作家の異常な愛情

Ⅲ 小説のメソッド、商業出版、カテエラの罠! ……出版社のお仕事は売れる本を作る事ではない!?
【中編】

「なんで?」
『人というのは、それだけ千差万別だからだ。同じものを見ても、聞いても、読んでも、受けるイメージはそれぞれ違うのが当たり前だ。
 それでも創作家は、自分の中のイメージを伝えるために、自分の表現を磨く。全ての人にイメージを伝えるために。今日よりひとりでも多く、明日はふたり、明後日は三人。全ての人に届くことなど決してないのに、そうやって創り続けるんだ。それが尊く、美しいと思わないか?』
 やってみたい、けど。
「俺に、できるかな?」
『それはわからない。だが、お前には、今の段階でアドバンテージがふたつ、ある。少なくとも一人の人間に伝える事は出来た。それだけの筆力はあると言う事だ。それともうひとつ。
 お前はさっき、お前が書いた『復讐のガンガール』の冒頭を、頭の中にあったイメージを消して、読んで、そして、書きたかったものと書いたものの差を認識したな。それはな、なかなか出来ることではないんだ。それが出来るお前には、可能性を感じる。ふたつめのアドバンテージは、それだ』
「……そうなの?」
 確かに差があった、とんでもなく詰まらないものに感じた。自分が書いたものを詰まらなく感じるのがアドバンテージ?
『次は、書きながら、同時に、読むんだ。伝えるべき誰かを想定して、その位置に立って読みながら、書いてみろ。
表現、誰かにイメージを伝える、というのは、別に特別なことじゃない、お前は、もう何回もやっているんだろう? 『格好良く戦う女の子』の魅力について、機会があれば語ってみせたりしたんだろう? 伝えようとしたことは何回もあるんだろう? 小説を書く時も、同じようにすればいい。伝えるべき相手が目の前にいる、そう想定して、その誰かに伝えるんだ、お前のイメージを。文字で、文章で。それが小説だ』

 俺としては、とても参考になる創作論を語っているつもりだった。いや、まあ、実際に語ったのはGさんなんだけどさ。芽宮も興味深く聞いてくれている、と思ったんだが、首をかしげながら挙手してきた。
「質問です。お前のイメージを誰かに伝える、それが演技だ、伝えるべき相手を忘れるな、常に観客を意識しろ、っていうのは、演技の勉強の最初の最初に言われることなんですけど」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「ええ。そのために同じセリフをいろいろな違う感情を乗せて声にしたり、声に頼らずパントマイムだけでイメージを伝える、なんて事もしますね。だから、Gさんが、誰も知らない、どんな小説指南書にも書いていない反則技って言ってらしたのが、なんかひっかかっちゃって」
「それなー」
 俺は苦笑いした。
「小説の書き方的な本は、さすがに全部じゃないけど、俺も読んだ事はある。でも確かに、文章表現そのものについてはあまり掘り下げていないものばかりだったな。Gさんは、商売の秘訣を本にしてばらまく馬鹿はいない、とか言ってたけど。俺は別の説を持っていて。
 確か、演技に関しては実践的な教科書みたいなものがあったよな? なんとか演技法みたいな」
「メソッド演技法ですね。でももうあまり流行ってないし、なんと言うか、精神論な部分が多くて」
「そう、演技には教科書があって、批判されて流行らなくなって、新しい教科書が生まれて、それも古くなって、そういう風に、演技をよくするためのテクニック、アプローチが磨かれてきた、洗練されてきた歴史がある。そんな中で、演技表現の訓練法みたいなものも確立していったんじゃないかと思うんだよな。
 でも、小説表現には、おれが知る限りではそういった洗練の歴史がないんだ。まだ新しい表現だからかも知れない。演技は、それこそ紀元前、古代ギリシア演劇の昔からあるだろ? 同じ頃には、文字で書かれる、小説みたいな散文形式の物語もないことはないけれど、韻文いんぶん、詩歌が主流の時期が長く続いた。韻文は、文章、文字としてより、歌うように読み上げて、またそれを聞いて楽しむもので、そのための方法論、作法には歴史がある。洗練されている。でも、小説には歴史も洗練もないんだ。
 出来る人には出来ちゃう、それこそ、『小説の書き方、という本を書いてください』なんて依頼が行く人なら、当たり前にやっていることだから、改めて『こうしろ』と書く程の事じゃない、なんて考えてしまっている可能性もあるな。実際にやってみると、そんなに簡単なことじゃないんだけれど」
「でも、センパイは、出来たんですよね?」
「まあ、俺は、いろんな本を読んでたから、Gさんに言われた通り、相手を、まずは同級生辺りを想定して書き直し始めたんだけど、最初はやっぱり、難しかったよ、うまくいかなかった。
 ラノベが好きなやつ、SFがすきなやつ、マンガは読むけど小説は、みたいなやつまで、ある程度広く相手にするつもりで考えみたんだが……俺の『復讐のガンガール』のイメージが、伝わる気がしなかった。どうしても説明になっちゃう」
「さっきの。3つの要素とか西部劇のお約束とかが、ネックになるんですね」
 さすがは芽宮。ちゃんと理解してくれている。ありがたい。
「その通り。だから、『復讐のガンガール』は将来の目標として置いておいて、まずは『格好良く戦う女の子』というイメージに絞って、伝えようとしてみた。ラノベっぽくやってみたり、SFにしてみたり、いろいろシミュレートしてみて、一番ぴったり来たのが」
「『ワンダーウーマン』+『水戸黄門』! 『女護ヶ島』ということですね! やりましたね、センパイ! すごいじゃないですか!」
「あはは、まーね。あれを思いついた時は俺も舞い上がったよ。舞い上がった勢いで、一気に文庫一冊分書き上げて、Gさんに読んでもらったら『面白い』って言ってくれて。どこかの新人賞にでも応募してみようかな、とも考えたけれど、一刻でも早く、いろんな人に読んで欲しくて。たくさんの人に面白いと思って欲しい、って欲求の方が強くてさ。『小説家になろう』のアップしたんだ。それが高1の時。
 ちなみにだけど。芽宮は、その頃、何やってた? なろうの『女護ヶ島』は読んだことある?」
「えっわたしですか!? それは、その、その頃はまだ中3で、『小説家になろう』はあるのは知ってましたけど読んだ事はなくて」
「いや、いいんだ、それが当たり前。なろうは毎日チェックしてます、って人の方が珍しいし。
 でもさ、楽しかったんだ、あれも。なろうには感想って機能があって、読んだ人がなんでも書き込める。もちろん、冷やかしだったり批判的なコメントもあるけどさ。顔も知らないような人が『面白かったです』とか言ってくれるんだぜ? 『姫の真っ直ぐな所が素敵です』とか言われちゃったらさ、よし続きも早く書かなきゃ、もっと面白くしなきゃ、って思っちゃうよな。ランキングとかポイントの評価もあるし、それもどんどん上がっていったけれど、それよりも、やっぱり、不特定多数の人達からのダイレクトな反応を感じられる、っていうのが新鮮で、俺はもう、書くのが楽しくて楽しくてしょうがなかった。
 コミケって知ってる?」
「マンガの同人誌の即売会ですよね? ビックサイト丸ごと使う、大きなイベントだって聞きました」
 マンガだけじゃないっスよ、と福地。細かいことはいいいんだよ。
「Gさんが言ってた。プロになったマンガ家さんでも、コミケで本を売って、読者と直接触れあうことをやめられない人ってのが昔からいたって。ネットがない時代は、それだけが、読者のダイレクトな反応を感じられる場だったんだろうな、気持ちはすげえわかるよ。あれは、クセになる。
 自分の表現が、相手に届いた実感、快感なんだよ、あれは」
「舞台演劇、みたいなもの、でしょうか?」
 考え考え、芽宮が言う。
「わたしは経験ないんですけど。舞台をやった事のある役者さんは、やっぱり、フィルムと舞台は違う、舞台はクセになる、って言ってました。演技に、表現に、お客さんからリアルタイムなリアクションが返ってきて、それがまた自分の表現を変えていく、創っていく、あれは忘れられない、って」
「ああ、ライブイベントの面白さなんだろうね。表現側にも、お客さんにもそれぞれにライブならではの快感があるんだろうと思うよ。なろうの快感は、それに近いかも知れない。
 そうだ、『戦国ワルキューレ』の舞台ってのもアリか。カントクに話してみようかな?」
「ぶっ、舞台ですか!?」
「あ、『映画のシナリオ書いてからだろ』って言われるな。書かなきゃな……
 まあ、そういう風に楽しくやっているうちに。ランキングとかポイントもいい感じになって、なろうの中で『女護ヶ島』が有名になって、商業出版の提案もぽつぽつ来るようになった」
 芽宮が鞄から文庫「女護ヶ島」を出して、胸の辺りに掲げてくれる。ありがとう。でもな。
「来るようになったけど、どうもうまくいかなかった。提案してきた出版社は10社近くあったけれど、結局、どこも本にはならなかった」
「え」
 芽宮が「女護ヶ島」の表紙に目を落とす。
「でも、これは?」
「福地ー、なんか適当な、なろう小説、あるか? 悪い意味のテキトーじゃなくて、いい意味の適当な方な」
 福地が自分のデスクの下をごそごそやって、出て来たのは二冊。GCノベルズの『転生したらスライムだった件』と、MFブックスの『無職転生』だ。うん、いいチョイスだ。だけど『薬屋のひとりごと』はないのか? あれは女性向けだからか。
「これはどちらもシリーズ累計発行部数が一千万を越えている、らしい。コミカライズされて、アニメにもなっている大人気タイトルだ。なろう発の小説の代表格と言っていいんじゃないかな
 で、芽宮。これと、『女護ヶ島』を比べてみてどう思う?」
 俺が持った二冊をじっと観察する。
「比べるって、全然違いますよね、大きさもイメージも。
 本屋さんで、わたしのこの『女護ヶ島』は文庫コーナーにありましたけど、こっちの『無職転生』は別のコーナーにあった気がします」
「たぶん、ライト文芸とかのコーナーだな。なろう発の小説は、出版社でも本屋さんでも、わかりやすいようにまとめてひとつのカテゴリーとして扱われる。カテゴリーについては後で詳しく説明するけど、とりあえず、同じ小説の中でもそういう、ジャンル分けみたいなものがあると思ってくれ」
「ライト文芸、ですか」
「WEB小説とかネット小説とかいう言い方もあるし、ライト文芸にはなろう発の小説は入らない、という人もいるけど、俺が見た本屋さんだとライト文芸というカテゴリーの売り場になっていた。とりあえず、なろう発の小説はライト文芸というカテゴリーとして商業出版されることが多い、としておくな。
 『女護ヶ島』を商業出版しようって提案も、ライト文芸のカテゴリーで、という提案だった。
 その提案がさ、ちょっと面白いんだ。え、商業出版って、そういう事になるの? って、思わず笑っちゃうくらい。
 提案の切り出しは、判で押したように、こう来る。
 是非商業出版させていただきたいんですが、このままだと難しい部分もあるので、例えばですがこんな感じで直しをお願いできませんか? こんな感じ。
 カネをもらって仕事として書くなら、注文に応えるのは当然だ。直せといわれれば直すさ。でもその注文がさ、どれも似たような内容の上、なんかズレてるような気がして。それでいいの? みたいなのばかりで。ライト文芸というカテゴリーだとそう考えるんだ、というのを実感できたのは面白かったけれど、自分で書こうという気にはなれなかった」
「どういう注文だったんですか?」
「多かったのは、恋愛要素を入れてくれ、ってのかな。姫を若にして、女戦士三人と男一人のあれこれを強調して、みたいな? 福地の好きそうなパターン」
 俺は男は要らない派ッスよ! なぜか怒っている福地。俺には理解できない。
「あの、『女護ヶ島』の話ですよね? 若って、男って、ちゃんと読んだんですか? その提案をしてきた人は?」
「まあそれで面白くなるなら、設定なんていくらでもいじるけど。蟻とか蜂の社会の逆バージョン、王の血統だけが男で、とかね。でも、『女護ヶ島』でやるのは違う気がしてなー」
 あ、思い出したぞ。これは笑える。
「恋愛要素絡みですごい提案があったんだけど、聞く?」
「……すごいってまた、立つとか立たないとかの話じゃないでしょうね?」
「違う違う。『女護ヶ島』が商業出版されて大人気になった、という設定で、現代日本の学園ものを書いて、それを商業出版したい、そういう提案なんだ」
「え? ええ?」
 あ、混乱してる。確かにややこしいよな。
「その『女護ヶ島』を大ヒットさせた作者が、実は高校生だった、というのがこの提案のキモらしい。あ、これは俺が高1の時の話だから、ちょうど新型コロナの世の中で、出版社とはメールでのやりとりになる。だから、俺が本当に高校生だって事を知らないで『いいアイデアでしょ?』って感じで提案してくる所でまず笑った。
 主人公は、学園では『女護ヶ島』の作者だということは秘密にしていて、目立たないキャラを演じて気楽にやっているけど、学園一可愛いと言われている少女のことが恋愛的な意味で気にもなっている。
 人気作の『女護ヶ島』のアニメ化が決まって、主人公がアフレコ現場に行ってみると、なんとそこには恋愛的な意味で気になっていた少女が! 彼女は声優をやっていて、『女護ヶ島』のヒロイン、姫を演じることになったのだ。『君か!?』『あなたが!?』驚きの出会いから始まる、ふたりのストーリー、そんな感じで、って提案だったんだ。
 実際に『女護ヶ島』はアニメじゃないけど実写化されて、姫じゃなくて橘華きっか役の芽宮は同級生じゃなくて後輩で、そうなってからあの提案を思い出すとなんか笑っちゃってさ」
「笑っちゃうというか、ヘンですよね。たぶん、出会いのシーンをドラマチックに盛り上げたい、という意図だとは思うんですが、それだけのためにややこしく考えすぎて現実味がなくなっていて」
  ヘンだと言いながらも芽宮めぐはくすりと笑ってくれた。
「現実にしちゃってるセンパイとわたしがそんな事を言っているのが一番ヘンですね。
 でも、どこをどう考えれば、そんなややこしい提案が出て来るんでしょう?」
「一定の人気があるんスよ、そういうパターン」
 福地がキーボードをカチャカチャやっている。たぶん、何か検索してるな。
「えーと、最初に始めたのは誰だったかな? 『キノの旅』の時雨沢さんとか、『俺妹』の伏見さんも書いてますよね。高校生作家が主人公で、ヒロインが声優だったり、イラストレーターだったり。なろうでも、そういうパターンで面白いのが何本かあるッスよ」
「提案にも、なんかそれっぽいタイトルがついてたよ。『高校生の俺。1000万部作家になった。アニメ化されてヒロイン役の子は同級生でアイドルだった』、みたいな」
「ずいぶんストレートに長いですね」
「なろうだとそんな感じッスよ」
 らしいな。
「それは、どう面白いの?」
 芽宮に訊かれた福地は、顔をしかめる。どうした?
「時雨沢さんのは読んだけど。売れっ子作家が実は高校生ってのが小説としての面白さのキモのひとつなんだよ? それを現実にしちゃってるセンパイの前で、感想を言うってかなりハードル高いンだけど。しかも訊いてきたのがヒロインって、まあ小説だと声優だけど」
「別にわたしはヒロインじゃ」
「状況は近いっしょ。そもそもラブコメの感想をフツー女の子には話さないって」
「大丈夫。わたしは役者として、演技の参考になるかと思って訊いているだけだから」
 なんかな、さっき一緒に買い出しに行った時から、芽宮に気安くなってないかね福地君。やっぱりこいつコミュニケーション力高いな。いいねえ微笑ましくて。
「はー、いいけど。感想言うだけで恥ずかしがってても、作者さんにも宮城ちゃんにも失礼かもね。
 『キノの旅』は、小学校の図書館にあったのを読んでたんだよなー。おとぎ話ってか、寓話だよね。主人公のキノが架空の世界を旅してて、現代にも通じる矛盾とか欺瞞を抱えた街を訪れて、去っていく、その繰り返し。キノが悪者を退治したり、街を正したりするわけじゃない辺りが、なんか大人っぽく、格好良く見えて、好きだったンだよね。
 で、中学生になって、本屋の棚で『キノの旅』見つけて、あー、まだ売ってるンだな、面白いものは面白いしな、とか思って、隣にあったのが、それだったンよ。
 タイトル見て、正直、心臓が止まるか思った」
「え、オーバーに言ってない?」
「言ってない。本当に止まりかけたさー、あン時は。
 『キノの旅』はさ、女の子が主人公なんだけど、お色気シーンみたいなものはまったくなくて、そこも格好良いと思ってたところなンだけど、同じ時雨沢さんが書いてるのに、

『男子高校生で売れっ子ライトノベル作家をしているけれど、年下のクラスメイトで声優の女の子に首を絞められている。』

 ってタイトルなンだぜ? もうショックなんてもんじゃなかったさー」
「ええと? よくわからない」
「わかってよー。こっちだって恥ずかしいんだから。
 はっきり言うけど、性的な意味で俺にどストライク過ぎたの。俺が格好付けて隠してた、女の子に対する欲望みたいなものぜんぶ、見透かされたような気になっちゃってさ。しかもあのストイックな『キノの旅』の人がだよ? 言っちゃうけど、ベッドの下のエロ本を母親に見つかった気分、それでわかってもらえないかなー、お願いわかって、宮城ちゃん」
「ご、ごめん、わかったから、うん、異性に対するそういう気持ち、なんとなく理解は出来るから、大丈夫」
「気持ちっていうか欲望なー。開き直って言うけど、買って、読んで、面白かった、とかじゃないんだよなー。満足した。ご馳走様でした、もうお腹いっぱいです、なのよ。欲望がぜんぶ満たされちゃいました。
 自分がさー、みんなからちやほやされる人気者になった上に、同じくらい人気者の女の子が気の置けない感じで絡んできて、ちやほやもしてくれて。しかもタッチしちゃっても嫌われないような距離感でさ。それがぜんぶさ、タイトルに詰まってた欲望がぜんぶさ、その通りに一冊になってた。都合良すぎてあり得ないのに、ある得ちゃったりするかも?って感じさせるのが、ホント、上手いんだよね。
 青少年のためのドリームランドだよねー、あれは。作者さんすごいよ。天才だよ。
 だからセンパイ、人気作家だからって、同じ事ができると思わない方がいいッスよ」
「安心してくれ。俺と芽宮はそういうんじゃないのはわかるだろ? それに、人気作家だからってちやほやされたことはない。現実なんてそんなもんだ」
「そっちじゃないッスよ! 見当違いのマウントとかやめてくんないッスかね!? 頭ン中どうなってんスかセンパイ!」
 また怒られた。
「現実じゃないから面白いんじゃないッスか小説は! 現実にしたくらいで偉そうにするんじゃないッスよ! 偉そうにするなら、書いてからにして欲しいッスねえ! あれは、センパイにだって書けない、そういう小説なんだって事ッスよ! 俺の夢を書いてくれたあの小説を、馬鹿にして欲しくないッス!」
「お、おう、それは、そうだな」
 俺の中の、プライドみたいなものが、いや書こうと思えば頑張って書いてみせたぞ、と主張しているが、書いてないから口には出さない。
「わたしは、わかったから。ごめんね、福地君。変なこと聞いて。話を戻していいかな?
 提案が面白い、笑っちゃうとセンパイは表現しましたけど、まあ面白いんですが、なんでこう、恋愛とか、男と女がどうみたいなことを追加する提案ばかりなんでしょうか? 不思議です」
「不思議じゃないんだなー、これが。あ、俺が口出しちゃっていいッスか?」
 俺はうなずく。
「福地の方が詳しそうだ」
「たぶんだけど、その時の流行だからなんだと思うよー。2年前っしょ? センパイのいうカテゴリー、ライト文芸、その中でもなろう発で話題になってたのってラブコメっぽいのが多かったし。さっきの『男子高校生で売れっ子ライトノベル作家を~』が出たのはもう10年前だけど、『主人公が実は人気のクリエイター』パターンがなろうで目立ち始めたのも同じ頃だったはず、うん、確かそんな感じ。
 なろう発で時代劇ものの商業出版ってハードル高いらしいから、流行の要素を加えて売れやすくしようとしたんじゃないかなー」
 福地が俺をうかがってくるので苦笑い。
「だから、俺もなろう事情にはそんなに詳しくないんだって。でも確かに、『そういうのが今の主流です』『時代劇ものはウチ向きじゃないんですよ』みたいな事は言われたな」
「売れ線はわかったけれど、時代劇は? 売れないんですか?」
「なろうには、戦国時代転生ものみたいなジャンルはあるんだけどねー。面白いのもあるよ、『戦国小町苦労譚』とか。でも、商業出版されて話題になってるのは、やっぱりファンタジーばっかりな印象だなー」
  芽宮は『女護ヶ島にょごがしま』の文庫をぱらぱらとめくりながら、むう、とうなった。
「なにか、意地悪をされている気がしてきます。だって、『女護ヶ島』はこうやって商業出版されて、ちゃんと売れているんですから。出版社がして来た注文の理由とか、今さらわたしが考えても意味がないわけで。
 商業出版しましょうっていう提案をしてきたのは出版社なんですよね? センパイがしたいんです、って頼んだんじゃなくて。それなのに、出版社の注文が多すぎる気がするんですけど。そういう注文通りのなろう小説もあるんじゃないんですか? そちらに提案すればいいじゃないですか。なんで『女護ヶ島』に声をかけたんですか?」
「それについては、これまた面白い言い方をしていたな。やっぱり判を押したように同じ言い方をしてた。
 『女護ヶ島』は面白いし、売れるとは思うんですけど、このままだとカテエラになっちゃうんですよ、ってさ』
「かてえら?」
「カテゴリー・エラーの略、なんだってさ。ジャンル違い、レーベル違い、みたいな言い方をする出版社もあったな。要するに、枠組みの問題だよ。『女護ヶ島』のままだと、出版社が考えている枠組みから外れてしまう。だから、ここを直してくれ、そうすれば枠組み、カテゴリーの中に入れることが出来るから、そういう注文だったわけ」
「ますます理解できません。出版社なんですよね? 商業出版の提案なんですよね? 本を出して売るのがお仕事ですよね? 売れる本を作るのがお仕事なんですよね? カテゴリーとかいう枠組みを守るのがお仕事じゃないですよね?」
 さすが芽宮。
「うん、俺もそこが気になった。カテゴリーがどうしたとかは言い訳で、なにか口に出しにくい、ウラの理由があるんじゃないかなんて陰謀論めいた事まで考えちゃったのは今にして思うと恥ずかしいけど。だから、Gさんに相談したんだ」

『売れる本を作るのが出版社の仕事、か? そもそもそこが間違いだぞ、永斗』
「いやいや、そんなわけないでしょ。だって売れなきゃ商売にならないし」
『企業の、会社組織の仕事はたったひとつ、法令を遵守しつつ利益を出すことだ。これは出版社も変わらない』
「その利益を出すには本が売れなきゃ」
『そうだな、すまん、スケールの違うことを同じにしてしまった。物差しが違うから話が噛み合わないな。
 よし、出版社の仕事は今言った通り、利益を出すことだ。で、お前が問題にしているのは、出版社の社員の仕事だ。会社は利益を上げるのが仕事で、それぞれの社員にはそのための任務が割り振られる。この任務が社員の仕事になる。社員はその任務をどれだけ果たせたかで評価が決まる、給料が上がったり下がったり、出世が出来たり出来なかったりする。そういうシステムだ』
「OK、それはわかる。社員の仕事が売れる本を作ること、か」
『だからそれが違う。お前が相手にしているのは、出版社の中の、編集部という、限られた一部の社員だけだ。経理とか総務とか宣伝とか営業とか制作とか、管理や裏方をやっている社員の方が多いんだ。社員に与えられた任務、仕事が、売れる本を作ることだとしたら、他の社員は給料を上げることも出世をすることもできなくなるぞ』
「あー、そりゃ、そうか」
『だから、人事考課制度、というものがある。部署や社員個人の能力に応じて、適切な目標を与えて、あるいは自己申告で目標を立てさせる。細かい書式まで決まった規則があるんだ。出版社の社員の仕事はそうやって決められる。経費の削減とか、業務の効率化とか、それぞれの部署に応じて適切な目標、任務が設定される。
 そして、編集部の社員であっても、売れる本を作れ、なんて仕事は与えられていないぞ。目標がいい加減で曖昧すぎるし、何より危険だ』
「危険?」
 売れるのが危険?
『出した本が売れるか売れないか、なんてものはな、経験とセンスがある社員であっても、ギャンブルなんだ。そうだな、勝率10%も行けば、いい方じゃないか? 野球の世界じゃ三打席中一本安打で天才バッターだが、それより低い。
 お前が野球チームの監督だったとして、1割しか打てないバッターに、でかいの一発狙ってこい、って指示出して大振りさせるか?』
「野球は詳しくないけど、しないだろうね、たぶん」
『別の危険もあるぞ。それこそ、人気作家をひとり、カネでも身体でも使って抱え込んで放さない、なんてやつも出て来るかも知れない。
 勝率1割のギャンブル狂、虎の威を借るキツネ、こういう類がいると、他の社員の、特に編集以外の部署の社員のやる気を著しく下げてしまう。だから、売れる本を作れ、なんて仕事は社員に与えない。それは出版社の仕事じゃない、と言ったのは、そういう意味だ』
例えが悪すぎる気がするが、Gさんがそう言うということは、実際にいたんだろうな、ギャンブル狂とかキツネが。
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