魔女と聖杯と用心棒

-第六章- 『女魔術師、古の神殿トラップダンジョンを攻略する』

「――たく。世話のやける――」
 ウチは、大きくえぐられた地面に転がる複製を見下ろした。驚くべき剣撃で真っぷたつにされた複製は、今となってはただの【よう出来た石像】でしかなかった。しかし、ウチにウリふたつの石像が真っ二つになって転がっとるっちゅうのも、何やイヤな気がするワ。
「師匠!」
 三郎太が、斬馬刀を鞘に収めながら言う。石でできたウチの複製をいともたやすく真っ二つにする三郎太の剣技は、まさしく絶技と言えるやろう。
「サブロータ、大丈夫か?」
 ウチの言葉に、三郎太はニカっと笑ってガッツポーズをして見せた。コイツのタフさも本物やな。さすがのウチも、驚かされる。
 よりにもよって、こんなアホな展開でこの旅最大のピンチを迎えたっちゅうんがしょっぱいけど、まぁ勝利は勝利や。細かいコトは置いとこうやないか。
「おっと――」
 しげしげと見つめとるウチに気付いた三郎太は、もそもそとフトコロを探ると、手拭いを取り出した。そして、それをウチの頭に巻きつける。
「師匠も怪我をしている」
 ――アホが。ジブンの方がもっと大怪我やんか――ホンマに――表彰モンのお人好しや。
 ウチは何や胸にじ~んとしたモノが込み上げてきて、三郎太の顔がマトモに見られんようになってしもうた。慌ててくるりと背を向けると、しゅんと鼻をすする。
「ま、とにかく門番は倒したこっちゃし。神殿の中から聖盃を持ち帰るとしよか」
 そこではたと気付いて、ウチは再度三郎太に向き直った。
「この手拭い――ひょっとして、図書館でウチが尻に敷いたやつなんとちゃう?」
 照れ臭そうに笑う三郎太のみぞおちに、ウチはパンチを叩き込んだ。

 アリティアの神殿は、恐ろしいことに罠だらけやった。ウチが【罠探し】の呪文で調べただけでも、【落石】や【落とし穴】といった基本的な物から【吊り天井】に【毒ガス】といった大掛かりなものまで、ざっと30は仕掛けられとるようやった。もちろん、その他にも見破られんように、無数の罠が仕掛けられとることやろう。調べた文献によると、神殿の大きさは普通よりも小さめのもんやったらしいから、この罠の数が尋常やないコトが解る。
 まあ、慎重に進みさえすれば、ウチみたいな熟練冒険者にとっては、罠なんぞ大した障害にはならへん。それよりも心配なんは、三郎太の方や。一応手当はしたけど、ウチは本職の【癒し手】とちゃうから、完全とは言えへん。それに、怪我のこともさることやけど、もっと気になるんは三郎太の戦闘力のことやった。神殿の通路は狭く、三郎太自慢の斬馬刀を振り回すことはほぼ不可能やった。腰にさしとるサムライサーベルについてもおんなじコトが言えて、長い方はシャムシール並のシロモンやったから、これも神殿内では役に立たんやろう。もしモンスターに出会うたら、残る短い方――【脇差し】ゆうモンらしい――で戦うしかなさそうやった。ちなみに斬馬刀は、置いて行くんは絶対イヤやと言う三郎太の意見に根負けして、【小さくなれ】と【重さ消し】の魔法でコンパクトにして、三郎太のフトコロにしまわれとる。
 途中、比較的最近のモンらしい盗賊の成れの果てが落ちとる【落とし穴】をみつけた。ウチの調べが正確なら、聖盃のある部屋とは目と鼻の場所や。おそらく、クランの村長が言うとった、例の【盗賊】やろう。ここまで来て罠にかかるやなんて、ツイてへんかったな。
 そんなコトを考えとると、三郎太がウチに寂しそうに聞いた。
「人とは、己れの欲のためなら、どんな事でもするのだな。命すら惜しまずに――」
 ウチはゆっくりと首を振る。
「それが人間っちゅうもんなんや。その【欲】があったからこそ、人はここまで栄えることができたんや」
 三郎太はため息をついた。そんな三郎太に、ウチは言葉を続ける。
「それに、死は究極の恐怖とちゃうで。死よりも恐ろしいコトはナンボでもある。例えば【孤独】や。孤独をすすんで迎え入れるほど人はオロカとちゃうし、欲望も強うはないんとちゃうかな」
 三郎太は不思議そうな顔で眉をしかめた。どうやら、すぐにはウチの言うた意味が理解できへんかったんやろう。しばらく考えてから、ぱっと明るい顔になった。
「そうか。そうだな!」
 理解したみたいやね。ウチは妙に嬉しゅうなって、クスリと笑いをこぼした。

「――へえ、あんたでもそんな笑顔ができるんだな?」
 突然の、せやけど聞き覚えのある声が背後でした。ウチと三郎太は、ばっと振り返る。
「あんたらは!!」
 そこにおったんは、忘れもせん、ウチをクビにしたパーティの連中やった。そして、その後方でニヤニヤ笑いを浮かべとるんは、にっくきエセ魔術師ダバラ・デューンや!!
「道案内ご苦労さん」
 戦士の陰から現われた盗賊が、皮肉タップリに言う。戦士はやたら大仰な仕草で両手を広げると、妙に紳士的な口調で言うた。
「キミたちにはここで、御引き取り願おう。折角で申し訳ないが、これから先は我々が引き継がせてもらうよ」
 そこでひと息。今度は対象的に鋭い眼になり、ウチを睨みつけて続けた。
「大人しく引き下がれば、酒場での一件は不問にしてやろう」
 戦士が言うとんのは【火の玉地獄】のことらしい。もちろん、ウチはそんな脅しなんぞにビビったりせえへん。逆に胸ぇ張って、自信満々に言い放つ。
「アホ言うな。先にケンカ売ってきたんはそっちやないか。ウチはあれでも手加減したってんで」
「フン」
 戦士は鼻で笑うと、三郎太の方を見た。
「あんたの戦いぶりは見せてもらった。なかなかの腕だな」
 誉められた三郎太が、照れ臭そうに笑う。ウチがヒジで脇を小突くと、慌てて顔を引き締めて呟払いした。そんな三郎太に、僧侶が話し掛ける。
「見たところ、怪我をしているようですな。どうです? 我々の仲間になりませんか? そうすれば、私の法力で治療してさしあげられますよ」
 三郎太は答えない。ただ、不安そうな視線をウチに向けるだけやった。その仕草に脈アリと見てとったんやろう、盗賊が軽薄そうな口調で続けた。
「どうせ、給料みたいなモンももらってないんだろう? そこの魔術師に従う義理もないじゃねえか。あんたの腕なら、俺たちと組めば大もうけできるぜ」
「もちろん、聖盃を売った金も山分けする」
 最後に付け加えた戦士の言葉に、三郎太の眉がぴくりと動いた。あかん、こいつらだけならともかく、三郎太までが敵に回ったら、さしものウチにも勝ち目あらへん!
 そんなウチの動揺に気付いてか気付かいでか、三郎太は毅然とした口調で言うた。
「折角のお誘いだが、お断りしよう」
「なぜ?」
 戦士が訊く。
「それがしの相棒はこの女性であり、彼女はまた師匠でもある。報酬など問題ではなく、それがしの尊厳にかけても裏切りを働くわけにはいかん」
 じ~~~~~ん――――
 ウチは思わず感動の涙を流しそうになった。今だかつて、これほどのタンカを切れる男にウチは会うたことがなかった。改めて、三郎太を仲間にしたことが正しかったと確信した。
「そういうこっちゃ。酒場の一件は目ぇつぶったるさかい、そっちこそ退散しいや!」
 ウチは居並ぶ連中に、びっと指を突きつけると、威圧を込めた口調でいい放つ。もちろん、酒場の一件っちゅうのは、ウチをクビにしたコトや。
「――馬鹿が」
 戦士は嘆息して言うと、腰の短剣を抜いた。もはや、ウチらに言葉は無用やった。
 先手必勝とばかりに、ウチはまず【つむじ風】の呪文書を開く。
 この狭い通路に突風を起こせば、その風力は通路によって圧縮されて、威力を数倍に増幅する。その強風にウチの魔力で指向性を与えれば、それこそ連中を神殿の入口まで吹き飛ばすことができるやろう。
「そうはいきませんよ!」
 間髪入れずに僧侶が唱えた【魔力霧散】の呪文が、ウチの【つむじ風】の呪文を打ち消した。次の瞬間、盗賊はブーツの擦れる音を残して姿を消し、戦士は短剣を構えて突撃してきた。ウチは舌打ちしながら、うしろにステップバックする。
「ガルフ! 覚悟っ!!」
 戦士の突き出した短剣は、正確にウチの心臓を狙うとった。何や、【本気】かいな? 大人げのないやっちゃで。刹那、ウチに向かって突き出されるその短剣を、三郎太の【脇差し】がはじき飛ばす。すんでのトコロで自慢のバストを傷つけられずにすんだウチは、【閃光玉】の呪文書を巻き付けた指を頭の上でくるりと回す。ウチの頭上にまばゆい光の玉が出現した。
 その閃光に、相手の戦士は眼をくらまされて呻いた。それと同時に、三郎太の背後で逆手にナイフを持つ盗賊の姿が照し出される。細長い通路に、ウチ、盗賊、三郎太、戦士、僧侶が一直線に並ぶような位置関係やった。
 ウチの【閃光玉】が輝いたほんの一瞬のチャンスを逃さずに、三郎太は戦士に力強い突きを入れる。体をくの字に折った戦士が、胃の中の物を吐き出しながらうずくまった。ウチは盗賊に肩からブチ当たり、三郎太を恐ろしい背後攻撃【バックスタブ】から守る。次の瞬間、くるりと振り返った三郎太の脇差しが、盗賊の肩口にずしんと振り下ろされた。
 盗賊が苦悶の悲鳴をあげて、通路の冷たい床を転がり回る。ウチは荷物の中から――こんな事もあろうかと持ってきた――フライパンをひっぱり出すと、そんな盗賊の脳天に一撃加えて大人しくさせたった。
「――くっ!?」
 汚物に汚れた口許を手甲でぬぐいながら、戦士が2~3歩あとじさる。その程度で済んだってコトは、三郎太の奴さては切っ先やのうて柄頭で突きよったな? 盗賊もそうや、三郎太の実力やったら脇差しでも袈裟懸けに真っ二つにできたはずやのに、峰打ちで済ませよった。
 ――甘いやっちゃ。ここを乗り切ったら、後でキッチリ説教してやらんといかんな。
「――糞がッ!!」
戦士は苦痛にうめきながらも口汚い言葉を吐きよったけど、その顔には、さっきまでの余裕はみじんも感じられへんかった。
「ダバラ! 魔法の援護はどうした!! おい! ダバラ・デューン!!」
 戦士の叫びは通路に空しく響いた。ダバラの姿は、霞のようにかき消えてとった。
「せやから言うたやんか。ダバラなんかアテにしとると、大怪我するハメになるて」
 すでに勝ちを確信したウチが、優しい口調で言う。もちろん、相手の屈辱を誘うために、同情の念をありありと込めて。
「ちくしょう! あのエセ魔術師め!! おい! あのクソ女 に【魔法消去】の法力を使え!!」
 憎々しげに吐き捨てた戦士が、背後の僧侶に叫ぶ。あのプライドのカタマリみたいな戦士が僧侶の法力に頼るとは、よっぽど三郎太の強さに舌を巻いたんやろう。三郎太の脇差しを警戒しながら距離を取ると、短剣をしっかりと構えて僧侶の呪文を待った。
「サブロータ! そこ退き!!」
 間髪入れずにウチは次の呪文書を引っ張り出す。両手を素速く前に突き出し、精神を前方のある一点に集中する。両手首をくるりと返したウチは、その手首にはめられた腕輪の魔力を開放した。開放された魔力は無数の矢となって、ウチが精神を集中させた一点に、すなわち短剣を構える戦士に次々と突き刺さる。
「うぎゃあぁあぁぁっ!!」
 通路に響く戦士の絶叫。追い打ちとばかりにウチがブン投げたフライパンを顔面に喰らい、戦士は戦闘不能になった。
「あわわわわ――」
 もはや死語に匹敵する悲鳴を上げた僧侶はわたわたと狼狽うろたえると、くるりと背中を向けて逃げ出した。モチロン、逃したるほどウチはお人好しやないで。
 「【黄金の鉄槌ゴールド・ラッシュ!!】」
 ごわんっ!!
 ウチの呪文に応えるように、逃げ出す僧侶の頭上に巨大な金ダライが落下する。哀れ、僧侶は脳天に金ダライの直撃を受けて戦闘不能となった。
「アホなやつらや」
 どさりと倒れる僧侶に向かって、ウチは言うた。
 「僧侶の魔法消去レジストパワーは魔術師の天敵やけど、詠唱には時間がかかるし唱えとる時はスキだらけなんや。そんなスキをウチが見逃すワケないやろ」
 ニッコリ笑うて三郎太を見る。ウチはムネをトンと叩いて、得意満面で言うた。
「せやから、パーティには魔術師が必要なんやて言うたったのに」
 三郎太が笑う。その笑顔は、本気で信頼した相手に見せる、爽やかな笑いやった。妙にドキリとしたウチは、三郎太の視線から逃れるように言うた。
「さぁて、最後の仕事が残っとる。聖盃の部屋まで急ぐで!!」

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