副編集長の秘められた想い

第3章 メモリアルなときめきは呪縛となり、憂鬱ゆううつなハルヒが全てを呪ってせつなさを駆逐する【前編】

「実は」
 翌週。第一声は副編集長だった。
「『タッチ』全巻、電子版で読んでしまいました」
「おーい!」
 何やってんだ副編集長。読むなって言ってたじゃないか、Gさんが。
「でも、大丈夫だよ。面白かった、せつなくて楽しめたけれど、Gさんや布留田ふるだ君の言っていたような罠? 弊害みたいな側面についても、ちゃんと理解できたから。あれを自分で書いてみようとは思わないし、思えないよ」
「まあ、それなら。いいのか?」
「怖いものほど、読みたくなるみたいなモンッスかね?」
「それで」
 副編集長が、取材に使っているメモを取り出す。
「布留田君やGさんの分析も確かに興味深いのだけれど、聞かされてばかりなのは悔しいから、私なりに調べられる事は調べてみようと思ったんだ。特に、リアルタイムの読者の反応だね。Gさんは編集者目線だから、他の目線も参考になるかもしれないでしょう?
 ネットで調べようとしても、1980年代の声なんてものは出てこないから、リアルタイムで『タッチ』を読んだ事があるか、あるなら、当時どう思ったか、どう感じたか、取材をしてみたよ」
 まるで新聞部みたいだな。いや新聞部だったわ。
「ちなみにどうやって? 街頭アンケート取ったわけじゃないよな?」
 副編集長はぺろっと舌を出す。
「時間がなかったし、手近なところで聞き取りを、ね。連載当時、高校生だったとすると60歳以上になってしまうから親世代より上の人が相手になってしまうけど」
「うわ、親より上とか、やっぱりそうなるんですね。昔のマンガだって実感します」
「あとはウチの学校の先生方とかにも、小説やマンガの事が好きで語り合える知り合いって多いんだよね」
 羨ましい。作家である事を秘密にしている俺はそういう人間関係を作りにくいんだよな。この新聞部以外だと、編集者とか同業者とかばかりになって視点が限られる。
「まず意外だったのは、その辺りの世代の人にとって、少年サンデーという雑誌自体に対する評価がとても高かった事かな。『タッチ』が連載されているから、が理由ではなくて、週刊漫画誌の中ではサンデーが一番だった、毎週楽しみだった、ジャンプ、マガジンはたまに立ち読みするくらい、という人ばかりだったんだ」
「ええ? 待って欲しいッス。えーと、昔の漫画だと、『ドラゴンボール』とか、ジャンプッスよね? この間、映画がヒットした『スラムダンク』も原作はジャンプの漫画っしょ? 当時から人気だったんだから、ナンバーワンはジャンプなんじゃないんスか?」
「『ドラゴンボール』は……連載開始が1984年だなー。『スラムダンク』に至っては1990年だ、それより前の評価って事なんじゃないかー?」
「Gさんも言ってたな、うん。当時のサンデーは、漫画読みのための漫画雑誌だったんだ、って」
「どういう意味ですか?」
「先週言ったような、古い少年漫画、スポーツとケンカと熱血だけの漫画、それ以外の漫画は、あだち充以前にもなかったわけじゃない。三大週刊少年漫画以外にも、ちょっとコアでマイナーな漫画雑誌は存在したし、少女漫画は自由だったわけだしな。あれだ、今で言うと、全国500スクリーンで公開されるメジャーな映画が大ヒットしている横で、単館上映のマニアックなカルト映画が映画好きに評価される、みたいな構図。当時のサンデーはそういう、ニッチなマンガを発掘するセンスにおいて、週刊雑誌の中で頭ひとつ抜けていたんじゃないかな? だからこそ、あだち充や高橋留美子が出て来たわけで」
 うん、確かそう言ってたはずだ。Gさんは続けて、そんなサンデーがなぜ、たまに載る『名探偵コナン』と、『MAJOR2nd』のエロがウリの薄くて元気がない雑誌になってしまったのか、それは実はな、とか、自分なら『葬送のフリーレン』を今の10倍は売ってみせる、とかいろいろ語ってくれたが、今日のテーマとは関係ないので別の機会にしよう。
「具体的には。世界史担当非常勤講師(62)男性。

・サンデーって言ったら、『うる星やつら』だったな。あれは毎週、笑って読んでた。『タッチ』は、連載だと面白いとは思えなくてな。それが、単行本で読んでみたら別物かと思うくらい面白くて、驚いた記憶がある

 これも興味深いね」
 あーあの先生か。意外な一面を知ってしまった。
「今は単行本でしか読めませんから、これは貴重な証言ですね。わたしはまだ『タッチ』読んでませんけど」
「たぶんだけど、マンガのテンポの問題じゃないかなー。週刊連載だろ? 当時の少年漫画は今より単純だったって話だから、短い中でうまく切りよく続きも気になるようにまとめる事が出来たかもしれない。でも『タッチ』は、布留田の言い様だともっと複雑な心理ドラマに聞こえる。長いスパンの話をぶつ切りにして読まされたような状態だったんじゃないか? いや、読んでないからわからんけど」
「ストーリー考えて絵まで描いて、それを毎週やれ、毎回盛り上げて人気を維持しろってのがそもそも無理なハナシだって聞いた事あるッスね。俺も読んでないっスけど」
 うん、読んでないのにみんなの分析が的確すぎて俺の出番がない。俺もちゃんとは読んでないんだけど。
「これも。書店経営(59)女性。

・今でもたまに読み返す。古びてないよね、ぜんぜん。今のラブコメには、ああいうせつなさがないでしょ。ぬるくてゆるいハーレムものばかりで、主人公にもヒロインにも魅力がない

 これは、先週の布留田君の最後の話と繋がると思うけれど。違うかな?」
「うん、その通りだな。
 その通りなんだけど、えーと、どこまで話したっけ?」
「『タッチ』の反動で、せつなさのない、甘口のラブコメが増えた、みたいな話でしたよね。『タッチ』はきっかけみたいなもので、あるゲームの影響も見逃せない、ってところまでです」
「今のラブコメが詰まらない理由が、そのゲームにあるという事なの?」
「Gさんはそう言ってた。1992年に、『ときめきメモリアル』ってゲームが出て、大ヒットしたんだ」
「今さらなんスけど、Gさんの守備範囲、広すぎないッスかね? 小説やら漫画やら映画やら、ゲームまでって」
「ゲーム雑誌の編集に関わってた事もあるんだってさ。勉強したって言ってた」
「はー、勉強」
「ときめき、かー。せつなさと似てるようで違うような? それが大ヒットしたんで、せつなさの時代じゃなくてときめきの時代になったわけか」
「タイトルは、あんまり意味ないぞ」
「ゲームって、ソシャゲですか? あ、スマホはありませんよね、1992年じゃ」
「スマホどころかケータイも一般的じゃないぞ。家庭用ゲーム機でやる時代だよ」
「ファミコン、とかの時代ですか?」
「なんだったかな、あ、PCエンジン、だ」
「ぴーしーえんじん」
「ファミコンの後追いで、NECが出したゲームハードなんだってさ」
「センパイはプレイしてみたんスか?」
「親父の趣味の山の中からはソフトは発掘したんだけどな。ハードがダメだった。CD-ROMのドライブが壊れてた」
「しーでぃーろむのどらいぶ」
 30年前のゲームは説明しなくちゃいけないことが多いな! 小説やコミックなら50年前のものでも古本屋や電子書籍で楽しめるのに。
 副部長が、ぱん、と手を叩いてカオスな状況を強制終了する。
「はい、話が始まらないから細かい質問は後にしてくれないかな。布留田君、Gさんの話を続けて」
 了解。

『『ときめきメモリアル』は、ナンパゲーム、ギャルゲーの始祖だ』
「ヒロインと仲良くなるためにいろいろとやるゲーム、という理解でいいのかな?」
『おおざっぱに言うとそうなるな。『ときめきメモリアル』よりさきに、エロゲー、18禁のパソコンゲームで、ヒロインとエロい事ができるゲームというのは何本か出ていたが、それを家庭用ゲーム機で、全年齢ができるようにした、という点で『ときめきメモリアル』は画期的だったわけだ』
「なるほど。今もソシャゲでそういうゲームは出てるからわかるよ。俺はあまりやらないけど、福地とか詳しいぞ。攻略成功すると、ヒロインのちょっとエッチなスチルが見られるわけだ」
『スチル? スチール写真ならわかるが』
「あー、特別な一枚絵、くらいの意味かな。要するに、頑張ってイベントをクリアしたご褒美に、ヒロインのエロい恰好がサービスされるって事なんだろうね。エロ、ご褒美って言ったら、そういう馬鹿にした言い方はやめて欲しいッス、って言われたけど。そういうつもりはなかったんだけどな」
『……いや、『ときめきメモリアル』にそういうエロ方面のサービスはない』
「そんなバカな!?」
『途中のイベントで海に行けば水着のシーンとかはあったかな。攻略が成功すれば、卒業式の後、相手からの告白イベントがあって、それを受けてハッピーエンド。別に特別な一枚絵とかはなかったぞ』
「クリアしてもご褒美なし? 何が楽しくてプレイするわけ?」
『告白される事がご褒美なんだよ。まあ、言いたい事はわかる。実際、当時も、告白で終わりかよ、という声はあったしな。
 だが、売れた。大ヒットした。エロ的要素はまったくない、いっそストイックな程のゲームにもかかわらず、な。なぜか。わかるだろう、商業作家である永斗えいとなら』
「そりゃあ、大ヒットしたって結果が出てるんだから、俺だって理由は付けられるさ。エロがなかったからだろ? エロってせいぜい中ヒットどまりだ。大ヒットするには社会性が必要だし、エロには社会性がない」
『その通り。ユーザーが『ときめきメモリアル』に求めたのは、明るく楽しい高校生生活シミュレーターであり、擬似恋愛体験だったんだ。さっき挙げた、少年漫画にない要素を求めて少女漫画を読んだ大学生と同じだな。そこにエロは必要ないんだ。ドキドキとか、ときめきとか、せつなさがあればいい」
「いやちょっと待った、エロがないってのは、マイナス要素がないってだけだ。プラスの要素じゃない。それだけでドキドキとかときめきとかせつなさを感じさせられるわけじゃあ、ない」
『いいところを突くな、ときめきのキモは主人公にあった。永斗、お前が『ときめきメモリアル』のようなゲームのシナリオライターだったら、どういう主人公にする?』
「ああ、ゲームシナリオ、面白そうだな。だって主人公、プレイヤーキャラクターの視点で進めるシナリオっとことだろ? 俺が今まで小説で磨いた主観描写を、思う存分発揮できるってもんだ」
『そうだな。そうしてこそ、プレイヤーは主人公の気分になれる。同一化してゲームの世界を楽しむ事が出来る。だかな永斗、このゲームは育成シミュレーションなんだ。プレイヤーの選択に合わせて主人公の動機や個性が変化する。小説的な主観描写をしようと思ったら、それに合わせた調整が必要になる』
「そりゃそうだな。例えばヒロインをデートに誘う、なんて単純なイベントでも、必死の思いで声をかけるのか、内心ドキドキしながらもさりげなく誘うかで全然違うシナリオになる、それがプレイヤーキャラの個性になるし、そこが面白いんだもんな。え、でもそれ、とんでもないバリエーションが必要だぞ? 書けるのか? 収まるのか?」
『書けないし、収まらない。だから、必要最低限の主観描写に絞った。○○さんをデートに誘ってみた、その程度だ』
「ええー。それ、小説としては落第点じゃん」
『小説ではなく、ゲームだからな。今、永斗が言ったような主人公の個性は、プレイヤーが補完するんだ。RPGなんかではよく使われる手法だぞ。『ドラゴンクエスト』がいい例だ。シナリオライターの堀井雄二はプレイヤーの台詞を、主観を徹底的に削る。シチュエーションの作り方だけで、プレイヤーを主人公の気分にさせるのが上手いんだ。ある意味、書かずに描く、あだち充の手法に近いな』
「ドラクエって、『ポケモンGO』みたいなゲームじゃなかったっけ? 主人公ってなんていたっけ?」
『それは『ドラゴンクエストウォーク』、それのベースになった『ドラゴンクエスト』はファミコン時代に一時代を作ったRPGなんだよ……これがジェネレーションギャップか。リメイクが出てるはずだから納得できないならそれをプレイしてみろ』
 Gさんがえらく落ち込んでいる。なんか申し訳ない気分になってくる。
「いや、なんとなくわかったから、大丈夫。なるほど、想像の余地を入れる最低限の主観描写に留めるって事だな」
『そう。主観描写を入れつつも、堀井雄二的にプレイヤーが自由に補完できる、誰でも感情移入できる、自由な主人公像。プレイヤーの想像力に頼りすぎてもいけない、ただの操り人形になってしまうからな。主観描写の塩梅あんばいが絶妙で、いいバランスになっていた』
「でもそれだと、育成シミュレーションなのにがんばった育成の結果が見えにくいって事にもなるよな? 主人公が喜んだり悲しんだりが必要最低限になるってことはさ」
『育成の結果は、イベントの発生自体で見えるようになる。さっきの例だと、デートのお誘いが成功するか失敗するか、だな。主人公の主観を変化させる事は出来なかったが、ヒロインのリアクションは頑張って変化させた。シナリオライターとしても、ここは絶対に必要だと判断したんだろう、好感度次第で、ヒロインの台詞や態度が変わる。低ければすげなくお断りされるし。高ければ頬を赤らめて照れてくれたりする。これに、当時のプレイヤーはノックアウトされてしまった』
「削れるところは削って、恋愛ものとしての一番肝心な部分に全力投球したわけか。参考になるな」

「ちょっといいかな?」
 副編集長が手を挙げる。
「創作論的に興味深い話だとは思うけれど、聞いた感じ、せつなさのない、甘口なラブコメが増えるきっかけにはなりそうもなのだけれど。自分を磨いたり相手の事を考えて行動しないと好きになってもらえない、告白してもらえない、せつない辛口なゲームではないかな、むしろ?」
「そう、でもな、辛口過ぎた。Gさんはそう言ってた。せつなくなり過ぎちゃったユーザーがたくさんいたんだと俺は解釈した」
「?」
『『ときめきメモリアル』は大ヒットした。ヒットしたからには続編が出る。続編はユーザーの声を取り入れて改良される。ゲームの場合、難易度調整も重要になる。ハードなやり応えが魅力のゲームなら、手強い謎や敵キャラを出してより難しく、初心者でもプレイ出来るフレンドリィさで売れたゲームなら逆になる。難易度を下げてよりプレイしやすくする。
 さて、『ときめきメモリアル』の続編だ。難易度をどうしよう。開発陣は悩んだ、らしい。Gさんの話だけど』
「ヒット作の続編だからなー。慎重にもなるか」
「1本目は辛口過ぎたんスよね? じゃあ難易度下げて、甘口にする?」
「でも、1本目は売れたんだよ? 辛口だから売れた、とも考えられない? そこを調整しちゃあ、ダメなんじゃ?」
 うむ。開発陣も悩むよな、そりゃ。判断が難しい。
「結論から言うと、難易度は下げる方向になった。具体的に言うと、ヒロイン達の初期好感度、えーと、ゲーム開始時点で、主人公の事をどれくらい評価しているか、好きなのか嫌いなのかが、好き寄りに調整された。全体的にな。
 メインヒロインなんて全然別物になったらしいぞ。1のメインヒロインは攻略が難しくて、難攻不落の最終ボスキャラなんて言われるくらいだった。でも、2はがらっと変えた。プロローグがついて、メインヒロインは幼い頃のお隣さん、親の転勤で主人公と離れることになったときには大泣きしながら引っ越しトラックを追いかけるなんてエピソードが語られる。本編が始まって、高校の入学式で再会、って流れ。最初から好感度は高くて、何もしなくても主人公に声を掛けてきてくれる、最終ボスキャラとは正反対の親しみやすい親切キャラになった」
「う、うーん。そこまで変えるッスか?」
 福地が腕を組んで首を傾げる。
「いや、オレはね? 最近、『とききめきメモリアル』のリマスター版がSwitchで出たじゃないっスか。あれのレビューをネットで読んだだけなんスけど。そのレビューで、ゲームを始めてすぐの状態だと、ヒロイン達の態度があまりに冷たくて、すげえショックだった、恋愛ありの楽しい高校生ライフを楽しむゲームだと思ってたのにこれはないだろ、なんてのがあって。メインヒロインだと思うけど、下校時に声をかけると言われる台詞が『一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいし』。って、確かにそこまで言うか! って感じッスけどね。もうちょっと言い方考えろよ何様だよ、とオレも思ったから、難易度は下げる調整だろうな、とは思ったッスけど。そこまで甘口にしちゃうと、続編じゃなくて別ゲームじゃないっスかね?」
「うん、1本目を面白いと思った人は、期待してたのと違う、と思うんじゃないですか?」
「そういう声もなくはなかった、らしい。でも、甘口にした続編もヒットした」
「まー、難しい方が好き、ってのはコアなゲーマーの嗜好だしな。気楽に出来るゲームが好きな人の方が多数派なのは確かだよなー」
「Gさんも同じように判断した。開発陣の選択も間違いじゃなかった、ってな。
 でも同時に、なんか、もやっ、としたんだそうだ。違和感というか、何か違う、とんでもなく大きな、ボタンの掛け違いをしちゃったんじゃないか、みたいな不安感。今は誰も不幸になってない、むしろみんなハッピーだけど、これでいいのか? ってさ」
「預言者かよ」
 うん、まあ、Gさんはこういう言い方をするんだよ。
「不安感の正体が明らかになったのは、ツンデレ、なんて言葉が、いつの間にか当たり前の使われるようになっていて、しかもその使われ方が間違っていて、その間違いのほうが正しい事になってしまった時だそうだ。これはとんでもない事になった、とGさんは思った」
「ツンデレって、えーと、確か、キャラクターのタイプのひとつですよね?」
「態度は、それこそさっきの『ときめきメモリアル』のヒロインみたいに冷たいんだけど、実はそれは照れ隠しで、相手のことは嫌いじゃない、むしろ好き、つまりデレデレの裏返しがツンツン、ってタイプっスね」
 わかりやすい解説をありがとう、福地。でもな。
「Gさんは、それは違う、と言っていた。ツンデレは、キャラクターのタイプじゃない、キャラクターの状態、心情が変化するその状況を指す言葉だったんだってさ」
「? よくわかんないッスけど?」
「いいか、さっき言ったみたいに、『ときめきメモリアル』の1本目は、総じてヒロインの初期好感度は低い。最初は、『噂されると恥ずかしいし』ほどのレベルじゃないけれど、みんな主人公には甘くない、冷たい。ツンツンだ。裏返しじゃない、表も裏もツンツンなんだ。この時の台詞や態度にショックを受けるプレイヤーもいたくらいにな。ここまではわかるな?」
 みんなが頷くのを確認して話を進める。
「で、この状態から、攻略を進めるうちに、ヒロインの態度がだんだん軟化してくる。冷たい態度だったのが普通に受け答えしてくれるようになって、さらには向こうから声をかけてくれるようになる。デレてくる。最後、エンディングでは告白までしてくる、デレデレになるわけだな。
 こういう、心情の変化が、ツンデレだ。最初はそういう使われ方をしていた、とGさんは言っている。『ときめきメモリアル』のキャラは全員がツンで、攻略が成功したときにデレになる、可能性で言えば全員がツンデレだ、キャラクターのタイプじゃない、状態だから、そういう事になる」
「好きになっていく、デレる前の態度との差、変化がツンデレって事かー。でもさ、それって物語の流れとしては当たり前の事じゃないか? 恋愛ストーリーとしては王道のパターンで、わざわざツンデレなんて言葉まで作る程のものじゃない気がするし、ましてやその意味が変化して、『最初から好きだったけど照れ隠しでそっけない態度を取っちゃうの』なんてややこしい属性をつけてキャラクターのタイプにしちまう、なんて、どうしてそうなるのか、理由ってか、過程、その流れが理解不能なんだが」
「Gさんが『辛口過ぎた』って言ったろ? それが理由らしい。
 最初はツンツンしていたキャラを、試行錯誤を繰り返すことでデレデレにしていく、『ときめきメモリアル』はそういうゲームで、その過程が面白かったから売れた。でも、ツンツンが厳しすぎる、辛すぎる、と感じるプレイヤーも、無視できない数が存在した。それも事実だ。辛口過ぎたんだ。だから、続編ではちょっと甘口にした。メインヒロインは特にな。さっき言ったように、ツンツンがなくなった。最初からデレデレなんだ。
 続編でも、初期好感度が低めのヒロインがいる。『噂されると恥ずかしいし』程冷たくもきつくもないけどな、そこは調整されている。こういうヒロインを選んで攻略を進めると、メインヒロインよりも、部長が言ったような、王道の恋愛ストーリー、恋愛関係を少しずつ構築していく物語を楽しめる。
 メインヒロインよりも王道、普通にヒロインしてるのに、こういうキャラを指して、わざわざツンデレ、というようになったのをきっかけに、少しずつ意味が変わっていった。Gさんはそう言ってる」
「意味が変わった。つまり、ツン→デレの変化がツンデレではなくなった、内面はデレているのに態度がツンというタイプがツンデレになった、という事ですか?」
「いきなりじゃなくて、少しずつな。でも気がつくと、そうなっていた、らしい。
 しまいには、『ときめきメモリアル』の1本目のヒロインについての再解釈、なんのを始める人も出て来たらしいぞ。実は○○というヒロインが最初のツンデレだ、主人公のことを最初から好きなんだけれどツンデレだからああいう態度になってしまうんだ、みたいな」
「え、違いますよね? Gさんの解釈なら、全員がツンデレって言えるんですから」
「気持ちはわからないでもないっスけどね。そう解釈して冷たい態度の衝撃を緩和したくなるぐらい、『ときめきメモリアル』が辛口だったんだ、Gさんやセンパイが言いたいのはそういう事ッスよね?」
「正解。わかりにくいところもあるんで、整理しようか。
 『ときめきメモリアル』のヒロインは、最初は冷たい、ツンツンだ。これは普通なら不快で不安なマイナス要素になる。でも、新しく始まった高校生活のウキウキ感、ヒロインのキャラクター自体の魅力といったプラス要素もバランスよく表現してみせることで、

・ここまで言われて黙ってられるか、いつかこっちを向かせてやる、俺の事を認めさせてやる

 という攻略のバネにできていた。マイナス要素の不安を逆転させてプラスにしたんだ。
 これって、何かに似てないか?」
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