も問題あらへんしな。
「なんやねん?」
ウチはタオルを頭に乗っけながら答える。
「【聖盃】を取って来れば、この村は救えるのか?」
「聖女アリティアが伝説通りの人物やったとしたら、まず間違いナシやろな。村人も、それを期待してウチらに協力的なんやろ?」
「そうか――」
三郎太の言いたい事は解っとる。無事聖盃を手に入れられたら、その力で村を救うて欲しいて言いたいんやろう。もちろん、それに対して村人は出来得る限りの礼を尽くしてくれるはずや。そんでもって、ちょっとばかりの名誉と満足も得られる。当然、得られる報酬が、尽くす相手の富に比例するっちゅうことも。それを理解しておくことが商売の基本であることは、言うまでもあらへん。
「ま、この村の様子を見て、ナンも感じんやつは人でなしやわな。一刻も早う聖盃を手に入れて、村を救うんが【人】としての道理やろう?」
ウチは、少し熱くなった湯をぐるぐるかき混ぜながら言う。
「そうだな! 師匠!!」
ウチの言葉に、三郎太は妙にはずんだ声で言いい、やたら元気よく薪をくべる音が聞こえた。きっと、ウチの言葉に喜んでんのやろね。ふっ――お人好しめ――。
せやけど――。
ウチはタオルをしぼって顔を拭いてから、湯煙にかすむ天井を見上げた。
やっぱ、モールモーラの図書館に現われたんは、ダバラらなんやろな。しかし、どないやってウチらを追い越したんやろう? ウチらかて、かなり急いでここまで来たのに。それに、村長の口ぶりからして、連中はまだこの村まで来てへんみたいや。森で連中を追い越した気配はなかったけど、あいつらは今どこにおるんや? だいいち、連中ドコで情報を仕入れたんや? あのタイミングでウチらの先回りができたんがどうにも腑に落ちん。あいつらに、ウチ以上の情報を集めるヒマなんて無かったやろうに。
――ん?
ウチはただならぬ雰囲気で、我に帰った。
「あ――」
外では、いぜん三郎太が薪をくべ続け――
「あ゛ぢゃぢゃぢゃぢゃ~~~っ!!」
――後で聞いた話やが、そんときの湯は煮物が作れるくらいの熱さ やったらしい。ウチを殺す気かいっ! サブロータ!!
さて、陽も登って翌朝。ウチらは、いよいよ【アリティアの神殿】へと向かって出発した。ゆんべ村長から聞いた通り、神殿までの道中には【試練の洞窟】【聖霊の泉】【赤龍の砂丘】【次元の荒野】と、いかにもありがちな4つの難関があるらしい。ナンで神殿までの道――村長はたいして遠ナイて言うてたみたいやけど――にそんなモンがあるんか納得いかへんけど、まぁロープレやったらようある不条理な展開や。ネーミングにいまいちオリジナリティがないけど、今回はカンベンしたるわ。
なにはともあれ、神殿に向かって最初の1日。まずは、無数のアンデッドが徘徊するっちゅう【試練の洞窟】や。
「何や、ボーンゴーレムかいな。ウチ、オバケ系は嫌いやねん。気色悪いから、サブロータ、どつき倒したって」
「心得た」
ばきゃ~ん!!
ふっ――ステージ1、クリアや。
2日目。人を惑わす妖精が潜むとゆ~【聖霊の泉】。
「何や、ウォーターエレメントかいな。ウチ面倒クサいから、サブロータ、ぶった斬ったって」
「心得た」
どびゃ~ん!!
ふっ――ステージ2、クリアや。
続いて3日目、巨大な赤龍が隠れ住んどるらしい【赤龍の砂丘】。
「何や、赤龍って聞いたから火焔竜くらい出て来るかと思たら、やせっぽちのサラマンダーかいな。あーもーサブロータ、やってしもて」
「何やら雑な気もするが――」」
ばぼ~んっ!! ――以下略や。
そんなこんなで、ウチらは小賢しい【4つの難関】を難無く突破し、ついに【アリティアの神殿】へと到着した。誰やねん、ウチは何んにもしとらへんのとちゃう? とか言うてんのは? ウチかて、それ以外のシーンでは、大活躍してんねやで。いや、ホンマ。
「やれやれ。やっとこさで到着かいな」
ウチはトントンと腰を叩きながら、眼前にそびえる神殿の入口を見上げた。長年の地殻変動と自然の変化によって、神殿はほとんど地面に下に埋没しとるようやった。積土に覆われたその上には木々が生い茂り、ぱっと見に小山みたいに見え、その全様を視認するのは無理そうや。決して規模は大きゅうはないやろうけど、それはダンジョンと言うてもええくらいの存在やった。
「――――?」
ウチは、何者かの視線を感じて振り返る。が、視線のヌシは発見でけへんかった。
――気のせいやったんかなぁ? ウチは首をひねる。
「師匠、これは何だ?」
三郎太が、神殿の入口付近にあった、2つの岩のカタマリを指さして言うた。それは人間よりひと回りほど大きい岩で、タテ長の球形をしとり、さながら巨大な卵のようやった。ウチは自慢の知識で三郎太に解説したる。
「それは御守り卵――【ガーディアン・エッグ】やね。触れた者そっくりの複製に変身するっちゅう魔法の岩で、変身した複製は実物と全く同じ能力を持つことができる。で、その者の【悪意】を動力にして襲いかかってくるんや。ま、これも一種のトラップやと言えるけど、400年前ならイザ知らず、いま時こんな初歩的な罠にひっかかるヤツなんておらへんワ」
「――すまん」
「は?」
ウチが見ると、御守り卵に手の平をぴったりとくっつけた状態で硬直する三郎太がおった。三郎太が、申し訳なさそうに笑う。
「触ってしまった」
むりむりむりむり――
400年眠り続けた御守り卵が、込められた魔力で変形し始める。瞬く間に、巨大な岩の卵は三郎太の姿になった。
「アホかーっ!!」
げんっ!!
ウチは三郎太の後頭部にケリを入れる。
「ガキかジブン! 見知らんモンを勝手に触るな!!」
せやけど、こらぁ面倒なことになったで。なんぼアホや言うたかて、三郎太の強さは、カールスやブンバルト並か、それ以上や。しかも、この複製は魔力でパワーを高めとる。 ――さて、どうやって戦うか――。
「――――ん?」
素速く身構えるウチ。少し遅れて、ずらりと斬馬刀を抜く三郎太。ところが、複製の三郎太はいつまでたっても攻撃してくる様子はなかった。
「どないなってんねん?」
ウチはそ~っと、複製に近付いた。依然、動く気配はない。魔法力の期限切れか? ウチがそんな事を考えとると、複製はふしゅるるる~っと空気が抜けるような音とともに、もとの卵に戻ってしもうた。
「ひょっとして――」
――確か、御守り卵は相手の悪意をエネルギーにして動く 。その複製が動かんかったっちゅうコトは――つまり、三郎太には悪意がゼンゼンないっちゅうコトか?
ウチは、背後できょとんとしとる三郎太を見た。確かに、にこにこしながら立っとる三郎太の顔は、純真そのものや。悪意なんてモンとは全く無縁のように見える。
「赤ン坊とおんなじか――」
ウチは岩壁に手をつくと、驚きと安堵の入り交じったタメ息をつく。手の甲で額の汗を拭ったあたりで、三郎太が「あっ」と声をあげた。
「なんや?」
ウチは、嫌~な予感がして、手をついた岩壁を見る。そこには、変形を開始したもうひとつの御守り卵があった。
「げええぇぇ~~っ!?」
じきに、ウチそっくりの複製ができあがる。本人が見てもうっとりするぐらいの美人やったけど、にやりとゆがめた口許には、ぞっとするほどの邪悪さがあった。
ウチはぴょんと跳び退いてから、身構える三郎太を手で制した。
「心配するコトあらへん。ウチかて、美人で善良な魔術師なんや。なんぼなんでも――」
ちゅど~ん!!
複製の発射した【吹き飛びな!】の呪文が大地をえぐり、ウチのきゃしゃな体は高々と宙に浮く。何の予告もなしに遠退いた地面が、再びすごい勢いで迫ってきた。
「お――落ち、落ち」
間一髪、三郎太がウチを受け止める。くるりと身を踊らせて地面に降り立ったウチは、【地爪】の呪文を唱える。ウチの足元に、見えへん爪によってぼこりと3つの穴があけられ、そこから複製に向かって3本の溝が吸い込まれて行く。見えへん爪はそのまま地面と複製をえぐって後方に突き抜けるハズやった。せやのに、複製よりも1m近く手前で光の壁にブチ当たり、閃光を残して消滅した。
「――【護りの壁】かいな。それも、呪文も唱えず立ったマンマで使いよった――」
――強い。
ウチはムッときた。何でやねん! 何で、純真無垢なウチの複製が、こんなに強い魔力持ってんねん!?
「母体が邪悪だと複製も強いの――」
ぼそりとつぶやく三郎太をキッと睨みつける。三郎太はささっとウチから顔をそらした。
「納得がいかんで!!」
ウチは呪文書を握りしめた右拳を突き出して、スイカ大の火球を造り出す。さらに左手に持った呪文書で火球を撫でるようにクルリと回す。火球の周囲に、さながらメロンの模様のように縦横無尽に電撃がまとわりついた。これぞ、ウチのオリジナル魔法【プラズマ・ナパーム】!! ドリンガン魔城のワイバーンを1撃でコナゴナに吹っ飛ばした程の強力呪文や!! 高級呪文書を2枚も使うた大判ぶるまいの1発やで。
「これでも喰らわんかいっ!!」
ウチの拳から放たれた魔力弾は豪音とともに複製に命中する。大爆発がおこり、土と石と木々とを空中高くに舞い上がらせた。
「ざまぁみさらせ!! ――げっ!?」
巨大なクレーターの中心に、傷ひとつ負わずに複製は立っとった。地面に残る熱が空気を歪め、複製の姿がユラユラと揺れて見える。
「ンなアホな――」
この複製、ちょっと強すぎるんちゃうか?
ウチは、なんやごっついハラが立ってきた。三郎太の複製は無害やったのに、ウチの複製はコレかいな――ウチのドコが邪悪やっちゅーねんっ!!
「師匠! 危ない!!」
三郎太に叫ばれ、ウチは我に返った。複製に視線をもどすと、もうすぐ手の届きそうなトコに巨大な雷球が飛んで来とった。ウチは慌てて【電撃遮断】の呪文を唱えようと――あかん! 間に合わん!!
凶悪な爆音がしたんと同時に、何かごっつい棒みたいなモンがウチの体を持ち上げた。頬に暖かい壁が当たり、その後ムチャクチャ激しい衝撃がウチの全身をシェイクする。その威力は尋常なモンやなかった。ウチの頭に焼けるような痛みが走り、頬をどっと生暖かいものが伝う。
「師匠――大丈夫か?」
ウチの上に覆いかぶさった三郎太が、苦しげに声を出す。三郎太もまた血まみれで、その頬から滴る血が、ウチの胸を真紅に染めていった。身をよじって足のある方を見ると、右手を前に突き出したまま、ウチの複製が大笑いしとる姿が目に入った。
こ――このガキャあ!! たかが複製のクセに、ウチを本気で怒らせたな!!
ウチがもぞもぞしとると、三郎太がぐっと身を起こし、笑い続ける複製に向き直った。ウチも続いて立ち上がり、三郎太の背中を見てぎょっとする。キモノが裂けて、呪文でズタズタにされた背中からは湧き水のように血が流れ続けとった。こんなん見せられたら、自分の傷の痛みなんか忘れてまうわ。
「戦いの最中に呆けるなど、師匠らしくないな」
三郎太が肩ごしに振り返って言うた。ウチを安心させるためやろうか? 笑顔でウインクなんかしとる。その向こうで、ウチの複製が再び呪文を唱え始めた。その呪文は、さっきウチが使うて見せた【プラズマ・ナパーム】や!! あかん!!
ウチは素速く頭を巡らせる。あの複製はかなり強力な抗術バリアを張っとるから、ナミの攻撃魔法ではダメージを与えられん。ウチの最大級の呪文なら楽々倒せるやろうけど、それやとこの山ごと吹き飛ばしかねん。そんなことしたら、神殿も聖盃もパーや。と、なると、頼れるンは剣士としての三郎太の力!!
「サブロータ! 動けるな!?」
三郎太が威勢良く「応!!」と答える。ウチは身を踊らせて複製の注意を引きつけると、これまでにないホド真剣に呪文書を読み上げる。読み上げた呪文は【時騙し】。
複製の腕から飛び出した魔力弾が、もの凄いスピードでウチ迫る。しかし、その魔力弾は命中することなく、ウチの鼻先数センチの位置で停止した。――間一髪や。ウチは横に飛びのきながら叫んだ。
「何やってんねん! 今や!! 【時騙し】の呪文で止められる時間は数秒しかないで!!」
ウチをかばおうと身構えとった三郎太は、その言葉に即座に反応した。くるりと複製に向き直り、頭上に斬馬刀を掲げつつ高く跳躍する。三郎太の攻撃が命中する前に呪文の効力は消えたけど、すでに斬馬刀は空気を裂いて振り下ろされる最中やった。気付いた複製が避けようとしても、もう間に合わん。数秒前までウチがおった場所を魔力弾が吹き飛ばすのと同時に、三郎太の気合いの一撃が複製を地面もろともブッた斬った。
「ふい~っ」
少し熱めのお湯に肩まで浸かったウチは、ようやく一息つけてゴキゲンやった。ココは間違いなく挿し絵が入るやろから、ウチの美貌をぜひ堪能したってほしい。ここまでウチの大した活躍もなかったコトやし、ファンに対する特別大サービスや。
「――師匠」
大奮発して【読者サービス】しとるウチに、外で釜に薪くべとる三郎太が声かけてきた。そんぐらい村のモンがやる言うたんやけど、三郎太が自分がやるて言い出したんや。三郎太なりに、この村に気を使うた結果なんやろう。まさか、ウチのビューテホーな裸体を覗こうっちゅう魂胆なハズは無いやろし、別に断る理由もなかったんで、三郎太に釜焚きをやらせたることにした。それで三郎太が満足なんやったら、何も問題あらへんしな。
「なんやねん?」
ウチはタオルを頭に乗っけながら答える。
「【聖盃】を取って来れば、この村は救えるのか?」
「聖女アリティアが伝説通りの人物やったとしたら、まず間違いナシやろな。村人も、それを期待してウチらに協力的なんやろ?」
「そうか――」
三郎太の言いたい事は解っとる。無事聖盃を手に入れられたら、その力で村を救うて欲しいて言いたいんやろう。もちろん、それに対して村人は出来得る限りの礼を尽くしてくれるはずや。そんでもって、ちょっとばかりの名誉と満足も得られる。当然、得られる報酬が、尽くす相手の富に比例するっちゅうことも。それを理解しておくことが商売の基本であることは、言うまでもあらへん。
「ま、この村の様子を見て、ナンも感じんやつは人でなしやわな。一刻も早う聖盃を手に入れて、村を救うんが【人】としての道理やろう?」
ウチは、少し熱くなった湯をぐるぐるかき混ぜながら言う。
「そうだな! 師匠!!」
ウチの言葉に、三郎太は妙にはずんだ声で言いい、やたら元気よく薪をくべる音が聞こえた。きっと、ウチの言葉に喜んでんのやろね。ふっ――お人好しめ――。
せやけど――。
ウチはタオルをしぼって顔を拭いてから、湯煙にかすむ天井を見上げた。
やっぱ、モールモーラの図書館に現われたんは、ダバラらなんやろな。しかし、どないやってウチらを追い越したんやろう? ウチらかて、かなり急いでここまで来たのに。それに、村長の口ぶりからして、連中はまだこの村まで来てへんみたいや。森で連中を追い越した気配はなかったけど、あいつらは今どこにおるんや? だいいち、連中ドコで情報を仕入れたんや? あのタイミングでウチらの先回りができたんがどうにも腑に落ちん。あいつらに、ウチ以上の情報を集めるヒマなんて無かったやろうに。
――ん?
ウチはただならぬ雰囲気で、我に帰った。
「あ――」
外では、いぜん三郎太が薪をくべ続け――
「あ゛ぢゃぢゃぢゃぢゃ~~~っ!!」
――後で聞いた話やが、そんときの湯は煮物が作れるくらいの熱さ やったらしい。ウチを殺す気かいっ! サブロータ!!
さて、陽も登って翌朝。ウチらは、いよいよ【アリティアの神殿】へと向かって出発した。ゆんべ村長から聞いた通り、神殿までの道中には【試練の洞窟】【聖霊の泉】【赤龍の砂丘】【次元の荒野】と、いかにもありがちな4つの難関があるらしい。ナンで神殿までの道――村長はたいして遠ナイて言うてたみたいやけど――にそんなモンがあるんか納得いかへんけど、まぁロープレやったらようある不条理な展開や。ネーミングにいまいちオリジナリティがないけど、今回はカンベンしたるわ。
なにはともあれ、神殿に向かって最初の1日。まずは、無数のアンデッドが徘徊するっちゅう【試練の洞窟】や。
「何や、ボーンゴーレムかいな。ウチ、オバケ系は嫌いやねん。気色悪いから、サブロータ、どつき倒したって」
「心得た」
ばきゃ~ん!!
ふっ――ステージ1、クリアや。
2日目。人を惑わす妖精が潜むとゆ~【聖霊の泉】。
「何や、ウォーターエレメントかいな。ウチ面倒クサいから、サブロータ、ぶった斬ったって」
「心得た」
どびゃ~ん!!
ふっ――ステージ2、クリアや。
続いて3日目、巨大な赤龍が隠れ住んどるらしい【赤龍の砂丘】。
「何や、赤龍って聞いたから火焔竜くらい出て来るかと思たら、やせっぽちのサラマンダーかいな。あーもーサブロータ、やってしもて」
「何やら雑な気もするが――」」
ばぼ~んっ!! ――以下略や。
そんなこんなで、ウチらは小賢しい【4つの難関】を難無く突破し、ついに【アリティアの神殿】へと到着した。誰やねん、ウチは何んにもしとらへんのとちゃう? とか言うてんのは? ウチかて、それ以外のシーンでは、大活躍してんねやで。いや、ホンマ。
「やれやれ。やっとこさで到着かいな」
ウチはトントンと腰を叩きながら、眼前にそびえる神殿の入口を見上げた。長年の地殻変動と自然の変化によって、神殿はほとんど地面に下に埋没しとるようやった。積土に覆われたその上には木々が生い茂り、ぱっと見に小山みたいに見え、その全様を視認するのは無理そうや。決して規模は大きゅうはないやろうけど、それはダンジョンと言うてもええくらいの存在やった。
「――――?」
ウチは、何者かの視線を感じて振り返る。が、視線のヌシは発見でけへんかった。
――気のせいやったんかなぁ? ウチは首をひねる。
「師匠、これは何だ?」
三郎太が、神殿の入口付近にあった、2つの岩のカタマリを指さして言うた。それは人間よりひと回りほど大きい岩で、タテ長の球形をしとり、さながら巨大な卵のようやった。ウチは自慢の知識で三郎太に解説したる。
「それは御守り卵――【ガーディアン・エッグ】やね。触れた者そっくりの複製に変身するっちゅう魔法の岩で、変身した複製は実物と全く同じ能力を持つことができる。で、その者の【悪意】を動力にして襲いかかってくるんや。ま、これも一種のトラップやと言えるけど、400年前ならイザ知らず、いま時こんな初歩的な罠にひっかかるヤツなんておらへんワ」
「――すまん」
「は?」
ウチが見ると、御守り卵に手の平をぴったりとくっつけた状態で硬直する三郎太がおった。三郎太が、申し訳なさそうに笑う。
「触ってしまった」
むりむりむりむり――
400年眠り続けた御守り卵が、込められた魔力で変形し始める。瞬く間に、巨大な岩の卵は三郎太の姿になった。
「アホかーっ!!」
げんっ!!
ウチは三郎太の後頭部にケリを入れる。
「ガキかジブン! 見知らんモンを勝手に触るな!!」
せやけど、こらぁ面倒なことになったで。なんぼアホや言うたかて、三郎太の強さは、カールスやブンバルト並か、それ以上や。しかも、この複製は魔力でパワーを高めとる。 ――さて、どうやって戦うか――。
「――――ん?」
素速く身構えるウチ。少し遅れて、ずらりと斬馬刀を抜く三郎太。ところが、複製の三郎太はいつまでたっても攻撃してくる様子はなかった。
「どないなってんねん?」
ウチはそ~っと、複製に近付いた。依然、動く気配はない。魔法力の期限切れか? ウチがそんな事を考えとると、複製はふしゅるるる~っと空気が抜けるような音とともに、もとの卵に戻ってしもうた。
「ひょっとして――」
――確か、御守り卵は相手の悪意をエネルギーにして動く 。その複製が動かんかったっちゅうコトは――つまり、三郎太には悪意がゼンゼンないっちゅうコトか?
ウチは、背後できょとんとしとる三郎太を見た。確かに、にこにこしながら立っとる三郎太の顔は、純真そのものや。悪意なんてモンとは全く無縁のように見える。
「赤ン坊とおんなじか――」
ウチは岩壁に手をつくと、驚きと安堵の入り交じったタメ息をつく。手の甲で額の汗を拭ったあたりで、三郎太が「あっ」と声をあげた。
「なんや?」
ウチは、嫌~な予感がして、手をついた岩壁を見る。そこには、変形を開始したもうひとつの御守り卵があった。
「げええぇぇ~~っ!?」
じきに、ウチそっくりの複製ができあがる。本人が見てもうっとりするぐらいの美人やったけど、にやりとゆがめた口許には、ぞっとするほどの邪悪さがあった。
ウチはぴょんと跳び退いてから、身構える三郎太を手で制した。
「心配するコトあらへん。ウチかて、美人で善良な魔術師なんや。なんぼなんでも――」
ちゅど~ん!!
複製の発射した【吹き飛びな!】の呪文が大地をえぐり、ウチのきゃしゃな体は高々と宙に浮く。何の予告もなしに遠退いた地面が、再びすごい勢いで迫ってきた。
「お――落ち、落ち」
間一髪、三郎太がウチを受け止める。くるりと身を踊らせて地面に降り立ったウチは、【地爪】の呪文を唱える。ウチの足元に、見えへん爪によってぼこりと3つの穴があけられ、そこから複製に向かって3本の溝が吸い込まれて行く。見えへん爪はそのまま地面と複製をえぐって後方に突き抜けるハズやった。せやのに、複製よりも1m近く手前で光の壁にブチ当たり、閃光を残して消滅した。
「――【護りの壁】かいな。それも、呪文も唱えず立ったマンマで使いよった――」
――強い。
ウチはムッときた。何でやねん! 何で、純真無垢なウチの複製が、こんなに強い魔力持ってんねん!?
「母体が邪悪だと複製も強いの――」
ぼそりとつぶやく三郎太をキッと睨みつける。三郎太はささっとウチから顔をそらした。
「納得がいかんで!!」
ウチは呪文書を握りしめた右拳を突き出して、スイカ大の火球を造り出す。さらに左手に持った呪文書で火球を撫でるようにクルリと回す。火球の周囲に、さながらメロンの模様のように縦横無尽に電撃がまとわりついた。これぞ、ウチのオリジナル魔法【プラズマ・ナパーム】!! ドリンガン魔城のワイバーンを1撃でコナゴナに吹っ飛ばした程の強力呪文や!! 高級呪文書を2枚も使うた大判ぶるまいの1発やで。
「これでも喰らわんかいっ!!」
ウチの拳から放たれた魔力弾は豪音とともに複製に命中する。大爆発がおこり、土と石と木々とを空中高くに舞い上がらせた。
「ざまぁみさらせ!! ――げっ!?」
巨大なクレーターの中心に、傷ひとつ負わずに複製は立っとった。地面に残る熱が空気を歪め、複製の姿がユラユラと揺れて見える。
「ンなアホな――」
この複製、ちょっと強すぎるんちゃうか?
ウチは、なんやごっついハラが立ってきた。三郎太の複製は無害やったのに、ウチの複製はコレかいな――ウチのドコが邪悪やっちゅーねんっ!!
「師匠! 危ない!!」
三郎太に叫ばれ、ウチは我に返った。複製に視線をもどすと、もうすぐ手の届きそうなトコに巨大な雷球が飛んで来とった。ウチは慌てて【電撃遮断】の呪文を唱えようと――あかん! 間に合わん!!
凶悪な爆音がしたんと同時に、何かごっつい棒みたいなモンがウチの体を持ち上げた。頬に暖かい壁が当たり、その後ムチャクチャ激しい衝撃がウチの全身をシェイクする。その威力は尋常なモンやなかった。ウチの頭に焼けるような痛みが走り、頬をどっと生暖かいものが伝う。
「師匠――大丈夫か?」
ウチの上に覆いかぶさった三郎太が、苦しげに声を出す。三郎太もまた血まみれで、その頬から滴る血が、ウチの胸を真紅に染めていった。身をよじって足のある方を見ると、右手を前に突き出したまま、ウチの複製が大笑いしとる姿が目に入った。
こ――このガキャあ!! たかが複製のクセに、ウチを本気で怒らせたな!!
ウチがもぞもぞしとると、三郎太がぐっと身を起こし、笑い続ける複製に向き直った。ウチも続いて立ち上がり、三郎太の背中を見てぎょっとする。キモノが裂けて、呪文でズタズタにされた背中からは湧き水のように血が流れ続けとった。こんなん見せられたら、自分の傷の痛みなんか忘れてまうわ。
「戦いの最中に呆けるなど、師匠らしくないな」
三郎太が肩ごしに振り返って言うた。ウチを安心させるためやろうか? 笑顔でウインクなんかしとる。その向こうで、ウチの複製が再び呪文を唱え始めた。その呪文は、さっきウチが使うて見せた【プラズマ・ナパーム】や!! あかん!!
ウチは素速く頭を巡らせる。あの複製はかなり強力な抗術バリアを張っとるから、ナミの攻撃魔法ではダメージを与えられん。ウチの最大級の呪文なら楽々倒せるやろうけど、それやとこの山ごと吹き飛ばしかねん。そんなことしたら、神殿も聖盃もパーや。と、なると、頼れるンは剣士としての三郎太の力!!
「サブロータ! 動けるな!?」
三郎太が威勢良く「応!!」と答える。ウチは身を踊らせて複製の注意を引きつけると、これまでにないホド真剣に呪文書を読み上げる。読み上げた呪文は【時騙し】。
複製の腕から飛び出した魔力弾が、もの凄いスピードでウチ迫る。しかし、その魔力弾は命中することなく、ウチの鼻先数センチの位置で停止した。――間一髪や。ウチは横に飛びのきながら叫んだ。
「何やってんねん! 今や!! 【時騙し】の呪文で止められる時間は数秒しかないで!!」
ウチをかばおうと身構えとった三郎太は、その言葉に即座に反応した。くるりと複製に向き直り、頭上に斬馬刀を掲げつつ高く跳躍する。三郎太の攻撃が命中する前に呪文の効力は消えたけど、すでに斬馬刀は空気を裂いて振り下ろされる最中やった。気付いた複製が避けようとしても、もう間に合わん。数秒前までウチがおった場所を魔力弾が吹き飛ばすのと同時に、三郎太の気合いの一撃が複製を地面もろともブッた斬った。
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