5.きついかけ引き
とんだファミリー劇場を見せられた後、パッキーの実況は対戦相手の紹介に移った。
こっちサイドの紹介は独占映像とやらまで使って、好き勝手にコッテリやりやがったくせに、スキッド・シャドウとそのセコンドのアピールはずいぶん駆け足だった。
これはテレビ屋の都合ってばかりでもねぇ。
単純にスキッドに関して事前に公開されてる情報が少ねぇんだ。
「それでは対する西サイド、“狂牛”の首を虎視眈々と狙うはスキッド・シャドウ!
この超獣はK2インダストリーが次世代に向けて提案する、最新の技術が惜しみなく投入されたフラッグシップです。その強さは圧巻のひと言! デビューして二戦を二連勝し、驚異のスピード出世でワールドクラス入りしました」
会場の巨大ディスプレイとテレビ中継に、その二戦の光景が映される。
動きが速いな。
細身だが身長十八メートル台の標準的な大きさにもかかわらず、スキッド・シャドウはもうひと回り小さなスピードタイプの超獣ばりに軽快なステップを踏み、強烈な蹴りを叩き込んでいた。
そして組みついてきた相手をあっさりと背負い投げにする。
パワーもある。 それに何より、体が柔らけぇ。相手の攻撃をしなやかにさばいて、即座に反撃に転じる。
場面が変わると、相手が殴りかかるのを、するりとかわして背後に回り込み、絡みついてチョークスリーパーを極めるのが映った。これでフィニッシュだ。首を絞め上げられた対戦相手は口から泡を吹き始め、スキッドごと倒れる。
こうして見ると、確かにスキッド――イカだな。
「さて、このスキッド・シャドウですが、スチュワートさんはどう思われますか?」
「そうですね――」
フレッド翁は笑みを浮かべて答えた。
「――この性能はマイナークラスでは収まりがつかないでしょう。デビューして最速でランキングを駆け上がる。そう期待され、それに応えられる超獣ですね。速く、強く、攻防に隙がない。
打つも投げるも極めるも高水準でこなす様子から見ても、過不足のないオールラウンドな設計思想が感じられて、とてもK2らしい超獣です」
「その設計ですが、スチュワートさん、スキッドの開発には基本設計の段階からセコンドのマサツグ・パヤクァルン自身が参加しているそうですよ!
パヤクァルンはK2の超獣開発技術者でありつつ、セコンド免許を持つ社内テスターでもあるという、異色のキャリアの持ち主です。これまではあくまでもテストで超獣を運用していたわけですが、今やスキッド・シャドウのセコンドとして、プロのリングでも、その卓越した技量を発揮するようになりました」
パッキーの補足説明に合わせて、中継映像がセコンドブース内で待機しているマサツグ・パヤクァルンの姿に切り替わる。
技術者ねぇ。
歳は三十半ばくらいか? なんつぅか、いかにも大企業のビジネスパーソンってツラしてやがる。K2社員なせいか、どことなくうちのレティアを思わせる。怜悧で、仕事ができる感じ。アスリートにゃ見えねぇが、ぴったりしたセコンドスーツで強調されたボディラインは引き締まっていた。
――こいつ、スキッド・シャドウに雰囲気が似てるな。
俺と同じようなことを感じたのか、フレッド翁は言った。
「スキッドは、パヤクァルンがセコンドに就くこと前提のカスタム超獣、ということになりそうですね。 セコンド個人が望む方向性ですべてが仕上げられているのでしょう。
ハイエンドな超獣は一体一体の受注生産が当然ですが、基本設計からセコンドが携わっているとなると、これは個人専用カスタムの究極形かもしれません」
超獣メーカーのK2ならでは、だな。
設計から技術者のセコンドが付きっきりで開発された超獣なんて他に聞いたことがねぇ。スキッドとパヤクァルンから似たものを感じるのも道理。こいつら、親子みてぇなもんじゃねぇか。
「先の二戦は早いラウンドで決着していますし、強さの底は全然見せていませんね。
おそらく、驚くような新機能も――」
リングにブザー音が鳴り響いた。
「申し訳ございません! 解説の途中ではありますが、第一ラウンド開始の時間です。
スチュワートさんにはラウンド中も引き続き、より突っ込んだ解説をお願いしたいと思います」
パッキーが割って入り、ブザーが鳴り止む。
と同時に、スキッド・シャドウのくちばしのような口が動いた。
「……相手に不足なし」
こいつ、しゃべりやがった!
リングを囲む観客席に悲鳴じみたどよめきが起こり、実況と解説のふたりも目を丸くしている。
さっきの試合映像には、こんなのなかったぞ。ワールドクラスの大舞台を踏むまで、隠してやがったのか? それこそチャンバラ映画の主演俳優みてぇな、シブい声しやがって!
いやいや、声の質はどうでもいいんだ。 超獣にしゃべる機能を持たせるって、いったいどんな発想だよ? これは音声データをスピーカー出力してるってわけじゃねぇ。スキッドは明らかに自分の喉と口で発声してる。
エンターテイメントとしちゃ、面白ぇよ。
超獣バウトは格闘スポーツだが、ショーでもあるからな。吠えたり叫んだりだけじゃなくて、何か気の利いた台詞を超獣に言わせられりゃ、人気獲りにゃプラスかもしれねぇ。こりゃK2が売り込みたい新機能その一ってところか。
俺は、こいつが口から何か出すなら、スミを吹くんじゃねぇかって思ったんだがなぁ。
飛び道具禁止の公式レギュレーションからすりゃ、そういうニンジャお得意の目潰しや煙幕はちっとギリギリだがね。後でモメるかもしれねぇ。もちろんシュリケンは問答無用でアウトだ。しかし何かあるならあるで、まさかこんなエンタメ機能とは予想しなかった。
だがよ。もしも、だ。
スキッドとパヤクァルンが、超獣がしゃべるなんて前例のねぇことを見せつけて、対戦相手を驚かせて気を削ごうってつもりだったら、そいつぁ当てが外れたな。そういうのはバウト慣れして、超獣はしゃべらねぇって思い込んでるヤツにほど効くもんだ。 お嬢はちいせぇ頃からバウトを見ちゃいるが、マニアじゃねぇしセコンド経験も浅せぇ。
先入観があんまりねぇから、俺や、パッキーやフレッド翁ほど、びっくりしちゃいねぇぜ。
そして、ま、なんだかんだ言ってパッキーもさすがにプロのアナウンサーだ。スキッドが人語を発した衝撃からすぐに我に返って、実況を続けた。
「えー、失礼しました。それではカウント・ゼロで開始です!
場内のディスプレイ、または中継映像にご注目ください」
デカデカと表示されるカウントダウンの数字。
俺たち超獣やセコンドは白竜システムでタイミングが送られてくるから、見なくていいんだけどな。
カウント〈3〉。
――俺は拳で胸を叩いた。
カウント〈2〉。
――もういっちょ強く。ドンッ!
カウント〈1〉。
――こいつぁ、おまけだ。ドンッ、ドンッ!
スキッドのくちばしがまた動いた。
「参る」
カウント〈0〉。
――観客席から上がる拍手と歓声。
これだよ。これが超獣バウトだ。
いくぜ、おしゃべり野郎!
俺とスキッドは間合いを詰め、拳を打ち合った。
お嬢の指示は「様子見」――セオリーどおりだ。
そして、それは相手も同じらしい。いちおう、のっけから蹴り技主体で一気呵成にくることも考えちゃいたが、こいつらにゃ、こいつらの思惑があるだろうからな。しかし、こっちのパンチにパンチで応じるたぁ、付き合いがいいぜ。
おい、スキッド。お前、今夜はあんまり早いラウンドで終わらせる気がねぇだろ。
せっかくのワールドクラス初参戦だもんな、ニンジャボーイ。
お前が強えぇなんてこたぁ、ド素人でもわかるこった。
どう強いのか、お客さんに見てもらいてぇんだろ? そのためにK2は簡単にゃ倒れねぇ俺を指名した。ニンジャがカイジューを料理する手際を、じっくり魅せてぇよな。
――さて、どうする? 三枚おろしにでもするかい?
比較的、静かなラウンドの立ち上がりを見て、パッキーはスキッドが言葉を発した件について、フレッド翁に解説を求めていた。
試合が盛り上がってからだと、こういう話を聞く余裕はねぇからな。
「ラウンド開始直前、スキッド・シャドウが、しゃべったのは――そういうことでよろしいですね?――本当に、本当に驚きました!」
「私もですよ。
超獣には頭脳があり、人格も備わっているのですから、話せてもおかしくはないわけです。しかし、わざわざ話せる口を持たせるのにコストをかけるなんて、今まで真面目に考えられたことなどなかったと思います。イベント前の舌戦とか、言葉で争うのはイベンターやプロモーターの仕事ですからね。これは超獣やセコンドを有利にする機能ではありません」
そりゃそうだ。
仮に対戦相手を驚かせるにしても、その効果は一回こっきり。ましてやスキッドが中継で全世界に周知させちまったからには、物珍しくはあるが、今後は誰もびっくりしないだろう。
「これはセコンド視点の私見ではありますが――」
フレッド翁はあごを撫でながら言った。
「――話せること自体が問題なのではなく、それが可能なほど、超獣とセコンドの密接なリンクが実現できていることに注目するべきなのかもしれません」
「と、言いますと?」
「おそらくスキッドは自分で自発的に話しているわけではありません。セコンドのパヤクァルンが指示した言葉をなぞっているのでしょう。正確には、セコンドが命じる言葉の内容を、リンクを介して受け取って、それを自分なりの言い方で発声しているのだと思います。
これは超獣の生体脳に、セコンドと極めて相性のよい人格が組み込まれていて、システムのフィルター強度を下げ、可能な限りラグの少ないリンクが成立していなければできないことです」
なるほどな。
K2が本当に売り込みたいのは、おしゃべり機能じゃなくて、特定個人向けにカスタマイズされた高精度な人格を作る技術か。
俺は、俺もしゃべる機能がもらえれば、お嬢やジミーにあれこれ言ってやれるんじゃねぇかと期待したんだが……そういうのとは、ちっと違うみてぇだ。どうやら、しゃべれるようになっても「バウトに必須の挙動以外は自発的に行えない」って超獣の生体脳の縛りに変わりはねぇみてぇだな。
だが、任意の発声を命じられるほど相性がいい人格に、フィルター強度を限界まで下げた白竜システムでセコンドがつながれば――スキッド・シャドウみてぇなバウトができる。これは事実らしい。
その証拠は何かって言やぁ、こいつの異常な反応速度と攻守の引き出しの多さだ。
たいていの超獣はどれほどボディの性能が高くても、俺の巨体と長く太い両腕を見たら、まともにパンチの応酬をするなんてこたぁ避ける。リーチの差があんだ。同じパンチを打つんでも、相手はこっちに踏み込んで、俺に思いっきり近づかなきゃ拳が届かねぇ。
いったん懐に潜り込めりゃ、俺は自分の長い腕が邪魔でうまく立ち回れず地獄、逆に相手は天国なんだが、そうなる前に俺からキツい一発をもらったら……相手がどうなるのかは、言わなくてもわかるよな?
だからパンチで攻める俺を、他の超獣は別の手で仕留めようとする。
前の試合のスカーミッシュ・ライオンなら、両拳に内蔵された金属の爪だな。これは伸縮自在で最大まで伸ばすと、ライオン自身の腕の半分くらいの長さになる。その爪を二刀流でサーベルのように使いこなすのがヤツの持ち味だし、俺とのリーチ差も埋められるってわけ。 スピード自慢で高機動な小さめの超獣の場合は、とにかく動き回って死角から攻撃とかな。 超獣バウトじゃ公式戦でも背面からの攻撃は別に反則じゃねぇ。リングに障害物があるなら、それを活用するのも賢いやり方だ。
ところがスキッド・シャドウは今、俺とガチで拳を交わしている。
賢くねぇ。
馬鹿みてぇに危険なやり方――だが、こいつにゃ朝飯前なんだろう。 俺の左の連打を避け、鋭く正確な踏み込みで肉迫し、左右のパンチをくり出す。ガードも見事だ。普通ならドンピシャとまではいかなくとも、有効打になるはずの俺のパンチを、即座に拳や腕や肘、時には肩まで使って防いだり、いなしたりする。
これこそセコンドの細けぇ指示に、人格がきびきび応えられてることの証明だ。 「!」
俺の左フックを、スキッドは身をかがめて避けつつ、両手でつかんだ。
マズい! こいつにゃ投げ技や極め技もあるんだ!
俺はあわてて、右で突き飛ばそうとする――が、それを読んでいたのか、スキッドはもう手を離していて、迫る右拳を一方の腕でガードし、もう一方で俺の腹にパンチを叩き込む。
重い音がリングに響きわたった。
「鋭いボディブロー! スキッド・シャドウ、打撃戦もこなします!」
ちくしょう。まだ一ラウンド目だってのに、けっこうなかけ引きを要求してくれるぜ。
けど、大して効いちゃいねぇ。叩かれたのは取っ替えたばかりの装甲が着いてる部分だからな。いいパンチを打ちやがるから、それでもダメージは通るが、まだまだ余裕よ。
イカ野郎にくっつかれるのはウザってぇが、俺は退かねぇ。
お嬢がそう指示してる。ここで退いたら様子見もクソもねぇ。初っ端から相手にペースを握られちまう。そんなみっともねぇマネできるかよ。
――だからよ、後ろに下がんのはてめぇだ、ニンジャボーイ!
「カーン・ベヒモス、お返しに豪快な左アッパー!」
俺の剛腕が下から上に弧を描き、拳がスキッドの胸部装甲に当たる。
ギイィィッ! と金属が擦れるような、大きな打撃音がして、観客席が歓声に沸いた。
どうだ、これが俺様のパンチだ!
黒光りしたニンジャに距離を取らせてやったぜ。
ただし、浅かったな。擦れただけだ。きっちり当ててりゃ、今のアッパーひとつで装甲を剥がすくれぇ、わけもなかったんだが、スキッドのヤツ、スウェーで上体を反らして直撃させてくれなかった。こいつの反射神経、それに体の柔らかさは相当に厄介だぜ。
どうする、お嬢? こりゃ何か攻略法を考えねぇといけねぇ。
だが、今はこっちから距離を詰めて連打の指示。 そうこなくっちゃな。
左のジャブに、時々、右も織り交ぜる。
さすがに左を見せすぎかもしれねぇが、やむなしだ。そのくらいスキッドは強えぇ。手数を減らそうもんなら、何されっか、わかったもんじゃねぇんだ。
実際、こうして打ち合うさなかにも、スキッドの高速の拳がガードをかいくぐり、俺の腹や胸、肩、時には顔面をとらえていた。おまけに、さっきみたいに、つかんで投げか極めに移る素振りまで加わるんだから、たまったもんじゃねぇ。
まったく! こっちの動きをよく見てやがる。
しかしな……見てるのは俺も同じなんだぜ?
どれだけ柔らかく、うまくいなそうが、ガードで俺のパンチの勢いを全部はチャラにできてねぇだろ。当たればちっとはダメージが入るし、衝撃で体がブレる。どんだけ性能差があろうと、正面からドツキ合うってのは、一方だけ無傷ってわけにゃいかねぇのよ。
カッコつけてると怪我するぜ、ニンジャボーイ!
ラウンド終了の直前、ほんの一瞬の隙を突いて、俺は右の拳を大きく打ち出した。
当然、ガード。だが、スキッドの体が左に泳ぎ、俺はそこをめがけて頭を斜めに鋭く振った。
終了のブザーが鳴るのと同時に、回避が間に合わなかったスキッドの右頬を、俺の頭の左角が切り裂く。
血飛沫。
そして歓声が上がる。
「おーっとぉ、ラウンド終了間際に流血だァーッ!」
――へっ、どんなもんでぇ。
リングで俺様の前に立ったんだ。きれいな顔のまんまで帰れると思うなよ?
俺とスキッドはにらみ合った後、ふたりとも背を向けて、それぞれの入場ゲートに向かった。
ブザーと同時に開いたゲートからリングに入ってきていたキャリアに腰を下ろす。サポートカーから降りてきたエンジニアたちにホースで冷却剤を盛大にスプレーされた。今のうちに、ちっとは回復しないとな。
超獣バウト公式戦のラウンドは5分。インターバルは2分。
開始のブザーがなるまでの2分で何を、どれだけやれんのかは、超獣とセコンドを支えるチームにかかってる。我らがレムリ・プロモーションでチームを率いる指揮官――ディレクターは社長のジミーだ。試合によっちゃ他の社員がディレクターを務めることもけっこうあるが、なんたって今夜はお嬢がセコンドなんだ。ジミーが自ら出張るのは当然だな。
たとえこれを最後に、お嬢にバウトから手を引かせるつもりだとしても、だ。
「出だしは及第点だ。ガードしたら、すぐに左を返させろ。小さいパンチでかまわん」
「はい」
ジミーはセコンドブースの横のハッチを開き、ドリンクパックを差し出しながら、お嬢に声をかけた。試合の間、密閉されたブース内のセコンドに、チームの者がコンタクトできるのはインターバルの間だけだ。何かアドバイスをするなら、この機会しかねぇ。
「右もチャンスがあれば指示していい。ただし単発だ。
いいな?」
ドリンクパックを返しながら、お嬢はうなずく。
ジミーはハッチを閉めた。
ブザーが鳴った。
チームはリングアウトだ。キャリアとサポートカーがゲートから出ていく。そしてまた超獣とセコンドだけになって、新たなラウンドが始まる。
俺はリング中央に向かった。
様子見はもう済んだよな。
ここからが本当の勝負だ。
お嬢も覚悟してるだろう。
――ここから、しんどい仕事になる。
こっちサイドの紹介は独占映像とやらまで使って、好き勝手にコッテリやりやがったくせに、スキッド・シャドウとそのセコンドのアピールはずいぶん駆け足だった。
これはテレビ屋の都合ってばかりでもねぇ。
単純にスキッドに関して事前に公開されてる情報が少ねぇんだ。
「それでは対する西サイド、“狂牛”の首を虎視眈々と狙うはスキッド・シャドウ!
この超獣はK2インダストリーが次世代に向けて提案する、最新の技術が惜しみなく投入されたフラッグシップです。その強さは圧巻のひと言! デビューして二戦を二連勝し、驚異のスピード出世でワールドクラス入りしました」
会場の巨大ディスプレイとテレビ中継に、その二戦の光景が映される。
動きが速いな。
細身だが身長十八メートル台の標準的な大きさにもかかわらず、スキッド・シャドウはもうひと回り小さなスピードタイプの超獣ばりに軽快なステップを踏み、強烈な蹴りを叩き込んでいた。
そして組みついてきた相手をあっさりと背負い投げにする。
パワーもある。 それに何より、体が柔らけぇ。相手の攻撃をしなやかにさばいて、即座に反撃に転じる。
場面が変わると、相手が殴りかかるのを、するりとかわして背後に回り込み、絡みついてチョークスリーパーを極めるのが映った。これでフィニッシュだ。首を絞め上げられた対戦相手は口から泡を吹き始め、スキッドごと倒れる。
こうして見ると、確かにスキッド――イカだな。
「さて、このスキッド・シャドウですが、スチュワートさんはどう思われますか?」
「そうですね――」
フレッド翁は笑みを浮かべて答えた。
「――この性能はマイナークラスでは収まりがつかないでしょう。デビューして最速でランキングを駆け上がる。そう期待され、それに応えられる超獣ですね。速く、強く、攻防に隙がない。
打つも投げるも極めるも高水準でこなす様子から見ても、過不足のないオールラウンドな設計思想が感じられて、とてもK2らしい超獣です」
「その設計ですが、スチュワートさん、スキッドの開発には基本設計の段階からセコンドのマサツグ・パヤクァルン自身が参加しているそうですよ!
パヤクァルンはK2の超獣開発技術者でありつつ、セコンド免許を持つ社内テスターでもあるという、異色のキャリアの持ち主です。これまではあくまでもテストで超獣を運用していたわけですが、今やスキッド・シャドウのセコンドとして、プロのリングでも、その卓越した技量を発揮するようになりました」
パッキーの補足説明に合わせて、中継映像がセコンドブース内で待機しているマサツグ・パヤクァルンの姿に切り替わる。
技術者ねぇ。
歳は三十半ばくらいか? なんつぅか、いかにも大企業のビジネスパーソンってツラしてやがる。K2社員なせいか、どことなくうちのレティアを思わせる。怜悧で、仕事ができる感じ。アスリートにゃ見えねぇが、ぴったりしたセコンドスーツで強調されたボディラインは引き締まっていた。
――こいつ、スキッド・シャドウに雰囲気が似てるな。
俺と同じようなことを感じたのか、フレッド翁は言った。
「スキッドは、パヤクァルンがセコンドに就くこと前提のカスタム超獣、ということになりそうですね。 セコンド個人が望む方向性ですべてが仕上げられているのでしょう。
ハイエンドな超獣は一体一体の受注生産が当然ですが、基本設計からセコンドが携わっているとなると、これは個人専用カスタムの究極形かもしれません」
超獣メーカーのK2ならでは、だな。
設計から技術者のセコンドが付きっきりで開発された超獣なんて他に聞いたことがねぇ。スキッドとパヤクァルンから似たものを感じるのも道理。こいつら、親子みてぇなもんじゃねぇか。
「先の二戦は早いラウンドで決着していますし、強さの底は全然見せていませんね。
おそらく、驚くような新機能も――」
リングにブザー音が鳴り響いた。
「申し訳ございません! 解説の途中ではありますが、第一ラウンド開始の時間です。
スチュワートさんにはラウンド中も引き続き、より突っ込んだ解説をお願いしたいと思います」
パッキーが割って入り、ブザーが鳴り止む。
と同時に、スキッド・シャドウのくちばしのような口が動いた。
「……相手に不足なし」
こいつ、しゃべりやがった!
リングを囲む観客席に悲鳴じみたどよめきが起こり、実況と解説のふたりも目を丸くしている。
さっきの試合映像には、こんなのなかったぞ。ワールドクラスの大舞台を踏むまで、隠してやがったのか? それこそチャンバラ映画の主演俳優みてぇな、シブい声しやがって!
いやいや、声の質はどうでもいいんだ。 超獣にしゃべる機能を持たせるって、いったいどんな発想だよ? これは音声データをスピーカー出力してるってわけじゃねぇ。スキッドは明らかに自分の喉と口で発声してる。
エンターテイメントとしちゃ、面白ぇよ。
超獣バウトは格闘スポーツだが、ショーでもあるからな。吠えたり叫んだりだけじゃなくて、何か気の利いた台詞を超獣に言わせられりゃ、人気獲りにゃプラスかもしれねぇ。こりゃK2が売り込みたい新機能その一ってところか。
俺は、こいつが口から何か出すなら、スミを吹くんじゃねぇかって思ったんだがなぁ。
飛び道具禁止の公式レギュレーションからすりゃ、そういうニンジャお得意の目潰しや煙幕はちっとギリギリだがね。後でモメるかもしれねぇ。もちろんシュリケンは問答無用でアウトだ。しかし何かあるならあるで、まさかこんなエンタメ機能とは予想しなかった。
だがよ。もしも、だ。
スキッドとパヤクァルンが、超獣がしゃべるなんて前例のねぇことを見せつけて、対戦相手を驚かせて気を削ごうってつもりだったら、そいつぁ当てが外れたな。そういうのはバウト慣れして、超獣はしゃべらねぇって思い込んでるヤツにほど効くもんだ。 お嬢はちいせぇ頃からバウトを見ちゃいるが、マニアじゃねぇしセコンド経験も浅せぇ。
先入観があんまりねぇから、俺や、パッキーやフレッド翁ほど、びっくりしちゃいねぇぜ。
そして、ま、なんだかんだ言ってパッキーもさすがにプロのアナウンサーだ。スキッドが人語を発した衝撃からすぐに我に返って、実況を続けた。
「えー、失礼しました。それではカウント・ゼロで開始です!
場内のディスプレイ、または中継映像にご注目ください」
デカデカと表示されるカウントダウンの数字。
俺たち超獣やセコンドは白竜システムでタイミングが送られてくるから、見なくていいんだけどな。
カウント〈3〉。
――俺は拳で胸を叩いた。
カウント〈2〉。
――もういっちょ強く。ドンッ!
カウント〈1〉。
――こいつぁ、おまけだ。ドンッ、ドンッ!
スキッドのくちばしがまた動いた。
「参る」
カウント〈0〉。
――観客席から上がる拍手と歓声。
これだよ。これが超獣バウトだ。
いくぜ、おしゃべり野郎!
俺とスキッドは間合いを詰め、拳を打ち合った。
お嬢の指示は「様子見」――セオリーどおりだ。
そして、それは相手も同じらしい。いちおう、のっけから蹴り技主体で一気呵成にくることも考えちゃいたが、こいつらにゃ、こいつらの思惑があるだろうからな。しかし、こっちのパンチにパンチで応じるたぁ、付き合いがいいぜ。
おい、スキッド。お前、今夜はあんまり早いラウンドで終わらせる気がねぇだろ。
せっかくのワールドクラス初参戦だもんな、ニンジャボーイ。
お前が強えぇなんてこたぁ、ド素人でもわかるこった。
どう強いのか、お客さんに見てもらいてぇんだろ? そのためにK2は簡単にゃ倒れねぇ俺を指名した。ニンジャがカイジューを料理する手際を、じっくり魅せてぇよな。
――さて、どうする? 三枚おろしにでもするかい?
比較的、静かなラウンドの立ち上がりを見て、パッキーはスキッドが言葉を発した件について、フレッド翁に解説を求めていた。
試合が盛り上がってからだと、こういう話を聞く余裕はねぇからな。
「ラウンド開始直前、スキッド・シャドウが、しゃべったのは――そういうことでよろしいですね?――本当に、本当に驚きました!」
「私もですよ。
超獣には頭脳があり、人格も備わっているのですから、話せてもおかしくはないわけです。しかし、わざわざ話せる口を持たせるのにコストをかけるなんて、今まで真面目に考えられたことなどなかったと思います。イベント前の舌戦とか、言葉で争うのはイベンターやプロモーターの仕事ですからね。これは超獣やセコンドを有利にする機能ではありません」
そりゃそうだ。
仮に対戦相手を驚かせるにしても、その効果は一回こっきり。ましてやスキッドが中継で全世界に周知させちまったからには、物珍しくはあるが、今後は誰もびっくりしないだろう。
「これはセコンド視点の私見ではありますが――」
フレッド翁はあごを撫でながら言った。
「――話せること自体が問題なのではなく、それが可能なほど、超獣とセコンドの密接なリンクが実現できていることに注目するべきなのかもしれません」
「と、言いますと?」
「おそらくスキッドは自分で自発的に話しているわけではありません。セコンドのパヤクァルンが指示した言葉をなぞっているのでしょう。正確には、セコンドが命じる言葉の内容を、リンクを介して受け取って、それを自分なりの言い方で発声しているのだと思います。
これは超獣の生体脳に、セコンドと極めて相性のよい人格が組み込まれていて、システムのフィルター強度を下げ、可能な限りラグの少ないリンクが成立していなければできないことです」
なるほどな。
K2が本当に売り込みたいのは、おしゃべり機能じゃなくて、特定個人向けにカスタマイズされた高精度な人格を作る技術か。
俺は、俺もしゃべる機能がもらえれば、お嬢やジミーにあれこれ言ってやれるんじゃねぇかと期待したんだが……そういうのとは、ちっと違うみてぇだ。どうやら、しゃべれるようになっても「バウトに必須の挙動以外は自発的に行えない」って超獣の生体脳の縛りに変わりはねぇみてぇだな。
だが、任意の発声を命じられるほど相性がいい人格に、フィルター強度を限界まで下げた白竜システムでセコンドがつながれば――スキッド・シャドウみてぇなバウトができる。これは事実らしい。
その証拠は何かって言やぁ、こいつの異常な反応速度と攻守の引き出しの多さだ。
たいていの超獣はどれほどボディの性能が高くても、俺の巨体と長く太い両腕を見たら、まともにパンチの応酬をするなんてこたぁ避ける。リーチの差があんだ。同じパンチを打つんでも、相手はこっちに踏み込んで、俺に思いっきり近づかなきゃ拳が届かねぇ。
いったん懐に潜り込めりゃ、俺は自分の長い腕が邪魔でうまく立ち回れず地獄、逆に相手は天国なんだが、そうなる前に俺からキツい一発をもらったら……相手がどうなるのかは、言わなくてもわかるよな?
だからパンチで攻める俺を、他の超獣は別の手で仕留めようとする。
前の試合のスカーミッシュ・ライオンなら、両拳に内蔵された金属の爪だな。これは伸縮自在で最大まで伸ばすと、ライオン自身の腕の半分くらいの長さになる。その爪を二刀流でサーベルのように使いこなすのがヤツの持ち味だし、俺とのリーチ差も埋められるってわけ。 スピード自慢で高機動な小さめの超獣の場合は、とにかく動き回って死角から攻撃とかな。 超獣バウトじゃ公式戦でも背面からの攻撃は別に反則じゃねぇ。リングに障害物があるなら、それを活用するのも賢いやり方だ。
ところがスキッド・シャドウは今、俺とガチで拳を交わしている。
賢くねぇ。
馬鹿みてぇに危険なやり方――だが、こいつにゃ朝飯前なんだろう。 俺の左の連打を避け、鋭く正確な踏み込みで肉迫し、左右のパンチをくり出す。ガードも見事だ。普通ならドンピシャとまではいかなくとも、有効打になるはずの俺のパンチを、即座に拳や腕や肘、時には肩まで使って防いだり、いなしたりする。
これこそセコンドの細けぇ指示に、人格がきびきび応えられてることの証明だ。 「!」
俺の左フックを、スキッドは身をかがめて避けつつ、両手でつかんだ。
マズい! こいつにゃ投げ技や極め技もあるんだ!
俺はあわてて、右で突き飛ばそうとする――が、それを読んでいたのか、スキッドはもう手を離していて、迫る右拳を一方の腕でガードし、もう一方で俺の腹にパンチを叩き込む。
重い音がリングに響きわたった。
「鋭いボディブロー! スキッド・シャドウ、打撃戦もこなします!」
ちくしょう。まだ一ラウンド目だってのに、けっこうなかけ引きを要求してくれるぜ。
けど、大して効いちゃいねぇ。叩かれたのは取っ替えたばかりの装甲が着いてる部分だからな。いいパンチを打ちやがるから、それでもダメージは通るが、まだまだ余裕よ。
イカ野郎にくっつかれるのはウザってぇが、俺は退かねぇ。
お嬢がそう指示してる。ここで退いたら様子見もクソもねぇ。初っ端から相手にペースを握られちまう。そんなみっともねぇマネできるかよ。
――だからよ、後ろに下がんのはてめぇだ、ニンジャボーイ!
「カーン・ベヒモス、お返しに豪快な左アッパー!」
俺の剛腕が下から上に弧を描き、拳がスキッドの胸部装甲に当たる。
ギイィィッ! と金属が擦れるような、大きな打撃音がして、観客席が歓声に沸いた。
どうだ、これが俺様のパンチだ!
黒光りしたニンジャに距離を取らせてやったぜ。
ただし、浅かったな。擦れただけだ。きっちり当ててりゃ、今のアッパーひとつで装甲を剥がすくれぇ、わけもなかったんだが、スキッドのヤツ、スウェーで上体を反らして直撃させてくれなかった。こいつの反射神経、それに体の柔らかさは相当に厄介だぜ。
どうする、お嬢? こりゃ何か攻略法を考えねぇといけねぇ。
だが、今はこっちから距離を詰めて連打の指示。 そうこなくっちゃな。
左のジャブに、時々、右も織り交ぜる。
さすがに左を見せすぎかもしれねぇが、やむなしだ。そのくらいスキッドは強えぇ。手数を減らそうもんなら、何されっか、わかったもんじゃねぇんだ。
実際、こうして打ち合うさなかにも、スキッドの高速の拳がガードをかいくぐり、俺の腹や胸、肩、時には顔面をとらえていた。おまけに、さっきみたいに、つかんで投げか極めに移る素振りまで加わるんだから、たまったもんじゃねぇ。
まったく! こっちの動きをよく見てやがる。
しかしな……見てるのは俺も同じなんだぜ?
どれだけ柔らかく、うまくいなそうが、ガードで俺のパンチの勢いを全部はチャラにできてねぇだろ。当たればちっとはダメージが入るし、衝撃で体がブレる。どんだけ性能差があろうと、正面からドツキ合うってのは、一方だけ無傷ってわけにゃいかねぇのよ。
カッコつけてると怪我するぜ、ニンジャボーイ!
ラウンド終了の直前、ほんの一瞬の隙を突いて、俺は右の拳を大きく打ち出した。
当然、ガード。だが、スキッドの体が左に泳ぎ、俺はそこをめがけて頭を斜めに鋭く振った。
終了のブザーが鳴るのと同時に、回避が間に合わなかったスキッドの右頬を、俺の頭の左角が切り裂く。
血飛沫。
そして歓声が上がる。
「おーっとぉ、ラウンド終了間際に流血だァーッ!」
――へっ、どんなもんでぇ。
リングで俺様の前に立ったんだ。きれいな顔のまんまで帰れると思うなよ?
俺とスキッドはにらみ合った後、ふたりとも背を向けて、それぞれの入場ゲートに向かった。
ブザーと同時に開いたゲートからリングに入ってきていたキャリアに腰を下ろす。サポートカーから降りてきたエンジニアたちにホースで冷却剤を盛大にスプレーされた。今のうちに、ちっとは回復しないとな。
超獣バウト公式戦のラウンドは5分。インターバルは2分。
開始のブザーがなるまでの2分で何を、どれだけやれんのかは、超獣とセコンドを支えるチームにかかってる。我らがレムリ・プロモーションでチームを率いる指揮官――ディレクターは社長のジミーだ。試合によっちゃ他の社員がディレクターを務めることもけっこうあるが、なんたって今夜はお嬢がセコンドなんだ。ジミーが自ら出張るのは当然だな。
たとえこれを最後に、お嬢にバウトから手を引かせるつもりだとしても、だ。
「出だしは及第点だ。ガードしたら、すぐに左を返させろ。小さいパンチでかまわん」
「はい」
ジミーはセコンドブースの横のハッチを開き、ドリンクパックを差し出しながら、お嬢に声をかけた。試合の間、密閉されたブース内のセコンドに、チームの者がコンタクトできるのはインターバルの間だけだ。何かアドバイスをするなら、この機会しかねぇ。
「右もチャンスがあれば指示していい。ただし単発だ。
いいな?」
ドリンクパックを返しながら、お嬢はうなずく。
ジミーはハッチを閉めた。
ブザーが鳴った。
チームはリングアウトだ。キャリアとサポートカーがゲートから出ていく。そしてまた超獣とセコンドだけになって、新たなラウンドが始まる。
俺はリング中央に向かった。
様子見はもう済んだよな。
ここからが本当の勝負だ。
お嬢も覚悟してるだろう。
――ここから、しんどい仕事になる。
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