Ⅲ 小説のメソッド、商業出版、カテエラの罠! ……出版社のお仕事は売れる本を作る事ではない!?
【前編】
芽宮と福地が戻って来て感謝と精算、ココイチのカツカレーの安定した旨さ。ほぼ1000円はちょっと高い気もするが、今の俺は『女護ヶ島』を買ってくださる皆様のおかげでお金には困っていない。これくらいの贅沢は許されるだろう。
「さて、『戦国ワルキューレ』の話を早く始めたい芽宮には申し訳ないんだが、その前に、俺の師匠の話をしておかなくちゃいけない」
「師匠、センパイのセンセイって事ですか? 小説家としての?」
芽宮は真面目な顔を聞いてくれる。怒ってない、よな? どうだ編集長、俺にだって他人の顔色をうかがうことくらいできるんだぞ。
「そうなるかな。小説家としてだけじゃなくて、『戦国ワルキューレ』、メディアミックス化のときもいろいろとアドバイスをもらった。師匠って言うよりか、恩人とか、そういう感じ? 本人をそう呼ぶと怒るけど。俺はGさんと呼んでいる」
「爺さん? お年を召した方なんですか?」
「アルファベットでGな。年齢は、どうなんだろう? 声の感じからはそんなお年寄りって感じじゃないけどな。会ったことないし、年齢を聞いたこともないからなー」
「会ったことないのに、師匠、なんですか?」
「『復讐のガンガール』をもう一度見たくて、親父に聞いても知らなくて、どうすりゃいいんだっ! ってなってたら、親父がメアド教えてくれたんだ。自分より映画や小説に詳しい、Gさんって大先輩がいるって。メールのやりとりから始まって、なぜか気に入られて電話で話すようになったけど、会ったことはないんだよな。
Gさんはいろいろ調べてくれたけど『復讐のガンガール』は見つからなくて。でも、この映画じゃなかったか? この小説にも『格好良く戦う女の子』は出て来るぞ? このマンガも面白いぞ、とかいろいろ教えてくれて、その話で盛り上がって。俺が、昔の本や映画に詳しいのは、親父のコレクションのおかげが半分と、Gさんのおかげが半分なんだよな」
「小学生だろ、その頃? 子供の話に付き合ってくれるなんて、暇なのかその人?」
編集長がミもフタもないことを言った。
「親父の大先輩で、親父が今45歳、最初の『ウルトラマン』とか、リアルタイムで観たって言ってたテレビや映画の話からすると、とっくに定年退職してるんじゃないかな。で、多分だけど、でかい出版社で編集の仕事をやってたっぽい。書いたり創ったりするんじゃなくて、それをプロデュースする側。作品を評価する時の立ち位置が、そっち側でさ。面白いウラ話ばっかりで楽しくて、俺も読んだ本の感想とか、背伸びしてブンセキっぽく語ったりすると、それも面白そうに聞いてくれて。今思い出すと恥ずかしいこともあるけど、お世話になったよ。
で、さっき言った、俺が書いた『復讐のガンガール』の小説。読んでもらったんだ。とんでもなく詰まらないシロモノ。でも、あの時の俺は、そんな風に思ってなかった。自分の中にあるものを表現できた、と思ってた。俺って実はスゴいんじゃ? とか思ってた。まだ中一だったしな、文庫一冊分くらいを書き上げたガキがそう思っても仕方ない、と思ってくれよ。
その時、Gさんが言ったことは今でも覚えてる。あれが俺を変えてくれた。今の俺を造ってくれたと言っても過言じゃない」
そう、忘れられない、忘れるわけがない、あれがなければ、『女護ヶ島』も『戦国ワルキューレ』も生まれていない。だから、ちゃんと全部、芽宮に伝えないといけない。
そこまで語った俺の前で、突然。
芽宮が胸を押さえてうつむいたので、俺は驚いた。
「どっ……どうした、芽宮!?」
ああ、ひょっとして。
「ココイチカレー、口に合わなかったとか?」
「違います! けど」
心なしか呼吸が荒い。大丈夫なのか、芽宮?
「その、Gさんの言葉が、キツ過ぎて、わたしが責められているようで、だから、辛くて、胸が、痛くて」
両手で顔を覆ってしまう。
「わたしが、撮影の度にカントクから怒鳴られてるのとおんなじで。独り善がりな演技をするな! とか。そう、おんなじなんです。
わたしも。わたしの演技を、カントクがハンディカムで撮って。カメラに付いてるモニターでわたしに見せて。読み返してみろって言われたセンパイとおんなじなんです。それで、カントクは言うんですよ。
こんなんで伝わってると思うな! とか、プロだったら少しは考えろ、あーアマチュア気分はこれだから、とか! わたしだって、センパイだって頑張ってるのに!
でも、撮った絵は正直で。その通りなんです。わたしの演技は独り善がりで、何も伝わってない。それはわかるんです。でも、わかったからってどうすればいいんですか、わたしは!?」
カントクー。相手は女の子なんだから、もうちょっとな、言い方にはな、気を遣った方がいいと思うぞ、俺は。
「わたしは、いいんです。でも、センパイは。『女護ヶ島』を書けるじゃないですか! いいじゃないですか、面白いじゃないですか、伝わってますよ、センパイの頭の中! なのに、そんな言い方、ひどいです」
「ありがとうな」
本当、そう思う。芽宮は相手の気持ちになれる、自分の気持ちを的確に相手に伝えられる、それだけですごいことだと思うよ。
「でもさ、今の話は、中1のときの俺の話で、その時に書いた『復讐のガンガール』はホント、ひどいデキだったんだ。芽宮の読んだ『女護ヶ島』とは別物だ。だから、Gさんはひどくない。あと、たぶんだけど、カントクも」
「それって」
芽宮が、そっと顔を上げた。眼が、潤んでいる? 泣いてた!?
「中学生のセンパイがGさんから怒鳴られているのと同じようにわたしがカントクから怒鳴られているという事は、わたしの演技が中学生並みだという事で」
「もちろん違う!」
カントク用語で言うならば、「こじらせている」って事になるのか、これは!? さっきから、隣に座った編集長が背中をつんつんとつついてきいている。わかってるよ、ちゃんと芽宮の事は考えてしゃべってるから! もう、つつくな!
「俺が書いた『復讐のガンガール』の小説は! それだけひどかったという事だ! 俺自身だって、今読み返すと、つーかそもそも読み返さない。ひど過ぎて自分でもイヤになるから。芽宮の演技がどうこうなんて、比べてない。カントクが何を言ったのかは知らないけど、俺は、芽宮の演技はカンペキだと思ってる。本当に」
「でも、やっぱりキツいんです。ああまで言われたら、あんなに厳しいことを言われているのに、役者を続けるなんて、フツーは出来ないと思うんです。わたしは、頑張ってるつもりですけど、それでもキツいんです。センパイもキツかったんでしょう? わかりますよ、他人事ながら聞いていて、わたしもキツかったんですから。そんなにキツいのに、どうしてセンパイは、キツいまま続けようと、また書こうと思って、ちゃんと書いて、『女護ヶ島』を書きあげたんですか?」
あ、それ、訊いちゃう? ちょっと言いにくいんだけどな。芽宮が真剣だから、嘘はつけないよな。
「とりあえず続きを聞いてくれ。そしたらわかるから」
「それが、プロとしての意見?」
『そうだ。お前が望むから付き合ってやったんだ。文句を言うなよ?』
「言わないよ。言わないけどさ、キッツいなぁ。容赦なさ過ぎだよね? でも、これじゃ伝わらないってのは本当だって、自分でもわかるから、余計にキツい、もう、グサグサ来るよ。
胸の辺りがさ、物理的に痛くてさ。言葉ってさ、刺さるんだな。小説ではそういう描写を読んだことあるけど、本当にこうなるんだな。こんなの初めてだよ、Gさん」
『それが言葉の力だ。ひとつ利口になったな』
「うん。それともうひとつ、わかった事があるよ。ヒイロンがピンチになった時の気分」
『何だって?』
「よくあるじゃん、戦うヒロインがさ、手強い敵にやられて、傷だらけになって、負けそうになって、服とかも破けてちょっとエッチな格好になってさ、絶望しかけるようなシーン。俺も、Gさんの言葉にグサグサ刺されてさ、満身創痍、反論も出来ずに大ピンチ、って状況なわけでさ」
『何でそこで戦うヒロインになるんだ? ヒーローのピンチじゃないか普通は』
「そこはほら、俺が好きなのは『格好良く戦う女の子』だから。それにさ、男の俺が、ヒロインと同じ気持ちを体験しているって考えたらさ、こう、倒錯的って言うの? ドキドキしてきちゃってさ、そうしたら、痛いのは変わらないんだけど、俺はヒロイン、って考えちゃうとさ、なんか、その痛みがさ、キモチいいんだよなあ。
ぶっちゃけ、チンコ勃った」
「……って言ったらさ、Gさんが大笑いして。俺も笑った、笑うしかないよな? だからさ、気の持ちようというか、って、痛て痛て痛て痛てえよ編集長! 力入れすぎ! なんで背中叩く!?」
「痛いのが気持ちいいんだろぉーっ!! バカだろ、お前ぇぇっ!! バカなんだな!? いい加減にしろよふざけるのも!!」
「布留田先輩……チンコはないっしょ、頭ン中、小学生ッスか?」
「中学生の時の話だよ!」
副編集長が、いつものドライな調子で芽宮に謝っている。ごめんなさいね、異性のわたしがいても、この三人はいつもこんな感じでバカ話をしているの。その時ちゃんと注意しておけば良かったわね。お客さんがいるのに、いえ、わたしの仕事も男優さんはこんな感じですから、と芽宮。
「まあ、そういう感じで」
仕切り直す。
「要するにさ、開き直る、とかじゃなくて、自分を客観視して批判をしっかり受け止める、みたいな感じで、俺はGさんの試練に耐えて、書き続けることを選んだんだ。わかってくれたかな?」
「センパイには、それがついてるかもしれませんがわたしにはついてないのでわからない部分もありますが」
副編集長のドライな調子がうつったか、芽宮の声の温度も下がっている。冷静になってくれたようで良かった、よな?
「わかったことにします。それで、どうなったんですか?」
「うん、ここからがまた、大事なところなんだ」
Gさんとふたりして大笑いして、改めて、冷静になって考える。
Gさんはこんなものは小説じゃない、と言った。俺もそう思う。でも、俺は小説を書きたい。そのためにまず、足りないものは何だ? Gさんの言った事を思い出せ。
「さて、『戦国ワルキューレ』の話を早く始めたい芽宮には申し訳ないんだが、その前に、俺の師匠の話をしておかなくちゃいけない」
「師匠、センパイのセンセイって事ですか? 小説家としての?」
芽宮は真面目な顔を聞いてくれる。怒ってない、よな? どうだ編集長、俺にだって他人の顔色をうかがうことくらいできるんだぞ。
「そうなるかな。小説家としてだけじゃなくて、『戦国ワルキューレ』、メディアミックス化のときもいろいろとアドバイスをもらった。師匠って言うよりか、恩人とか、そういう感じ? 本人をそう呼ぶと怒るけど。俺はGさんと呼んでいる」
「爺さん? お年を召した方なんですか?」
「アルファベットでGな。年齢は、どうなんだろう? 声の感じからはそんなお年寄りって感じじゃないけどな。会ったことないし、年齢を聞いたこともないからなー」
「会ったことないのに、師匠、なんですか?」
「『復讐のガンガール』をもう一度見たくて、親父に聞いても知らなくて、どうすりゃいいんだっ! ってなってたら、親父がメアド教えてくれたんだ。自分より映画や小説に詳しい、Gさんって大先輩がいるって。メールのやりとりから始まって、なぜか気に入られて電話で話すようになったけど、会ったことはないんだよな。
Gさんはいろいろ調べてくれたけど『復讐のガンガール』は見つからなくて。でも、この映画じゃなかったか? この小説にも『格好良く戦う女の子』は出て来るぞ? このマンガも面白いぞ、とかいろいろ教えてくれて、その話で盛り上がって。俺が、昔の本や映画に詳しいのは、親父のコレクションのおかげが半分と、Gさんのおかげが半分なんだよな」
「小学生だろ、その頃? 子供の話に付き合ってくれるなんて、暇なのかその人?」
編集長がミもフタもないことを言った。
「親父の大先輩で、親父が今45歳、最初の『ウルトラマン』とか、リアルタイムで観たって言ってたテレビや映画の話からすると、とっくに定年退職してるんじゃないかな。で、多分だけど、でかい出版社で編集の仕事をやってたっぽい。書いたり創ったりするんじゃなくて、それをプロデュースする側。作品を評価する時の立ち位置が、そっち側でさ。面白いウラ話ばっかりで楽しくて、俺も読んだ本の感想とか、背伸びしてブンセキっぽく語ったりすると、それも面白そうに聞いてくれて。今思い出すと恥ずかしいこともあるけど、お世話になったよ。
で、さっき言った、俺が書いた『復讐のガンガール』の小説。読んでもらったんだ。とんでもなく詰まらないシロモノ。でも、あの時の俺は、そんな風に思ってなかった。自分の中にあるものを表現できた、と思ってた。俺って実はスゴいんじゃ? とか思ってた。まだ中一だったしな、文庫一冊分くらいを書き上げたガキがそう思っても仕方ない、と思ってくれよ。
その時、Gさんが言ったことは今でも覚えてる。あれが俺を変えてくれた。今の俺を造ってくれたと言っても過言じゃない」
そう、忘れられない、忘れるわけがない、あれがなければ、『女護ヶ島』も『戦国ワルキューレ』も生まれていない。だから、ちゃんと全部、芽宮に伝えないといけない。
「読んだ?」
Gさんが電話に出るなり、俺は訊いていた。それだけ気が急いていたんだな。
『読んだぞ』
「どうだった? 面白かった? ちゃんと書けてたかな?」
『まあ焦るな』
Gさんの声は笑いを含んでいた。
『まず選べ。お前が欲しいのはどちらか。友達としての意見か、プロとしての意見か、どちらだ?』
「……意味がわからないけど。何が違うの、それ?」
『まったく違うぞ。では言い方を変えよう。お前は、何のためにこれを、『復讐のガンガール』を書いたんだ?』
「それは」
俺はちょっと考える。
「俺が観たはずの『復讐のガンガール』が、本当じゃなかったから、本当にしたかった、俺の中にあるものを、俺の手で形にしかったから、だから書いた」
『そうか。で、書いてどう思った? 本当になったか? 形になったか? お前の『復讐のガンガール』は?』
「だって俺は、ちゃんと書いたよね? 文庫一冊。本当になったじゃないか、形になってるじゃないか。ねえ、ちゃんと読んでくれた?」
『もちろん読んださ。うん、本当になったな。お前はやりたいことをやったわけだ。13歳でこれができれば大したもんだ。お前は、自分のやりたかったことを成し遂げた。頑張ったじゃないか』
からかっている感じじゃない。Gさんは褒めてくれている。それはわかったけど、俺は、違う、と感じていた。俺が聞きたいのは、これじゃない。
「話の流れからするとさ、それは、友達としての意見ってことだよね?」
『聡いじゃないか。その通りだ』
「俺は」
次の一言を言うには、ちょっと勇気が必要だった。
「プロとしての意見が聞きたい」
なのに、Gさんは。
『それはできないな』
突き放された、そう思って俺はムキになる。
「なんでだよ! 俺がガキだから!? プロじゃないから!?」
『全く違う。お前が選んだんだ。お前は言ったよな? 書きたいから書いた、形になった、と。その前提で求められているのは、友達としての意見だと判断できる。いいか、お前が選んだんだ。
その通り、形になったんだ。だったらそれでいいじゃないか。やりたいことができたんだから、それで満足できるじゃないか。頑張ったじゃないか。友達として、それを評価している』
なるほど? なるほど。そうか。
「わかったよ、Gさん。なんか、試されている感じがするよ。その、覚悟みたいなもんをさ」
『かも知れないな』
「じゃあ、もう一度、質問してくれるかな。2番目の奴で」
『本当に? 本心から言っているのか?
言っておくが、止めるなら今だぞ? ここから先は、もう引き返せない。読んで、楽しい、書いて、楽しい。それでいいじゃないか。いいか、ここから先は、違うんだ。そう、ルールが変わる。お前が期待しているようなものじゃないかも知れないぞ。
永斗。お前とは友達でいたいと思っているんだ。お前が高校生になったら、それでも早い気がするが、プロとして付き合うのも面白いかも知れない。だが、今はこれでいいじゃないか。楽しく、本や映画で笑ったり泣いたりしてればいいじゃないか』
そうかもしれない、とも思った。でも俺はその時、ガキとしては精一杯の強がりをして、はは、と笑って見せた。
「そんなの、もう、全然面白くないよ。飽きた。だから、もう一度質問してよ、Gさん。それが答え合わせなんだろ?」
『そうか。じゃあ、もう一度聞くぞ。
お前は、何のためにこれを、『復讐のガンガール』を書いたんだ?』
「俺は」
さあ、言うぞ。
「俺の中にある『復讐のガンガール』の面白さを、『格好良く戦う女の子』を、手に汗握る興奮を、ちょっぴりエロくて最後にもの悲しい、それを全部、みんなに伝えたい、だから書いた、読んだ人みんなが、俺のドキドキハラハラを感じてくれるように書いたんだ、だから、形にだけなっても意味がない、みんなに読んで欲しい、読んで、面白かったと言って欲しい」
『そうか、そうか。お前が選んだんだものな。ちょっと残念な気がするが、お前がそう望むのなら、付き合うよ。
形にだけなっても意味がない? わかってるじゃないか、その通りだ。これは形だけだ、形だけ小説っぽい形になっているだけだ、何の意味もない。
みんなに読んで、わかって欲しかった? 面白かったと言って欲しい? 本当にそう思って書いたのか、これを? これがそうなっていると、本気で思っているとしたら、呆れるな。始まってすらいない、まず、読んでもらえない。読んでもらいたかったら、こんなものにはならない、1行目から失格だ、気まぐれで読み始めた人間でも、この1行目を読んだらそこで放り出す。本気だったら、こんな出だしにはしないはずだ。
永斗。お前は伝えたい、と言ったな。伝わらない、こんなものじゃ、何も。
伝わらないというのはどういう事が、わかるか? それは、表現が出来ていないと言う事だ。これは、創作にとって致命的な欠陥だ。
自分の中にものを誰かに伝える、それが表現で、表現によって作品を創造する、それがプロの創作者だと定義しよう。表現は、創作者にとっての武器だ。その武器を使って、自分の中の喜びを、怒りを、悲しみを、楽しみを、いろいろな想いを相手に届ける。お前は、その武器の使い方がまったくなっていない。
画家にとっては二次元の絵が武器だ。彫刻家なら三次元の立体物、音楽家なら声、噺家なら声。役者なら演技が武器になる。
小説家にとっての武器はなんだ? 永斗、お前がやろうとしている事に使える武器は、何だ?』
否定、否定、否定の乱打に、俺はノックアウト寸前だったが、かろうじて答を口にした。
「言葉。書き言葉。文章、文字だ」
『わかってるじゃないか。だが、わかっていない。わかっていないからこんなものを書いてしまう。
文章、文字はな、武器として弱いんだ。それをわかっていない。
絵なら、音なら、声なら。見れば、聞けば、その表現は相手の中に届けられる。構図とか色とか音の高低とか抑揚とかリズムとかで、ひとつの表現の中にいろいろな想いを込める事が出来る。だが、文字は?
文字は、見るだけでは届かない。読んで、理解して、それでようやく届く、相手の心に。情報を増やすには、文字を組み合わせて文章にして、文章を組み合わせてようやくそこに意味が生まれる。ようやく表現になる。
とても弱くて、不自由な、表現としては不完全な武器、それが文字だ。
小説というのはな、その不完全な武器を使いこなしてこそ生まれる、奇跡のような創作物なんだ。
お前は、表現の武器としての文字の使い方がまったくわかっていない。棒きれを振り回して戦車に立ち向かおうとしている原始人だ。だから、これは小説じゃない、面白いとか詰まらないとかの以前に、小説になっていない。
いや、戦車じゃないな。相手は何倍も大きい、戦艦だった。お前の中にあるのは映画の『復讐のガンガール』だったものな。
お前の頭の中にある『復讐のガンガール』は映画だ。映画は、ちょっと反則だ。それはわかるか? どんな武器でも使える。まず絵だ、それも、その絵は動く。俳優が演技をする、台詞で、声で訴えてくる。声だけじゃない、音も付く、サウンド・エフェクトってやつだ。BGM、音楽もある。歌も付いてくるぞ。喜びを、怒りを、悲しみを、楽しみを歌い上げる。それぞれに専門のスタッフがついて、全ての表現を駆使して映画を創り上げる。総合芸術と呼ばれる所以だな。
そんな、武器の塊のような戦艦と同じ事を、木の棒一本でやろうとしたのがお前だ。無謀にも程がある』
「だから俺は!」
Gさんの言ってることは全部正しい。そんなことはわかっている。だからこそ俺は我慢できなかった。
「書いたんだ、俺の中にある映画を、再現したんだ、文字だけを使って! ちゃんと書いたよ! 全部!」
『まだわからないのか、永斗。
映画と小説では、使える武器に差があるのは理解したんだろう? だったらなぜ、戦い方を変えない? 映画と同じ戦い方をするから、こういう結果になる。
さっきも言ったな? 1行目から失格だと。
お前が書いた『復讐のガンガール』の冒頭シーン、お前から『復讐のガンガール』の映画の話を何度も聞いているからわかるよ。そう、お前が観たのはこういうシーンだっんだな。スクリーンに広がるのは赤茶けた風景、広大な荒野、吹き渡る風、太陽だけが照りつける、乾いた雰囲気。ああ、西部劇の、典型的な冒頭シーンだ。ここから、カメラが町の風景に切り替わる、生命の気配のない荒野の中で、ちっぽけな町にだけ、生気が溢れている、人々が生き生きと暮らしている、そんな対比で始まるのが、西部劇だな』
Gさんが言うのは、まさに、俺の中にある映画『復讐のガンガール』のイメージ、俺が伝えたい思っていたイメージそのままだったから、俺はようやく認められたと思って。
「そう、それだよ、Gさん。俺はそれを伝えたくて」
『伝わるわけがないだろ、こんなもの』
また、切り捨てられた。
『いいか、今、言ったようなイメージは全部、絵がないと伝わらないイメージだ。赤茶けた風景、という文字と、ウェスタンムービーの冒頭を比べてみろ、頭の中で。茫漠たる荒野のイメージショット、絵、と、そして、音。吹き渡る風の乾いた音が加わる。なんなら渋い声でナレーションを入れてもいい。文字だけの小説と、映画から受けるイメージを比べてみろ。
文字だけで伝えようとしても、それはイメージとして伝わるのか? 断じてイメージとしては伝わらない。
イメージではない。何だと思う。それは、無味乾燥な説明、だ。映像のディテールを、詳細を、文字で説明している。お前は数学の、科学の教科書を、頭の中でイメージに出来るのか? 出来ないだろう?』
そんな事が出来る奴は、数学オリンピックとかで優勝しちゃうんじゃないだろうか。
『教科書と小説の違いはそれだ、教科書は説明で、小説はイメージだ。文字だけでイメージを生むから、小説は面白い。伝えようとしている、そういう意志の差だ。お前は映画のそのままを、イメージを、文字だけで伝えようとした。だから失敗した。それだけの話だ』
そうか、俺が書いたものは、教科書並みに詰まらなかったんだ。そういう実感にじわじわと侵食される。目の前が暗くなってくる。
『永斗。お前が書いた冒頭シーンを、お前がもう一度、読んでみろ。頭の中を空っぽにして、お前の中にあったイメージを消して、初見の読者の状態で読んでみろ』
俺は、そうしてみた。
ああ、ああ。なんてことだ。
全然、面白そうじゃない。詰まらない、確かに、説明だ、説明のどこが面白いと思ったんだ、俺は? こんなもの、1行目で放り出すよ、俺だって。
書きたかったものと、書いてみたもの、その差がこれだけある。そんなのは、誰にでもわかるのに、俺はわからなかったんだ。その事に、俺は絶望した。絶望しても、諦められなかった。
「だったら、どうすれば良かったんだよ」
『映画を撮ろうとするな。お前は小説を書くつもりなんだろう? ちゃんと小説を書け。
しつこいようだが、これは、お前が書いた『復讐のガンガール』は、小説じゃない。イメージが伝わらない、そもそも伝えようという意志がない、感じられない。自分の中のイメージを、だらだらだらだと、説明しようとしているだけの、ただの駄文だ。
こういうのを何というか、知っているか、永斗? 表現はいろいろあるぞ。給料もらって仕事してた昔と違って、今は便利だな。ネットにいろいろな表現が溢れている。独り善がり、オナニー、日記に書いてろ、とかかな』
Gさんが電話に出るなり、俺は訊いていた。それだけ気が急いていたんだな。
『読んだぞ』
「どうだった? 面白かった? ちゃんと書けてたかな?」
『まあ焦るな』
Gさんの声は笑いを含んでいた。
『まず選べ。お前が欲しいのはどちらか。友達としての意見か、プロとしての意見か、どちらだ?』
「……意味がわからないけど。何が違うの、それ?」
『まったく違うぞ。では言い方を変えよう。お前は、何のためにこれを、『復讐のガンガール』を書いたんだ?』
「それは」
俺はちょっと考える。
「俺が観たはずの『復讐のガンガール』が、本当じゃなかったから、本当にしたかった、俺の中にあるものを、俺の手で形にしかったから、だから書いた」
『そうか。で、書いてどう思った? 本当になったか? 形になったか? お前の『復讐のガンガール』は?』
「だって俺は、ちゃんと書いたよね? 文庫一冊。本当になったじゃないか、形になってるじゃないか。ねえ、ちゃんと読んでくれた?」
『もちろん読んださ。うん、本当になったな。お前はやりたいことをやったわけだ。13歳でこれができれば大したもんだ。お前は、自分のやりたかったことを成し遂げた。頑張ったじゃないか』
からかっている感じじゃない。Gさんは褒めてくれている。それはわかったけど、俺は、違う、と感じていた。俺が聞きたいのは、これじゃない。
「話の流れからするとさ、それは、友達としての意見ってことだよね?」
『聡いじゃないか。その通りだ』
「俺は」
次の一言を言うには、ちょっと勇気が必要だった。
「プロとしての意見が聞きたい」
なのに、Gさんは。
『それはできないな』
突き放された、そう思って俺はムキになる。
「なんでだよ! 俺がガキだから!? プロじゃないから!?」
『全く違う。お前が選んだんだ。お前は言ったよな? 書きたいから書いた、形になった、と。その前提で求められているのは、友達としての意見だと判断できる。いいか、お前が選んだんだ。
その通り、形になったんだ。だったらそれでいいじゃないか。やりたいことができたんだから、それで満足できるじゃないか。頑張ったじゃないか。友達として、それを評価している』
なるほど? なるほど。そうか。
「わかったよ、Gさん。なんか、試されている感じがするよ。その、覚悟みたいなもんをさ」
『かも知れないな』
「じゃあ、もう一度、質問してくれるかな。2番目の奴で」
『本当に? 本心から言っているのか?
言っておくが、止めるなら今だぞ? ここから先は、もう引き返せない。読んで、楽しい、書いて、楽しい。それでいいじゃないか。いいか、ここから先は、違うんだ。そう、ルールが変わる。お前が期待しているようなものじゃないかも知れないぞ。
永斗。お前とは友達でいたいと思っているんだ。お前が高校生になったら、それでも早い気がするが、プロとして付き合うのも面白いかも知れない。だが、今はこれでいいじゃないか。楽しく、本や映画で笑ったり泣いたりしてればいいじゃないか』
そうかもしれない、とも思った。でも俺はその時、ガキとしては精一杯の強がりをして、はは、と笑って見せた。
「そんなの、もう、全然面白くないよ。飽きた。だから、もう一度質問してよ、Gさん。それが答え合わせなんだろ?」
『そうか。じゃあ、もう一度聞くぞ。
お前は、何のためにこれを、『復讐のガンガール』を書いたんだ?』
「俺は」
さあ、言うぞ。
「俺の中にある『復讐のガンガール』の面白さを、『格好良く戦う女の子』を、手に汗握る興奮を、ちょっぴりエロくて最後にもの悲しい、それを全部、みんなに伝えたい、だから書いた、読んだ人みんなが、俺のドキドキハラハラを感じてくれるように書いたんだ、だから、形にだけなっても意味がない、みんなに読んで欲しい、読んで、面白かったと言って欲しい」
『そうか、そうか。お前が選んだんだものな。ちょっと残念な気がするが、お前がそう望むのなら、付き合うよ。
形にだけなっても意味がない? わかってるじゃないか、その通りだ。これは形だけだ、形だけ小説っぽい形になっているだけだ、何の意味もない。
みんなに読んで、わかって欲しかった? 面白かったと言って欲しい? 本当にそう思って書いたのか、これを? これがそうなっていると、本気で思っているとしたら、呆れるな。始まってすらいない、まず、読んでもらえない。読んでもらいたかったら、こんなものにはならない、1行目から失格だ、気まぐれで読み始めた人間でも、この1行目を読んだらそこで放り出す。本気だったら、こんな出だしにはしないはずだ。
永斗。お前は伝えたい、と言ったな。伝わらない、こんなものじゃ、何も。
伝わらないというのはどういう事が、わかるか? それは、表現が出来ていないと言う事だ。これは、創作にとって致命的な欠陥だ。
自分の中にものを誰かに伝える、それが表現で、表現によって作品を創造する、それがプロの創作者だと定義しよう。表現は、創作者にとっての武器だ。その武器を使って、自分の中の喜びを、怒りを、悲しみを、楽しみを、いろいろな想いを相手に届ける。お前は、その武器の使い方がまったくなっていない。
画家にとっては二次元の絵が武器だ。彫刻家なら三次元の立体物、音楽家なら声、噺家なら声。役者なら演技が武器になる。
小説家にとっての武器はなんだ? 永斗、お前がやろうとしている事に使える武器は、何だ?』
否定、否定、否定の乱打に、俺はノックアウト寸前だったが、かろうじて答を口にした。
「言葉。書き言葉。文章、文字だ」
『わかってるじゃないか。だが、わかっていない。わかっていないからこんなものを書いてしまう。
文章、文字はな、武器として弱いんだ。それをわかっていない。
絵なら、音なら、声なら。見れば、聞けば、その表現は相手の中に届けられる。構図とか色とか音の高低とか抑揚とかリズムとかで、ひとつの表現の中にいろいろな想いを込める事が出来る。だが、文字は?
文字は、見るだけでは届かない。読んで、理解して、それでようやく届く、相手の心に。情報を増やすには、文字を組み合わせて文章にして、文章を組み合わせてようやくそこに意味が生まれる。ようやく表現になる。
とても弱くて、不自由な、表現としては不完全な武器、それが文字だ。
小説というのはな、その不完全な武器を使いこなしてこそ生まれる、奇跡のような創作物なんだ。
お前は、表現の武器としての文字の使い方がまったくわかっていない。棒きれを振り回して戦車に立ち向かおうとしている原始人だ。だから、これは小説じゃない、面白いとか詰まらないとかの以前に、小説になっていない。
いや、戦車じゃないな。相手は何倍も大きい、戦艦だった。お前の中にあるのは映画の『復讐のガンガール』だったものな。
お前の頭の中にある『復讐のガンガール』は映画だ。映画は、ちょっと反則だ。それはわかるか? どんな武器でも使える。まず絵だ、それも、その絵は動く。俳優が演技をする、台詞で、声で訴えてくる。声だけじゃない、音も付く、サウンド・エフェクトってやつだ。BGM、音楽もある。歌も付いてくるぞ。喜びを、怒りを、悲しみを、楽しみを歌い上げる。それぞれに専門のスタッフがついて、全ての表現を駆使して映画を創り上げる。総合芸術と呼ばれる所以だな。
そんな、武器の塊のような戦艦と同じ事を、木の棒一本でやろうとしたのがお前だ。無謀にも程がある』
「だから俺は!」
Gさんの言ってることは全部正しい。そんなことはわかっている。だからこそ俺は我慢できなかった。
「書いたんだ、俺の中にある映画を、再現したんだ、文字だけを使って! ちゃんと書いたよ! 全部!」
『まだわからないのか、永斗。
映画と小説では、使える武器に差があるのは理解したんだろう? だったらなぜ、戦い方を変えない? 映画と同じ戦い方をするから、こういう結果になる。
さっきも言ったな? 1行目から失格だと。
お前が書いた『復讐のガンガール』の冒頭シーン、お前から『復讐のガンガール』の映画の話を何度も聞いているからわかるよ。そう、お前が観たのはこういうシーンだっんだな。スクリーンに広がるのは赤茶けた風景、広大な荒野、吹き渡る風、太陽だけが照りつける、乾いた雰囲気。ああ、西部劇の、典型的な冒頭シーンだ。ここから、カメラが町の風景に切り替わる、生命の気配のない荒野の中で、ちっぽけな町にだけ、生気が溢れている、人々が生き生きと暮らしている、そんな対比で始まるのが、西部劇だな』
Gさんが言うのは、まさに、俺の中にある映画『復讐のガンガール』のイメージ、俺が伝えたい思っていたイメージそのままだったから、俺はようやく認められたと思って。
「そう、それだよ、Gさん。俺はそれを伝えたくて」
『伝わるわけがないだろ、こんなもの』
また、切り捨てられた。
『いいか、今、言ったようなイメージは全部、絵がないと伝わらないイメージだ。赤茶けた風景、という文字と、ウェスタンムービーの冒頭を比べてみろ、頭の中で。茫漠たる荒野のイメージショット、絵、と、そして、音。吹き渡る風の乾いた音が加わる。なんなら渋い声でナレーションを入れてもいい。文字だけの小説と、映画から受けるイメージを比べてみろ。
文字だけで伝えようとしても、それはイメージとして伝わるのか? 断じてイメージとしては伝わらない。
イメージではない。何だと思う。それは、無味乾燥な説明、だ。映像のディテールを、詳細を、文字で説明している。お前は数学の、科学の教科書を、頭の中でイメージに出来るのか? 出来ないだろう?』
そんな事が出来る奴は、数学オリンピックとかで優勝しちゃうんじゃないだろうか。
『教科書と小説の違いはそれだ、教科書は説明で、小説はイメージだ。文字だけでイメージを生むから、小説は面白い。伝えようとしている、そういう意志の差だ。お前は映画のそのままを、イメージを、文字だけで伝えようとした。だから失敗した。それだけの話だ』
そうか、俺が書いたものは、教科書並みに詰まらなかったんだ。そういう実感にじわじわと侵食される。目の前が暗くなってくる。
『永斗。お前が書いた冒頭シーンを、お前がもう一度、読んでみろ。頭の中を空っぽにして、お前の中にあったイメージを消して、初見の読者の状態で読んでみろ』
俺は、そうしてみた。
ああ、ああ。なんてことだ。
全然、面白そうじゃない。詰まらない、確かに、説明だ、説明のどこが面白いと思ったんだ、俺は? こんなもの、1行目で放り出すよ、俺だって。
書きたかったものと、書いてみたもの、その差がこれだけある。そんなのは、誰にでもわかるのに、俺はわからなかったんだ。その事に、俺は絶望した。絶望しても、諦められなかった。
「だったら、どうすれば良かったんだよ」
『映画を撮ろうとするな。お前は小説を書くつもりなんだろう? ちゃんと小説を書け。
しつこいようだが、これは、お前が書いた『復讐のガンガール』は、小説じゃない。イメージが伝わらない、そもそも伝えようという意志がない、感じられない。自分の中のイメージを、だらだらだらだと、説明しようとしているだけの、ただの駄文だ。
こういうのを何というか、知っているか、永斗? 表現はいろいろあるぞ。給料もらって仕事してた昔と違って、今は便利だな。ネットにいろいろな表現が溢れている。独り善がり、オナニー、日記に書いてろ、とかかな』
そこまで語った俺の前で、突然。
芽宮が胸を押さえてうつむいたので、俺は驚いた。
「どっ……どうした、芽宮!?」
ああ、ひょっとして。
「ココイチカレー、口に合わなかったとか?」
「違います! けど」
心なしか呼吸が荒い。大丈夫なのか、芽宮?
「その、Gさんの言葉が、キツ過ぎて、わたしが責められているようで、だから、辛くて、胸が、痛くて」
両手で顔を覆ってしまう。
「わたしが、撮影の度にカントクから怒鳴られてるのとおんなじで。独り善がりな演技をするな! とか。そう、おんなじなんです。
わたしも。わたしの演技を、カントクがハンディカムで撮って。カメラに付いてるモニターでわたしに見せて。読み返してみろって言われたセンパイとおんなじなんです。それで、カントクは言うんですよ。
こんなんで伝わってると思うな! とか、プロだったら少しは考えろ、あーアマチュア気分はこれだから、とか! わたしだって、センパイだって頑張ってるのに!
でも、撮った絵は正直で。その通りなんです。わたしの演技は独り善がりで、何も伝わってない。それはわかるんです。でも、わかったからってどうすればいいんですか、わたしは!?」
カントクー。相手は女の子なんだから、もうちょっとな、言い方にはな、気を遣った方がいいと思うぞ、俺は。
「わたしは、いいんです。でも、センパイは。『女護ヶ島』を書けるじゃないですか! いいじゃないですか、面白いじゃないですか、伝わってますよ、センパイの頭の中! なのに、そんな言い方、ひどいです」
「ありがとうな」
本当、そう思う。芽宮は相手の気持ちになれる、自分の気持ちを的確に相手に伝えられる、それだけですごいことだと思うよ。
「でもさ、今の話は、中1のときの俺の話で、その時に書いた『復讐のガンガール』はホント、ひどいデキだったんだ。芽宮の読んだ『女護ヶ島』とは別物だ。だから、Gさんはひどくない。あと、たぶんだけど、カントクも」
「それって」
芽宮が、そっと顔を上げた。眼が、潤んでいる? 泣いてた!?
「中学生のセンパイがGさんから怒鳴られているのと同じようにわたしがカントクから怒鳴られているという事は、わたしの演技が中学生並みだという事で」
「もちろん違う!」
カントク用語で言うならば、「こじらせている」って事になるのか、これは!? さっきから、隣に座った編集長が背中をつんつんとつついてきいている。わかってるよ、ちゃんと芽宮の事は考えてしゃべってるから! もう、つつくな!
「俺が書いた『復讐のガンガール』の小説は! それだけひどかったという事だ! 俺自身だって、今読み返すと、つーかそもそも読み返さない。ひど過ぎて自分でもイヤになるから。芽宮の演技がどうこうなんて、比べてない。カントクが何を言ったのかは知らないけど、俺は、芽宮の演技はカンペキだと思ってる。本当に」
「でも、やっぱりキツいんです。ああまで言われたら、あんなに厳しいことを言われているのに、役者を続けるなんて、フツーは出来ないと思うんです。わたしは、頑張ってるつもりですけど、それでもキツいんです。センパイもキツかったんでしょう? わかりますよ、他人事ながら聞いていて、わたしもキツかったんですから。そんなにキツいのに、どうしてセンパイは、キツいまま続けようと、また書こうと思って、ちゃんと書いて、『女護ヶ島』を書きあげたんですか?」
あ、それ、訊いちゃう? ちょっと言いにくいんだけどな。芽宮が真剣だから、嘘はつけないよな。
「とりあえず続きを聞いてくれ。そしたらわかるから」
「それが、プロとしての意見?」
『そうだ。お前が望むから付き合ってやったんだ。文句を言うなよ?』
「言わないよ。言わないけどさ、キッツいなぁ。容赦なさ過ぎだよね? でも、これじゃ伝わらないってのは本当だって、自分でもわかるから、余計にキツい、もう、グサグサ来るよ。
胸の辺りがさ、物理的に痛くてさ。言葉ってさ、刺さるんだな。小説ではそういう描写を読んだことあるけど、本当にこうなるんだな。こんなの初めてだよ、Gさん」
『それが言葉の力だ。ひとつ利口になったな』
「うん。それともうひとつ、わかった事があるよ。ヒイロンがピンチになった時の気分」
『何だって?』
「よくあるじゃん、戦うヒロインがさ、手強い敵にやられて、傷だらけになって、負けそうになって、服とかも破けてちょっとエッチな格好になってさ、絶望しかけるようなシーン。俺も、Gさんの言葉にグサグサ刺されてさ、満身創痍、反論も出来ずに大ピンチ、って状況なわけでさ」
『何でそこで戦うヒロインになるんだ? ヒーローのピンチじゃないか普通は』
「そこはほら、俺が好きなのは『格好良く戦う女の子』だから。それにさ、男の俺が、ヒロインと同じ気持ちを体験しているって考えたらさ、こう、倒錯的って言うの? ドキドキしてきちゃってさ、そうしたら、痛いのは変わらないんだけど、俺はヒロイン、って考えちゃうとさ、なんか、その痛みがさ、キモチいいんだよなあ。
ぶっちゃけ、チンコ勃った」
「……って言ったらさ、Gさんが大笑いして。俺も笑った、笑うしかないよな? だからさ、気の持ちようというか、って、痛て痛て痛て痛てえよ編集長! 力入れすぎ! なんで背中叩く!?」
「痛いのが気持ちいいんだろぉーっ!! バカだろ、お前ぇぇっ!! バカなんだな!? いい加減にしろよふざけるのも!!」
「布留田先輩……チンコはないっしょ、頭ン中、小学生ッスか?」
「中学生の時の話だよ!」
副編集長が、いつものドライな調子で芽宮に謝っている。ごめんなさいね、異性のわたしがいても、この三人はいつもこんな感じでバカ話をしているの。その時ちゃんと注意しておけば良かったわね。お客さんがいるのに、いえ、わたしの仕事も男優さんはこんな感じですから、と芽宮。
「まあ、そういう感じで」
仕切り直す。
「要するにさ、開き直る、とかじゃなくて、自分を客観視して批判をしっかり受け止める、みたいな感じで、俺はGさんの試練に耐えて、書き続けることを選んだんだ。わかってくれたかな?」
「センパイには、それがついてるかもしれませんがわたしにはついてないのでわからない部分もありますが」
副編集長のドライな調子がうつったか、芽宮の声の温度も下がっている。冷静になってくれたようで良かった、よな?
「わかったことにします。それで、どうなったんですか?」
「うん、ここからがまた、大事なところなんだ」
Gさんとふたりして大笑いして、改めて、冷静になって考える。
Gさんはこんなものは小説じゃない、と言った。俺もそう思う。でも、俺は小説を書きたい。そのためにまず、足りないものは何だ? Gさんの言った事を思い出せ。
「表現、だね」
『そうだ。お前にはそれが出来ていない』
「どうすれば、出来るようになるの?」
『いろいろ方法はあるな。いろいろな小説を読んだり、ああ、読むだけではなく書き写してみるのが効果的、なんて言う人もいる。
だかな、永斗。お前はラッキーだ。ここにいるのはこの道半世紀のベテランなんでな。誰も知らない、どんな小説指南書にも書いていない、反則技を知っている。出血大サービスだ。それをお前に教えてやろう』
おお、ありがたい。
『自分の中のイメージを誰かに伝える、それが表現だと教えたな。自分がいて、イメージがあるなら、あとは誰かを、伝える相手を決めればいい。それだけだ』
え?
「ごめん、よくわからない。もうちょっと具体的にならない?」
『お前は、この『復讐のガンガール』を誰に伝えたいと思って書いたんだ? イメージを伝えたい相手は誰だ?』
「それは……そこまでは考えてなかったかな?」
『そんなはずはないだろう。誰かに伝えたかったはずだ。誰に読んで欲しいと思って書いた? 相手がいるはずだ』
あ。
「Gさんだ。Gさんに読んで欲しいから、送ったんだ」
『だろう? そんな事はな、これを読めばすぐわかる』
「わかるの!?」
『わからないわけがない。表現のひとつひとつがそう言っている。Gさん、わかるよね? Gさん、ここが、あのシーンだよ? Gさん、良いって言ってくれた台詞だよ、ってな。わかるさ。
永斗、さっき、ひとつだけ嘘をついた。面白かったよ、この『復讐のガンガール』は。だが、これは小説じゃない。なぜだかわかるか?』
そうか、Gさんには、ちゃんと伝わったのか。それは良かった、けど。
「逆に言うと、Gさんにしか伝わらない、から、表現としては不合格だ、小説じゃない」
『その通り。
お前から、『復讐のガンガール』の話は数え切れない程聞いているからな。もう5年以上の付き合いになるか、その中で繰り返し繰り返し、『復讐のガンガール』だけじゃない、好きなもの、嫌いなもの、お互いのことは、全てとは言わないがおおよそのことは知っている。だから、お前はこれが書けた。さっきの冒頭シーンの話を覚えているか? あれと同じだ。映画のイメージが既に頭の中にあるから、楽しめる。なければ、楽しめない。
表現の相手の初期条件を限定しすぎた、という事だ。
では、どうする? 次にお前がすべき事は、何だ?』
「伝えるべき誰かを、読んで欲しい相手を、増やす、広げる」
『それが、表現だ。イメージを、全ての人に届けることができる、そんな表現があれば最高なんだがな。難しい。不可能だ』
『そうだ。お前にはそれが出来ていない』
「どうすれば、出来るようになるの?」
『いろいろ方法はあるな。いろいろな小説を読んだり、ああ、読むだけではなく書き写してみるのが効果的、なんて言う人もいる。
だかな、永斗。お前はラッキーだ。ここにいるのはこの道半世紀のベテランなんでな。誰も知らない、どんな小説指南書にも書いていない、反則技を知っている。出血大サービスだ。それをお前に教えてやろう』
おお、ありがたい。
『自分の中のイメージを誰かに伝える、それが表現だと教えたな。自分がいて、イメージがあるなら、あとは誰かを、伝える相手を決めればいい。それだけだ』
え?
「ごめん、よくわからない。もうちょっと具体的にならない?」
『お前は、この『復讐のガンガール』を誰に伝えたいと思って書いたんだ? イメージを伝えたい相手は誰だ?』
「それは……そこまでは考えてなかったかな?」
『そんなはずはないだろう。誰かに伝えたかったはずだ。誰に読んで欲しいと思って書いた? 相手がいるはずだ』
あ。
「Gさんだ。Gさんに読んで欲しいから、送ったんだ」
『だろう? そんな事はな、これを読めばすぐわかる』
「わかるの!?」
『わからないわけがない。表現のひとつひとつがそう言っている。Gさん、わかるよね? Gさん、ここが、あのシーンだよ? Gさん、良いって言ってくれた台詞だよ、ってな。わかるさ。
永斗、さっき、ひとつだけ嘘をついた。面白かったよ、この『復讐のガンガール』は。だが、これは小説じゃない。なぜだかわかるか?』
そうか、Gさんには、ちゃんと伝わったのか。それは良かった、けど。
「逆に言うと、Gさんにしか伝わらない、から、表現としては不合格だ、小説じゃない」
『その通り。
お前から、『復讐のガンガール』の話は数え切れない程聞いているからな。もう5年以上の付き合いになるか、その中で繰り返し繰り返し、『復讐のガンガール』だけじゃない、好きなもの、嫌いなもの、お互いのことは、全てとは言わないがおおよそのことは知っている。だから、お前はこれが書けた。さっきの冒頭シーンの話を覚えているか? あれと同じだ。映画のイメージが既に頭の中にあるから、楽しめる。なければ、楽しめない。
表現の相手の初期条件を限定しすぎた、という事だ。
では、どうする? 次にお前がすべき事は、何だ?』
「伝えるべき誰かを、読んで欲しい相手を、増やす、広げる」
『それが、表現だ。イメージを、全ての人に届けることができる、そんな表現があれば最高なんだがな。難しい。不可能だ』
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