副編集長の秘められた想い

第4章 この時の作者の気持ちを答えよ問題、作者としては書いてあるじゃんとしか言えないんだが【後編】

「ナニそれ? ゼンエイ?」
「演劇を、枠や常識に囚われずもっと自由に、純粋に肉体で出来る表現の可能性として追求する、って言うのかな? そういう実験的な舞台。なんだろう、アバンギャルドとかアングラとかいろいろ呼ばれてる、ああ、そのまんま、実験劇場なんて名前の演劇集団もあったね」
「あーなんかYouTubeで見たことあるかも。白塗りの裸でクネクネ踊ったりするやつじゃん?」
「そういうのもあったかも。わたしは勉強と思って一回観に行っただけだから詳しくないけど。なんかすごいロックだなー、って感想しか出てこなかったな」
「有名どころだと寺山修司とか唐十郎からじゅうろうとかだよなー。俺も知識として知ってるだけだけど。でも、純粋に表現を追求するって意味じゃ、その通りなのか?」
 編集長が振ってくるが、俺だって前衛劇には詳しくないよ。
「前衛は演劇だけじゃなくて芸術活動では実験的、先駆的みたいな意味で使われるもんな。人気とか評価を気にすることなく、表現そのものを追求したいって欲求からやってるんだ。
 前衛とは言われてないけど、モナ・リザとか、ああ、小説なら、ちょっとマイナーだけどマルキ・ド・サドとか、表現欲求の純粋な結晶みたいなところがあって、好きだぞ。俺の解釈も少し入ってるけど」
「モナ・リザはもちろん知ってるッスけど。世界で一番有名な絵画とか言われてるんだから評価されてるじゃないっスか。ダ・ヴィンチだってあれのおかげで有名になったんでしょ」
「それが違うんだな。モナ・リザは今でこそルーヴル美術館とセットで有名になってるけど、ダ・ヴィンチはモナ・リザを書き上げた後も手放すことなく手元に置いていた。そもそもお披露目すらしてない。暇さえあればちょこちょこ手を入れてたから、結局未完成なんじゃないかなんて話もある。死んでそれを相続した弟子が、フランスの王様に売って、それから有名になったんだ」
「え、そうなんですか?」
「大商人の依頼で書いた夫人の肖像画だって説もあるけど、でも依頼主に渡してもいない。だから、モデルはいなくてダ・ヴィンチは理想のの恋人を描こうとしたんじゃないか、自ら創造しようとしたんじゃないか、なんて言う人もいる。見せるために描いたんじゃなくて、美をどこまで表現できるか試し続けていたのかなって。ダ・ヴィンチは完璧主義の気があって、少しでも気に入らないものは壊したり捨てたりもしてたらしいから、死ぬまで手元に置いていたってことはさ、この説が本当なんじゃないかって思えてくるだろ?
 Gさんの知り合いの原型士……えーと、美少女フィギュアの原型を作る人な、粘土みたいな素材を盛ったり削ったりしてエロかったり可愛かったりするフィギュアを作るんだけど、仕事ならきっちり納期通りに完成させるのに、趣味だと、盛ったり削ったりがいつまでやっても終わらないんだってさ。どんなに頑張っても理想のエロさ可愛さにならない、頭の中にあるイメージに表現が追いつかない、でもそうやって手を入れている一瞬一瞬が楽しい、とか。それを聞いてたから、ダ・ヴィンチのこの説に俺はすげえ納得しちゃって。表現欲求ってのを突き詰めたひとつの形なんじゃないの、これって」
「モナ・リザと美少女フィギュアを並べるのはどうなんスかね」
「じゃあマルキ・ド・サドはどうだ。誰にも読まれない、そもそも読みたいとも思えないような小説を、しかも牢屋の中で延々と書き続けたんだぞ。承認されたいなんて欲求は欠片もない、ただひたすらに表現したかった、頭の中のイメージを小説という形に落とし込む、表現することだけのために、他の全てを捨てちゃった人だ、と俺は認識して、表現者のひとつの理想だと思っている」
「ええと、サディズム、加虐嗜好ってその作家さんの名前から生まれているっていうのは聞いた事がありますけど」
「そう。いじめるのが楽しいサディズムな。ちなみにいじめられるのが楽しいマゾヒズムはマゾッホさん、この人も作家さんだけどサドさんはフランス人でマゾッホさんはオーストリア人だ」
「ヨーロッパの作家はヘンタイばっかりスか」
「昔、親父の書庫で『悪徳の栄え』ってタイトルが目に入って。あらすじ見たら、悪女があらゆる背徳を極めて成り上がる物語、って描いてあるんだよ。当然、俺の好きな格好いい女の子の小説だと、面白そうだってなるだろ?」
「いやそうはならんだろー」
「まあ、センパイは悪女もいける人ですもんね」
「でもさ、全然格好良くないんだよ。ひたすらエグいと言うかグロいと言うか、爽快感が、ない。『美徳の不幸』って小説とセットみたいだったから読んだら、こっちはこっちで、貞淑な少女が、その貞淑さ故に酷い目に遭うって展開がひたすら続くのよ。なんだこりゃ、というのが、初めてサドを読んだときの印象だったね、正直。でもなんか気になって調べてみたりもう一度読み返したりしてサドを俺流に解釈すると、好きになった。
 サドはさ、キリスト教が、18世紀当時のフランスを支配していた価値観みたいなもの、全部がイヤでイヤで仕方なかったんだ。神を信じて清らかに生きていれば幸せになる、不幸になるのは、背教者に神が罰を与えているのだ、悔い改めて正しく生きよ。ふざけるな、世の中そんなもんじゃないだろ、神を信じて不幸になる人もいれば、あくどい商売やって大金持ちになってる人もいる。そういうのから目を逸らしてお題目で神の代理人ツラしてる聖職者共、罰が当たるとしたらテメエらだ! そういうドロドロした思いが、『悪徳の栄え』と『美徳の不幸』には詰まってたんだよ」
「なんか、前衛劇以上にロックですね」
「だろー? フランス革命前、まだ王政だからな。当時の考え方は王権神授説、王様の権力は神様に与えられたもの、王様より神様は偉いんだ。その神様を否定しちゃう、しかもサドは貴族様、確か侯爵だったかな? こういうことを考えるだけでも問題なのに、サドは、考えるだけじゃなくて実際にやらかしちゃった。えーと、未亡人に乱暴したとか、乱交パーティで危険な違法薬物を使った、とかで裁判にかけられて、かの有名なバスティーユ監獄に入ってる。しかしサドは懲りない。獄中で書き上げたのが『ソドム百二十日あるいは淫蕩いんとう学校』だ。これ、フランス中から美少年美少女を集めてきてひたすら拷問とか前から後からとかいろいろやりまくる小説ね」
「こう、プロテスト、世の中に対する抗議みたいな意味があったんでしょうかね、主張にはまったく同意できませんけど」
「いやー、ただ書きたかっただけなんじゃね、と俺は思うけどね。だって発表しようとしてないもん。バスティーユ監獄から発見された原稿が出版されたのは20世紀になってからだ。
 バスティーユ監獄から、サドが待遇の不当性を訴えたのがフランス革命のきっかけになった、なんて説もあるけど、拡声器もない時代にどうやって訴えたんだよ、とか考えると眉唾だよな。そもそも、他の囚人はともかく、サドの場合はやることやった結果なんだから不当とかどんだけ図々しいんだよと思うし」
「まったく懲りてないッスしね」
「自由の身になった後に書いて、出版したのが、さっきの『悪徳の栄え』と『美徳の不幸』だ。出版したけど、匿名発表だったり、バスティーユで書いて『ソドム百二十日』同様に行方不明になっちゃった原稿が元にあったりするから、やっぱり承認されたいんじゃなくてなんとか書き上げて形にしたい、表現したかったんだろうな。で、皇帝即位する前のナポレオンがこれを読んで、内容がけしからん! って大激怒、匿名の甲斐なく捕まったサドは精神病院送りになっちゃいましたとさ」
「そういう作家の話、書かれるまでに本当にあった話の方が、小説の100倍くらい波瀾万丈で面白そうだよなー」
「そうだろ? 表現したい、自分の中の想い、イメージを形にしたいって、そういう欲求の強さの前では、他人の評価なんて関係なくなる、そういう純粋さがあるし、それが美しい、と思うんだよな。前衛とかロックの送り手、受け手にも通じるものがあると、俺は思っている」
「確かにロックって、曲よりも演者のキャラが立ってるイメージっスね。反骨の情熱とか、とんな感じ?」
「でもわたしは」
 芽宮めぐだ。何度か見たお悩みモードに入っているな、顔つきで俺にはわかる。
「他人の評価なんて関係ない、っていうのは開き直り、と言うか、言い訳に聞こえてしまうんです。演技は、人に伝わらないと意味がない。前衛劇を見ていると、どうしてもそう思ってしまうんです。これって、わたしがヘンなんですか?」
「もちろん違う。今は表現欲求の話で、芽宮が持っているのは承認欲求なんだから当然、そう思うさ」
「でもわたしだって、演技という表現には情熱を持っているつもりです」
「それは満たされているだろう? でも前衛劇をやっている人は、満たされたと思ってないから、もっともっと新しいもの、まだ見たことのない演技を追求して、白塗りでクネクネ踊ったりしてるわけだ。もちろんバカにしてるわけじゃないぞ。で、俺は芽宮の演技を認めているし、芽宮も自分を認めているから橘華きっかをやってくれてるんだろ? 足るを知ってその上で、承認欲求も満たしたい、でもそっちはまだ満たされていない、そう感じているわけだ」
「じゃあ、えーと、Gさんは確か、足るを知った上でなら、伝える方法はいくらでもある、みたいに言ってましたよね? 具体的に聞いたんですか、センパイは? どんな方法なんです?」
 うん、そりゃ気になるよな。前提が長くなって申し訳ない。
「さっき、10万円と100万円の貯金の例を出したよな? 足るを知る、の説明のための例だったけど、表現欲求と承認欲求の例には不適切なんだ。10万円の先に100万円はあるけれど、表現欲求の先に承認欲求はない。表現としてどんなにすばらしいものでも、承認されるとは限らない、逆に、表現として不本意でも、承認されてしまうこともある」
「それは。小説でも演技でも、そういうことはあるだろうな、と想像できます」
「そして、承認欲求が満たされなかったからと言って、表現欲求の結果が否定されるわけではない」
「さっきの、悩みがちな作家さんのお話ですよね。それも理解できます」
「表現欲求と承認欲求は、ことほどさようにまったく別物なんだ。だから場合によっては、

・同時に満たすことは不可能

 な事もある、と思わないといけない。そこまでいかなくても、どちらを優先するかを決めないといけなくなるなんてのはしょっちゅうあるぞ」
「そう、なんですか?」
「例えば俺だ。俺は、俺の頭の中にあるウェスタン映画の、格好いいガンガールを小説で書きたかった。でも、それじゃたくさんの人には楽しんでもらえないから、時代劇にした。これは妥協だ、承認欲求を表現欲求に優先させたわけだ。
 サドは、現状に対する不満をもっと穏当な形で周囲に訴えていれば、社会変革につなげることだってできたかもしれない。フランス革命と同時期なんだから変えられた可能性は高いぞ。神職者をコケにするようなやり方じゃなくて、もっと大衆に寄り添うとか、貴族なんだから上からの変革を目指してみるとか。でも、サドが優先したのは承認欲求じゃなくて表現欲求だった、社会に認めてもらいたいなんて欠片も思ってなかった、サドはなにより、書きたかったんだ、小説を」
 そこがカッコイイよなー、と編集長。そっちの道は辛いと思うぞ、行くなら止めないが。
「あとはさっき言った、売れるために路線変更しちゃったマンガ家さんの話。あれも、承認欲求を優先した結果だよな。だから、あれはあれで正しい。期待していたものが読めなくなった福地はかわいそうだが」
「まあ、マイナーなものほど好きになっちゃうって自覚はあるッスからね。諦めてますけど」
「自分のマイナーな嗜好を、同じように面白いと感じて表現してくれた人と逢えた幸運を忘れなければいい。それこそ足るを知る、だ」
「承認欲求のためには表現欲求を捨てる必要もある、って聞こえるんですけど。Gさんの言う、伝えるための方法って、そういうことなんですか? それってなんか、悲しいですね」
「俺もそれが全てだと思わないけど、Gさんが編集やってて、一番苦労したのが表現欲求と承認欲求のすりあわせだったらしいから、そういう言い方になるんじゃないかな。作家の表現欲求と、出版社の求める商業的要求、つまり承認欲求に基づいた要求とのせめぎ合い。売るためにこうしよう、いやそれじゃ俺が表現したいものにならない、これじゃ売れないからここは削ろう、そこが一番書きたかったところなのに! みたいな。そういうやりとりの苦労の繰り返しが商業出版なんだってさ。カントクは、2人で済んでるだけまだ楽じゃないか、商業映像はそれを数十人相手にやらなきゃいけねーんだぞ、って言ってたけど」
「あー、商業的欲求してくる出版社が悪者になって、作家は抵抗して自分の表現のままカタチにしてハッピー、みたいな小説とかマンガ、たくさんあるッスね」
「まあ、想いが純粋な方が勝つ、ってのは物語としてはキレイだからな。Gさんはああいうパターンは出版社にとっては営業妨害だって冗談半分に怒ってみせるし、俺もあんまり好きじゃない。
 だいたいだな、伝えるってことはコミュニケーションだぞ、人間関係を考えてみろよ。俺は○○様だ、とか偉そうにふんぞり返って、自分のやりたいことやって言いたいこと言ってるやつなんて友達出来ないぞ、相手のことを思いやって書かないと、伝えようったって読んでくれないぞって普通のことを言われてるだけなのに、それをさあ、ああいうマンガとか、Gさんの話に出て来る、なんか思想強めの作家はさ、みんな、俺は小説家様で御座い、って感じなんだよ。俺は商売でやってるわけじゃないんだ、汚らわしい銭金の話で俺の作品を汚すんじゃないって、だったら前衛でもロックでもやってろよ!」
「どうどう、落ち着けー、布留田ふるだ
「センパイの言いたい事もわかりますけど、今ここにいない人に怒られても」
 すまんな。苦労話を聞かされすぎたか、一瞬Gさんが憑依していたっぽい。

「私は表現欲求を満たすために『想い出に追いかけられて』を書いた、表現欲求のことなんて考えてもいなかった、今もそれは変わらない、その前提で聞いて欲しいことがあるのだけれど」
 話が一段落した所で、副編集長が切り出した。
「布留田君は、『想い出に追いかけられて』を、読んで、私の持っているのが表現欲求だと理解した、と言った。実は私も、今日の布留田君の話を聞いていて、布留田君が、はっきりとは言わなかった真意があると感じていて。それを答え合わせさせてくれないかな? 私が一方的に理解されているのはなにかしゃくだから」
 おっと、副編集長から二度目の挑戦だ。わくわくするな。なに、福地君はわかる? わかるわけないじゃん、みたいなボソボソ声が聞こえるぞ。楽しそうだな。
「真意、ねえ。ウソはついてないけれどな」
「ウソはついていないね。でも、隠していることがある。
 布留田君は、『想い出に追いかけられて』が、表現欲求的には合格だけれど、承認欲求的には不合格、商品にはならない、売れない小説だと判断しているね。より多くの人に読んでもらうためにしたアドバイスで改善はされているけれど、まだ足りない、あるいは根本的な変更が必要、そう考えている」
「センパイ! それは酷いです! 面白いじゃないですか!」
「芽宮君、まだ話の途中だぞー」
「そう感じる根拠は?」
「友達としての意見なら、表現欲求について言及すればいい。プロとしての意見を求められたら、よりたくさんの人に読んでもらえるものになっているか、商品として成り立つ小説なのかを判断しなくてはいけない、のでしょう? 布留田君は『想い出に追いかけられて』の商品価値について、一言でも触れていたかな? なにも言っていない」
 そう言えば、と芽宮。うかつッスねー、と福地。いいんだよ隠そうとしてたわけじゃないし。
「プロの意見は言っていない、友達としてしかの発言しかない。その理由を考えただけだよ」
「ちょっと訂正させてくれ。商品にならない、売れないとは思っていない。どうすれば『想い出に追いかけられて』の面白さが、どうやって売ればいいのかが、わからないんだ。『復讐のガンガール』は売れなさそうだから、西部劇のお約束を時代劇に入れ替えて、時代小説のカテゴリーに持っていくことで『女護ヶ島』として売れる確率を上げた、そういう戦略が、『想い出に追いかけられて』について俺には思いつけなかった」
「そんなん、『想い出に追いかけられて』のタイトルで、帯に切ない青春ストーリーって書いときゃいいんじゃないっスかね」
「その表紙が本屋の平台に置いてあったとして、お前は買うのか、福地?」
「いや、俺は男だし」
「芽宮は?」
「む。面白いのは知ってますから、買いますけど。ええと、知らない人が、表紙を見て買いたくなればいいんですよね、キャッチコピーを考えましょう! 『想い出に追いかけられて』の面白さがもっとちゃんと伝わるようなのを。そうすれば」
「そのキャッチコピーが思いつかないんだよなあ。まあ俺にそういうセンスがないのは確かだけど、例えば『想い出に追いかけられて』を出版社に持ち込んだとして、同じようなこと言われるだろうなって、想像できちゃうんだよ。
 Gさんから山程、話は聞いてるし、俺自身もそれなりに出版社とは付き合いがあるからな。どの出版社、どの編集部に持ち込むかによるけど、例えばこんな感じのことを言われるはずだ。

・ちょっとウリが弱いですね。悲恋ですか? 違う? え、そもそも恋しない? 恋愛感情抜きの青春ものですか。なにかファンタジーな設定は? 実は、現実世界のように見えて微妙に違うパラレルワールドの話とか、ヒロインに秘めた力があるとか。ありませんか。うーん、ウチではちょっと難しいですかね。まずネットで発表してみては? そこである程度数字が出せれば、営業部も説得できると思うんですが

 とかね」
 副編集長がまた落ち込んじゃったりするかな、と、ちらちら様子をうかがいながら話していたが。彼女は途中からくすくすと笑い始めた。あ、大丈夫そうだな。
「なるほどね。商品として判断すると、そういう見方になるのは、とても新鮮に聞こえるな。表現欲求と承認欲求で求められるものが全く違うというのはこういうことなんだ。笑ってしまったけれど、続けてくれるかな、布留田君」
「わたしは、そこまで割り切れないですね、ちょっと怒ってます。確かに地味に見えるかも知れませんけど、そこがいいんじゃないですか『想い出に追いかけられて』は。リアルだからこそ、他人事じゃない、自分であってもおかしくないキャラクターが悩んだり癒されたりするから、絵空事じゃない面白さがあるんです。
 福地君には悪いですけど、わたしは青春ストーリーなんて言い方もしてほしくないです。青春とか、愛とか恋とか、タイトルにキャッチコピーに使われちゃうと安っぽく、嘘くさく感じるって、ありませんか?」
 まあそれはそう思う。こっちはリアルタイムで一応青春みたいなことやってるんだから、ウソや綺麗事が入るとバカにされてる気分になるよな。
 ちょっとズレるけどー、と編集長。
「『愛と青春の旅立ち』ってベタなタイトルの洋画あるけど、あれ、原題は士官と紳士って意味らしいなー、意味全然違うし」
 1982年のアメリカ映画な。
「いいんだよあれはあれで。士官と紳士、のままじゃ、アメリカではともかく日本じゃ戦争映画好きしか観に行かないぞ。あのタイトルで、ラブストーリーだってことをアピールしたから日本でも大ヒットしたんだ。タイトルやキャッチコピーはそうじゃなきゃいけない。一瞬でお客さんの興味を引かなきゃいけないってのは、小説一冊を読ませるのと一目でわからせるのと、伝え方を変えなきゃいけないのはわかるだろ?
 愛とか青春とか生とか死とか、あとは最近だとカタカナのセカイとか、使われがちな単語って、使われるだけの理由があるんだよ」
「出版社としては、そういう要素があった方が売りやすい、ってことッスね」
「じゃあ、せつなさですよ! とってもせつない話なんだよ、というのをアピールするんです! 泣いちゃうくらいせつない、世界一せつない、とか、そういう方向性で!」
 あ、やっぱりそうなるよね。でもなー。
「多分だけれど」
 おっとここでまた副編集長。
「出版社はそういうキャッチコピーはつけない、つけたとしても売れない。せつなさだけじゃ弱いと判断するのじゃないかな。違う? 布留田君」
「な」
 芽宮がちょっとのけぞる。そんなにショックか。
「副編集長さんがそれを言ったら駄目ですよ! こんなにせつない小説が書けるんですから! センパイが言ったのは、せつなさが減って甘いラブコメばかりになってしまった理由であって、売れなくなったなんて一言も言ってないですよね?」
「同じことだよ、そのふたつは。送り手、作家や出版社の立場で語るか、受け手、読者の立場で語るか、視点が違うだけ。作家である布留田君の言ったことをひっくり返して見れば、読者はせつなさを強くは求めなくなった、になる。もちろんそれをわかって布留田君は言っている。そうでしょう?」
 そこまで断言は出来ないけどな。でも、不安にはなるんだよ。今は昔より生き辛い時代だから、厳しい現実から逃れるために小説やマンガを読むんだから、甘口になるのは当然だ、ラブコメだけじゃない、異世界転生とか俺ツエーものとかも現実逃避そのものじゃないか、それでいいんだ、そう言っちゃう編集さんが多いのは事実だし。
 バランス、塩梅あんばいの話を何回もしたけど、あ、上手くバランス取れたな、って自惚れたくなるような表現を、中途半端とかわかりにくいとか言われちゃうことがあってさ。甘いのが欲しんだから甘いラブコメでいいし、逆に、なんかこう刺激が欲しいんだからとことんビターにしろ、キャラが全員ギスギスでドロドロで真っ暗にして、そうだもっとやれ、もっと追い詰めろいっそ殺せみたいに言う人もいる。バランスなんか考えずにどっちかに極端に振ったのがそれなりに売れてるのを見るとなー、ちょっと自信揺らぐよ、それは確かだ」
「ああー。ダーク、バッドエンド系も需要はあるッスね、確かに」
「でも、そういう現状だからこそ、せつなさが売れるかも知れない、という考え方もある。今はライバルがいない、目立てるってことだからな。俺が、時代小説にはまだ格好良く戦う女の子が少ないから『女護ヶ島にょごがしま』を持ち込んだのと同じだよ。こういうギャンブルに乗ってくれる編集さんがいれば、いいんだけどな」
「いなくても問題ないでしょう? 私は今のままでいいんだから」
「だから言ってるじゃないッスか、もったいないって」
 副編集長が、つん、と顎を上げる。
「さっきからの福地君や布留田君の言い様を聞いていると、なにかこう、見下されているようにも感じるのだけれど。表現は出来てるけど商品としては足りない。福地君は、意欲と努力が足りないと言っているし、布留田君の足るを知れというのはそれくらいで満足しておけ、とも聞こえる」
 おっと、ちょっと間違えたか。ご機嫌斜めっぽい。
「見下してなんかいないぞ、やりたいことをやるのが一番って話で。商売は考えなくていいんだよ、一番書きたいのはせつなさなんだろ? 売るためにそれを削るのは本末転倒だと言ってるんだ」
「そうかな? 両立も出来ると思うのだけれど」
「必要ないって、副編集長はプロじゃないんだから」
「ほら、それだよ」
 俺を指さす副委員長、笑顔だから怒っているわけではなさそうだが?
「もちろん私はプロじゃない。でも、もっとわかりやすく書けばいいんでしょう? 布留田君よりはいい案を出せる自信はあるよ。自分が書いた作品なんだから。せつなさを損なうことなく、もっと多くの人に読んでもらう方法はあるさ」
 む。言ってくれるな。
「そりゃあ、あるけど。キャラクターのメリハリをもっと強調したり、追加したりはよくやるけど。構成も変わって来ちゃうから、簡単じゃないぞ」
「ああ、そんなことでいいのか。いや簡単だよ。書きかけたけど削ったキャラがいるんだ。主人公のお兄さんなんだけれどね」
 え、そんなんいたの?
「死んじゃったお兄さんですか? 実は生きていたとか?」
「歌とか映画でよくあるでしょう、死んだ人が、自分が遺してきてしまった親しい人達を見守る視点って、せつないよね。夢の中で、主人公同様に成長した姿で語りかけてくるシーンも書いてみたんだよね。主人公は、これは夢だって自覚していて、そんな夢まで見てしまうなんて兄に申し訳ないとか思っているけれど、本当はどうなのか、的な匂わせも入れて書いたら、けっこういいシーンになったよ」
 それくらいでは足りない、いや、待て。頭の中で、キャラを加えて書いてみる、読んでみる、いつものシミュレーションだ。うーん上手く行かないな。いや、『想い出に追いかけられて』を書き上げた副編集長なら? 初期条件を変更。おや、悪くないぞ?
「わたしはいいと思います! なんで削っちゃったんですか?」
「最初のシーンだけで印象が強すぎるような気がして。油断すると兄が主役になってしまうんだ。夢という形で見せてはいるけど、ファンタジーな味付けは、地に足の付いた雰囲気を壊してしまうしね」
 いや、それもバランスだ、調整はできると思うが、うーん。
 考え込んでいる俺を、副編集長は煽ってくる。
「どうだい? これくらいならね、私にも考えつくし、やってみなければわからないけど、書けると思うよ」
「いや、しかし。まあ悪くはない」
 どころか、いいぞ。副編集長には書ける。俺には難しいのがちょっと、いや、かなり悔しいが、確かにいい。商品になる。よりせつなさがわかりやすく、強くなりそうなのが特に素晴らしい。
「『想い出に追いかけられて』ってタイトルのニュアンスも、より意味深になる、表紙のビジュアルに兄の要素を加えるだけで、いやいっそ『僕を忘れないで』的なキャッチコピーにするとか? ホラーっぽくなる? それもプラス要素か? 副編集長はどう思う?」
「ふふ。それは、出版社が考えることなんだろう? とりあえずは私の勝ちということでいいかな?」
 ぐっ。勝ち誇られた。悔しいので黙って頷くだけにする。
「おー珍しいなー布留田が素直。これかなり自信持っていいぞ、副編集長」
「ちょっと待ってください、いいかな、と思ったけど、今の、しっとりした雰囲気の方を大事にした方がいいですよ、やっぱり。お兄さんの話はまた別に読んでみたいです」
「さっきの布留田先輩の話の通りなら、持ち込み先を考えてみるべきッスね」
 ぱん、と副編集長が手を叩く。
「だから何度も言っているだろう、私はそうしたいわけじゃない、私だって布留田君のように考えることはできるけれど、書きたいのはそういうものではないんだよ。だから、この話はこれで終わり。読んでくれて、認めてくれて、せつないと言ってくれて、ありがとう。私にそれ以上は必要ない」
 ああ、そういう話だったよな。それでもなあ。福地じゃないが、もったいないと思ってしまう。
「俺の負けでいいからさ。もし、もしもだよ、副編集長の気が変わったら。表現欲求だけじゃなくて、承認欲求を満たしたいと思うことがあったら。まず俺に声をかけてくれ。俺が手伝う。君が承認欲求を満たす、その手助けをしたいんだ。必ず適うよ、その承認欲求は。君にはそれだけの力がある。俺が保証する」
 副編集長の頬が赤くなる。わかりやすいんだよなこういうところが。最初の日の夕方の部室と一緒だ。まああのときは俺がちょっと勘違いしていたが。
「情熱的な告白だね。嬉しいよ。まあ、ないと思うけれど、機会があったらそのときは、よろしくお願いするよ、布留田君」
 遠回しにフられた気分だ。ちょっと悲しい。
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