Ⅱ 小説『女護ヶ島』ができるまで……発想の逆転は必要だがお約束も無視できない
【後編】
「それは、そうかもだけど、でも、それは」
芽宮はもどかしげだ。無意味に人差し指で環を描くような仕草。言葉を探している感じ。
「それは、西部劇のお約束? みたいなもので」
その通り。
「そう。西部劇の、な。福地。西部劇って見た事ある?」
「ないっスね。俺の爺さんとか、そういう世代の映画じゃないスか」
新作、ないしな。たまーに、お昼のロードショーとか、名画座系のシアターでリバイバル特集とかやるくらい?
「芽宮は役者だから、勉強のために昔の名作とか観た中に西部劇もあったんだろう?」
「はい」
「福地はさ、ミステリーが大好きなんだ。小説でも映画でもマンガでも。だから、犯人が人を殺しても別に気にしない。無法だけど、探偵役が毎回毎回事件に出くわすなんてありえないけど、ミステリーのお約束だって知っているから。
でも、西部劇のお約束は知らない。だから、『復讐のガンガール』は面白そうと思えない。そういう事だ。
あ、あと、可愛い女の子がたくさん出て来てわちゃわちゃする話も別口で好きらしい。だから『女護ヶ島』は面白いって言ってた」
「最後の情報、今必要ッスか?」
福地がなんかボヤいているが、言ったじゃん、お前。俺はちゃんと覚えてるぞ。
「もちろん、福地が挙げたような問題には全部答えがある。開拓時代のアメリカは、通信手段が発達してなくて、法執行機関の手が足りないから、中央の目が届かない地方や、開拓の最前線は実際、悪人共がやりたい放題の無法地帯だった。だから、保安官ってのはただのお巡りさんじゃない。今で言う警察と、裁判所、なんなら町の行政まで任せられていたりする。だから、町を守るために、盗賊団の女ボスひとりを見逃す、なんて決断もしなくちゃいけない事もあるだろうし、その権限も持っている。
そして主人公も、法には頼らずに復讐を決意する。『盗賊団を発見しました、女ボスに保安官の父が殺されました』なんて通報したとしても、手紙くらいしか通信手段はないから、返事が返ってくるのはいつになるかわからない。返ってこなくても文句は言えない。返ってきたとしても『代わりの保安官を派遣したいけど手が足りないんでそっちでなんとかしろ』くらいじゃないかな。だから、自分で出来る事を自分でやるしかない、それが復讐って事だ。
芽宮も、福地にそういう事を言いたかったんだろ?」
「そう、そうです、けど。……具体的にちゃんと説明しようとすると、長くてややこしいですね、お約束って」
「だろ? お約束ってのは、知ってる人相手には便利だけど、知らない人にとってはハードルになる。知らない人でもわかるように、楽しめるように作っているつもりでも、どこかでお約束に頼ってしまう部分は残ったりもする。
西部劇は、今はマイナーなジャンルになってしまった。お約束を知っている人も少ないって事だ。知らない人にも楽しめるように、頑張ってはみたんだが、手強すぎた。
これが、『復讐のガンガール』を俺が書けなかった理由のひとつめ。西部劇のお約束を、知らない人相手に書くというのはとんでもなくハードなミッションで、今の俺にはムリだった」
「ムリでしたか」
悲しそうな芽宮。そんなに読みたかったか『復讐のガンガール』。書けなくてごめんな。でもムリなんだよ。だってさあ。
「そもそもさ、『格好良く戦う女の子』を書く事そのものが、ハードなミッションなんだよ。これがふたつめの理由。
女の子は、普通戦わない。格好良いよりは可愛いのが普通だ。普通それはどっちも男の役割だから。その普通をひっくり返して女の子が戦う、女の子が戦って格好良い面白さってのは逆転の面白さなんだ。
逆転のためには女の子が男からその役割を奪って、それを他人にも認めさせなくちゃいけない。役割をひっくり返す説得力が必要だ。それだけの力が、それだけの動機が、それを認めさせる社会的条件が、女の子には求められる。
『復讐のガンガール』の場合、力ってのは西部劇における法である銃であり、一年間の特訓だ。動機は、親が殺された復讐。社会的条件は、そこが一種の無法地帯であって、法にも他人にも頼れないから。
『格好良く戦う女の子』のために必要なのは、力と、動機と、条件。普通をひっくり返すためには、この3つの要素を絶対に揃えなくちゃいけない。福地みたいに五月蠅い奴でも文句をつけようのない、パーフェクトな3つを」
「そこで俺の名前使わないでほしいっスね」
注文の多い福地。
「今、五月蠅いのは俺じゃなくてあれでしょ。暴力的とか子供が真似したらどうとか。ましてや女の子が戦う、場合によっちゃ殺しちゃう、なんて、ちゃんと言い訳つけとかないと何言われるかわかんないっスよ」
あ、良い事も言うじゃないか福地。
「うん、それもハードなミッションになっている理由のひとつだな。プリキュアも『格好良く戦う女の子』要素が弱くなっちゃったし」
「プリキュア?」
「そう。『戦国ワルキューレ』と同じ東映の、あっちは東映アニメーションだけど、日曜日の」
「幼稚園のとき観てましたけど。ちゃんと、女の子が格好良く戦っていましたけど」
10年ちょい前として。9作目か10作目かな。
「実はプリキュア、最初の3作目辺りまでは、もっと過激に殴ったり蹴ったりしてたんだ。男の子向けバトルものまんまのノリで」
もちろん俺もリアルタイムで知ってるわけじゃない。そういう評判をネットで知って動画配信で観た。うん、確かに過激だった。マッチョな敵キャラが、さすがに顔は殴らないが、その代わりでもないんだろうが容赦なく女の子に腹パンしてくるし。三作目のラストなんて、寝返った敵キャラふたり、もちもんどっちも女の子な、も加わって四人でボスキャラに挑む、んだが。このボスキャラがもう強い強い、女の子四人がかりで飛んで跳ねながらパンチキック、手からビームみたいなものまで出しても全然効かない、四人の女の子は返り討ちにされてぼろぼろになって、それでも諦めない! みんなのために! で立ち上がるシーンとかもう俺は、手には汗、目から涙だよ。でも女の子は別の意味で泣くんじゃないか?とは思った。
「それは今も……違うか、パンチとかキックとか、確かに、あんまりしてなかったかも? ちょっと記憶が定かじゃないんですけど」
「変わっちゃった理由については、ネットのコラムかなんかで読むと、福地の言うように、暴力的だ、とか抗議があったとか、いやいやスタッフの自主規制だとかいろいろあるけど、なんにしても四年目くらいからはかなり大人しい描写になっちゃったんだとさ。ムスメのプリキュアごっこで悪役やらされて怪我したお父さんからもクレームが入ったからなんて説もあるけど、あのアクションをごっこで出来るムスメさんがいるなられはそれですごいよな」
「何に感心してるんですか」
「まあ、そんな感じで、プリキュアも最初は、妖精か何かの力を借りて身体能力がパワーアップする、みたいな描写だったけど、パンチキック以外のミラクルなパワーを強調するようになってそれで戦うのがメインになった、と。それが福地の言う、言い訳になってるわけだ」
「『NieR:Automata』だと」
編集長がゲーム画面を見せてくる。それをプレイしていたのか。
「主人公、人間じゃないしなー。見た目は女の子だけど、人造の人型兵器、地球を占領した機械生命体を滅ぼすために戦いながら、自分が造られた目的と存在する意味、自我について悩み始める、そういう感じ。うん、戦うための力と動機、条件、だったっけ? その3つの要素をこうやって整えているんだなー。ついでに、言い訳もできる。『いや女の子に見えるけど違うんですよー、相手も機械だから殺してるんじゃなくて壊してるんですよー』みたいに」
「味方や敵を人間じゃなくしちゃうってのは、実に便利な手だよ。見た目は可愛い女の子、というのが実にあざとい。あ、良い意味でな。
ゲームで上手いな、と思ったのはもう1本、『スプラトゥーン』だな。キャラは格好良い、とはちょっと違う可愛いタイプだけど、基本はガンシューティングだからぶっちゃけ人を撃って殺すゲーム、可愛いキャラとは相性が悪いはずだ。でも、銃弾の代わりにインクを撃って敵を倒したり、陣地を広げていくゲームだろ? あれで、人を殺すのに抵抗がある人でもプレイできるガンシューティングになった、キャラクターが可愛い女の子でも問題がなくなった。
あとは、福地、お前の好きな、女の子がたくさん出て来て戦車で戦うアニメ」
「『ガールズ&パンツァー』っスね」
「あれは戦車道って架空のスボーツを設定する事で、3つの要素をクリアしている。戦車で戦うけど試合、ゲームだから勝っても負けても人は死なない、そういう言い訳だよな」
「まあ、俺はそれで良いんスけど」
福地は俺と芽宮に向かって首をかしげてみせる。
「『ガールズ&パンツァー』も『格好良く戦う女の子』としてOKなら、女の子主人公のスポーツものも『格好良く戦う女の子』でいいんスか? だったらそういうのは一杯あるし、殺さなくて良いんだから力だ動機だ条件だなんてのも簡単にクリアできるから書くのも楽だと思うんスけどね」
おお、福地、冴えてるな。そういう観点が欲しかった。
「芽宮は、どう思う? スポーツものを『格好良く戦う女の子』ものとして楽しめるか?」
「センパイ、わかってて訊いていますよね。
福地君も間違ってるわけじゃないですけど、でも、ゲームじゃあ駄目なんです。人間じゃないからOKとかの言い訳もあまり好きじゃありません。わたしは、傷つけば血も流れる生身の女の子が戦うのが、格好良いと思うんです」
ああ、その通り。やっぱり芽宮は格好良い。
「流血描写が欲しいとかそういう話じゃなくて。自分が死ぬかも知れない、相手を殺してしまうかも知れない、そういう緊張感、覚悟が格好良いじゃないですか。『女護ヶ島』の姫達は、だから格好良いんだし、わたしはそういう『戦国ワルキューレ』の橘華を演じなきゃいけない、演じたいんです」
「おい、聞いてるか、福地! こういう所だぞ、お前に足りないのは!」
可愛いとか萌えるとかそういう事じゃないんだぞ! ウゼエ、とか言ってないでお前も『格好良く戦う女の子』の良さを理解して目を覚ませ。
「あと芽宮。大丈夫だ。あの時も言ったが、君はちゃんと橘華を演っている」
「はい、そう言ってもらえるのは嬉しいです」
あの時は真っ赤になって喜んでくれたのに、冷静に、さらっと流されたような気がする。慣れたのかな?
「でも、生死がかかってる緊張感って、言うだけなら簡単ですけど、ちゃんと演じきれているがどうかは、わかりませんよね。わたしは平和な世界の高校生なわけで」
芽宮はちゃんと演じていると思うが。まあ、気持ちはわかるけど。
「日常的に生死かけてるんでそういう演技は得意です、っいう役者さんがいるなら、役者やるより前に日常をどうにかした方がいいと思うぞ」
「あはは。それは、そうですね」
「俺だってそんな生きるか死ぬかなんてメには遭った事ないけど、そもそも経験した事だけしか書けないっていうんじゃあ、小説家失格だ。俺は面白ければなんでも書いてやる。
生死が云々、とかを書く時に気をつけているのは、バランス、だな。死ぬかも知れない、殺すかも知れない緊張感と、生命ある時の充足感。ふたつを秤にかけた気分になって、描写でちょうどいいバランスにする」
「ちょうどいい、というのは?」
「ストーリーをシリアスにしたいなら、緊張感の方に傾ける、そっちを重くする。ピンチのシーンの連続で、キャラクターは常にピリピリとしててスピード感のある話になる、でも雰囲気は暗くなるし、暴力的だ、とかは言われ易くなっちゃうだろうな。
逆に充足感の方に傾ければ、明るい雰囲気になる。生死がかかったピンチのシーンもあるけれど、それが逆にスパイスになって生命の充足感がより素晴らしいものに見える、そんな演出だな。
生と、死。そのふたつをどう描くかっていうバランスだよ。
福地の好きな『ガールズ&パンツァー』だって、戦車道だ、なんて言い訳をいないで本当の戦争の話だったとしても、女の子同士わちゃわちゃしながら明るい調子のまま、俺はこれで書ける自信がある」
読みたくないんで書かないでいいっス、とか言ってる。遠慮しなくていいんだぞ?
「わたしはさっきも言いましたけど子供の時に観た『ワンダーウーマン』が好きなんですが、バランスが丁度良いって事なんでしょうか」
俺は芽宮にうなずいてみせる。
「そうだと思うぞ。『アマゾネスの王女が』『閉鎖的な女だけの故郷にうんざりして飛び出す』『外の世界は第一次世界大戦の真っ最中、ヒロインはそれに巻き込まれる』で、力と動機と条件の3つの要素をクリアしている。戦うとめっちゃ強いヒロインが、頭も良くて純粋培養のお嬢様ってのがいいよな。外の世界の戦争の残酷さに驚いて、『戦争を終わらせるために戦う』っていう流れで、悲惨なはずの戦争シーンを格好いいアクションシーンに見せている。丁度いいバランスになっているよな」
芽宮は苦笑い。
「ドイツが悪役過ぎて、ちょっと気の毒になっちゃいますけどね」
「そこはね。特にアメリカにとっては、ヨーロッパでの戦争は、悪い言い方をすれば他人事として、バランスを生に傾けやすいんだと思うよ。これが南北戦争とか、身近な戦争になると、さすがにダーク寄りになる、死に向き合う小説や映画が多いよね。
海を渡って颯爽と駆けつけて味方を救う格好いいアメリカ軍、これは、第一次第二次共通して、戦争もののお約束だ。
西部劇も、日本じゃともかくアメリカではまだお約束として通用するらしいし。使えるお約束がたくさんあって、アメリカ人がちょっと羨ましいよな」
「日本向けのお約束だってたくさんあるじゃないですか。ホラーものとか……」
言いかけて、そこで止まる芽宮。
「待って。そう、女護ヶ島は『ワンダーウーマン』でアマゾネスなんだから、西部劇のお約束は使えないけれど、だから『女護ヶ島』は……そうか、逆なんだ!
センパイ! 『女護ヶ島』は、『水戸黄門』メインの『ワンダーウーマン』載せって言われるけど、逆なんですね!? だって、女戦士だけの島っていう設定で、三つの要素はクリアしてるじゃないですか、女護ヶ島はアマゾネスなんだから。でもヨーロッパの戦争はアメリカ向けだから、代わりに時代劇なんですね。私欲で人々を苦しめる悪者を、主人公達が退治する、『水戸黄門』は殺陣アクションやってもダークにならない、女戦士が格好良く見える。バランスが生に傾いているから」
おお、正解。すごいな、芽宮。と思ったら。
「ひどいです!」
怒られましたよ? なぜだ?
「ハードなミッションだ、俺には書けないとか言ってましたよね? 三つの要素とか、バランスとか、難しい理由を聞いて、どうすればいいいのかわたしも悩んだのに、最初からあるじゃないですか『女護ヶ島』という答えが、書けてるじゃないですか。書けないなんて嘘をついて」
「いや、だから、『復讐のガンガール』は、まだ書けないぞ。なぜ書けないか、どうすれば『格好良く戦う女の子』が書けるか、俺が考えた結果が三つの要素とバランスで。どちらもハードなミッションなのも嘘じゃない。まずそれを芽宮にわかって欲しかったんだ」
「それは、わかりましたけど」
「でも、『女護ヶ島』の『格好良く戦う女の子』ものとしての構造、俺が組み上げた構造をそこまでちゃんと理解してくれて、嬉しいよ。ありがとうな、芽宮」
俺が笑うと、芽宮もばつが悪そうに笑った。
「わたしは。橘華を演じているんですから、わかりますよ。それくらい」
「いやいや、意外とこれが、ちゃんとわかってくれた人って多くないぞ。福地とか『水戸黄門』なんて知らないクセにパクリだとか言うし」
フツー知らないッスよ何十年前ッスか、とか聞こえる。
「『水戸黄門』って、わたしたちの親世代の番組ですもんね。センパイは、『ワンダーウーマン』と『水戸黄門』の組み合わせを思いつくまでどれくらいかかったんですか?」
「んー? けっこう考えたぞ。30分くらい?」
「それは嘘でしょ!? 『水戸黄門』なんてすぐに出て来ませんよ!?」
おいおい、俺の親父のコレクションを甘く見るなよ。時代劇だって網羅している。時代劇もたまーに、ゲストで女剣士が出て来る回があって嬉しかったもんだ。まあ最後は黄門様に「女としての幸せを」とか諭されて戦わなくなっちゃうんだけど。あれはないよな。あ、諭すのは黄門様じゃなくて将軍様の方だったかも知れない。
それはそれとして。
「中学三年生で受験も終わって暇だったときに、『ワンダーウーマン』を日本でやるならどうすればいいか、考えてぱっと浮かんだのが『水戸黄門』だったんだ。弁当食べてたから昼休み、だからだいたい30分なのは間違いない」
「中学生って、それも信じられないんですけど」
「思いついてすぐ書き始めて、だいたい一冊分になったから『小説家になろう』に投稿を始めたのが、ここの入学式の日だから、間違いないぞ」
「書くのも早い! 二ヶ月かかってないじゃないですか。もっとじっくり考えて書いているんだと思ってました」
これもよく言われるんだが驚かれても困る。まあ俺だって、レポートの課題でルネサンス文明史につてA4用紙20枚書けとか言われたら困るが、好きで書いている小説なんだ、タイピングの手が止まらず気がつくと夜が明けていた、なんてのは当たり前にある。
「『小説家になろう』で発表してから、2年半か。いろいろあったから長いような短いような、ヘンな気分だよ」
「わたしは、橘華役になってからちょうど一年くらいですね。映画になってここまで人気が出るなんて、1年前には想像もしてませんでした」
「わかるわー。俺だって実写でドラマにするって言われた時にも驚いたし」
「でも、わかりました。そうやって出来上がった『女護ヶ島』が、『格好良よく戦う女の子』を書きたいセンパイの、原点なんですよね。わたしが聞きたいのは、『戦国ワルキューレ』でその原点が、……ってなんです、センパイ? その手は?」
俺は手の平を芽宮に向けていた。すまんな、だがそれはちょっと先走りすぎだ。
「いや、『戦国ワルキューレ』の話はまだ早い。なぜならば、『女護ヶ島』はまだ完成していないからだ」
「『小説家になろう』で人気になって本になって、それがドラマ化されたんですよね?」
「本になって、って簡単に言うけどさ、これがいろいろあったんだよ。で、芽宮の言う俺の原点、『格好良く戦う女の子』についてもいろいろ考える事があった。だからこれは、話しておかないといけない。
んだけどさ。その前に。腹減らないか?」
福地が手を挙げた。
「じゃ、一番近いココイチでいいッスよね。メニューは希望あります?」
「あ、わたしも行きます」
二年生同士よろしくね宮城ちゃん、と福地。外出ると言えないから、今のうち言っとくけど、オレもちゃんと『戦国ワルキューレ』観てるから。いいよねー橘華。ありがとう福地君、なんて話をしながら二人は出ていく。防音の厚いドアが開いて、熱い空気が一瞬入ってきて、また閉まる。もう9月で、陽も落ちた時間なのにまだ蒸し暑いよな。
「福地に礼言っとけよー」
そりゃ言うさ。俺は後輩をアゴで使って礼も言わない人間じゃないぞ、編集長よ。
「そういう意味じゃなくてさ。宮城君は『戦国ワルキューレ』の話をしたがってるのに、お前は『女護ヶ島』の話ばかりで。たぶん福地は、『布留田先輩も悪気があるわけじゃなくて、あれ、自分の小説の話をしたいだけだから気にしないで』とかフォローしてるぞ、今頃」
「それ、フォローなのか? 『戦国ワルキューレ』が、橘華ってキャラが、どういう経緯でどうやって生まれたか、芽宮が聞きたいのはそういう事だろ? 俺はそれを話しているつもりだが」
「いやだからー……まあ、宮城君の事をちゃんと考えているなら、それでいい、のかなー?」
俺的には、福地がそこまで考えられる男だったってのが意外だ。頼もしいじゃないか、福地。
なんて。
その時は、のんきにそんな事を考えていたんだ。
芽宮はもどかしげだ。無意味に人差し指で環を描くような仕草。言葉を探している感じ。
「それは、西部劇のお約束? みたいなもので」
その通り。
「そう。西部劇の、な。福地。西部劇って見た事ある?」
「ないっスね。俺の爺さんとか、そういう世代の映画じゃないスか」
新作、ないしな。たまーに、お昼のロードショーとか、名画座系のシアターでリバイバル特集とかやるくらい?
「芽宮は役者だから、勉強のために昔の名作とか観た中に西部劇もあったんだろう?」
「はい」
「福地はさ、ミステリーが大好きなんだ。小説でも映画でもマンガでも。だから、犯人が人を殺しても別に気にしない。無法だけど、探偵役が毎回毎回事件に出くわすなんてありえないけど、ミステリーのお約束だって知っているから。
でも、西部劇のお約束は知らない。だから、『復讐のガンガール』は面白そうと思えない。そういう事だ。
あ、あと、可愛い女の子がたくさん出て来てわちゃわちゃする話も別口で好きらしい。だから『女護ヶ島』は面白いって言ってた」
「最後の情報、今必要ッスか?」
福地がなんかボヤいているが、言ったじゃん、お前。俺はちゃんと覚えてるぞ。
「もちろん、福地が挙げたような問題には全部答えがある。開拓時代のアメリカは、通信手段が発達してなくて、法執行機関の手が足りないから、中央の目が届かない地方や、開拓の最前線は実際、悪人共がやりたい放題の無法地帯だった。だから、保安官ってのはただのお巡りさんじゃない。今で言う警察と、裁判所、なんなら町の行政まで任せられていたりする。だから、町を守るために、盗賊団の女ボスひとりを見逃す、なんて決断もしなくちゃいけない事もあるだろうし、その権限も持っている。
そして主人公も、法には頼らずに復讐を決意する。『盗賊団を発見しました、女ボスに保安官の父が殺されました』なんて通報したとしても、手紙くらいしか通信手段はないから、返事が返ってくるのはいつになるかわからない。返ってこなくても文句は言えない。返ってきたとしても『代わりの保安官を派遣したいけど手が足りないんでそっちでなんとかしろ』くらいじゃないかな。だから、自分で出来る事を自分でやるしかない、それが復讐って事だ。
芽宮も、福地にそういう事を言いたかったんだろ?」
「そう、そうです、けど。……具体的にちゃんと説明しようとすると、長くてややこしいですね、お約束って」
「だろ? お約束ってのは、知ってる人相手には便利だけど、知らない人にとってはハードルになる。知らない人でもわかるように、楽しめるように作っているつもりでも、どこかでお約束に頼ってしまう部分は残ったりもする。
西部劇は、今はマイナーなジャンルになってしまった。お約束を知っている人も少ないって事だ。知らない人にも楽しめるように、頑張ってはみたんだが、手強すぎた。
これが、『復讐のガンガール』を俺が書けなかった理由のひとつめ。西部劇のお約束を、知らない人相手に書くというのはとんでもなくハードなミッションで、今の俺にはムリだった」
「ムリでしたか」
悲しそうな芽宮。そんなに読みたかったか『復讐のガンガール』。書けなくてごめんな。でもムリなんだよ。だってさあ。
「そもそもさ、『格好良く戦う女の子』を書く事そのものが、ハードなミッションなんだよ。これがふたつめの理由。
女の子は、普通戦わない。格好良いよりは可愛いのが普通だ。普通それはどっちも男の役割だから。その普通をひっくり返して女の子が戦う、女の子が戦って格好良い面白さってのは逆転の面白さなんだ。
逆転のためには女の子が男からその役割を奪って、それを他人にも認めさせなくちゃいけない。役割をひっくり返す説得力が必要だ。それだけの力が、それだけの動機が、それを認めさせる社会的条件が、女の子には求められる。
『復讐のガンガール』の場合、力ってのは西部劇における法である銃であり、一年間の特訓だ。動機は、親が殺された復讐。社会的条件は、そこが一種の無法地帯であって、法にも他人にも頼れないから。
『格好良く戦う女の子』のために必要なのは、力と、動機と、条件。普通をひっくり返すためには、この3つの要素を絶対に揃えなくちゃいけない。福地みたいに五月蠅い奴でも文句をつけようのない、パーフェクトな3つを」
「そこで俺の名前使わないでほしいっスね」
注文の多い福地。
「今、五月蠅いのは俺じゃなくてあれでしょ。暴力的とか子供が真似したらどうとか。ましてや女の子が戦う、場合によっちゃ殺しちゃう、なんて、ちゃんと言い訳つけとかないと何言われるかわかんないっスよ」
あ、良い事も言うじゃないか福地。
「うん、それもハードなミッションになっている理由のひとつだな。プリキュアも『格好良く戦う女の子』要素が弱くなっちゃったし」
「プリキュア?」
「そう。『戦国ワルキューレ』と同じ東映の、あっちは東映アニメーションだけど、日曜日の」
「幼稚園のとき観てましたけど。ちゃんと、女の子が格好良く戦っていましたけど」
10年ちょい前として。9作目か10作目かな。
「実はプリキュア、最初の3作目辺りまでは、もっと過激に殴ったり蹴ったりしてたんだ。男の子向けバトルものまんまのノリで」
もちろん俺もリアルタイムで知ってるわけじゃない。そういう評判をネットで知って動画配信で観た。うん、確かに過激だった。マッチョな敵キャラが、さすがに顔は殴らないが、その代わりでもないんだろうが容赦なく女の子に腹パンしてくるし。三作目のラストなんて、寝返った敵キャラふたり、もちもんどっちも女の子な、も加わって四人でボスキャラに挑む、んだが。このボスキャラがもう強い強い、女の子四人がかりで飛んで跳ねながらパンチキック、手からビームみたいなものまで出しても全然効かない、四人の女の子は返り討ちにされてぼろぼろになって、それでも諦めない! みんなのために! で立ち上がるシーンとかもう俺は、手には汗、目から涙だよ。でも女の子は別の意味で泣くんじゃないか?とは思った。
「それは今も……違うか、パンチとかキックとか、確かに、あんまりしてなかったかも? ちょっと記憶が定かじゃないんですけど」
「変わっちゃった理由については、ネットのコラムかなんかで読むと、福地の言うように、暴力的だ、とか抗議があったとか、いやいやスタッフの自主規制だとかいろいろあるけど、なんにしても四年目くらいからはかなり大人しい描写になっちゃったんだとさ。ムスメのプリキュアごっこで悪役やらされて怪我したお父さんからもクレームが入ったからなんて説もあるけど、あのアクションをごっこで出来るムスメさんがいるなられはそれですごいよな」
「何に感心してるんですか」
「まあ、そんな感じで、プリキュアも最初は、妖精か何かの力を借りて身体能力がパワーアップする、みたいな描写だったけど、パンチキック以外のミラクルなパワーを強調するようになってそれで戦うのがメインになった、と。それが福地の言う、言い訳になってるわけだ」
「『NieR:Automata』だと」
編集長がゲーム画面を見せてくる。それをプレイしていたのか。
「主人公、人間じゃないしなー。見た目は女の子だけど、人造の人型兵器、地球を占領した機械生命体を滅ぼすために戦いながら、自分が造られた目的と存在する意味、自我について悩み始める、そういう感じ。うん、戦うための力と動機、条件、だったっけ? その3つの要素をこうやって整えているんだなー。ついでに、言い訳もできる。『いや女の子に見えるけど違うんですよー、相手も機械だから殺してるんじゃなくて壊してるんですよー』みたいに」
「味方や敵を人間じゃなくしちゃうってのは、実に便利な手だよ。見た目は可愛い女の子、というのが実にあざとい。あ、良い意味でな。
ゲームで上手いな、と思ったのはもう1本、『スプラトゥーン』だな。キャラは格好良い、とはちょっと違う可愛いタイプだけど、基本はガンシューティングだからぶっちゃけ人を撃って殺すゲーム、可愛いキャラとは相性が悪いはずだ。でも、銃弾の代わりにインクを撃って敵を倒したり、陣地を広げていくゲームだろ? あれで、人を殺すのに抵抗がある人でもプレイできるガンシューティングになった、キャラクターが可愛い女の子でも問題がなくなった。
あとは、福地、お前の好きな、女の子がたくさん出て来て戦車で戦うアニメ」
「『ガールズ&パンツァー』っスね」
「あれは戦車道って架空のスボーツを設定する事で、3つの要素をクリアしている。戦車で戦うけど試合、ゲームだから勝っても負けても人は死なない、そういう言い訳だよな」
「まあ、俺はそれで良いんスけど」
福地は俺と芽宮に向かって首をかしげてみせる。
「『ガールズ&パンツァー』も『格好良く戦う女の子』としてOKなら、女の子主人公のスポーツものも『格好良く戦う女の子』でいいんスか? だったらそういうのは一杯あるし、殺さなくて良いんだから力だ動機だ条件だなんてのも簡単にクリアできるから書くのも楽だと思うんスけどね」
おお、福地、冴えてるな。そういう観点が欲しかった。
「芽宮は、どう思う? スポーツものを『格好良く戦う女の子』ものとして楽しめるか?」
「センパイ、わかってて訊いていますよね。
福地君も間違ってるわけじゃないですけど、でも、ゲームじゃあ駄目なんです。人間じゃないからOKとかの言い訳もあまり好きじゃありません。わたしは、傷つけば血も流れる生身の女の子が戦うのが、格好良いと思うんです」
ああ、その通り。やっぱり芽宮は格好良い。
「流血描写が欲しいとかそういう話じゃなくて。自分が死ぬかも知れない、相手を殺してしまうかも知れない、そういう緊張感、覚悟が格好良いじゃないですか。『女護ヶ島』の姫達は、だから格好良いんだし、わたしはそういう『戦国ワルキューレ』の橘華を演じなきゃいけない、演じたいんです」
「おい、聞いてるか、福地! こういう所だぞ、お前に足りないのは!」
可愛いとか萌えるとかそういう事じゃないんだぞ! ウゼエ、とか言ってないでお前も『格好良く戦う女の子』の良さを理解して目を覚ませ。
「あと芽宮。大丈夫だ。あの時も言ったが、君はちゃんと橘華を演っている」
「はい、そう言ってもらえるのは嬉しいです」
あの時は真っ赤になって喜んでくれたのに、冷静に、さらっと流されたような気がする。慣れたのかな?
「でも、生死がかかってる緊張感って、言うだけなら簡単ですけど、ちゃんと演じきれているがどうかは、わかりませんよね。わたしは平和な世界の高校生なわけで」
芽宮はちゃんと演じていると思うが。まあ、気持ちはわかるけど。
「日常的に生死かけてるんでそういう演技は得意です、っいう役者さんがいるなら、役者やるより前に日常をどうにかした方がいいと思うぞ」
「あはは。それは、そうですね」
「俺だってそんな生きるか死ぬかなんてメには遭った事ないけど、そもそも経験した事だけしか書けないっていうんじゃあ、小説家失格だ。俺は面白ければなんでも書いてやる。
生死が云々、とかを書く時に気をつけているのは、バランス、だな。死ぬかも知れない、殺すかも知れない緊張感と、生命ある時の充足感。ふたつを秤にかけた気分になって、描写でちょうどいいバランスにする」
「ちょうどいい、というのは?」
「ストーリーをシリアスにしたいなら、緊張感の方に傾ける、そっちを重くする。ピンチのシーンの連続で、キャラクターは常にピリピリとしててスピード感のある話になる、でも雰囲気は暗くなるし、暴力的だ、とかは言われ易くなっちゃうだろうな。
逆に充足感の方に傾ければ、明るい雰囲気になる。生死がかかったピンチのシーンもあるけれど、それが逆にスパイスになって生命の充足感がより素晴らしいものに見える、そんな演出だな。
生と、死。そのふたつをどう描くかっていうバランスだよ。
福地の好きな『ガールズ&パンツァー』だって、戦車道だ、なんて言い訳をいないで本当の戦争の話だったとしても、女の子同士わちゃわちゃしながら明るい調子のまま、俺はこれで書ける自信がある」
読みたくないんで書かないでいいっス、とか言ってる。遠慮しなくていいんだぞ?
「わたしはさっきも言いましたけど子供の時に観た『ワンダーウーマン』が好きなんですが、バランスが丁度良いって事なんでしょうか」
俺は芽宮にうなずいてみせる。
「そうだと思うぞ。『アマゾネスの王女が』『閉鎖的な女だけの故郷にうんざりして飛び出す』『外の世界は第一次世界大戦の真っ最中、ヒロインはそれに巻き込まれる』で、力と動機と条件の3つの要素をクリアしている。戦うとめっちゃ強いヒロインが、頭も良くて純粋培養のお嬢様ってのがいいよな。外の世界の戦争の残酷さに驚いて、『戦争を終わらせるために戦う』っていう流れで、悲惨なはずの戦争シーンを格好いいアクションシーンに見せている。丁度いいバランスになっているよな」
芽宮は苦笑い。
「ドイツが悪役過ぎて、ちょっと気の毒になっちゃいますけどね」
「そこはね。特にアメリカにとっては、ヨーロッパでの戦争は、悪い言い方をすれば他人事として、バランスを生に傾けやすいんだと思うよ。これが南北戦争とか、身近な戦争になると、さすがにダーク寄りになる、死に向き合う小説や映画が多いよね。
海を渡って颯爽と駆けつけて味方を救う格好いいアメリカ軍、これは、第一次第二次共通して、戦争もののお約束だ。
西部劇も、日本じゃともかくアメリカではまだお約束として通用するらしいし。使えるお約束がたくさんあって、アメリカ人がちょっと羨ましいよな」
「日本向けのお約束だってたくさんあるじゃないですか。ホラーものとか……」
言いかけて、そこで止まる芽宮。
「待って。そう、女護ヶ島は『ワンダーウーマン』でアマゾネスなんだから、西部劇のお約束は使えないけれど、だから『女護ヶ島』は……そうか、逆なんだ!
センパイ! 『女護ヶ島』は、『水戸黄門』メインの『ワンダーウーマン』載せって言われるけど、逆なんですね!? だって、女戦士だけの島っていう設定で、三つの要素はクリアしてるじゃないですか、女護ヶ島はアマゾネスなんだから。でもヨーロッパの戦争はアメリカ向けだから、代わりに時代劇なんですね。私欲で人々を苦しめる悪者を、主人公達が退治する、『水戸黄門』は殺陣アクションやってもダークにならない、女戦士が格好良く見える。バランスが生に傾いているから」
おお、正解。すごいな、芽宮。と思ったら。
「ひどいです!」
怒られましたよ? なぜだ?
「ハードなミッションだ、俺には書けないとか言ってましたよね? 三つの要素とか、バランスとか、難しい理由を聞いて、どうすればいいいのかわたしも悩んだのに、最初からあるじゃないですか『女護ヶ島』という答えが、書けてるじゃないですか。書けないなんて嘘をついて」
「いや、だから、『復讐のガンガール』は、まだ書けないぞ。なぜ書けないか、どうすれば『格好良く戦う女の子』が書けるか、俺が考えた結果が三つの要素とバランスで。どちらもハードなミッションなのも嘘じゃない。まずそれを芽宮にわかって欲しかったんだ」
「それは、わかりましたけど」
「でも、『女護ヶ島』の『格好良く戦う女の子』ものとしての構造、俺が組み上げた構造をそこまでちゃんと理解してくれて、嬉しいよ。ありがとうな、芽宮」
俺が笑うと、芽宮もばつが悪そうに笑った。
「わたしは。橘華を演じているんですから、わかりますよ。それくらい」
「いやいや、意外とこれが、ちゃんとわかってくれた人って多くないぞ。福地とか『水戸黄門』なんて知らないクセにパクリだとか言うし」
フツー知らないッスよ何十年前ッスか、とか聞こえる。
「『水戸黄門』って、わたしたちの親世代の番組ですもんね。センパイは、『ワンダーウーマン』と『水戸黄門』の組み合わせを思いつくまでどれくらいかかったんですか?」
「んー? けっこう考えたぞ。30分くらい?」
「それは嘘でしょ!? 『水戸黄門』なんてすぐに出て来ませんよ!?」
おいおい、俺の親父のコレクションを甘く見るなよ。時代劇だって網羅している。時代劇もたまーに、ゲストで女剣士が出て来る回があって嬉しかったもんだ。まあ最後は黄門様に「女としての幸せを」とか諭されて戦わなくなっちゃうんだけど。あれはないよな。あ、諭すのは黄門様じゃなくて将軍様の方だったかも知れない。
それはそれとして。
「中学三年生で受験も終わって暇だったときに、『ワンダーウーマン』を日本でやるならどうすればいいか、考えてぱっと浮かんだのが『水戸黄門』だったんだ。弁当食べてたから昼休み、だからだいたい30分なのは間違いない」
「中学生って、それも信じられないんですけど」
「思いついてすぐ書き始めて、だいたい一冊分になったから『小説家になろう』に投稿を始めたのが、ここの入学式の日だから、間違いないぞ」
「書くのも早い! 二ヶ月かかってないじゃないですか。もっとじっくり考えて書いているんだと思ってました」
これもよく言われるんだが驚かれても困る。まあ俺だって、レポートの課題でルネサンス文明史につてA4用紙20枚書けとか言われたら困るが、好きで書いている小説なんだ、タイピングの手が止まらず気がつくと夜が明けていた、なんてのは当たり前にある。
「『小説家になろう』で発表してから、2年半か。いろいろあったから長いような短いような、ヘンな気分だよ」
「わたしは、橘華役になってからちょうど一年くらいですね。映画になってここまで人気が出るなんて、1年前には想像もしてませんでした」
「わかるわー。俺だって実写でドラマにするって言われた時にも驚いたし」
「でも、わかりました。そうやって出来上がった『女護ヶ島』が、『格好良よく戦う女の子』を書きたいセンパイの、原点なんですよね。わたしが聞きたいのは、『戦国ワルキューレ』でその原点が、……ってなんです、センパイ? その手は?」
俺は手の平を芽宮に向けていた。すまんな、だがそれはちょっと先走りすぎだ。
「いや、『戦国ワルキューレ』の話はまだ早い。なぜならば、『女護ヶ島』はまだ完成していないからだ」
「『小説家になろう』で人気になって本になって、それがドラマ化されたんですよね?」
「本になって、って簡単に言うけどさ、これがいろいろあったんだよ。で、芽宮の言う俺の原点、『格好良く戦う女の子』についてもいろいろ考える事があった。だからこれは、話しておかないといけない。
んだけどさ。その前に。腹減らないか?」
福地が手を挙げた。
「じゃ、一番近いココイチでいいッスよね。メニューは希望あります?」
「あ、わたしも行きます」
二年生同士よろしくね宮城ちゃん、と福地。外出ると言えないから、今のうち言っとくけど、オレもちゃんと『戦国ワルキューレ』観てるから。いいよねー橘華。ありがとう福地君、なんて話をしながら二人は出ていく。防音の厚いドアが開いて、熱い空気が一瞬入ってきて、また閉まる。もう9月で、陽も落ちた時間なのにまだ蒸し暑いよな。
「福地に礼言っとけよー」
そりゃ言うさ。俺は後輩をアゴで使って礼も言わない人間じゃないぞ、編集長よ。
「そういう意味じゃなくてさ。宮城君は『戦国ワルキューレ』の話をしたがってるのに、お前は『女護ヶ島』の話ばかりで。たぶん福地は、『布留田先輩も悪気があるわけじゃなくて、あれ、自分の小説の話をしたいだけだから気にしないで』とかフォローしてるぞ、今頃」
「それ、フォローなのか? 『戦国ワルキューレ』が、橘華ってキャラが、どういう経緯でどうやって生まれたか、芽宮が聞きたいのはそういう事だろ? 俺はそれを話しているつもりだが」
「いやだからー……まあ、宮城君の事をちゃんと考えているなら、それでいい、のかなー?」
俺的には、福地がそこまで考えられる男だったってのが意外だ。頼もしいじゃないか、福地。
なんて。
その時は、のんきにそんな事を考えていたんだ。
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