第3章 メモリアルなときめきは呪縛となり、憂鬱なハルヒが全てを呪ってせつなさを駆逐する【中編】
「似ているというか、布留田君の主観小説論そのものじゃないか」
副編集長が気付いたようだ。
「不安感を、ページをめくらせる原動力にする。不安感が、せつなさ。塩梅。不安になって、せつなくなって読むのをやめてしまうような小説は、不味い料理と一緒、なんだろう?」
「そう。この場合、ツンの不安感と、デレの安心感、このバランスが塩梅だよな。これが絶妙だったから、『ときめきメモリアル』に多くの人が夢中になった、売れた。Gさんはそう解釈した。
もちろん、楽しい高校生ライフってのも売れた要因のひとつであることも確かだろう。甘口にした続編ではそっちを優先したって事だよな。それはそれで間違いじゃない。売れたんだし。でもGさんには漠然とした違和感があった。違和感の正体は、ツンデレの意味が変化した時に明らかになる。ただのツンには耐えられない、デレを前提にして初めてツンが許せる、そんな意味になってしまった。
せっかくの絶妙なバランスまで、不安のマイナスだけを取り上げて否定する人まで出て来てしまった。『ときめきメモリアル』のもともとの根幹の意味がなくなってしまった。ツンデレの意味の変化はそういう事だ、とGさんは感じた。
続編は、楽しさ、安心感を優先すことで、せっかく絶妙なバランスを保っていた不安感を捨ててしまったんだ。そして、ユーザーもそれを歓迎した。
辛いけど美味い、そんなカレーで有名になった店が、美味いけどあまり辛くない、そんなメニューになったとしたら? みんなはどう思う?」
「美味いんだったらどっちでも、って話でもないっスよね?」
「とは言っても、決めるのはお客さんだ。この場合、続編もヒットしたんだろー? 制作陣の選択は間違いじゃないと思うぞ。少なくとも、俺の味が理解できない奴は出ていけ! なんていうラーメン屋よりはマシだろー食い物屋の例えで言うなら」
「Gさんは間違いとは言ってない。違和感だ。
いい塩梅の辛さだったのに、辛いのが苦手なお客さんに合わせてその塩梅を捨ててしまった。それは捨ててしまって良かったのか? 捨てずに、辛いまま、もっと美味しい、辛いのが苦手なお客さんにも喜んで貰えるようなそういうカレーを作る、そういう選択もあったんじゃないか。
そういう違和感だって後から気付いたんだってさ」
「なるほどねえ」
副編集長が頷く。
「これは、先週の『タッチ』の話と同じなんだね。揺り戻し、辛口から甘口への」
「Gさんはそう言ってたな」
「でも、これはゲームの話でしょう? 売れたんだから影響力はあるかもしれないけれど、これ」
副編集長が、アンケート用紙を取り出す。書店経営(59)女性。
「ゲームではなくコミックの話で、ラブコメからせつなさがなくなった、ゆるくてぬるいハーレムものばかり、主人公にもヒロインにもない、ここまで言われてしまうのが、ゲームの影響だと言われても納得は出来ない」
「それはその通り。そこでもう一本の有名タイトルの出番だ。
『涼宮ハルヒの憂鬱』がそれなんだけど。あー、知ってる? みんな?」
「同じじゃないッスよ!」
福地に怒られた。
「戦車道は茶道や華道と同じ、女性主体のものって設定の上で、ストーリーはちゃんと熱血スポーツものの王道で、だから面白いんスから! 可愛ければそれでいいレベルのと同じじゃない、一緒にしてバカにされちゃたまんないっすね」
「バカになんかしてないって。可愛ければそれでいいレベルって、その言い方のほうがバカにしてないか? 文章で、イラストで可愛いと思わせる表現って簡単な事じゃないぞ、それでいいなんて言葉であっさり済ませられるものじゃない」
「いや、そうじゃなくて、オレが言いたいのは『ガールズ&パンツァー』はキャラが可愛いだけのアニメじゃないって事で」
「福地がそう言うならそうなんだろう。でもな、俺が問題にしたいのは順番なんだよ」
「順番?」
「いいか、しつこいようだがバカにしているわけじゃないってのをわかった上で、正直に答えてくれ。たくさんあるアニメの中から。お前が『ガールズ&パンツァー』を見ようと思った理由だ、面白そうと思った時の順番を聞きたい。
・女の子キャラがたくさん出てきてがみんな可愛い
・戦車道って設定の上で熱血スポーツものになっている
どっちがさきだったんだ? お前にとって」
「そりゃあ。設定知ったのは後からっスけど」
「キャラがみんな可愛いから見てみたら面白かった、戦車道って設定はよくできている、そういう順番だよな。
可愛い女の子、美少女がしかも複数って要素が、お客さんに対するアピールになる、売る時の看板として有効と判断されるようになる。SFとかファンタジーも看板だろ? だからこれがカテゴリー化なんだよ。美少女ものが、ファンタジーとかSFとか、そういうのと並ぶカテゴリーになってるんだよ、今は」
「並ぶって。でも、本屋の棚にファンタジーとかSFとかはあるけど、美少女って棚は……ない、ことはないっスかね? オタク系だとアリか?」
「お客さんがいれば、売る側は棚ぐらい作るさ。でも美少女ってカテゴリーはキャラクターのカテゴライズだからな。他のカテゴリーと組み合わせやすい。『ガールズ&パンツァー』は美少女ミリタリーものだし、なんなら俺の『女護ヶ島』だって美少女時代劇ものだ。
『ときめきメモリアル』、読者参加ゲームによって複数ヒロインの美少女ものがカテゴリーになった、カテゴリーすら越えてあって当たり前の要素になった、と言うようなことをGさんは言ってたわけだ。
って、どうした? 芽宮。難しい顔してるけど」
「いえ、その。カテゴリーって、ライトノベルが云々の話で聞いた時は、Gさんはあまりいいニュアンスで使っていなかったですから。なんでしたっけ、自由さがなくなる?みたいな」
ふっふっふ。気付いてしまったかね芽宮よ。
「その通り。美少女ものもカテゴリーの呪いから逃れられなかった」
「呪い、ですか」
「『復讐のガンガール』書いてみたけど、今のお客さんには西部劇のお約束、西部開拓時代のアメリカがとんでもない無法地帯だったり拳銃があれば無双できたりとかが通じなくて苦労したって話をしたよな? カテゴリーにはそういうお約束が付き物で、知っている人にはとても使いやすい武器になるけど、知らない人には全く通用しない、それがお約束だ。
美少女ものは、新しいカテゴリーで、さらにゲームという双方向性のあるジャンルから生まれて、ネットワークでお客さんの声が届きやすいか時代になった事も加わって、ものの数年、とんでもない早いペースでとんでもない数のお約束が生まれていったんだ」
「お約束、ですか? でも、可愛いかどうかなんて、見ればわかるじゃないですか。お約束なんて入る余地は」
「そう思う? んじゃ、福地はどうだ?」
「なんでオレが!?」
「お約束を挙げてくれよ。女の子の可愛さを伝えるのに俺相手にはぽんぽん出て来るけど、芽宮相手には通じないと思って使わない表現、だよ、たくさんあるだろ?」
「いきなりで出てこないッスよ……さっきの、ツンデレ、とか?」
考え込んでしまったので引き取る。
「絶対領域とか、ツインテールは生意気な後輩とか、アホ毛とか、わかる? 芽宮」
「絶対領域は聞いたことありますけど、ツインテール、に、あほげ? ですか? 髪型の話ですか?」
「わかんないよな、それが美少女ものというカテゴリーのお約束なんだ。あ、一番でかくて有名なお約束を忘れてた。萌え、だな。草冠の萌えな」
「それはわかりますよ。守ってあげたくなる感じの可愛い、ってことですよね?」
「いやいや、これが一番難しいお約束なんだよ。Gさんとか、未だに理解できない、って言ってるし。
Gさんの笑い話なんだけど。20年位昔、月刊漫画誌の増刊号の企画が上がってきたんだって。その頃は丁度、可愛い女の子達がわちゃわちゃする萌え四コマ漫画がすごい勢いで部数を伸ばしてて、その増刊号も、その客層を狙った萌え美少女もので固めるって企画だった。
んで、元になった月刊誌が、あーなんだったかな、忘れた、○○○でいいか、企画書には仮タイトルで『増刊・萌え○○○』って書いてあったわけ。企画会議でGさんは軽い気持ちで、
・萌えってわかんないんだよな、悪いけど。女性キャラウリなんだろ? 美少女○○○とか、いっそエロ○○○とかの方がストレートでわかりやすんいじゃないか? 俺はエロでいいと思うな
って言ったらさ、もう大騒ぎ。特に企画を上げてきた若手編集がさ、怒るわけよ。ただの美少女を萌えと言うな、そういうんじゃないんだ、ましてや、エロとは何だ、エロなんてつけたら、萌えを求める読者は絶対に買わない、萌えとエロは正反対なんだ、って」
「え、ええー? 違うのはわかりますけど、正反対、そこまでなんですか?」
「らしいよ。若手編集はいろいろ力説してたけど、Gさんには半分も理解できなくて、でも、エロにはない純粋さがあるから萌えなんだ、って言うのを引き取って、わかった、じゃあ○○○PUREってタイトルはどうだ? って言ったら、そうです! それが言いたかったんです! って、胸張って笑顔でさ。それが正式タイトルになったそうだよ、○○○PURE」
「売れたんですか? その増刊」
そこまでは聞いてないなー。
「でも、萌えがわかる人にはわかる、知らない人にはわからないお約束になってるってのは、わかる気がするッスね」
「福地君はわかるの?」
「ちょっと前にさ、『艦隊これくしょん』でプチ炎上みたいな騒動があったのよ。宮城ちゃんも聞いた事くらいはあるっしょ、昔の軍艦を美少女にした萌えもの。新キャラを出したら、『艦これのキャラと違う!』『艦これを舐めているのか!』って大騒ぎになったんだよね」
「えーと、可愛くなかったの?」
「いや、オレも見たけど、普通に可愛かったよ。叩かれる程じゃないだろ、と思うと同時にさあ……思っちゃったんだよね、でも、このキャラはなんか違う、って。ムキになってキャラを叩いた人達の気持ちも否定できなくなっちゃって。オレ、萌えとか艦これとか、別にこだわり無いつもりだったんだけど、知らないうちにそういうカテゴリーのお約束みたいにモンに染まってたのかなーって、ちょっと怖くなった」
「まあ別に、お客さんの立場なら怖がる必要はないけどな。でもそのお約束が相手によっては通じない、ある意味取扱注意の武器だって事を、作り手が忘れてしまがちなのが、カテゴリーの呪いってことだ」
で、この、美少女ものカテゴリーの呪いが、最後の最後に効いてくるんだよな、確か。
副編集長が気付いたようだ。
「不安感を、ページをめくらせる原動力にする。不安感が、せつなさ。塩梅。不安になって、せつなくなって読むのをやめてしまうような小説は、不味い料理と一緒、なんだろう?」
「そう。この場合、ツンの不安感と、デレの安心感、このバランスが塩梅だよな。これが絶妙だったから、『ときめきメモリアル』に多くの人が夢中になった、売れた。Gさんはそう解釈した。
もちろん、楽しい高校生ライフってのも売れた要因のひとつであることも確かだろう。甘口にした続編ではそっちを優先したって事だよな。それはそれで間違いじゃない。売れたんだし。でもGさんには漠然とした違和感があった。違和感の正体は、ツンデレの意味が変化した時に明らかになる。ただのツンには耐えられない、デレを前提にして初めてツンが許せる、そんな意味になってしまった。
せっかくの絶妙なバランスまで、不安のマイナスだけを取り上げて否定する人まで出て来てしまった。『ときめきメモリアル』のもともとの根幹の意味がなくなってしまった。ツンデレの意味の変化はそういう事だ、とGさんは感じた。
続編は、楽しさ、安心感を優先すことで、せっかく絶妙なバランスを保っていた不安感を捨ててしまったんだ。そして、ユーザーもそれを歓迎した。
辛いけど美味い、そんなカレーで有名になった店が、美味いけどあまり辛くない、そんなメニューになったとしたら? みんなはどう思う?」
「美味いんだったらどっちでも、って話でもないっスよね?」
「とは言っても、決めるのはお客さんだ。この場合、続編もヒットしたんだろー? 制作陣の選択は間違いじゃないと思うぞ。少なくとも、俺の味が理解できない奴は出ていけ! なんていうラーメン屋よりはマシだろー食い物屋の例えで言うなら」
「Gさんは間違いとは言ってない。違和感だ。
いい塩梅の辛さだったのに、辛いのが苦手なお客さんに合わせてその塩梅を捨ててしまった。それは捨ててしまって良かったのか? 捨てずに、辛いまま、もっと美味しい、辛いのが苦手なお客さんにも喜んで貰えるようなそういうカレーを作る、そういう選択もあったんじゃないか。
そういう違和感だって後から気付いたんだってさ」
「なるほどねえ」
副編集長が頷く。
「これは、先週の『タッチ』の話と同じなんだね。揺り戻し、辛口から甘口への」
「Gさんはそう言ってたな」
「でも、これはゲームの話でしょう? 売れたんだから影響力はあるかもしれないけれど、これ」
副編集長が、アンケート用紙を取り出す。書店経営(59)女性。
「ゲームではなくコミックの話で、ラブコメからせつなさがなくなった、ゆるくてぬるいハーレムものばかり、主人公にもヒロインにもない、ここまで言われてしまうのが、ゲームの影響だと言われても納得は出来ない」
「それはその通り。そこでもう一本の有名タイトルの出番だ。
『涼宮ハルヒの憂鬱』がそれなんだけど。あー、知ってる? みんな?」
「聞いたことはある。有名だよな。読んだことないけど」
『そうなのか?』
「親父が持ってなかったから。ライトノベルだろ? 親父の本棚にあったのは水野良とか神坂一とかその辺。『涼宮ハルヒの憂鬱』はもっと新しいんじゃない? 俺にとっては全部古典だけど」
『ちょっと待て』
スマホの向こうでかちゃかちゃ音がしている。パソコンでググってるな。
『第一巻が出たのが2003年でアニメが2006年か。そうか、あいつはもうとっくに社会人、一番忙しい時期で、お前はまだ生まれてもいない。そういう頃になるか。こっちにとっては全部が全部、ずっと続く出版の仕事の中での一コマなんだが。こういう断絶があるのが普通だな。うっかりしていた』
「たまにあるよねこういうの」
『お前の読書量が普通じゃないからな。全部読んでる気になってこっちも話してしまう。まあそれはそれとしてだ。
『涼宮ハルヒの憂鬱』を読んでいれば話が早いんだが、そうでないとなると、ゲーム以外のジャンルでも甘口が主流になった理由を説明するためには、『ときめきメモリアル』から『涼宮ハルヒの憂鬱』までの、10年間の流れを追わなければいけないくなる。長くなるが大丈夫か?』
「問題ないよ。Gさんの話は退屈しないし」
『嬉しいことを言ってくれる。では、語ってやろうじゃないか。年寄りの昔話をな。
『ときめきメモリアル』のヒットによって、まず、ゲーム業界に3つの、大きな流れが出来たんだ。
・乙女ゲームの誕生
・マルチヒロインゲームから始まる美少女要素のカテゴリー化
・ビジュアルノベルで現代ものファンタジーが確立
がそれだ』
「乙女ゲームはわかる。今もソシャゲにあるし。擬人化ゲームで美少女にするか美男子にするかってだけの差だもんな。要するに『ときめきメモリアル』が売れたんだから女性向けもいけるだろうってことだよな?」
『そう、だが注意しなくてはいけいなのは、少女漫画の話でも言ったように、恋愛要素をエンターテインメイトにするのは女性の方がもともと得意だったという点だ。光栄が、最初の乙女ゲームと呼ばれる『アンジェリーク』を出したのは『ときめきメモリアル』より後なのは確かだが、その差はたった四ヶ月、ゲームの開発にかかる時間を考えるとほぼ同時、タッチの差と言っていい。
そもそもだ、ヒロイン多数の男性向けラブコメをハーレムもの、彼氏候補複数の女性向けラブコメを逆ハーレムものと言うが、よろめきドラマ、悪い言い方をすると、複数の異性の間で股をかける主人公は女性である事の方が多いしその歴史も圧倒的に長い。そういう意味では女性向けをハーレムと呼ぶべきで、男性向きの方が逆ハーレムなんだよ。この、男性向けエンターテインメントにおいてハーレム要素はむしろ異常だった、というのは実は重要だから覚えておけよ』
「了解」
『次は。マルチヒロインか。『ときめきメモリアル』のように、たくさんのヒロイン候補がいる状態の事だと思ってくれ。
当時はそれだけでも珍しかった。ダブルヒロイン、二人の間で揺れ動くラブストーリー的なものはあったが、それが5人6人となるとな』
「少なくとも一本道ストーリーじゃ書ききれないよな、普通は。ゲームから始まったってのもまあ、納得できる」
『そうだな。さっきも言ったが。『ときめきメモリアル』より前にマルチヒロインのエロゲーはあったし、『きとめきメモリアルの大ヒットを受けてそういうエロゲーの数も増えた。
そうだ、マルチヒロインの恩恵を一番受けたのは読者参加ゲームだな』
「読者参加ゲーム?」
『1990年代前半に月刊誌、特にゲーム情報誌で流行った企画なんだが。レースなどの競争要素のある状況を設定して、読者が作った車やロボット、キャラクターをルールの中で競わせて結果を誌面で発表するというものだ』
「あー。対戦プレイを雑誌でやるのか。今だったら、通信機能のあるゲーセンとか、それこそソシャゲがあるからリアルタイムで出来るけど」
『そんなものはなかったからな。ハガキで投稿して、月刊誌で結果を発表して、のんびりやっていたわけだ。
そんな読者参加ゲームが、『ときめきメモリアル』がヒットしたことで、美少女要素がどんどん強くなっていった。車やロボットの代わりに、可愛い女の子を出してそのビジュアルをセールスポイントにするわけだな。可愛いければ、美少女がいればなんでいい、なんでもありの世界になっていったんだ』
「いや待ってくれ、一気にわからなくなった。ゲームなんだからルールはあるよね、なんでもありっておかしくない? そもそも、可愛いイラストをセールスポイントにして読者に競争、対戦ゲームをさせるってコンセプトが意味不明だ。ヒロインを取り合ってバトルするの? ヒロインとバトルするの? あ、勝つとご褒美がもらえるのか。艦これみたいにダメージ入って服が破れてちょっとエッチな絵が出るとか? いや待て、結果は紙上で発表されるんだから自分だけのご褒美にならないぞ」
『だからゲームとかどうでも良くなってたんだよ。ゲームではなく、『美少女もの』というカテゴリーになっていったんだ。それでも最初は確か、ゲームとしてのルールはあった記憶があるな。ファンタジーな世界の女神候補が何人かいて、プレイヤーは誰を信仰するかを決める、信者を集めれば女神としての力が増す、てだったか?』
「人気投票じゃん、ただの」
『だから、ゲームじゃないんだよ。カテゴリーが違うんだ、美少女ものなんだ。可愛い女の子と世界を共有できればそれでいいんだ。それは否定できない、実際人気があったしな。女教師ばかり5人揃えました、とか、12人の妹がいてみんな可愛いです、なんてゲームが大ヒットした』
「いやGさん、それはふざけすぎ、嘘だって俺にだってわかるよ。あるわけないってそんなの」
『あったんだよ。ちゃんと連載されて人気もあった。『HAPPY☆LESSON』『シスター・プリンセス』でググッてみろ。出て来るぞ。アニメにだってなっている』
「……ホントだ。頭おかしいってこんなんの」
『今だってあるだろう。戦車戦がスポーツになって選手全員が可愛い女子高生とか、人気なんだろう』
「あー、『ガールズ&パンツァー』だっけ? 福地とかが大好きだけど、あれはそういうのとは違うような」
頭の中を一度真っ白にして、両者を並べてみると。あら意外。
「なるほど、同じだな」
『そうなのか?』
「親父が持ってなかったから。ライトノベルだろ? 親父の本棚にあったのは水野良とか神坂一とかその辺。『涼宮ハルヒの憂鬱』はもっと新しいんじゃない? 俺にとっては全部古典だけど」
『ちょっと待て』
スマホの向こうでかちゃかちゃ音がしている。パソコンでググってるな。
『第一巻が出たのが2003年でアニメが2006年か。そうか、あいつはもうとっくに社会人、一番忙しい時期で、お前はまだ生まれてもいない。そういう頃になるか。こっちにとっては全部が全部、ずっと続く出版の仕事の中での一コマなんだが。こういう断絶があるのが普通だな。うっかりしていた』
「たまにあるよねこういうの」
『お前の読書量が普通じゃないからな。全部読んでる気になってこっちも話してしまう。まあそれはそれとしてだ。
『涼宮ハルヒの憂鬱』を読んでいれば話が早いんだが、そうでないとなると、ゲーム以外のジャンルでも甘口が主流になった理由を説明するためには、『ときめきメモリアル』から『涼宮ハルヒの憂鬱』までの、10年間の流れを追わなければいけないくなる。長くなるが大丈夫か?』
「問題ないよ。Gさんの話は退屈しないし」
『嬉しいことを言ってくれる。では、語ってやろうじゃないか。年寄りの昔話をな。
『ときめきメモリアル』のヒットによって、まず、ゲーム業界に3つの、大きな流れが出来たんだ。
・乙女ゲームの誕生
・マルチヒロインゲームから始まる美少女要素のカテゴリー化
・ビジュアルノベルで現代ものファンタジーが確立
がそれだ』
「乙女ゲームはわかる。今もソシャゲにあるし。擬人化ゲームで美少女にするか美男子にするかってだけの差だもんな。要するに『ときめきメモリアル』が売れたんだから女性向けもいけるだろうってことだよな?」
『そう、だが注意しなくてはいけいなのは、少女漫画の話でも言ったように、恋愛要素をエンターテインメイトにするのは女性の方がもともと得意だったという点だ。光栄が、最初の乙女ゲームと呼ばれる『アンジェリーク』を出したのは『ときめきメモリアル』より後なのは確かだが、その差はたった四ヶ月、ゲームの開発にかかる時間を考えるとほぼ同時、タッチの差と言っていい。
そもそもだ、ヒロイン多数の男性向けラブコメをハーレムもの、彼氏候補複数の女性向けラブコメを逆ハーレムものと言うが、よろめきドラマ、悪い言い方をすると、複数の異性の間で股をかける主人公は女性である事の方が多いしその歴史も圧倒的に長い。そういう意味では女性向けをハーレムと呼ぶべきで、男性向きの方が逆ハーレムなんだよ。この、男性向けエンターテインメントにおいてハーレム要素はむしろ異常だった、というのは実は重要だから覚えておけよ』
「了解」
『次は。マルチヒロインか。『ときめきメモリアル』のように、たくさんのヒロイン候補がいる状態の事だと思ってくれ。
当時はそれだけでも珍しかった。ダブルヒロイン、二人の間で揺れ動くラブストーリー的なものはあったが、それが5人6人となるとな』
「少なくとも一本道ストーリーじゃ書ききれないよな、普通は。ゲームから始まったってのもまあ、納得できる」
『そうだな。さっきも言ったが。『ときめきメモリアル』より前にマルチヒロインのエロゲーはあったし、『きとめきメモリアルの大ヒットを受けてそういうエロゲーの数も増えた。
そうだ、マルチヒロインの恩恵を一番受けたのは読者参加ゲームだな』
「読者参加ゲーム?」
『1990年代前半に月刊誌、特にゲーム情報誌で流行った企画なんだが。レースなどの競争要素のある状況を設定して、読者が作った車やロボット、キャラクターをルールの中で競わせて結果を誌面で発表するというものだ』
「あー。対戦プレイを雑誌でやるのか。今だったら、通信機能のあるゲーセンとか、それこそソシャゲがあるからリアルタイムで出来るけど」
『そんなものはなかったからな。ハガキで投稿して、月刊誌で結果を発表して、のんびりやっていたわけだ。
そんな読者参加ゲームが、『ときめきメモリアル』がヒットしたことで、美少女要素がどんどん強くなっていった。車やロボットの代わりに、可愛い女の子を出してそのビジュアルをセールスポイントにするわけだな。可愛いければ、美少女がいればなんでいい、なんでもありの世界になっていったんだ』
「いや待ってくれ、一気にわからなくなった。ゲームなんだからルールはあるよね、なんでもありっておかしくない? そもそも、可愛いイラストをセールスポイントにして読者に競争、対戦ゲームをさせるってコンセプトが意味不明だ。ヒロインを取り合ってバトルするの? ヒロインとバトルするの? あ、勝つとご褒美がもらえるのか。艦これみたいにダメージ入って服が破れてちょっとエッチな絵が出るとか? いや待て、結果は紙上で発表されるんだから自分だけのご褒美にならないぞ」
『だからゲームとかどうでも良くなってたんだよ。ゲームではなく、『美少女もの』というカテゴリーになっていったんだ。それでも最初は確か、ゲームとしてのルールはあった記憶があるな。ファンタジーな世界の女神候補が何人かいて、プレイヤーは誰を信仰するかを決める、信者を集めれば女神としての力が増す、てだったか?』
「人気投票じゃん、ただの」
『だから、ゲームじゃないんだよ。カテゴリーが違うんだ、美少女ものなんだ。可愛い女の子と世界を共有できればそれでいいんだ。それは否定できない、実際人気があったしな。女教師ばかり5人揃えました、とか、12人の妹がいてみんな可愛いです、なんてゲームが大ヒットした』
「いやGさん、それはふざけすぎ、嘘だって俺にだってわかるよ。あるわけないってそんなの」
『あったんだよ。ちゃんと連載されて人気もあった。『HAPPY☆LESSON』『シスター・プリンセス』でググッてみろ。出て来るぞ。アニメにだってなっている』
「……ホントだ。頭おかしいってこんなんの」
『今だってあるだろう。戦車戦がスポーツになって選手全員が可愛い女子高生とか、人気なんだろう』
「あー、『ガールズ&パンツァー』だっけ? 福地とかが大好きだけど、あれはそういうのとは違うような」
頭の中を一度真っ白にして、両者を並べてみると。あら意外。
「なるほど、同じだな」
「同じじゃないッスよ!」
福地に怒られた。
「戦車道は茶道や華道と同じ、女性主体のものって設定の上で、ストーリーはちゃんと熱血スポーツものの王道で、だから面白いんスから! 可愛ければそれでいいレベルのと同じじゃない、一緒にしてバカにされちゃたまんないっすね」
「バカになんかしてないって。可愛ければそれでいいレベルって、その言い方のほうがバカにしてないか? 文章で、イラストで可愛いと思わせる表現って簡単な事じゃないぞ、それでいいなんて言葉であっさり済ませられるものじゃない」
「いや、そうじゃなくて、オレが言いたいのは『ガールズ&パンツァー』はキャラが可愛いだけのアニメじゃないって事で」
「福地がそう言うならそうなんだろう。でもな、俺が問題にしたいのは順番なんだよ」
「順番?」
「いいか、しつこいようだがバカにしているわけじゃないってのをわかった上で、正直に答えてくれ。たくさんあるアニメの中から。お前が『ガールズ&パンツァー』を見ようと思った理由だ、面白そうと思った時の順番を聞きたい。
・女の子キャラがたくさん出てきてがみんな可愛い
・戦車道って設定の上で熱血スポーツものになっている
どっちがさきだったんだ? お前にとって」
「そりゃあ。設定知ったのは後からっスけど」
「キャラがみんな可愛いから見てみたら面白かった、戦車道って設定はよくできている、そういう順番だよな。
可愛い女の子、美少女がしかも複数って要素が、お客さんに対するアピールになる、売る時の看板として有効と判断されるようになる。SFとかファンタジーも看板だろ? だからこれがカテゴリー化なんだよ。美少女ものが、ファンタジーとかSFとか、そういうのと並ぶカテゴリーになってるんだよ、今は」
「並ぶって。でも、本屋の棚にファンタジーとかSFとかはあるけど、美少女って棚は……ない、ことはないっスかね? オタク系だとアリか?」
「お客さんがいれば、売る側は棚ぐらい作るさ。でも美少女ってカテゴリーはキャラクターのカテゴライズだからな。他のカテゴリーと組み合わせやすい。『ガールズ&パンツァー』は美少女ミリタリーものだし、なんなら俺の『女護ヶ島』だって美少女時代劇ものだ。
『ときめきメモリアル』、読者参加ゲームによって複数ヒロインの美少女ものがカテゴリーになった、カテゴリーすら越えてあって当たり前の要素になった、と言うようなことをGさんは言ってたわけだ。
って、どうした? 芽宮。難しい顔してるけど」
「いえ、その。カテゴリーって、ライトノベルが云々の話で聞いた時は、Gさんはあまりいいニュアンスで使っていなかったですから。なんでしたっけ、自由さがなくなる?みたいな」
ふっふっふ。気付いてしまったかね芽宮よ。
「その通り。美少女ものもカテゴリーの呪いから逃れられなかった」
「呪い、ですか」
「『復讐のガンガール』書いてみたけど、今のお客さんには西部劇のお約束、西部開拓時代のアメリカがとんでもない無法地帯だったり拳銃があれば無双できたりとかが通じなくて苦労したって話をしたよな? カテゴリーにはそういうお約束が付き物で、知っている人にはとても使いやすい武器になるけど、知らない人には全く通用しない、それがお約束だ。
美少女ものは、新しいカテゴリーで、さらにゲームという双方向性のあるジャンルから生まれて、ネットワークでお客さんの声が届きやすいか時代になった事も加わって、ものの数年、とんでもない早いペースでとんでもない数のお約束が生まれていったんだ」
「お約束、ですか? でも、可愛いかどうかなんて、見ればわかるじゃないですか。お約束なんて入る余地は」
「そう思う? んじゃ、福地はどうだ?」
「なんでオレが!?」
「お約束を挙げてくれよ。女の子の可愛さを伝えるのに俺相手にはぽんぽん出て来るけど、芽宮相手には通じないと思って使わない表現、だよ、たくさんあるだろ?」
「いきなりで出てこないッスよ……さっきの、ツンデレ、とか?」
考え込んでしまったので引き取る。
「絶対領域とか、ツインテールは生意気な後輩とか、アホ毛とか、わかる? 芽宮」
「絶対領域は聞いたことありますけど、ツインテール、に、あほげ? ですか? 髪型の話ですか?」
「わかんないよな、それが美少女ものというカテゴリーのお約束なんだ。あ、一番でかくて有名なお約束を忘れてた。萌え、だな。草冠の萌えな」
「それはわかりますよ。守ってあげたくなる感じの可愛い、ってことですよね?」
「いやいや、これが一番難しいお約束なんだよ。Gさんとか、未だに理解できない、って言ってるし。
Gさんの笑い話なんだけど。20年位昔、月刊漫画誌の増刊号の企画が上がってきたんだって。その頃は丁度、可愛い女の子達がわちゃわちゃする萌え四コマ漫画がすごい勢いで部数を伸ばしてて、その増刊号も、その客層を狙った萌え美少女もので固めるって企画だった。
んで、元になった月刊誌が、あーなんだったかな、忘れた、○○○でいいか、企画書には仮タイトルで『増刊・萌え○○○』って書いてあったわけ。企画会議でGさんは軽い気持ちで、
・萌えってわかんないんだよな、悪いけど。女性キャラウリなんだろ? 美少女○○○とか、いっそエロ○○○とかの方がストレートでわかりやすんいじゃないか? 俺はエロでいいと思うな
って言ったらさ、もう大騒ぎ。特に企画を上げてきた若手編集がさ、怒るわけよ。ただの美少女を萌えと言うな、そういうんじゃないんだ、ましてや、エロとは何だ、エロなんてつけたら、萌えを求める読者は絶対に買わない、萌えとエロは正反対なんだ、って」
「え、ええー? 違うのはわかりますけど、正反対、そこまでなんですか?」
「らしいよ。若手編集はいろいろ力説してたけど、Gさんには半分も理解できなくて、でも、エロにはない純粋さがあるから萌えなんだ、って言うのを引き取って、わかった、じゃあ○○○PUREってタイトルはどうだ? って言ったら、そうです! それが言いたかったんです! って、胸張って笑顔でさ。それが正式タイトルになったそうだよ、○○○PURE」
「売れたんですか? その増刊」
そこまでは聞いてないなー。
「でも、萌えがわかる人にはわかる、知らない人にはわからないお約束になってるってのは、わかる気がするッスね」
「福地君はわかるの?」
「ちょっと前にさ、『艦隊これくしょん』でプチ炎上みたいな騒動があったのよ。宮城ちゃんも聞いた事くらいはあるっしょ、昔の軍艦を美少女にした萌えもの。新キャラを出したら、『艦これのキャラと違う!』『艦これを舐めているのか!』って大騒ぎになったんだよね」
「えーと、可愛くなかったの?」
「いや、オレも見たけど、普通に可愛かったよ。叩かれる程じゃないだろ、と思うと同時にさあ……思っちゃったんだよね、でも、このキャラはなんか違う、って。ムキになってキャラを叩いた人達の気持ちも否定できなくなっちゃって。オレ、萌えとか艦これとか、別にこだわり無いつもりだったんだけど、知らないうちにそういうカテゴリーのお約束みたいにモンに染まってたのかなーって、ちょっと怖くなった」
「まあ別に、お客さんの立場なら怖がる必要はないけどな。でもそのお約束が相手によっては通じない、ある意味取扱注意の武器だって事を、作り手が忘れてしまがちなのが、カテゴリーの呪いってことだ」
で、この、美少女ものカテゴリーの呪いが、最後の最後に効いてくるんだよな、確か。
『さて、最後の三つめが。ビジュアルノベルで現代ものファンタジーが確立、だな』
「そもそもビジュアルノベルって、何なのかなー、とググってみると……なるほど、ノベルと言いつつゲームなんだな。主人公の行動をプレイヤーが決めてストーリーを作っていく、っ感じか」
『まあ、そうだな。そういうゲームは、アドベンチャーゲームとか呼ばれて、コンピュータゲームとしては比較的初期からあった。最初はストーリー性はなくてな。謎解きゲームがよく出ていた記憶がある。主人公は探偵役、事件現場でコマンドメニューから『調べる』『血痕』、『調べる』『凶器』とか選んで進めていくわけだ』
「あー、知ってる知ってる。昔あったゲームだよな……レイトン教授とか?」
『それは全然昔じゃないぞ……いや20年近く前だな、確かにお前にとっては昔か。アドベンチャーゲーム自体はもっと古い。1970年代からあったらしいぞ。『ミステリーハウス』とかでグクれば出て来るんじゃないか?
これはその後、1990年代、『ときめきメモリアル』が出た後の話だ。ゲーム機用ではなく、パソコンゲームでストーリー性の強いアドベンチャーゲームが次々とリリースされて、ビジュアルノベルなんて呼ばれ始めた。
ちょっと面白いのが、ビジュアルノベルのヒットタイトルが、18禁のエロゲー、要するに、さっきお前が言っていたご褒美が本番Hな美少女もののゲームばかりだったことだ』
「『ときめきメモリアル』にはご褒美スチルすらなかったんだよね? なんでまたいきなりそんなサービスを?」
『と言うか、複数のヒロインがいて誰か一人を攻略する、というゲームは『ときめきメモリアル』より前にエロゲーで出ていたんだよな。もちろんそっちはサービスありだ、というかサービスの方が主体でストーリー性はおまけだな。そもそもあの頃はパソコンゲームではエロありがメインになっていたんだよな。一般向けのゲームもなくはなかったが、新作の数ではエロゲーが圧倒的に多くなっていった。パソコンゲーム情報誌がいつの間にかエロゲー情報誌になってしまったなんて事もあったぞ。
1992年に出た『同級生』というエロゲーが、学園生活ベースでヒロイン毎にストーリー性がある、という意味で『ときめきメモリアル』のベースと言えるかもしれない。
子供でも出来るゲーム機用のゲームにはできない事をやらないと勝てない、という理由もあったのかもな。ファミコンの時代なら、パソコンの性能の方が圧倒的に上だから、表示されるグラフィックを見るだけでもゲーム機とパソコンが違うってのはわかるが、技術の進歩で安くて高性能なプロセッサが出て来るとその差もなくなる。エロあり、18禁という要素に頼りたくもなる』
「うーん。間違っちゃいないかもだけど、お手軽な方に逃げちゃってるよねそれ」
『そう言ってやるな。自由度が上がるという意味で、創り手にとってはありがたくもあるんだから』
「自由度が? 上がる? エロを入れなきゃいけないんだから、むしろ下がるんじゃ?
『逆に言えば、エロを入れてさえいれば、あとは自由なんだ。自分の作りたいものにエロを入れて、そっちがメインのフリをして企画を通してしまう、なんて事も出来る。映画だが、1970年代から始まった日活ロマンポルノというシリーズがそれだな。日活という会社が経営苦から、低予算でも撮れる成人映画に活路を見出そうとしたんだが、実績はないけどやる気と才能だけはある新人が張り切って、ただエロいだけじゃない、普通に楽しめる映画を次々と送り出した。次世代の腕試し、登竜門みたいな場になったわけだな。1990年代のパソコンゲームで同じ事が起きたんだ。この頃、エロゲーのシナリオでデビューしたライターが、今は小説やソシャゲで活躍していたりするぞ』
「それがビジュアルノベルだったと?」
『今みたいに、3Dのモデルをぐりぐり動かさないと、手抜きだ、とか言われる時代じゃないからな。初期のビジュアルノベルにはボイスも入っていなかった。エロいご褒美グラフィックと、面白いシナリオ。必要なのはそれだけだ。現代日本を舞台にすれば、美術設定に手間をかけなくてもいい』
「いや、さすがに、それだけじゃあ地味じゃん。エロだけじゃあ、アピール力が弱いよ」
『そうだな。ではお前が、低予算のエロゲのシナリオライターだったら、どうやって客を呼ぶ?』
「現代ものだったとしても、ウソ、面白いフィクション要素を入れなきゃ。エロの言い訳になるウソがいいよな、ほら、ちょっとエッチなマンガとかでもよくあるじゃん、美少女転校生には秘密があって、実は地球人の遺伝子を狙う宇宙人でしたとかサキュバスの生き残りでしたとか……ああ、身近な舞台でエロにリアリティを与えながら、派手なウソも入れてウリを作る、それで、現代ファンタジーなのか」
『その通り。そうやって、
・主人公は現代の高校生ないしは大学生、ある事をきっかけに、今まで知らなかったファンタジーなイベントに巻き込まれる。そのイベントの中で彼は、複数のヒロイン候補と出会い、関係を深めていく。プレイヤーの行動選択によって、最終的に結ばれるヒロインが決まるマルチエンドのアドベンチャーゲーム
という、ビジュアルノベルの基本形が完成するわけだ。お前が言う、ちょっとエッチなマンガの基礎は、この時に作られたとも言えるな。
結果的に、『ときめきメモリアル』を18禁にしてストーリー性を強化したようなゲームになったのが面白い。『ときめきメモリアル』は大ヒットしたが、その二点において物足りない、もっとエッチに、もっとドラマチックに、と思ったプレイヤーの欲求が、ビジュアルノベルとして形になった、とも言えるのではないかな。
そう、1980年代に『タッチ』が切り拓いたラブストーリーの潮流が、1990年代に『ときめきメモリアル』を経てエロゲー、ビジュアルノベルとなって一大ブームを起こしたんだよ』
「なるほどなー。ちなみにだけど、そのビジュアルノベルの代表作は? 今でもプレイできるのはあったりする?」
『最初に話題になったのは……1996年の『雫』だったかな。ちょっとホラーがかった現代伝奇ものだったはずだ。翌年に出した『ToHeart』はコミカル要素を強くしていたかな。これが大ヒットして、家庭用ゲーム機にも移植された』
「ああ、リメイクのフル3Dの絵はネット広告で見た事あるな。そうか、30年前のゲームだったんだ」
「シナリオライターはアニメのシナリオとかで活躍してると聞いたな。あとは……ゲーム雑誌から外れた後に出たんで詳しくないが1999年の『Kanon』も売れたらしいな。そうだ、『ToHeart』のメーカーがLeafで、『Kanon』のメーカーがKeyだったから、葉鍵系とか呼ばれていたな。Keyのシナリオライターは、今はソシャゲで売れているらしいぞ」
「そもそもビジュアルノベルって、何なのかなー、とググってみると……なるほど、ノベルと言いつつゲームなんだな。主人公の行動をプレイヤーが決めてストーリーを作っていく、っ感じか」
『まあ、そうだな。そういうゲームは、アドベンチャーゲームとか呼ばれて、コンピュータゲームとしては比較的初期からあった。最初はストーリー性はなくてな。謎解きゲームがよく出ていた記憶がある。主人公は探偵役、事件現場でコマンドメニューから『調べる』『血痕』、『調べる』『凶器』とか選んで進めていくわけだ』
「あー、知ってる知ってる。昔あったゲームだよな……レイトン教授とか?」
『それは全然昔じゃないぞ……いや20年近く前だな、確かにお前にとっては昔か。アドベンチャーゲーム自体はもっと古い。1970年代からあったらしいぞ。『ミステリーハウス』とかでグクれば出て来るんじゃないか?
これはその後、1990年代、『ときめきメモリアル』が出た後の話だ。ゲーム機用ではなく、パソコンゲームでストーリー性の強いアドベンチャーゲームが次々とリリースされて、ビジュアルノベルなんて呼ばれ始めた。
ちょっと面白いのが、ビジュアルノベルのヒットタイトルが、18禁のエロゲー、要するに、さっきお前が言っていたご褒美が本番Hな美少女もののゲームばかりだったことだ』
「『ときめきメモリアル』にはご褒美スチルすらなかったんだよね? なんでまたいきなりそんなサービスを?」
『と言うか、複数のヒロインがいて誰か一人を攻略する、というゲームは『ときめきメモリアル』より前にエロゲーで出ていたんだよな。もちろんそっちはサービスありだ、というかサービスの方が主体でストーリー性はおまけだな。そもそもあの頃はパソコンゲームではエロありがメインになっていたんだよな。一般向けのゲームもなくはなかったが、新作の数ではエロゲーが圧倒的に多くなっていった。パソコンゲーム情報誌がいつの間にかエロゲー情報誌になってしまったなんて事もあったぞ。
1992年に出た『同級生』というエロゲーが、学園生活ベースでヒロイン毎にストーリー性がある、という意味で『ときめきメモリアル』のベースと言えるかもしれない。
子供でも出来るゲーム機用のゲームにはできない事をやらないと勝てない、という理由もあったのかもな。ファミコンの時代なら、パソコンの性能の方が圧倒的に上だから、表示されるグラフィックを見るだけでもゲーム機とパソコンが違うってのはわかるが、技術の進歩で安くて高性能なプロセッサが出て来るとその差もなくなる。エロあり、18禁という要素に頼りたくもなる』
「うーん。間違っちゃいないかもだけど、お手軽な方に逃げちゃってるよねそれ」
『そう言ってやるな。自由度が上がるという意味で、創り手にとってはありがたくもあるんだから』
「自由度が? 上がる? エロを入れなきゃいけないんだから、むしろ下がるんじゃ?
『逆に言えば、エロを入れてさえいれば、あとは自由なんだ。自分の作りたいものにエロを入れて、そっちがメインのフリをして企画を通してしまう、なんて事も出来る。映画だが、1970年代から始まった日活ロマンポルノというシリーズがそれだな。日活という会社が経営苦から、低予算でも撮れる成人映画に活路を見出そうとしたんだが、実績はないけどやる気と才能だけはある新人が張り切って、ただエロいだけじゃない、普通に楽しめる映画を次々と送り出した。次世代の腕試し、登竜門みたいな場になったわけだな。1990年代のパソコンゲームで同じ事が起きたんだ。この頃、エロゲーのシナリオでデビューしたライターが、今は小説やソシャゲで活躍していたりするぞ』
「それがビジュアルノベルだったと?」
『今みたいに、3Dのモデルをぐりぐり動かさないと、手抜きだ、とか言われる時代じゃないからな。初期のビジュアルノベルにはボイスも入っていなかった。エロいご褒美グラフィックと、面白いシナリオ。必要なのはそれだけだ。現代日本を舞台にすれば、美術設定に手間をかけなくてもいい』
「いや、さすがに、それだけじゃあ地味じゃん。エロだけじゃあ、アピール力が弱いよ」
『そうだな。ではお前が、低予算のエロゲのシナリオライターだったら、どうやって客を呼ぶ?』
「現代ものだったとしても、ウソ、面白いフィクション要素を入れなきゃ。エロの言い訳になるウソがいいよな、ほら、ちょっとエッチなマンガとかでもよくあるじゃん、美少女転校生には秘密があって、実は地球人の遺伝子を狙う宇宙人でしたとかサキュバスの生き残りでしたとか……ああ、身近な舞台でエロにリアリティを与えながら、派手なウソも入れてウリを作る、それで、現代ファンタジーなのか」
『その通り。そうやって、
・主人公は現代の高校生ないしは大学生、ある事をきっかけに、今まで知らなかったファンタジーなイベントに巻き込まれる。そのイベントの中で彼は、複数のヒロイン候補と出会い、関係を深めていく。プレイヤーの行動選択によって、最終的に結ばれるヒロインが決まるマルチエンドのアドベンチャーゲーム
という、ビジュアルノベルの基本形が完成するわけだ。お前が言う、ちょっとエッチなマンガの基礎は、この時に作られたとも言えるな。
結果的に、『ときめきメモリアル』を18禁にしてストーリー性を強化したようなゲームになったのが面白い。『ときめきメモリアル』は大ヒットしたが、その二点において物足りない、もっとエッチに、もっとドラマチックに、と思ったプレイヤーの欲求が、ビジュアルノベルとして形になった、とも言えるのではないかな。
そう、1980年代に『タッチ』が切り拓いたラブストーリーの潮流が、1990年代に『ときめきメモリアル』を経てエロゲー、ビジュアルノベルとなって一大ブームを起こしたんだよ』
「なるほどなー。ちなみにだけど、そのビジュアルノベルの代表作は? 今でもプレイできるのはあったりする?」
『最初に話題になったのは……1996年の『雫』だったかな。ちょっとホラーがかった現代伝奇ものだったはずだ。翌年に出した『ToHeart』はコミカル要素を強くしていたかな。これが大ヒットして、家庭用ゲーム機にも移植された』
「ああ、リメイクのフル3Dの絵はネット広告で見た事あるな。そうか、30年前のゲームだったんだ」
「シナリオライターはアニメのシナリオとかで活躍してると聞いたな。あとは……ゲーム雑誌から外れた後に出たんで詳しくないが1999年の『Kanon』も売れたらしいな。そうだ、『ToHeart』のメーカーがLeafで、『Kanon』のメーカーがKeyだったから、葉鍵系とか呼ばれていたな。Keyのシナリオライターは、今はソシャゲで売れているらしいぞ」
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