Ⅳ 映像化の複雑怪奇、カネと欲望が渦巻く魔界 原作改変なんて大した問題じゃない
【前編】
『今日の仕事で芽宮は気合が入ってなかった。何か、迷ってるように見えてなぁ。で、声をかけたら、こう言ってたぞ。
センパイに橘華について訊きたかったんですが、『戦国ワルキューレ』の話はあまりしてくれなくて。やっぱり『女護ヶ島』とは違う、一番オリジナル要素の強いキャラだから、センパイにとっては他人事なのかな、とか思ってしまって。『戦国ワルキューレ』の橘華を演じることが、不安になってしまって』
「いやいやいやいや、それは違う、他人事なんかじゃもちろんない、橘華は、芽宮は今のままでいい、今のままがいいと思っているし、それはちゃんと言ったぞ、俺は」
『ふむ。では、被告側の主張を述べたまえ』
こんどは法廷劇かよ。
「俺は小説家で、映画や演技に関してはアマチュアだ。芽宮は高校生だけど、プロだろ? 口出しなんかできるわけないじゃないか」
『遠回しに、他人事だと言ってるように聞こえるがなー』
「悪く取りすぎだろ!?」
『『戦国ワルキューレ』の話をしなかったんだろ?』
「そんな事はっ、……した、よな? うん、した、けど、芽宮には物足りなかったのか?
まあ確かに、『女護ヶ島』の話の方がメインになってたのは、認める、けど、それは時間が足りなかっただけだから! 次回はちゃんと、『戦国ワルキューレ』の、橘華の話もする予定なんだし」
カントクの、わざとらしいため息。
『俺はさあ、センセイが芽宮に自信を与えてくれると期待してたわけよ。芽宮のケツに一目惚れしたセンセイなら、それができるってな。なんで不安にさせてんのよ』
お尻を誉めるべきだったのか? とバカなことを、一瞬考えてしまったじゃないか。
「だから誉めたって! 不安にさせるような事は言ってない! それだけは確かだ」
『安心させるような事も言ってないから、不安になってんだろうがよ、芽宮は』
「なんでだよ、なんで不安になるんだよ。橘華はファンだって多いんだし、自惚れてもいいくらいじゃないか。そうだよ、自惚れてくれよ、誉めてる俺が、口で誉めてるだけで内心は他人事だと思ってるんじゃないか、とか、俺なんかの顔色うかがって裏を疑うより、自惚れてるほうがいいって、絶対」
『やっぱりわかってねーなー、センセイよー』
心底呆れた、という声が帰ってきた。
『まー、自分で創ったキャラを自在に操ってみせるのが小説家サンだしな。その上、センセイはとびっきりの自惚れ屋だ。あ、これいい意味で言ってるぞ。悪い意味も入ってるけどな。そんなセンセイがそう思うのは、まーわからねー話でもないが。
小説のプロはそれでいいが、映画のプロはな、それじゃやっていけねーのよ。小説はひとりで書ける。映画は一人じゃできない。集団作業だ。それも和気藹々のサークル活動じゃない、プロとして生き残りを賭けた生存競争って見方も出来る。存在感を示せずに集団の中に埋もれてしまったら、次の仕事は来ない。かと言って悪目立ちしたら嫌われて、やっぱり次の仕事はなくなる。センセイが言うように他人の顔色うかがって裏を疑うってのを、常にやってないといけねーのよ、特に役者の商売は。
自惚れてうまくやれる役者もいないじゃねーけど。芽宮はそういうタイプじゃあ、ねーわな』
「いや、集団作業の大変さはわかってるけどさあ」
『言い方! その言い方が、他人事に聞こえるんだっつーの!』
「じゃあどうすりゃいいんだよ。難易度高過ぎだろ」
どこかに攻略まとめサイトとか、あってしかるべきレベルだと思う。
『センパイなんだろ。下級生の、それもカワイコちゃんが相手なんだから、泣き言言うんじゃねーよ。頼れるところを見せるとか、いろいろあんだろ』
「もっと具体的にお願いします」
『オジサンのセンスで良ければ』
「やっぱキャンセルで」
さて、どうすればいいんだ? 芽宮に自信を持ってもらうためには。
「初々しくこじれる男女ってのも悪くはねーんだけど、こっちも仕事なんでな。自信をつけるどころか調子を落とされちゃたまんねーのよ。お忙しいセンセイと忙しい芽宮の時間を取る意味がねーよな? 次でうまくやれなかったら、ヤメだ。接触禁止。原作者と役者に戻ってもらう」
いや、今でも原作者と役者なんだが。でも、芽宮の時間をもらえなくなるのは、惜しい気もする。芽宮に自信を持って欲しい、そして笑って欲しい、とは、俺だって思っているんだ。
どうすればいいのかはわからんけど、とりあえずやるしかないか。
「と、いうわけなんだけどさ」
新聞部部室。いるのは、新聞部員の四人のみ。
「芽宮も、あと10分もすれば来ると思うんで、その前にアドバイスが欲しい。なんかないか?」
編集長がへらっと笑う。
「『戦国ワルキューレ』の、橘華の話じゃなくて『女護ヶ島』の話ばかりしてりゃ、そうなると思ってたよ」
軽い調子で言うから、思わず言い返してしまう。
「その場で言えよ! 思ってたんなら!」
「あれー? 俺は言ったと思うんだけどなー」
……言ってたな。
「すまん」
「気にしてないよー。毎度の事だし」
この野郎。
いや。待てよ?
「編集長は、そうやってわかってくれてるよな。俺がそういう、うかつな奴だってわかっている。マイナスの意味だけど、それも信頼と言えば信頼だ」
「キモチワルイ事言い出したぞ、こいつ」
「俺は、芽宮に信頼されてないって事だ。だから、俺は本気で言ってるのに本気じゃないんじゃないかと思う、裏を読む、他人事だから言ってるだけだと思い込む。なぜ、俺は芽宮に信頼されていない?」
「会ったばっかで信頼しろってのがムリっしょ」
「100%、俺がやる事言ってる事全部信頼しろなんて言ってないぞ!? でも俺は、『戦国ワルキューレ』の原作者だ。原作書いた人間が、原作について、作品について語ることが信頼されないって、おかしいだろ!?」
福地だけじゃなく、編集長も副編集長も半眼になる。
「そこからわかってないとは……」
「原作者、だからっしょ」
「映像化されて原作者とトラブる話、しょっちゅうニュースで見るんだが」
「あっ」
そうだった! 『戦国ワルキューレ』がうまく行きすぎてるだけだった!
「じゃあ。俺は。信頼されていないどころか、敵だとさえ思われている? 顔色をうかがってうまく対処しないと、原作者権限で現場を引っ掻き回されるかも、とか思われている?」
「そこまでは言わんけどなー。まあ、100%の味方だとは思われてないんじゃないか?」
「そんな、バカな」
インターホンの呼び出し音。防音のためドアが厚いんで、そういうのがついている。編集長が応じる。
「いらっしゃーい。今、開けるね」
「うわもう来た! どうする!?」
「落ち着け。まず、座れ」
芽宮が入ってくる。やはり、緊張した感じだ。
さあ、どうする。考えろ、考えろ、急いで考えろ。まず芽宮の緊張を解かないと。
「カントクから電話がかかってきてさ」
「えっ!?」
芽宮の表情がさらに硬くなる。間違えた。いきなりブッ込むバカがいるー、と嘆く編集長。うるさいよ。もうこのままま進むぞ俺は。
「芽宮に自信をつけさせるために会わせたのに、不安にさせてどうするんだ、と怒られた。すまない、俺が至らなかった」
「そっ、それはっ」
顔の前で両手を振る芽宮。
「わたしが勝手に不安になって、監督に泣き言みたいなことをいってしまっただけでっ、センパイが悪いわけでは」
「だけど、俺は、芽宮の味方だ。少なくとも俺はそう思っている。できれば、芽宮にもそう思って欲しい」
「それは、もちろんそう思ってます、よ?」
だけど笑ってないじゃないか。俺はもっと、自信たっぷりな笑顔を見たいんだ。でも、やっぱりいきなりは無理だろうな。俺にだって無理だった。
映像化の話が来てからいろいろあったから、今の『戦国ワルキューレ』を、橘華を、俺は信じることが出来るんだ。逆に言うと、そのいろいろを聞いて貰えれば、結果は出る。
よし、方針は決まった。でも、まだ警戒を解いていないから強引なのはダメだ。それくらいは俺にもわかる。さりげなく、自然に、話を持って行くんだ。
「でもな、やっぱり『女護ヶ島』の話ばかりしてたのは申し訳なかったなって思ってさ。でもやっと『戦国ワルキューレ』の話が出来る」
「はい、お願いします」
いや、居住まいを正す必要はないって、気楽に聞いて欲しいんだが。
「何度も言ってるけど、俺は芽宮が橘華を演じてくれて感謝してるし、『戦国ワルキューレ』にも満足している。でも正直な話をすれば、東映から実写化のオファーが来た、って編集部から聞いた時には、俺も不安だった。それ聞かされてどう感じたら良いのか、どう判断すればいいのか、わからない。情報がない経験もない、そういう不安な。
だから、Gさんに訊いた。一週間くらいで、いろいろ調べてくれて、アドバイスをくれた」
俺は、角川のライツ部門を通して、東映に伝えてもらった。原作者は、『女護ヶ島』原作使用に関して前向きに考えてはいるが、二次使用契約を締結するに当たって、監督との話し合いを希望している、と。契約条件についての交渉はライツ部門の仕事だから、当然、角川も東映もいい顔はしなかったが、結局、それぞれのライツ担当者も加わった四人での話し合いがもうけられることになった。場所は銀座にある東映会館。
「で、どうでもいい話なんだけど東映会館、今は再開発でなくなっちゃったんだけど、この頃はまだ東映の本社はここだったんだ。これが年期が入った昭和のビルでさ、中も、昔のサラリーマン映画に出て来そうな古くさい感じのオフィスなのよ。給湯室に湯沸かし器があって、OLのお姉さんがでかいヤカンでお茶くみしてそうな感じ。さすがにデスクに灰皿はなかったけど、タイムスリップしたみたいでわくわくした。写真とか撮っとけば良かったよな」
「ホントどうでもいい話ッスね」
ミーティングルーム、なんてものもない。ついたてで仕切られただけの会議用スペース、折りたたみ式の長机とパイプ椅子。うむ、なんか、現場、って感じでこれはこれで雰囲気があるな。
「皆さん、ご足労いただきまして、ありがとうございます。わたしが、『女護ヶ島』の作者の新田武蔵、本名は布留田永斗です。今日は、寺門監督にお伝えしたいことがありまして、無理を言ってこの場をセッティングさせていただきました。そんなに長くはかからないと思うので、お付き合いいだければ幸いです」
角川のライツ担当者も加わって名刺を出し合う。俺も名刺くらい作った方がいいのかな? 使う場面ないしな。東映側の二人は目配せし合って、ネクタイしてない方が話し出す。
「わたしが監督の寺門、です。随分お若いんですね、新田さんは」
「実はまだ高校生、16なんですよ。一応、プロフィールは秘密ってことにしてまして、それもあって監督さんとだけお会いしたかったんです。あと、やりにくいんでもうちょっとくだけてください、普通に、年下に話すような感じで。俺も図々しくいきたいんで」
カントクはにやりと笑う。
「なるほど。んじゃ、センセイ、こんな感じかい」
「そんな感じで」
「俺に伝えたいことがあるって言ってたが?」
「俺はカントクの敵じゃない、味方だと思ってます。カントクにも、俺が敵じゃない、味方だと思って欲しい。それを、直接伝えたかった」
センパイに橘華について訊きたかったんですが、『戦国ワルキューレ』の話はあまりしてくれなくて。やっぱり『女護ヶ島』とは違う、一番オリジナル要素の強いキャラだから、センパイにとっては他人事なのかな、とか思ってしまって。『戦国ワルキューレ』の橘華を演じることが、不安になってしまって』
「いやいやいやいや、それは違う、他人事なんかじゃもちろんない、橘華は、芽宮は今のままでいい、今のままがいいと思っているし、それはちゃんと言ったぞ、俺は」
『ふむ。では、被告側の主張を述べたまえ』
こんどは法廷劇かよ。
「俺は小説家で、映画や演技に関してはアマチュアだ。芽宮は高校生だけど、プロだろ? 口出しなんかできるわけないじゃないか」
『遠回しに、他人事だと言ってるように聞こえるがなー』
「悪く取りすぎだろ!?」
『『戦国ワルキューレ』の話をしなかったんだろ?』
「そんな事はっ、……した、よな? うん、した、けど、芽宮には物足りなかったのか?
まあ確かに、『女護ヶ島』の話の方がメインになってたのは、認める、けど、それは時間が足りなかっただけだから! 次回はちゃんと、『戦国ワルキューレ』の、橘華の話もする予定なんだし」
カントクの、わざとらしいため息。
『俺はさあ、センセイが芽宮に自信を与えてくれると期待してたわけよ。芽宮のケツに一目惚れしたセンセイなら、それができるってな。なんで不安にさせてんのよ』
お尻を誉めるべきだったのか? とバカなことを、一瞬考えてしまったじゃないか。
「だから誉めたって! 不安にさせるような事は言ってない! それだけは確かだ」
『安心させるような事も言ってないから、不安になってんだろうがよ、芽宮は』
「なんでだよ、なんで不安になるんだよ。橘華はファンだって多いんだし、自惚れてもいいくらいじゃないか。そうだよ、自惚れてくれよ、誉めてる俺が、口で誉めてるだけで内心は他人事だと思ってるんじゃないか、とか、俺なんかの顔色うかがって裏を疑うより、自惚れてるほうがいいって、絶対」
『やっぱりわかってねーなー、センセイよー』
心底呆れた、という声が帰ってきた。
『まー、自分で創ったキャラを自在に操ってみせるのが小説家サンだしな。その上、センセイはとびっきりの自惚れ屋だ。あ、これいい意味で言ってるぞ。悪い意味も入ってるけどな。そんなセンセイがそう思うのは、まーわからねー話でもないが。
小説のプロはそれでいいが、映画のプロはな、それじゃやっていけねーのよ。小説はひとりで書ける。映画は一人じゃできない。集団作業だ。それも和気藹々のサークル活動じゃない、プロとして生き残りを賭けた生存競争って見方も出来る。存在感を示せずに集団の中に埋もれてしまったら、次の仕事は来ない。かと言って悪目立ちしたら嫌われて、やっぱり次の仕事はなくなる。センセイが言うように他人の顔色うかがって裏を疑うってのを、常にやってないといけねーのよ、特に役者の商売は。
自惚れてうまくやれる役者もいないじゃねーけど。芽宮はそういうタイプじゃあ、ねーわな』
「いや、集団作業の大変さはわかってるけどさあ」
『言い方! その言い方が、他人事に聞こえるんだっつーの!』
「じゃあどうすりゃいいんだよ。難易度高過ぎだろ」
どこかに攻略まとめサイトとか、あってしかるべきレベルだと思う。
『センパイなんだろ。下級生の、それもカワイコちゃんが相手なんだから、泣き言言うんじゃねーよ。頼れるところを見せるとか、いろいろあんだろ』
「もっと具体的にお願いします」
『オジサンのセンスで良ければ』
「やっぱキャンセルで」
さて、どうすればいいんだ? 芽宮に自信を持ってもらうためには。
「初々しくこじれる男女ってのも悪くはねーんだけど、こっちも仕事なんでな。自信をつけるどころか調子を落とされちゃたまんねーのよ。お忙しいセンセイと忙しい芽宮の時間を取る意味がねーよな? 次でうまくやれなかったら、ヤメだ。接触禁止。原作者と役者に戻ってもらう」
いや、今でも原作者と役者なんだが。でも、芽宮の時間をもらえなくなるのは、惜しい気もする。芽宮に自信を持って欲しい、そして笑って欲しい、とは、俺だって思っているんだ。
どうすればいいのかはわからんけど、とりあえずやるしかないか。
「と、いうわけなんだけどさ」
新聞部部室。いるのは、新聞部員の四人のみ。
「芽宮も、あと10分もすれば来ると思うんで、その前にアドバイスが欲しい。なんかないか?」
編集長がへらっと笑う。
「『戦国ワルキューレ』の、橘華の話じゃなくて『女護ヶ島』の話ばかりしてりゃ、そうなると思ってたよ」
軽い調子で言うから、思わず言い返してしまう。
「その場で言えよ! 思ってたんなら!」
「あれー? 俺は言ったと思うんだけどなー」
……言ってたな。
「すまん」
「気にしてないよー。毎度の事だし」
この野郎。
いや。待てよ?
「編集長は、そうやってわかってくれてるよな。俺がそういう、うかつな奴だってわかっている。マイナスの意味だけど、それも信頼と言えば信頼だ」
「キモチワルイ事言い出したぞ、こいつ」
「俺は、芽宮に信頼されてないって事だ。だから、俺は本気で言ってるのに本気じゃないんじゃないかと思う、裏を読む、他人事だから言ってるだけだと思い込む。なぜ、俺は芽宮に信頼されていない?」
「会ったばっかで信頼しろってのがムリっしょ」
「100%、俺がやる事言ってる事全部信頼しろなんて言ってないぞ!? でも俺は、『戦国ワルキューレ』の原作者だ。原作書いた人間が、原作について、作品について語ることが信頼されないって、おかしいだろ!?」
福地だけじゃなく、編集長も副編集長も半眼になる。
「そこからわかってないとは……」
「原作者、だからっしょ」
「映像化されて原作者とトラブる話、しょっちゅうニュースで見るんだが」
「あっ」
そうだった! 『戦国ワルキューレ』がうまく行きすぎてるだけだった!
「じゃあ。俺は。信頼されていないどころか、敵だとさえ思われている? 顔色をうかがってうまく対処しないと、原作者権限で現場を引っ掻き回されるかも、とか思われている?」
「そこまでは言わんけどなー。まあ、100%の味方だとは思われてないんじゃないか?」
「そんな、バカな」
インターホンの呼び出し音。防音のためドアが厚いんで、そういうのがついている。編集長が応じる。
「いらっしゃーい。今、開けるね」
「うわもう来た! どうする!?」
「落ち着け。まず、座れ」
芽宮が入ってくる。やはり、緊張した感じだ。
さあ、どうする。考えろ、考えろ、急いで考えろ。まず芽宮の緊張を解かないと。
「カントクから電話がかかってきてさ」
「えっ!?」
芽宮の表情がさらに硬くなる。間違えた。いきなりブッ込むバカがいるー、と嘆く編集長。うるさいよ。もうこのままま進むぞ俺は。
「芽宮に自信をつけさせるために会わせたのに、不安にさせてどうするんだ、と怒られた。すまない、俺が至らなかった」
「そっ、それはっ」
顔の前で両手を振る芽宮。
「わたしが勝手に不安になって、監督に泣き言みたいなことをいってしまっただけでっ、センパイが悪いわけでは」
「だけど、俺は、芽宮の味方だ。少なくとも俺はそう思っている。できれば、芽宮にもそう思って欲しい」
「それは、もちろんそう思ってます、よ?」
だけど笑ってないじゃないか。俺はもっと、自信たっぷりな笑顔を見たいんだ。でも、やっぱりいきなりは無理だろうな。俺にだって無理だった。
映像化の話が来てからいろいろあったから、今の『戦国ワルキューレ』を、橘華を、俺は信じることが出来るんだ。逆に言うと、そのいろいろを聞いて貰えれば、結果は出る。
よし、方針は決まった。でも、まだ警戒を解いていないから強引なのはダメだ。それくらいは俺にもわかる。さりげなく、自然に、話を持って行くんだ。
「でもな、やっぱり『女護ヶ島』の話ばかりしてたのは申し訳なかったなって思ってさ。でもやっと『戦国ワルキューレ』の話が出来る」
「はい、お願いします」
いや、居住まいを正す必要はないって、気楽に聞いて欲しいんだが。
「何度も言ってるけど、俺は芽宮が橘華を演じてくれて感謝してるし、『戦国ワルキューレ』にも満足している。でも正直な話をすれば、東映から実写化のオファーが来た、って編集部から聞いた時には、俺も不安だった。それ聞かされてどう感じたら良いのか、どう判断すればいいのか、わからない。情報がない経験もない、そういう不安な。
だから、Gさんに訊いた。一週間くらいで、いろいろ調べてくれて、アドバイスをくれた」
『角川との間に出版契約を結んでいるだろう? その契約の中に、どうすればいいかは書いてある。二次的利用とか、二次使用とかの条項があるはずだ。読んでみろ』
「ちょい待ち……ああ、あるね。翻訳とか朗読CDなんかも含めて、映像化は二次的利用に入るわけか。えーと? 具体的条件については俺と角川で協議の上で、処理については角川に委任する、だってさ」
『それが普通だ。金銭的な条件交渉とか、内容のチェックとか、細かい事を言い出すと面倒くさいぞ。とにかく、手間と時間がかかる。丸投げしてしまえ。原作者としては映像化NGです、映像化は益になると角川が判断するならそれでも構いませんが、原作者は関与しません、くらいのことは言ってもいいな』
「ずいぶんと消極的なんだなあ。そんなに面倒くさい?」
『面倒くさいのもあるがな。映像化が、ギャンブルだからだ。まあ出版もギャンブルだが、掛け金が違う。手を出さないに越したことはない』
「なるほど。でも俺は別に、カネを出すつもりはないんだけど? リスクなしでギャンブルできるなら、それはそれで楽しめそうじゃないかな?」
『それでもいいが。忘れるなよ、丸投げするんだ。あっち側に行くな。お前はもう小説家なんだから小説を書け。中途半端に手を出すと、火傷するぞ。あっち側はヤクザとか山師とか詐欺師とか、そういう適正のある人間じゃないとやっていけない、そういう世界だと思っていい』
「それは、やっぱり動くカネの額がでかいから?」
『でかいな。そして、大きなカネが動くというのはだな……ひたすらにな、面倒くさいんだ。
出版は、本を作る事から始まる。だが、映像の場合、映像を作るのは後回しだ。まず、資金を集めないといけない。額が大きすぎて、1社では投資のリスクと責任を引き受ける事はできないからな。製作委員会、とか聞いた事があるだろう?
複数の企業が資金を出し合って、まず財布を作る。そして、仕事をどう分担するか、資金をどう使うか、利益が出た場合どう分配するか、商売の枠組みを決める。これが、製作、プロデュースと呼ばれる仕事だ。わかるか? 要するに腹の読み合い、利害調整だ。賄賂でも人脈でもハッタリでもコネでも使えるものは何でも使って自分の要求を通そうとする者同士の駆け引きだ』
「そりゃあ……確かに面倒くさいな」
『プロデュースで仕事の半分は完了する、と言われている。人によっては90%とも言うな。まだ映像を撮り始めてもいないんだがな。
ここで少しお勉強だ。映像を作るのは衣が付いてない制作、だ。プロデュースを製作、衣が付いている方の製作と言う』
「? 字面からすると逆じゃね? 衣なしの方が偉そうで、ありの方が現場っぽく聞こえるけど」
『昔はそうだった気もするんだがな。製作委員会、なんてのが一般的になったせいかも知れない。製作を担当するのが制作会社、なんておかしな事にもなる。まあとにかく、製作が終わればようやく。資金が現場に下りて制作が始まる。ここから先はディレクター、監督の仕事だ。監督の仕事は、お前のような小説書きにはまだ理解しやすいかもな。だが一人で書ける小説とは違って映像は監督一人では作れない。いろんな人間の力を借りて現場をうまく回してかなければならない、創作と言うより調整役だ。ある意味、監督が一番大変かも知れないな。上からはプロデューサーが勝手な注文をしてくる、下にはスタッフやキャストがいてそれぞれに思惑があって勝手を言って怒鳴り合っている。
以上が一般論、映像という仕事の概要だ。では次に、『女護ヶ島』映像化企画がどういう経緯で生まれて、現状どこまで進んでいるのかを述べる。せっかく集めた情報だ、ややこしいが心して聞けよ?』
「待ってました」
『まず、製作、プロデュースは終わっている。プロデュースの中心にいるのはある制作会社の社長だ。彼は、夜8時のゴールデン枠に時代劇を復活させる、が悲願だった。バラエティ番組に追い出されて久しいからな。去年、ネット配信で『SHOGUN将軍』がヒットして、賞も取っただろう? かつて時代劇のTBSと言われたうちが続かずになんとする、と力説して、局を説得し、資金も集めた。だからもう、大枠は決まっているんだ。
制作を担当するのが、東映だ。TBSと東映は昔の時代劇ドラマからの鉄板の座組だな。監督の寺門は、注文された仕事を確実にこなす、職人監督だ。映画で時代劇も何本か撮った経験もある。
実はプロデューサーと寺門には意見の相違があって、まだ決着はついていないらしい。プロデューサーは古き良き時代劇のリバイバルを考えていて、寺門は、せっかくゴールデン枠でやるならキッズ向けも狙える、特撮やCGを使ったアクションものとして撮るべきだ、と主張している』
「どっちもわかるなー」
『そして、ここまでの話に『女護ヶ島』は一切絡んでいない。原作に『女護ヶ島』を使うプランになったのはつい最近だ』
「オリジナルの企画だったって事?」
『あるいは水戸黄門、大岡越前あたりを復活させるつもりだったか。なぜそれが『女護ヶ島』になったか、そこまでは調べられなかった。寺門監督がキッズ向けを狙っていると聞きつけた、あるスポンサーが、それならキャラクターライツ商売でも儲けられる、『女護ヶ島』のキャラがぴったりだからそれを原作にしよう、と言い出したという話もあるが噂レベルだな』
「『女護ヶ島』を原作にするプランについて、プロデューサーと監督は納得してるのかな?」
『それもわからん。だが、この段階になって余計な手間を増やすな、くらいは思っていてもおかしくはないだろう。
この話は断って良いと思うぞ、永斗。こういう内部事情を説明しないまま、原作使用の交渉を始めたことに怒ってもいいくらいだ』
それもアリかな。でも、それじゃあ面白くない、と思ってしまう。Gさんの言う、あっち側に飛び込む度胸も覚悟も俺にはないけれど、ここでシャットアウトしちゃうのは。
「もったいない気も、するんだよな」
『確かにゴールデン枠で実写ドラマというのは、大きなチャンスではあるが』
「いや、そっちじゃなくて。Gさんが調べてくれた範囲だけでも、関わりたくはないけれど、見るだけなら楽しそうだし。そう、取材だよ。知らない世界をちょっと覗き見してみたい、野次馬根性でもいいや」
『そんな事のために調べたわけではないぞ』
「いや、それはもちろん感謝してるし、調べてくれたから、楽しそうって思えたんだ。プロデュースは聞くだけで面倒くさそうで、そこに手を出そうとは思えないけど、それはもうほとんど終わっているんだろ? だったら、俺でもなんか出来そうな気がするんだよな」
「ちょい待ち……ああ、あるね。翻訳とか朗読CDなんかも含めて、映像化は二次的利用に入るわけか。えーと? 具体的条件については俺と角川で協議の上で、処理については角川に委任する、だってさ」
『それが普通だ。金銭的な条件交渉とか、内容のチェックとか、細かい事を言い出すと面倒くさいぞ。とにかく、手間と時間がかかる。丸投げしてしまえ。原作者としては映像化NGです、映像化は益になると角川が判断するならそれでも構いませんが、原作者は関与しません、くらいのことは言ってもいいな』
「ずいぶんと消極的なんだなあ。そんなに面倒くさい?」
『面倒くさいのもあるがな。映像化が、ギャンブルだからだ。まあ出版もギャンブルだが、掛け金が違う。手を出さないに越したことはない』
「なるほど。でも俺は別に、カネを出すつもりはないんだけど? リスクなしでギャンブルできるなら、それはそれで楽しめそうじゃないかな?」
『それでもいいが。忘れるなよ、丸投げするんだ。あっち側に行くな。お前はもう小説家なんだから小説を書け。中途半端に手を出すと、火傷するぞ。あっち側はヤクザとか山師とか詐欺師とか、そういう適正のある人間じゃないとやっていけない、そういう世界だと思っていい』
「それは、やっぱり動くカネの額がでかいから?」
『でかいな。そして、大きなカネが動くというのはだな……ひたすらにな、面倒くさいんだ。
出版は、本を作る事から始まる。だが、映像の場合、映像を作るのは後回しだ。まず、資金を集めないといけない。額が大きすぎて、1社では投資のリスクと責任を引き受ける事はできないからな。製作委員会、とか聞いた事があるだろう?
複数の企業が資金を出し合って、まず財布を作る。そして、仕事をどう分担するか、資金をどう使うか、利益が出た場合どう分配するか、商売の枠組みを決める。これが、製作、プロデュースと呼ばれる仕事だ。わかるか? 要するに腹の読み合い、利害調整だ。賄賂でも人脈でもハッタリでもコネでも使えるものは何でも使って自分の要求を通そうとする者同士の駆け引きだ』
「そりゃあ……確かに面倒くさいな」
『プロデュースで仕事の半分は完了する、と言われている。人によっては90%とも言うな。まだ映像を撮り始めてもいないんだがな。
ここで少しお勉強だ。映像を作るのは衣が付いてない制作、だ。プロデュースを製作、衣が付いている方の製作と言う』
「? 字面からすると逆じゃね? 衣なしの方が偉そうで、ありの方が現場っぽく聞こえるけど」
『昔はそうだった気もするんだがな。製作委員会、なんてのが一般的になったせいかも知れない。製作を担当するのが制作会社、なんておかしな事にもなる。まあとにかく、製作が終わればようやく。資金が現場に下りて制作が始まる。ここから先はディレクター、監督の仕事だ。監督の仕事は、お前のような小説書きにはまだ理解しやすいかもな。だが一人で書ける小説とは違って映像は監督一人では作れない。いろんな人間の力を借りて現場をうまく回してかなければならない、創作と言うより調整役だ。ある意味、監督が一番大変かも知れないな。上からはプロデューサーが勝手な注文をしてくる、下にはスタッフやキャストがいてそれぞれに思惑があって勝手を言って怒鳴り合っている。
以上が一般論、映像という仕事の概要だ。では次に、『女護ヶ島』映像化企画がどういう経緯で生まれて、現状どこまで進んでいるのかを述べる。せっかく集めた情報だ、ややこしいが心して聞けよ?』
「待ってました」
『まず、製作、プロデュースは終わっている。プロデュースの中心にいるのはある制作会社の社長だ。彼は、夜8時のゴールデン枠に時代劇を復活させる、が悲願だった。バラエティ番組に追い出されて久しいからな。去年、ネット配信で『SHOGUN将軍』がヒットして、賞も取っただろう? かつて時代劇のTBSと言われたうちが続かずになんとする、と力説して、局を説得し、資金も集めた。だからもう、大枠は決まっているんだ。
制作を担当するのが、東映だ。TBSと東映は昔の時代劇ドラマからの鉄板の座組だな。監督の寺門は、注文された仕事を確実にこなす、職人監督だ。映画で時代劇も何本か撮った経験もある。
実はプロデューサーと寺門には意見の相違があって、まだ決着はついていないらしい。プロデューサーは古き良き時代劇のリバイバルを考えていて、寺門は、せっかくゴールデン枠でやるならキッズ向けも狙える、特撮やCGを使ったアクションものとして撮るべきだ、と主張している』
「どっちもわかるなー」
『そして、ここまでの話に『女護ヶ島』は一切絡んでいない。原作に『女護ヶ島』を使うプランになったのはつい最近だ』
「オリジナルの企画だったって事?」
『あるいは水戸黄門、大岡越前あたりを復活させるつもりだったか。なぜそれが『女護ヶ島』になったか、そこまでは調べられなかった。寺門監督がキッズ向けを狙っていると聞きつけた、あるスポンサーが、それならキャラクターライツ商売でも儲けられる、『女護ヶ島』のキャラがぴったりだからそれを原作にしよう、と言い出したという話もあるが噂レベルだな』
「『女護ヶ島』を原作にするプランについて、プロデューサーと監督は納得してるのかな?」
『それもわからん。だが、この段階になって余計な手間を増やすな、くらいは思っていてもおかしくはないだろう。
この話は断って良いと思うぞ、永斗。こういう内部事情を説明しないまま、原作使用の交渉を始めたことに怒ってもいいくらいだ』
それもアリかな。でも、それじゃあ面白くない、と思ってしまう。Gさんの言う、あっち側に飛び込む度胸も覚悟も俺にはないけれど、ここでシャットアウトしちゃうのは。
「もったいない気も、するんだよな」
『確かにゴールデン枠で実写ドラマというのは、大きなチャンスではあるが』
「いや、そっちじゃなくて。Gさんが調べてくれた範囲だけでも、関わりたくはないけれど、見るだけなら楽しそうだし。そう、取材だよ。知らない世界をちょっと覗き見してみたい、野次馬根性でもいいや」
『そんな事のために調べたわけではないぞ』
「いや、それはもちろん感謝してるし、調べてくれたから、楽しそうって思えたんだ。プロデュースは聞くだけで面倒くさそうで、そこに手を出そうとは思えないけど、それはもうほとんど終わっているんだろ? だったら、俺でもなんか出来そうな気がするんだよな」
俺は、角川のライツ部門を通して、東映に伝えてもらった。原作者は、『女護ヶ島』原作使用に関して前向きに考えてはいるが、二次使用契約を締結するに当たって、監督との話し合いを希望している、と。契約条件についての交渉はライツ部門の仕事だから、当然、角川も東映もいい顔はしなかったが、結局、それぞれのライツ担当者も加わった四人での話し合いがもうけられることになった。場所は銀座にある東映会館。
「で、どうでもいい話なんだけど東映会館、今は再開発でなくなっちゃったんだけど、この頃はまだ東映の本社はここだったんだ。これが年期が入った昭和のビルでさ、中も、昔のサラリーマン映画に出て来そうな古くさい感じのオフィスなのよ。給湯室に湯沸かし器があって、OLのお姉さんがでかいヤカンでお茶くみしてそうな感じ。さすがにデスクに灰皿はなかったけど、タイムスリップしたみたいでわくわくした。写真とか撮っとけば良かったよな」
「ホントどうでもいい話ッスね」
ミーティングルーム、なんてものもない。ついたてで仕切られただけの会議用スペース、折りたたみ式の長机とパイプ椅子。うむ、なんか、現場、って感じでこれはこれで雰囲気があるな。
「皆さん、ご足労いただきまして、ありがとうございます。わたしが、『女護ヶ島』の作者の新田武蔵、本名は布留田永斗です。今日は、寺門監督にお伝えしたいことがありまして、無理を言ってこの場をセッティングさせていただきました。そんなに長くはかからないと思うので、お付き合いいだければ幸いです」
角川のライツ担当者も加わって名刺を出し合う。俺も名刺くらい作った方がいいのかな? 使う場面ないしな。東映側の二人は目配せし合って、ネクタイしてない方が話し出す。
「わたしが監督の寺門、です。随分お若いんですね、新田さんは」
「実はまだ高校生、16なんですよ。一応、プロフィールは秘密ってことにしてまして、それもあって監督さんとだけお会いしたかったんです。あと、やりにくいんでもうちょっとくだけてください、普通に、年下に話すような感じで。俺も図々しくいきたいんで」
カントクはにやりと笑う。
「なるほど。んじゃ、センセイ、こんな感じかい」
「そんな感じで」
「俺に伝えたいことがあるって言ってたが?」
「俺はカントクの敵じゃない、味方だと思ってます。カントクにも、俺が敵じゃない、味方だと思って欲しい。それを、直接伝えたかった」
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