突然現れたその物体は、盗賊の頭領を乗せた小舟を一撃で粉々に砕いてしまった。小舟も、頭領の姿も跡形もない。腕の一振りでしかなかったけれど、あれが相当の威力であったことは明白だ。
ハリー
ちょっ・・・と、待って下さい。
状況がよく飲み込めてな・・・。
ハリーの『瞬法』は[1]、『視術』は[2]か・・・これは、ちょっとマズいかな。
ハリーがもたもたしていると、アレンが怒号をあげる。それはもちろん警告の声なんだけど、おかげでハリーは自身が攻撃されていると理解できるよ。
『避術』は[5]、か。高くて良かったね。攻撃はハリーの体をかすかにかすめるけど、ギリギリで回避に成功する。ただ・・・回避行動で体制が崩れていたこともあるんだけど、ハリーの足が一瞬地面から離れる程の勢いで飛ばされてしまう。
ハリー
かすっただけでその威力ですか!?
すぐに立ち上がります!
アレンは既にナックルを構えて戦闘態勢に入っているよ。ハリーに警告を与えてくれたあとは戦闘に全神経を集中させているようで、君の方に視線すら向けない。肉食獣のようなギラギラとした瞳は、湖面から現れた謎の物体を見据えている。
ハリー
さすがは師匠・・・。
この程度の事で動揺するなんて、僕もまだまだだな!!
・・・まだ動揺が残っているみたいだね。
ハリーの剣は、盗賊との戦いで折れちゃってるよ。今の君の武器は、素手だけだ。
ハリー
・・・糞っ!!
何をやってるんだ僕は!!!
そうこうしている間に、謎の物体は再びハリーに向かってくる。さっき吹っ飛ばされたのが幸いしたね。まだ相手の攻撃はハリーに届かない距離だ。もちろん、相手が飛び道具を持っていなければ、だけど。
ハリー
つまり、観察する時間がある、という事ですよね?
ハリー
なら、武器を持たない僕にできることは、少しでも状況を把握して、師匠を有利に導くことです!
では、もういちど『視術』で。
あとは、『物術』と『歴術』も使ってみようか?
ハリー
『物術』は[6]です。
『歴術』は持っていません。
なるほど。では、今、眼前に居る物体はハリーにとって全く未知の敵だ。おとぎ話ですら聞いたことが無い存在だね。
見た目は硬質なクリスタルのように見える。大きさはハリーたちの身長の倍くらい。おそらく重さも相当なものだろう。足とおぼしき二本の柱が土の地面に深々とめり込んでいる。
ボディは透き通っていてるようで、それほど透明度は高くないものの、巨体越しに反対側の景色がうっすらと透けて見える。
ハリー
こんな奴が水中に潜んでいたら、視認するのは難しい・・・か。
夜であればなおさらですね。
そうだね。巨体故に動きは早くなさそうだけど、攻撃のリーチはかなりありそうだ。その破壊力の一端は、ついさっきハリーも体験した通り。今のハリーが把握できる情報は、このくらいだ。
ハリー
十分な情報です。
こいつを明確な『敵』と認識します。
ハリー
小舟を破壊しても傷ひとつついてないという事は、硬度もそうとう高い。
普通に考えても刃物が通用するとは思えませんね。
ハリー
仮に剣が折れていなかったとしても、僕にはどうする事も出来なかったでしょう。
ハリー
ならば、今できることはただ一つです。
なるべく大きな動きで、敵の注意をこちらに引きつけます。
ハリー
僕が囮になって、その隙に師匠が拳で敵を砕く。
それが最善の策でしょう!
了解だ。
敵はハリーの動きに敏感に反応している。と言うよりも、むしろ最初からハリーに狙いを定めている雰囲気もあるね。ズシンズシンと地響きを起こしながら、ハリーとの距離を詰める。
謎の怪物は再び甲高い咆哮をあげると、ハリーに向かって腕を突き出してくる。
では、謎の怪物とのバトル開始だ。
これからの戦闘については能力と特技以外にも、判定や処理の対象が増えるよ。
本格的な戦闘になった場合は、ハリーの攻撃の命中判定と、敵側の命中判定を行う事になる。
敵側の攻撃が命中すれば、当然ダメージを受けるし、ハリーの攻撃が命中した場合は敵へのダメージ処理をする訳だけど、その他にも仲間への攻撃を防御することもできる。
ハリー
残念ながら、今回は攻撃の選択肢は無いですね。
有事には、師匠のカバーに務めます。
OK! まずは最初のターンだ。敵の攻撃は外れた。ハリーの攻撃は命中という判定なんだけど、今回はハリーは回避に専念という事なので、敵の注意を完全に引きつけられた事にしよう。
初回の正式な戦闘から特殊処理というのも変な話だけど、何が起きるか分からないのも醍醐味のひとつだからね。
で、だ。ハリーのおかげで敵の注意から完全に外れることの出来たアレンは、その隙を逃さずに一撃を叩きこむ。その一撃で、敵が少しとはいえバランスを崩しそうになるほどの一撃だ。
しかも驚きなのは、本来であれば硬度の高い敵にナックルを叩き込めば、ガアンと高い音がするはずなんだけど、アレンの一撃は信じられないくらい低い音で、ドンッと重々しい響きが空気を振るわせている。
ハリー
これが正騎士の本来の実力・・・。
僕の攻撃を受け止めた時は激しい金属音でしたよね。
やっぱり、あれでもまだ本気じゃなかったのか・・・。
敵に一撃を加えたアレンは素早くステップバックすると、その時になってようやく、ちらっとハリーに目線を向ける。ハリーの意図を察したようで、口端を少しだけ上げて小さく頷いた。
ハリー
・・・嬉しいですね。
こんなに凄い人の弟子だったんだと思うと、心が躍ります。
ハリー
とはいえ・・・さすがに師匠の一撃でも、簡単に倒せる相手ではないですよね?
そうだね。戦闘は2ターン目に突入だ。
・・・っと、その前に、フィリア?
フィリア
はっ! はひっ!!
すみません、あまりの展開に手に汗握ってました!!
フィリアは戦闘の現場にはいないから、状況を知るべくもないんだけど・・・まぁそれも、この世界を訪れた冒険者の特殊能力みたいなもんだからね。
では、フィリアというキャラクター自身の状況を解決していこう。
さっそくだけど、フイリアは『聴術』と『覚法』は・・・
おおっと・・・それは・・・まぁ、こっちでは派手に敵が暴れまわっているし『聴術』と『覚法』が共に[2]のブレンダなら気付くだろうね。
フィリア
恥ずかしながら聞こえていないなんですぅ〜。
ブレンダの顔は真剣だ。『聴術』と『覚法』を持たないフィリアでも、その表情から並々ならない問題が発生しているのだと理解できる。
言うやいなや、ブレンダは湖に向かって走り出すよ。
ブレンダは『走法』[1]なので騎士としては足が遅い方だけど、フィリアは『走法』を持っていないからね。置いて行かれないように気を付けて。
フィリア
で・・・それはそれとして、ブレンダさん、どうしたんです?
盗賊たちは放っておいていいんですか!?
ブレンダ
あんた一人に盗賊全員を見てられるのかい?
ブレンダ
そういうこっちゃない! 優先順位の問題だよ!!
それに、イヤな予感がするんだ。戦力は分散させない方がいい!!
フィリア
・・・なんだろ。今のブレンダさん、いつもと全然違う。
すごく・・・怖い・・・。
では、フィリアとブレンダは湖畔に向かって走る訳だね。
おそらくそれほど遠くはないので、数分もせずに合流できると思うよ。
フィリア
戦闘ターン的に、どのくらいかかりそうですか?
えっ? ん、ああ、そうだね。戦闘ターンにすれば3ターンくらいじゃないかな。
フィリア
・・・ってことだから、ハリーくん!
私たちが駆け付けるまで、絶対に無茶しないでね!!
うん、まぁ。それもプレイヤーの特権だね。事情を知らないアレンにしてみれば「?」ってとこだろうけど。実際、今のアレンはハリーと精密な連携が必要になっているからね。敵の様子を把握しながらも、君の一挙手一投足を伺っているよ。
ハリー
師匠! じきにキャンプの二人が駆けつけてくれるはずです!!
それまでは無茶をしないように!!!
アレンはその言葉を聞いて一瞬だけぽかんとした顔になったけど、すぐにキリッとした真剣な表情に戻る。敵からの距離を確保しつつ、ハリーと連携できる位置取りに移動しながら口を開くよ。
アレン
以心伝心ってやつか? いいねぇ!
そういう戦場の絆ってやつ、俺ぁ好きだぜ!!
それでは、ハリーたちの戦闘、2ターン目だ。ハリーの判定から。ハリーの攻撃判定は外れたが、敵の攻撃判定は・・・命中だ。
続いては、アレンの攻撃判定だ。こちらは命中! 敵は1体だが巨体を振るわせて太く長い腕を振り回しているので、アレンに当たる危険性もある。敵に攻撃判定・・・こちらは外れだ。
敵が伸ばす腕がハリーに突進してくるが、もう一方の腕の攻撃をかいくぐったアレンが、ハリーに伸びる腕に一撃を叩きこむ。ズドン! と音がして、敵の攻撃は反れた。
ハリー
・・・今のがカバー、ですか。
師匠! すみません!!
アレン
じきにフィリアが来るんだろ?
そん時にボロボロだと、カッコつかねぇぞ!!
それでは3ターン目だ。ハリーの攻撃判定は命中。敵の攻撃判定は外れた。アレンの攻撃判定は命中したが、敵の攻撃判定も命中だぞ。
ハリー
大丈夫! 師匠ならわかっているはず!!
今度は僕がカバーします!!
・・・アレンへの攻撃は、ハリーの命中判定を使ったカバーによる陽動で空を切る。そこに、アレンの一撃が重々しく命中するが、敵はほんの少しグラついただけだ。
謎の怪物はアレンの攻撃に戸惑っているのか、輝く目のような部分がチカチカと明滅している。まるで、何かを分析して思案しているかの様子だが、表情がある訳でも言葉を発している訳でもないからね。実際のところはよくわからない。
アレン
んにゃろう!
効いてんのか効いてねぇんだかわかりゃしねえぜ!!
ハリー
効いてないはず無いですよ。
それに・・・。
ハリー
効いてないなら、効くまで打ち込むのが師匠の流儀でしょう?
続いて4ターン目だ。このターンが終われば、ブレンダとフィリアが到着するよ。
フィリア
ハリーくん、アレン隊長!
もうすぐ着くから、それまで頑張ってーっ!!
ハリーの攻撃は外れた。敵の攻撃は命中! アレンの攻撃は命中したが、敵の攻撃もアレンに命中だ!!
再び敵の攻撃がハリーを襲う。アレンはそんなハリーをカバーして、敵の攻撃をまともに食らってしまう。
敵の攻撃を受けたアレンの体は宙高く浮き上がり、大きな放物線を描いたのちに、どう、と地面に落下する。
ハリー
何で! 今この場でコイツを倒せるのは師匠だけなんですよ!!
そこは、師匠が自身をカバーするべきだったんです!!
アレン
・・・ぎゃあぎゃあ・・・うっせえんだよ・・・
口端に滲んだ血を手の甲で拭いながら、アレンはゆっくり立ち上がる。凄まじいダメージだったはずだが、それでも立ち上がれるのは、驚くべきタフネスさだ。
アレン
てめーの攻撃なんざなぁ・・・
ロイ団長のゲンコツに比べたら・・・撫でられた程度のもんでぇ!!
そこに、ブレンダとフィリアが到着するよ。ブレンダは現状に少し戸惑っているようだ。本来なら冷静に判断して行動するはずの彼女だけど、アレンの様子を見て動揺しているようだね。
ブレンダ
おいおいおい、何だよこのバケモンは・・・?
フィリア
ブレンダさん! 考えるのは後です!!
まずは隊長を!!
ブレンダは腰のポーチから何か取り出すと、アレンに駆け寄ろうとする。フィリアやハリーには馴染みのある、騎士団特製の回復薬だね。ダメージによって失われたHPを回復させる力があるとても高価な薬だ。
フィリア
高価とか、そういうの今はいいんで!
それ使えば隊長は治せるんですよね!!
あ、ああ。うん。そうだね。
・・・では戦闘の5ターン目だ。まずはアイテムの使用から処理をしていくけど、駆け寄ろうとするブレンダに向かって、アレンが掌を突き出す。それは、明確に「来るな!」というゼスチャーだ。
アレンは右足を地面に擦るように滑らせながら左足に寄せる。 同時に、両腕をベルトの高さでクロスさせてから、右足を左足の前に出しつつ、両腕を半円を描くようにして肩幅の位置まで戻す。
クロスさせた両腕は下から絞り上げる感じで、両足のつま先を内側に向け、つま先を地面に埋め込むように力を籠める。
その姿を見て何かを察したのか、ブレンダはくるりと向きを変えると、荒れ狂う敵に向かって剣を抜いた。
そんなブレンダの姿に、アレンは満足そうに微笑んでいるね。
フィリア
はわぁ〜。
この二人カッコイイ・・・って、ううん、いまはまずこの敵を!
ハリーくん、もちろんいけるよねっ!!
それでは、各員の攻撃判定だ。今回アレンは判定をスキップする。ハリーの攻撃は命中したが、敵の攻撃も命中だ。フィリアの攻撃も命中。敵の攻撃は外れた。ブレンダの攻撃は外れたが、敵の攻撃が命中してしまう。
フィリア
えっと・・・私はブレンダさんをカバーします!
ハリー
ならば、僕は自分への攻撃を自分の命中でカバーします!!
OKだ! フィリアはブレンダをカバーして、ハリーは自身への攻撃を相殺だね。ブレンダの攻撃は外れたけれど、彼女の動きに気を取られたのか、敵の動きがす少しモタつく。そこへ、疾風のように駆け込んで接近したアレンが、渾身の一撃を叩き込んだ。
ドスゥン!! とものすごい音がして、敵の足元の砂や土が浮き上がる。それらが再び地面に落下した時には、敵はぴくりとも動かなくなっていた。
フィリアの心配をよそに、敵は微動だにせず立ち尽くしている。アレンが「はーっ」と息を吐き出しながら拳を引くと、拳が当たっていた場所に小さな亀裂が入り、みるみるうちにぴしぴしと音をたてながらひび割れが広がっていく。
やがて敵は、ぐらりと大きく揺れた後、轟音とともに大地を揺らしながら地面に倒れ伏した。
ハリー
すごい・・・あの怪物を・・・倒した・・・。
アレン
これが正騎士の力だっつーの、んにゃろうめ!!
そう言うと、アレンはその場にへなへなと崩れ落ちる。
あれは、アレンの攻撃に『剛腕』の力を乗せた渾身の一撃だ。しかも、アレンが持つ『気性』をすべて消費して、元々あった『剛腕』のレベルを[6]から[10]に上げている。
ハリー
さすが師匠。
まだそんな隠し技を持っていたなんて・・・。
ブレンダ
ところで、このバケモノはどっから出て来たんだい?
フィリア
そう言えば、追っかけていた盗賊の頭領は?
ハリー
用意周到な奴でしたが、船で逃げようとしたところをあの怪物に船ごとバラバラにされてしまいました。
ブレンダ
それで、コイツなんだけどさ。
アタシの知る限り、こんなバケモノは見たことが無いよ。
フィリア
私も『物術』と『歴術』で調べてみていいですか?
いいよ。フィリアの『歴術』は[5]だから、かなり歴史に詳しいね。そんなフィリアですら、過去にこんな怪物が居たなんて話は聞いたことが無い。
フィリア
ブレンダさんの見立てと同じって事ですね。
じゃあ、怪物の欠片でもあれば回収しときましょう。
あとで調べれば、何かわかるかもしれませんし。
なるほど。フィリアは動かなくなった敵に近づいて、破片を探すわけだね?
フィリア
うっ、なんか嫌な確認のされ方ですね。
まさかここから、コイツががばーっと起き上がったりは・・・。
それはどうだろうね?
ハリー
では、僕が調べましょう。
先輩は下がっていてください。
フィリア
いい。私がやる。
ハリーくんは休んでて。
そんなこんなでフィリアが敵に近づく訳だけど、そのタイミングで敵からしゅうしゅうと湯気のようなものが立ちのぼり始める。
湯気のようなものは瞬く間に怪物の全身を覆い、瞬時にして付近の視界が奪われてしまうよ。
ブレンダの叫ぶ声がして、がっちりと抱きしめられる。そのままぐるりと回転する感じで、ブレンダがフィリアを煙からかばう。とっさの事で力の加減ができなかったのか、フィリアの全身の骨がみしみしときしむ音がするよ。
やがて、湖面を撫でる一陣の風が吹き抜け、周囲の煙を吹き飛ばす。怪物のが倒れていた場所には何もなく、まさしく霧散してしまったようだ。
フィリア
ぶ・・・ブレンダさん・・・し・・・死ぬ・・・。
無事ブレンダから解放されたフィリアだけど、巨大な敵は完全に消失してしまった。これ以上は調べようがないね。
ブレンダ
これはまさか・・・水晶の・・・鎧化・・・?
ブレンダは何か思い当たることがあるみたいだね。小声で何かを呟いている。
フィリア
今のブレンダさんの言葉は、私にも聞こえてるんですよね?
だったら、私にも思い当たることがあります・・・。
そうこうしていると、どこからか呻き声が聞こえて来るよ。
アレン
か、回復薬・・・くれ。
マジで目がかすんできやがった。
ブレンダ
あー、そうだそうだ。
そういやあ、けっこうヤバかったんだっけ?
アレン
おまーら、殊勲のヒーローの扱いが雑すぎやしねぇか?
ブレンダ
大袈裟に騒ぐんじゃないよ。
アンタがこれしきの事でくたばるわけないだろ?
ハリー
ですね。
師匠の不死身さ加減を信じてるって事ですよ。
アレン
いやだから、今マジで死にそうなんだってば・・・。
つづく