副編集長の秘められた想い

第4章 この時の作者の気持ちを答えよ問題、作者としては書いてあるじゃんとしか言えないんだが【前編】

「じゃあ、出版ッスね。いや、ネットで発表するのがさきかな? やっぱり小説家になろうとか?」
 やっぱり、やらかしてくれたのは福地だった。
 書き直した『想い出に追いかけられて』は、せつなくて泣けると大好評。めでたしめでたし、となったところでのこの発言。
 副編集長は首をかしげているし、芽宮めぐは戸惑いながらそんな副編集長をうかがっている。編集長と俺は無反応。
「え? あれ? オレ、なんかヘンなこと言いました? なんで? だって、みんなも面白いと思ったんスよね? だったら、もっといろんな人に読んでもらいたいっしょ? 副編集長だって、書いた本人なんだから、読んで面白いと思う人は多いほうが」
「私の書いたものを読んで、そう言ってもらえるのは嬉しい事ではあるけれど。私は、あなた達に、せつなさを感じ取れたと言ってもらえた、伝わったことで十分、と言うか、私にせつなさが表現できるか、試したかっただけだから。表現できた、そう思えただけでも十分。その後の事は、考えていなかった、今もちょっと考えられない」
「ええー、もったいないッスよ、プロの布留田ふるだ先輩も認めてるんッスよ? 人気出ますって、売れればお金だって」
「ごめんね。謝る話なのかどうかわからないけれど」
「福地君、福地君」
 見かねた様子で、芽宮が福地を制する。
「わたしも、福地君みたいなことは考えたけれど。でも、この小説のストーリーを思い出してみて。主人公は、亡くなったお兄さんとの想い出を残したくて、伝えたくて書いた小説を、出版、悪い言い方をすれば売り物にされた、確かに売れたけれど、伝えたいことは伝わらずに、だから、殻を作って閉じこもったんだよ」
「あ。うん、まあそうだけどさ、えーと、そう! 副編集長言ってたじゃん! イチから考えるのは面倒臭いからキャラクターのモデルにはしたけど、あくまで別人だって。主人公が副編集長じゃないんだよ。ごっちゃにするほうが副編集長に失礼でしょ、宮城ちゃん」
「それはそうなんだけど、だからわたしもどっちなのかな、とは思っていて、だから迷っていたのに福地君が決めつけたみたいな言い方を」
「決めつけてないって、ただ、すごいの書ける才能があるのに、マイナスなことばかり怖がってるとしたらよくないって」
「だから、その言い方が」
 なんかヒートアップしてる、どうしよう、と思っていたら。
「おーい、本人を置いてけぼりにするなよー。肝心のは、副編集長がどうしたいか、だろー?」
 さすがだ。ダテに編集長をやってない。二人は言い合いをやめて副編集長をうかがう。そこにあるのは困ったような笑顔。
「私は。だから、表現できた後の事は何も考えていないんだ。困ったな。でも、たくさんの人に読んでもらいたい、なんてことは全く考えていなかったな。ネットで発表したり、出版社に持ち込んだり、普通はそうするものなのかな? でも、そうしたい、という気持ちはまったくないんだ。おかしいのかな? 私は」
「もったいないッスよ、せっかく書いたのに」
 そろそろ俺の出番かな。
「もったいないってのも同感だけど、別におかしくはないぞ。
 副編集長から相談された最初の日に言っただろ? 創作する、特に小説を書いて表現したいって欲求は、複雑なんだって。誰かにわかってもらうため、誰かに伝えるために表現をするなら、小説よりももっと手っ取り早い手段があるんだって。小説で表現したいって気持ちと、読んでもらいたいって気持ちは同一じゃない、別物なんだ。
 副編集長は、小説でせつなさを表現したかった。でも、書いてみたら自分でもせつなさを感じられないものができあがってしまった。いろいろ工夫して、自分でも満足できるせつなさが表現できた。欲求が満たされて満足できた、副編集長がやり遂げたのは事をまとめるとそういう話になる。まったくおかしくない。これは純粋な表現欲求が達成されたって話なんだ。
 もったいないってのは、また別の話。表現の成果物を、書いたものを、より多くの人に認めてもらいたい、そういう欲求は、これは表現欲求とは別ものと考えなきゃいけない。承認欲求とでも言うかな。既に表現欲求を満たされた副編集長にとって、読んだ俺達もせつなさを感じて面白いと認めるのは、嬉しくないわけじゃないだろうがついでのおまけに過ぎない。確かにもったいないことではあるけれど、より多くの人にまとめてもらおうなんてことは考えてもいなかった。当然だ。承認されたいって欲求は最初からないんだから。
 だよな? 副編集長」
「そこまで筋道立てて考えていたわけではないけれど。うん、何がしたかったか、を問われるなら、認められたいんじゃなくて、私はせつなさを自分で書きたかった、表現したかった、だから書いた。それが答えかな。
 私自身がはっきりわかってなかったことを自信満々で断言する布留田君に呆れてもいるけど」
「断言もするさ。だって、ここに全部書いてある」
 俺は『想い出に追いかけられて』のデータが入ったSDカードをつまみ上げて振ってみせた。
「やっぱりモデルじゃなくて本人だったってことじゃないッスか」
「主人公がどうこうってんじゃなくてさ。『想い出に追いかけられて』に書いてあるんだ、副編集長のやりたいことは。
 キャラクターの設定じゃなくてさ、『想い出に追いかけられて』そのものが、副編集長の願い、想いなんだ。小説ってそういうモンだよ。伝えることを諦めていた主人公は、新聞部の活動の中でみんな同じ理由で足掻いていた事に気がつく。誰でもみんな、伝えたいことが伝わらなくて、苦しんだり開き直ったりしてるんだ。伝わらないからこそ一所懸命だったり、他人に伝えるだけの価値があるものを自分は持っているのかって悩んだり、伝わらないものだから大切なんだと信じていたり、みんないろいろなんだけど、その迷いが、違いが、イヤなものじゃないって感じ始める。
 ラストシーンが一番わかりやすいかな。あ、でもコレ言うとネタバレか?」
「いや、みんな読み終わってますから、センパイ。感想言ったじゃないですか」
「はは、そりゃそうだ。
 主人公が女の子の後輩にだけ打ち明けるラスト、良かったよな。死んだお兄さんの想い出を書いた小説、読んだ事ある? あれを書いたの、実は中学生だった私なの、ってな。そうそう、打ち明けたのは小説を書いたって事だけ、それが副編集長にとっては本当の体験で、大切な想い出なんだなんてことは言ってない、ここ重要な、試験に出るぞ」
「なんの試験ッスか」
「『想い出に追いかけられて』検定二級試験だよ。打ち明けられた後輩は驚いて、次にはしゃぎはじめるんだよな。

『ええー!? ドラマ観てましたよ、泣いちゃったんで実は原作も買って、読みました。そうかー、あれ書いたの先輩だったんですね! 小説はドラマとちょっと違ってて、しかも私まだ中学生でしたからちょっと難しかったですけど、覚えてますよ、あれは』

 後輩の台詞はここで切られて、地の文に戻る。主人公主観のな。えーと、それから延々と始まる彼女の独演会に、私は付き合った。私は笑っていたかもしれない、だったかな? 後輩の感想をはっきりとは読者に見せないのが上手いよな」
「ちょっと待って欲しいッスね、やっぱり副編集長も認めてもらいたいって事じゃないスか。書かれてないけど、あのラストで後輩は、主人公が言って欲しかった感想を言ったンスよね? じゃなきゃ笑顔にならないっしょ、主人公は」
「え、違うよ、あれは多分、ドラマと一緒で泣けましたーとか、あんなお話が書けるなんて先輩はすごいですね、みたいな、主人公が散々聞かされてきたような感想だったんだよ。主人公はそれでもいいんじゃないかって想いで笑顔になってるだけで、じゃなきゃ『かもしれない』なんて書かないよ」
「まあどっちでも読めるのが『想い出に追いかけられて』のいい所ではあるんだが。正解をあえて決めるなら、芽宮のほうかな」
「何でっスか」
「福地が正解だったなら、後輩の台詞をあそこで切らない。最後まで言わせる。伝えたかったことが伝わった、主人公のそういう喜びは絶対そっちの方がより強く表現できるだろ? 主人公の最後の独白も変わるはずだ。承認欲求があるならば、あそこでまた小説を書き始めようとしなくちゃいけない、諦めかけていたけどまたもう一回、伝えるために書いて、より多くの人にそれを読んでもらおうとするはずだ。
 でも、主人公はそうしなかった。自分の中にいる兄を小説と言う形で表現した。それは兄そのものじゃない、ましてや読んだ人も関係ない、自分だけの兄を、中学生の自分が小説という形で表現しようした結果なんだ、誰かに肯定されたり否定されたりしても、あの表現は自分のものだ、書いたものだけは揺るがない、そういう想いで、笑うんだ。後輩の感想は具体的なところは主人公にとって大きな意味はない、だから削る。小説は主観描写だからな」
「そこまで考えて後輩の台詞を削ったわけではないのだけど」
 副編集長は苦笑いしている。
「ただ、余韻があった方がせつない気がしたからそうしたんだ。後輩のいい台詞を思いつけなかった、というのもあるから、そういう評価をされると居心地が悪いかな」
「いやいや、感性だけでやれるのは十分すごいよ。理屈をつけたくなっちゃうのは知識だけでプロやっちゃってる俺の悪い癖だから」
「やっぱり納得いかないっスね。諦めたまんまって事じゃないッスか」
「福地はハッピーエンド至上主義だったか」
「気持ちいい終わり方が好きじゃ悪いッスか?」
「悪くないよ。でも、何度も言ってるだろ、塩梅あんばい、バランスだよ。副編集長の書きたいせつなさってのは、気持ちいいだけのもんじゃないんだ」
「ですよね。わたしはこの終わり方が特にせつなく感じました。泣いちゃうぐらい。福地君、わかりやすいハッピーエンドじゃないけれど、だからこそ、せつなさを感じるものになっていると思うんだよね。ちょっとビター風味だけれど、ある意味主人公にとってのハッピーエンドになってる、そう感じない?」
「わかるよ、わかるけどさ」
「感じ方は人それぞれなんだから、言ってやるなよ芽宮。芽宮だって、自分より演技が上手い人が、ワタシ見られるためにやってるわけじゃないんでー俳優なんて向いてないですからーとか言ってたらもやもやするだろ? それと同じだよ」
「それは、そうですけど」
「表現欲求と承認欲求ってのはごっちゃになりやすいからな」

「でもなー、お前はGさんに、『格好良く戦う女の子』の魅力をみんなに伝えたい、みんなに読んで欲しいって見栄を切ってなかったか? それで『女護ヶ島』書いたわけだけど。これって表現欲求と承認欲求がごっちゃになってるよな?」
 おっと編集長、いいとこ突いてくるね。
「うん、あの時は表現だ承認だとかは考えてなかったんだけど、今にして思うと俺のは承認欲求だったんだな、どっちかって言うと。読んだ人全員が、格好いい! って言ってくれるようなヒロインを書きたかったんだ。
 もちろんいきなりうまくなんていかない。前にも言ったけど『女護ヶ島』って枠組みを思いつくまでいろいろ試行錯誤したし、書き上げて、編集長の感想聞いてもまったく伝わってる気がしないし」
「えー? そんな事ないだろー? ちゃんと読んで、感想も言ったと思うけどな」
 あ、忘れてるなこの野郎。
「俺としてもとっくに忘れてた話なんだが、副編集長との扱いの差があまりにひどくて思い出したんで言わせてもらうぞ。編集長、お前、原稿渡して読み終わるまで3週間はかかったな。それも、何回も催促してようやく、だ。で、まあ、面白いんじゃね?、の一言だけ、どこが? と訊いても、高校生で時代小説書くって珍しいよな、とかそんな感じだったよな確か」
「あ、あははー」
 笑って誤魔化そうとしてやがる。
「いやー、あの頃はお前がそこまで本気だとは思ってなくてさ。そういう反応にもなろうさ。逆になんて言って欲しかったんだよ」
「原稿渡す時に言ったじゃねえか、『格好良く戦う女の子』が書きたくて書いたって! 格好良かったかそうじゃないか、俺が訊きたいのがそれだってことぐらいわかるだろ!? 副編集長にはせつなさがどうとかちゃんと親身になって対応出来るのに、感想会までやってるのに、なんでそういうのやってくれねえんだよ俺には!」
「いや、副編集長は真面目だし、なのに恋愛小説って意外性があったし、女の子だし、気を遣うだろー? いいか、布留田、怒ってる理由はわかったから、ちょっと冷静になれ。『女護ヶ島にょごがしま』読んだ俺がお前に対して真面目な顔で、ヒロインたちが可愛いだけじゃなくて格好良く書けていた、素晴らしい、俺は姫がお気に入りだ、でもここが気になる、ここはこうした方がいいんじゃないか、とか語ってる図を想像してみろ。三年の先輩達まで巻き込んで感想会やって欲しかったのか? 本気で?」
 想像してみる。あれ? なんか、嘘くさいと言うか、いっそホモ臭い?
「そう、だな。俺とお前だと、それはナシだな。ウチは文芸部じゃなくて、新聞部だし」
「だろー?」
「じゃあ、それはそれでいいや。すまんな絡んで」
「いつものことだろー」
「だが、ついでだからもう少し愚痴らせてくれ。なろうに載せてからの話だけどさ。みんな読んでくれて楽しんでくれて、ランキングにの載ったさ、ああ、ありがたいよ。でもな、感想がな、意外と考証がしっかりしてるとか姫が可愛いですとか女護ヶ島に行ってみたいとかばっかりなんだよ。誰も格好いいって言ってくれないんだよ。いやいいんだよ詰まらないとか言われるよりはさ、でもさ、もどかしいっていうか、格好いいだろ姫は! 女戦士だって、俺は凛々しく書いたんだよ! なんで可愛いなんだよ!」
「知らんがな」
「まあ、可愛いってのはなろう界隈じゃ格好いいまで含んでるんじゃないッスかね」
「そうですよ。わたしは、格好いいと思ってますよ、『女護ヶ島』の姫も」
 あ、芽宮、それ、君には一番言われたくないんだわ。
「え? え? なんかわたし、睨まれてます?」
「今はな、なろうの感想欄でも姫とか橘華きっかが格好いいって言ってくれる人もいるんだよ。でもな、それって『戦国ワルキューレ』が始まってからなんだよ! 映像表現になってからじゃないと格好いいって思ってもらえないんだよ。小説表現の敗北かこれは? いや敗北だ、もっとドラマみたいに格好良く書いてくださいなんて書かれたりもするんだぞ。
 おっと、話が先走りすぎた。なろうで『女護ヶ島』を始めた時の話な。当時の俺は、このように少し心の狭いことを考えてしまっていたわけだ」
「今でもかなり狭いけどな」
 うるせえよ自覚はある。
「だけどな、当時の俺にとってはけっこう深刻な問題だったんだ。『女護ヶ島』の何がいけなかったのか、ってな。で、例によってGさんに相談したら、笑い飛ばされたんだ」

「なんで笑うかな。俺の一番伝えたい、格好良さが伝わってないんだぞ」
『笑いもするさ。最初の最初に教えたじゃないか。人は千差万別、同じものを見ても、聞いても、読んでも、受けるイメージはそれぞれ違う、伝わらないのが当たり前、それでも足掻くのがプロだってな。忘れているから笑われる』
「でもなー、一番伝えたいことが伝わらないてってのは、やっぱりおかしいだろ」
『一番伝えたいことだからこそ、伝わらないことがある。永斗えいと、お前は書いたか、このヒロインが格好いいって。一番伝えたい事なんだから、まず初登場のシーンで書くべきじゃないか、とんでもなく格好いい女戦士が現れたって』
「書くわけないじゃないか、俺が伝えたい格好良さはそんな単純なものじゃないんだ。可愛かったり頼りない所もあったり、でも意地を張ったり、そういうの全部含めて、格好いいと思ってもらいたい、それは、格好いい、なんてただの形容で済むものじゃないんだ。
 って言ってるうちにわかっちゃったよ畜生! そうか、俺にとっちゃ一番当たり前のことが、大前提が、読者にとっては前提じゃない! 一冊まるまるしっかり読み込んでもらわないと伝わらない! なんてこった!」
『お前にとって大切な事だから、お前はこれを書いた。文庫一冊分、小説一本分の文章を使ってな。可愛い頼りない意地っ張り、それも魅力の一つだ。その奥に、格好良さがある。だから『女護ヶ島』は面白い。だがな、全員がそこまで読み取れるわけではない。むしろ、読み取れない人にとっても楽しく読めるように書けたことを、お前は誇るべきだ』
「一番伝えたいものだからこそ、読んだ人にとっては読み取ることが難しくなる、伝わりにくくなる、ってことか。それってなんか悔しいな。なんとかならないのかな、Gさん」
『なるさ。いくらでも方法はある。だが、その前にお前は、足るを知らなければならない』
「またなんか格闘バトルものの修行シーンみたいなこと言い出したな。仏教の教えだっけ?」
『仏教とか老荘とか、あっちの言葉だな。満ち足りている、と思えば幸せ、逆に言えば足りないと思い始めたら欲望には際限がないから不幸せになるぞ、というくらいの意味だ。
 まあ悟ったような生き方は嫌いなんで、自己流の解釈だが、

・欲望にもいろいろある。全ての欲望を一度に際限なく満たそうとしても不可能、待っているのは破滅。欲しいもの、やりたい事をひとつひとつ、見極めろ。それぞれに正面から向き合い、出来る所から足るを知りつつ一歩一歩、満たされている幸せを感じろ

 という意味だと考えている』
「えーと、億万長者になりたいなら貯金しろ、最初は10万円でもそれを出来たことを喜べ、みたいな?」
『まあ、そういう事だ。
 で永斗、お前は今、足りている。足りすぎているくらいだ。それをまず認めろ。そもそもお前は、何がしたくて『女護ヶ島』を書いたんだ?』
「それは、格好いい女の子を、自分の手で書いてみたくて」
『それが表現欲求だ。自分の中にあるものを、外に向けて表現したい。それは出来たんだ。表現欲求は満たされた、まずこの点において、お前は足るを知らなければならない』
「でも伝わらなかったから」
『先走るな。まず足るを知れ。お前は表現できたんだ、出来た自分を自分で認めろ。まずはそこからだ。お前は表現できたことで満足したか?』
「それは。うん、した。『女護ヶ島』が書き上がった時は、嬉しかったよ。
 だからこそ、それを伝えたい。俺が書いた格好いい女の子を、より多くの人に読んで、格好いいと感じてもらいたい。じゃなきゃ意味がない」
『面白いことを言うな。なんで意味がなくなるんだ? お前はさっき、自分で自分を認めたじゃないか。意味ってなんだ?』
「それは。あれ?」
『さっきのお前の例えで言えば。10万円は貯金できた。満足した。で、次の目標の100万円に届かなかった。10万円はなくなるのか? そんなはずはないだろう?
 表現したものを、より多くの人に伝えたい、認めてもらいたい、それはな、表現欲求とは別の欲求の領域だと考えなくてはならない。それは承認欲求なんだ。表現欲求とは別物なんだ』
「なるほど。やりたい事を見極めろっていうのは、そういう意味か」
『そうだ。欲しいものをしっかり決めずに欲しがるだけじゃ、何を手に入れても満たされないぞ。
 格闘マンガの修行シーンみたい、と言ったか? こんなふうに前置きしているのはちゃんと理由がある。表現欲求と承認欲求を見極めずに満たそうとすると、ろくなことにはならないからだ。そういう事例をたくさん見てきた。出版なんて商売をやっているとな、特に多いんだよ。
 小説を書き上げた、本になって書店に並んだ、売れない、あるいは売れたけれど評論家筋には評判が悪い、なぜ読んでくれない、なぜわかってくれない、なぜ伝わらないんだ。なぜ俺の表現を否定する。満たされなかったのは承認欲求なのに、表現欲求まで否定されたと思い込んでしまうんだ』
「ああ、わかるよ。さっきまで俺もそうなりかけてたもんな。そうだよな、表現は自分のためのものだ。第三者に承認してもらうためのものじゃない。だからGさんは、『復讐のガンガール』を読んで俺に確認したんだ」
『『復讐のガンガール』? ああ、新聞部ではあの小説をそう読んでいるんだったか。お前が初めて書いたウェスタンものだったな』
「欲しいのは友達としての意見か、プロとしての意見か、だったっけ。あれは、表現欲求なのか、承認欲求なのかを見極めたかったんだろ? 表現欲求なら、書き上げたことを友達として誉めてやればいい。でも、承認欲求だったら? プロとしてのGさんの出番だ、よりたくさんの人に読んでもらえるものになっているか、商品として成り立つ小説なのかを判断するのが仕事だもんな」
『お前は言ったな。形にだけなっても意味がない、みんなに読んで欲しい、読んで、面白かったと言って欲しい、だったか。まだ中学生だったのにな、永斗』
「いやお恥ずかしい。でも、本気だったよな。うん、俺は最初から承認欲求だったんだな。表現欲求なら、『復讐のガンガール』のままでも良かったんだ。でも俺は、格好いいって言って欲しかったから、ウェスタンから時代劇にして、『ワンダーウーマン』も入れて、『女護ヶ島』を書いた。全部、より多くの人に読んでもらうためだ。俺は承認されたいんだよ、Gさん」
『されたじゃないか。なろうでの評判も悪くないんだろう?』
「そりゃ、まあ。でも格好いいじゃなくて可愛いとか言われちゃやってきた意味が」
『また、足るを知るを忘れているぞ。感想が少しぐらい思い通りにならないからと言って、自分の表現を、得られた評価を否定するな。足りていることを知れ。より高みに、より多くに手を伸ばすのはいいが、自分の足下を否定して背伸びしても得られるものはないぞ。さっき、出版商売をやっていて、ろくなことにならない事例をたくさん見てきたと言っただろう。お前も見たことがあるはずだ。いろいろな作家がいただろう?』

「あー、なろうとか、マンガでのあるあるッスかね」
「あ、わかるんだ福地」
「なろう界隈だと、スコッパーってあるじゃないッスか」
「えーと、人気がある定番タイトルじゃなくて、隠れた名作を見つけて掘り出して評価する、みたいな立ち位置だよな」
「オレもそういう気があって。なろうってものすごい数があるから、異世界チートとか、追放ざまあとかじゃなくても面白いのって、捜せばあるんスよね。オレは本気のスコッパーじゃないからSNSとかYouTubeで推しやるわけでもなく、更新追っかけるだけで楽しいんスけど。でも、書き手さんはそうじゃない人もいて。人気が出ないと、いろいろと悩んじゃうみたいっスね」
「それは。うーん、そういうものじゃない?」
 芽宮はそう言うだろうな。プロでやってるんだし。
「なろうに載せるんだから、承認欲求だってあるんだろうし」
「でもさ、オレは楽しく読んでるのに、書いてる人が近況報告で、感想がつかない、なんで読んでくれないんだ、書籍の打診も全く来なくて悲しい、とかグチってるのを見ると。やっぱモヤっちゃうんだよね。最悪、ストーリーがすごい盛り上がって続きがすげえ気になるところで、書き手さんノイローゼみたくなっちゃって書けない、そんまんまエタって放置、なんてこともしょっちゅうあるし。
 あ、それ最悪じゃないわ。もっと最悪なのが、路線変更か」
「路線変更?」
「なろうだけじゃなくて、マンガ家さんでもよくあるけど。読んで欲しくて、人気が欲しくて、作品のテーマを変えちゃうのよ。例えばだけど、ダークでシリアスなファンタジーものがあるとするじゃん? オレは面白いと思ってたし大好きだったのに、地味だし流行じゃないからあまり人気がない、単行本が売れない。そういう人がさ、俺が好きな作風を捨てて、売れ線の異世界チートとかライトファンタジーに行っちゃうわけ。
 いやわかるよ、人気がないのは辛いだろうし、プロなら売れなきゃ食えないのはわかるけど。でもさー、やっぱ、その人の持ち味みたいなモンってやっぱあるじゃん。売れ線にはなってるけど本気で書いてないのがまるわかり、なんてのを読まされちゃたまんないし。それでも売れればまだいいけど、結局路線変更しても売れずにそんまんま消えちゃう、なんてマンガ家さんもいて、そういうの最悪だよね」
「おいおい、そう思うんなら、お前が応援してあげろよー。なろうだったら感想だって簡単に書き込めるし、最近はSNSやってるマンガ家さんも多いぞー」
「思い詰めちゃった人に、オレみたいな素人が、面白かったです、なんて言って効果あるわけないじゃないッスか編集長。
 いやーさすが布留太先輩、『女護ヶ島』の橘華は宮城ちゃんの橘華より格好いいッスね、って試してみるテスト」
「……おべんちゃら並べやがってこの野郎、ってアンサー」
「ほら、逆効果」
 書いてる間は自信満々で書けるんだがなー。読まれると不安になっちゃうもんなんだよな。
「プロはともかく、なろうは商売でやってるんじゃないから、気にせずに好きなことを書ける、表現欲求は思う存分満たせる場なんだから気にせず楽しめばいいのにな」
「さっき、格好いいって言ってもらえないとか気にしてたのは誰だったかなー」
 うるせえよ、例としてあえて愚痴ってみせただけだ。それに俺は承認欲求が強いんだよ。
「そう、Gさんが、まず足るを知れ、って言った意味はここにあるんだよ。他人にいろいろ言われて右往左往する前に、自分に問いかけろ、伝わらない、たくさんの人に読んでもらいたい、とか思い詰める前に、まず書けたことを誇れ。そこがスタートなんだ。
 そうやって自分の表現を信じていれば、ひとりでもふたりでも、読んでくれた人がいることで満足できる。感想は書いてくれないけれど、面白いと思ってくれた人もいると信じることができる。そうやって自分を、自分の表現を肯定していく、それが足るを知るってことなんだと、俺は解釈した」
「なんか、前衛劇っぽいですね」
 ぽつり、と芽宮。
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