第6話 意志 Intention Confirmation
ブレンダ
これ以上探しても、何も出て来そうにないね。
縛り上げてた盗賊たちのことも気がかりだし、一旦、野営地に戻った方が良さそうだ。


ハリー
師匠、歩けますか?
ブレンダ
アタシが負ぶってってやろうか?
何たって、さっきまで死にかかってたんだからさ。

アレン
は? 誰がだよ? 俺様は不死身だぜ。
弟子に心配されるにゃまだ早えよ。


ハリー
・・・ふふっ。
そうですか。
ブレンダ
まぁ大丈夫だってんなら、いいんじゃない。
そんじゃ、行こうか。


フィリア
んー?

ハリー
どうかしましたか?

フィリア
さっき、何で笑ったの?
それも、やけに嬉しそうだったじゃない?

ハリー
えっ?
そうでしたか?
ブレンダ
アレンが言ってたろ?
「弟子に心配されるにゃ"まだ"早い」って。


フィリア
・・・えーっと・・・それって?
ブレンダ
「まだ早い」って事は、いずれはそうなる日がくるって事だ。


フィリア
・・・あ! そっか!!
それって、アレン隊長がハリーの実力を認めたってことになるのか!!

フィリア
なるほどー。
だからハリーくん、嬉しそうだったんだね。

ハリー
そうですね。

ハリー
目の前であれ程凄い事をやり遂げた人に認められるというのは、誇らしいものです。
ブレンダ
それにしても、フィリアは周囲の状況をよく見てるよ。
フィリアの強みは、その鋭い観察眼にあるのかもね。


フィリア
・・・えへへへぇ。
私も褒められちゃった。
アレン
何へらへら笑ってんだ?
言っとくけど、野営地に戻ったら、対盗賊戦の反省会だからな?

アレン
特にハリー、お前はどうにも危なっかしいぜ。
仲間思いなのは大いに結構だが、感情的に突っ走る傾向がある。

ふっ、と笑ってからハリーのそばに歩み寄ったブレンダは、肘でハリーの脇腹を軽く小突いてくる。
ブレンダ
ははっ。
アレンに言われちゃ世話ないね。

アレン
だから、いらねぇ茶化しをいれんなっつーの。

アレン
とにかくまぁ、お前の性分が実戦で表に出たって事で、その辺が解ってよかったぜ。


ハリー
・・・ところで師匠、お話の途中で恐縮ですが、反省会の折に、先ほど見せて頂いた『気性』の使い方を教えて欲しいんですが・・・。
アレン
・・・話の流れをぶった切ってでも、次のステップに進みたいってか?
ホント、俺の弟子は貪欲だねぇ。

アレン
そんなに強くなって、どうすんだ?


ハリー
僕はただ、大切な人を守りたいだけです。
その為に、強くならなくてはと思っているだけです。
ブレンダ
我欲の為じゃなく、誰かの為か。
いいねぇ、それでこそ暁の騎士団員ってもんさ。


フィリア
・・・ほぇ〜。
何か今日のハリーくん、すっごくカッコイイ〜。
ブレンダ
・・・ん?
けっこうガッチリ縛ってたはずなんだけどね?


フィリア
よくあるアレでしょうか?
隠し持ってた刃物でロープを切ったとか、歯で噛み切ったとか?
ブレンダ
身体検査はバッチリしたし、そもそも団支給のロープは特別製だからね。
噛み千切ろうなんてしたら、歯がひっこ抜けちまうよ。


フィリア
なーんかイヤな予感・・・。
馬車、あります?

フィリア
ああああ、やっぱりいぃぃぃ!!
声のする方を見ると、馬車にぎゅうぎゅう詰めで乗っている盗賊たちの姿。そして、御者台では盗賊の頭領が手綱を握ってこちらを見ているよ。
アレン
あのオッサン、生きてやがったのか!!


ハリー
盗賊団の頭を張るだけあって、なかなかしぶといですね。
盗賊の頭領
はーっはっはっはっ!
おめーら、あのバケモンを退治するたぁなかなかヤルじゃねーか!!

盗賊の頭領
今日の所は、おめーらの大活躍に免じて命だけは助けてやらぁ!
あと、この馬車と荷物は頂いて行くぜ!!

盗賊の頭領
そんじゃあな!!
あばよっ!!

アレン
ンだコラァ! 待ちやがれ!!
もっかいブチのめしてやらぁ!!

アレン
ぬぎぎぎぎぃ・・・・・・。

ブレンダ
こんなことなら、全員きっちり息の根を止めておけば良かったね。

アレン
くっそ!
まぁこうなっちまったんは仕方ねぇや!!


ハリー
ですね。
今回は連中の方が上手だった、ってことで。
アレン
悔しいが、そういうこったな。
なーに、まだ救いはあるさ。


フィリア
よかった! 馬は無事だったんですね!!
アレン
騎士団の馬は支給された時から騎士の相棒みたいなモンだからな。
他の人間のいう事は聞かないように訓練されてる。


ハリー
なるほど。
連中が高価な馬を連れて行かなかったのは、そういう事ですね。

フィリア
いっそのこと、盗賊たちを蹴飛ばしてくれればよかったのにね。
ブレンダ
そしたら盗賊たちも今度こそあの世行きだったかもしれないねぇ。

ブレンダ
けど、馬は移動の要だからね。
緊急時には生存優先で、逃げるように訓練されてるのさ。


フィリア
はえ〜。なるほどぉ。
私もいつか、相棒の馬を貰えるのかな?
アレン
この作戦が終われば貰えたかもしんねぇが、馬車を失ったとなりゃあ、団長に大目玉喰らって、それどころじゃねぇかもなぁ。


フィリア
しょぼーん。
アレン
とにかく、だ。馬は無事だし、まぁ何とかなるだろ。

ブレンダ
鞍もつけたままだったし、馬に持たせといた荷物が無事なのは不幸中の幸いだね。


ハリー
問題は、これからどうするか、ですが。
アレン
まぁ選択肢はいくつかあるな。
まずは、このまま進むか、いったん戻るか、だ。

ブレンダ
あたしゃ戻った方がいいと思うね。
団長にも言われててだろ?

ブレンダ
何か問題が発生したら、絶対に無茶はせずに引き返せ、ってね。

アレン
・・・だな。


フィリア
そんな! ここまで来て戻るんですか?
あのモンスターの正体も判らないままなのに?

ハリー
先輩。あの敵は、一筋縄ではいかない相手です。
尚のこと、戻った方がいいと思います。

フィリア
・・・でも、でもだよ!
それじゃ、私たちの初任務は?

フィリア
初任務が途中で引き返して失敗だなんて、悔しいよ!

ハリー
そういう問題では・・・。

フィリア
ハリーくんは悔しくないの!?

ハリー
それは・・・残念ではありますが・・・すでに任務は失敗してしまって・・・。

フィリア
そんなことない! まだ失敗してない!!
謎の敵に遭遇して、盗賊に荷物を奪われて逃げられただけっ!!
ブレンダ
やれやれ、あたしの生徒は負けず嫌いだねぇ。

ブレンダ
普段はぼーっとして頼りない感じだけど、なかなかガンコなところがあるじゃないか。


フィリア
アレン隊長〜っ!
このまま引き返すなんて言わないで、お願いです〜!!
アレン
・・・そうは言われてもな。一応、試験官って立場もあるしよ。
そもそも、隊のメンバーの安全を守るのも隊長の仕事だからな。


フィリア
よーし! こうなったら『話術』と『説法』でアレン隊長を説得します!
それでも駄目なら『美性』を使った色仕掛けでも!!

ハリー
それは止めてください。
どのみちアレン隊長に色仕掛け何て通じませんよ。

フィリア
むーっ! だったら、なおのこと説得に成功しなくちゃ!!

フィリア
むむーっ!! こうなったら、私も『気性』使っちゃいます!!
[5]ポイント全部使って、『説法』を[6]にアップですっ!!

ハリー
先輩!! 師匠が最後の手段で使った『気性』をそんなことで!?

フィリア
「そんなこと」じゃないよ!
これは重要なことなんだよ、ハリーくんっ!!
アレン
なあ、ブレンダ。
盗賊の連中はどっちに逃げてった?

ブレンダ
あーっと、そうだねぇ。
ありゃあ、ランズの方向かなぁ?

アレン
そうすっと、だ。
奪われた馬車を奪還する為にゃあ、ランズに行く必要があるって訳だ。

ブレンダ
まぁ、そうなるかね。
フィリア、ハリー、あんたたちばどう思う?


ハリー
・・・お気遣いに感謝します。

フィリア
へっ?
えーっと・・・あれ?
アレン
なら、呑気に野営してる場合じゃねーな。
すぐにでも、ランズの町に向かわねーとよ。


フィリア
・・・えっ?
ひょっとして、私の説得が成功した?

ハリー
と言うよりは、アレン隊長は最初から引き返すつもりなんて無かったんだと思いますよ。

ハリー
そうでなければ、あんな理由でランズに向かう訳ないですから。

フィリア
・・・???
ふえーん、またハリーくんだけ何かわかってる風なことゆってるー。

ハリー
そもそも盗賊が、本来の目的地に向かって真っすぐに逃げる訳ありませんから。
そんなことをしたら、隠れ家の場所が推察されてしまいます。

フィリア
で、でもアレン隊長が・・・。

ハリー
僕たちに話を合わせてくれたんですよ。
ブレンダ
まぁ、知っての通りのお人好しだからね、アイツは。


ハリー
そんな師匠に話を合わせて下さったブレンダさんも、なかなかだと思いますよ?
ブレンダ
ふっ。
言ってくれるじゃないか、期待の新人クン。


フィリア
んーと、つまり今のやりとりって、私たちの決意を確認するためのテストだったってこと?
ブレンダ
フィリアは観察眼があっても、情報を処理する能力がまだまだ足りてないね。
まぁ、これからどんどん経験を積んで、能力を磨いていけばいいさ。


フィリア
・・・あ、はい。
がんばりまぁーす・・・。

フィリア
ふぇー。
何か色々ありましたけど、まだ出発して一日経ってないんですよねー。

ハリー
そもそも、ランズの町に到着してからが本番ですからね。
ブレンダ
まったくだよ。
手のかかる新人たちばっかで、この先不安しかないね。

アレン
言える立場じゃねーだろ。
馬車を奪われたのは、俺たちの責任でもあるんだからよ。

ブレンダ
そりゃそーだ。


フィリア
・・・そ、そうなんですか?
うわぁ、だめだぁ。意識が・・・遠のいてゆくぅ〜。
ブレンダ
フィリア? おーい、フィリアー?

アレン
寝ちまったようだな?

ブレンダ
やれやれ、寝落ちしちまうくらいのエネルギーで「先に進もう」って説得してきたのかい。この意志の強さは、大したもんだね。

アレン
そりぁ団長の目にかなった新人だからな。
まったく、大したもんだぜ。

ブレンダ
ふふっ。

アレン
どうしたよ?

ブレンダ
なんかさ、この任務では、アタシらも色々学ぶことがありそうだなって思ってさ。

ブレンダ
案外、今回この二人の面倒を見ることになったのも、アタシたちにハッパかけてるつもりだったのかもしんないよ、団長はさ?

アレン
かもな。団長に言わせりゃあ、俺たちもまだ半人前なんだろーよ。


ハリー
あの、師匠?
アレン
おう。何だ?


ハリー
師匠も湖畔で『気性』を全部使っちゃってましたよね?
大丈夫なんですか?
アレン
『気性』? ああ、気合い入れたアレか?
まぁ、そんな時の為に覚醒薬は常備してっからな。

アレン
コイツを極めりゃあ、眠気だろうが疲労だろうが一発で吹っ飛んじまうぜ。

アレン
まぁ、ちょーっと刺激が強すぎるんで、おこちゃまにはオススメできねぇがな。
はっはっはっ!


ハリー
なるほど・・・。
エナジードリンクのような物ですかね?
ブレンダ
エナシードリンクか、面白いことを言うねぇ。
けどそっちの呼び名の方が良ささそうだ。

ブレンダ
前々から、覚醒薬ってーのも響きがヤバそうだし、直球すぎると思ってたんだよね。

アレン
ハリー。振り落とさないようにしてやっから、おまえも少し寝ておけ。

アレン
ランズに着いたら、俺とブレンダは少し休ませてもらうからよ。
装備の補充と、情報収集は任せるぜ?


ハリー
・・・了解しました。

ハリー
夜明け・・・ですか。

ハリー
僕らの世界では当たり前のこの光景も、この世界では黄昏の地帯でしか見ることのできない光景なんですよね。

ハリー
夜明けとは言っても、日の出という訳ではないのが不思議ですけど・・・。
太陽のようなものが現れる訳でなく、空全体がゆっくりと明るくなっていくような。

ハリー
そうですね。

ハリー
改めて、僕たちは今、異世界に居るんだな、と実感しているところです。
![光と闇のレジェンドiF -皚々たる冀望-[第1章]](images/title_mk002n.png)